恋がしたいなら、ネタバレ禁止!~自分の幸せを最優先して、すべてぶちまけた悪役令嬢ですけど何か文句あります?~
「そうか……それで、君が……その、『乙女ゲーム』というものの、悪役の貴族令嬢だと?」
私の婚約者ランベルト様は『乙女ゲーム』における私の役割を聞いて、形の良い眉を寄せてから、わかりやすいくらいに非常に驚いた表情になった。
どんな顔をしても、美麗……仕方ないわ。だって、ランベルト様は、乙女ゲームのメインヒーローだもの。アイドルで言う、ビジュアル担当よ。万人受けする容姿の、性格が良い美男子。
ランベルト・オルシーニは、今はまだ少年と言える年齢だけど、金髪碧眼で正統派な美形の容姿を持つ、ディルクージュ王国の王太子殿下。
ついこの前に、前世の記憶を取り戻した私は、自分が乙女ゲームで色々あってから断罪される悪役令嬢イリーナ・アラゴンだと気がついた。
ランベルト様と婚約をし何も考えずにそのまま悪役令嬢として過ごせば、ヒロインの選ぶ選択肢にとっては、とんでもない未来が待って居る。
私としては悪役令嬢として生きるなんて絶対に嫌だけど、裕福なアラゴン公爵令嬢の座は捨てたくない。
面倒な事は出来るだけ避けて省エネで生きて来た前世を持つ私は、一文無しで辺境スタートどんと来いなんて、そんな素晴らしい開拓者精神は持ち合わせていない。
出来る限り、楽して贅沢したい。だって、せっかく夢の優雅な貴族令嬢に生まれ変わったもの。
そうなのよ。悪役令嬢イリーナの生家アラゴン公爵家は、ディルクージュ王国で権勢を誇り、娘を王太子の婚約者に据えるように働きかけることなど何の造作もなかった。
私が顔合わせの段階で王太子の結婚を嫌がってしまうと、それはそれで色々と問題が出てしまう。私だって、父親であるアラゴン公爵を怒らせたくはなかった。
さすがはゲーム終盤で、ヒロインエリサを追い詰めて殺そうとする超絶悪女となってしまう予定の悪役令嬢イリーナの父親というべきか……姿も立ち振る舞いも、とても恐ろしいし、出来るだけ逆らいたくない。可愛がられてはいるけれど……。
だから、私はこの顔合わせでの、とっておきの秘策を考えたのだ。
ランベルト様との顔合わせで彼にこれから起こるすべてをぶちまけて、彼の方から断ってもらい、婚約者になるのを避ければ良いの。
ここでランベルト様が『イリーナが婚約者なのは嫌だ。チェンジ』と断ってさえくれれば、私は悪役令嬢にはなれない。なりたくない。
映像付きのゲームなんて、ディルクージュ王国……いいえ。この乙女ゲームの中世風異世界では存在しないものだから、私もどう説明して良いのか迷ってしまったけれど、彼は流石優秀な攻略対象者というべきか、つたない説明でもすんなりと理解してくれたようだ。
「ええ。そうなのですわ。なので、ランベルト様より、この婚約を断って欲しいのです」
「しかし……それは」
「ランベルト様には十六歳になれば、運命の乙女が市井より現れますので、彼女の登場をお待ちになっていただけますと、私もランベルト様も、運命の乙女のエリサ様も幸せになりますので、それが一番かと」
私は淡々とこの先の起こる展開を説明し、ランベルト様がここで婚約を断ってくれると、主要キャラクターである三人全員にメリットがあるという事を彼に伝えた。
初対面でのいきなりのぶちまけ話に困惑顔な王太子ランベルト様をなんとか説得して婚約から逃れないと、私は悪役令嬢の立場にならざるを得ないし、例のゲーム強制力とやらが働いてしまうかもしれない。
生まれ持った身分や境遇を見れば完璧な悪役令嬢に転生したのなら、恩恵だけを頂いて、持っている情報を出来る限り渡し、あとはそちらでどうにかして貰いたい。
だって、普通に悪役令嬢として生きて、その上で乙女ゲーム内の問題解決するって、出来るだけ楽したい願望のある私には、おそらく無理だと思うもの。
「おいおい。待て待て待て……イリーナ。君は僕の未来の伴侶だって、既に決まっていると言うのか?」
顔合わせは開始の時には関係者の大人たちもいたけれど、あとはお若いお二人でと言わんばかりに二人になって、ここには私たちしか居ないと言うのに、ランベルト様は声を潜めてそう言った。
使用人はどんな話を聞いても、聞こえないふりをする。もっとも、こんな話を私たちがしていたと言ったところで、誰も信じられないと思うけれど。
「ええ。そうですわ。ランベルト様は、清楚で可愛らしい外見の女性がお好きなのです。ですので、それとは逆の容姿を持つ私と婚約するよりも、王太子なのに婚約者を決めない変わり者と呼ばれようと、いずれ結ばれる彼女に一途であった方が良いと思いますわ」
私はそこまで一息で言い切ると、用意されていたお茶をこくりと飲んだ。
私は彼と同じく金髪碧眼で、目も大きくつり目で派手な美貌を持っている。それは幼い頃からでもわかるくらいだ。ああ。将来は魔性の美女になるのだろうなと、今から思わせてしまうほどに整った容姿。
幼い頃に記憶を取り戻す悪役令嬢ものを読むたびに、私は常々こう思って居た。
完璧ヒーローなら、悪役令嬢だったとしても話を聞いてくれるはずだし、彼の幸せやメリットを説明すればわかってくれるのでは? と。
今、実際にここで実践している訳だけれど。
私の主張を聞いてランベルト様は右手で額を押さえて、いかにも頭が痛いと言わんばかりだ。すべて事実なのですけど。
「ああ……すまない。あまりにも衝撃的な話が続いて……」
「ええ。そうですわよね。お気持ちは、お察しします。ですが、私たちはお互いにそうする道が良いと思うのです」
「イリーナはここで婚約しない方が、将来的に僕ら二人のためになると……?」
ランベルト様にそう問われたので、私は胸に手を当てて自信満々に答えた。
「ええ。いずれ私はランベルト様より婚約破棄されることになりますし、そもそも婚約しなければ良いのですわ! これこそが未来迫り来る、悲劇の事前回避です」
「僕が君に、婚約破棄を……? 信じられないな。王族と貴族間での婚約破棄など、よほどの出来事がないとあり得ないと思うのだが」
ええ。そう思われると思いますが、ランベルト様が私と婚約すると、その『よほどの出来事』が起こってしまうのです……。
「王太子殿下から婚約破棄されたとなれば、私だって嫁入り先に困りますし……エリサ様が現れるまでの一時的な婚約者ならば、私以外にしてください。大変、申し訳ないんですけれど……」
「……ああ。事情はわかった。今ここで婚約しないとは、明言することは出来ない。僕も父上から婚約者には君が一番良いだろうと薦められているし……君の父上アラゴン公爵はディルクージュ王国社交界でも筆頭とされるほどの権力者だ。二人の意向を、僕は無視出来ないんだ」
王太子なのに、婚約者も選べずになんと不自由な……と、前世の記憶を持つ私は思ってしまうけれど、そういう政治的な意味を持つ側面があるから、彼と私と政略結婚するだったのだ。
「……ですが、私は殿下の婚約者にはなりたくありません」
ここは自らの主張を、ハッキリさせておこうと思った。
ランベルト様は正統派メインヒーローで、誠実で真面目で一途な性格。だとしたら、私を婚約者にすると恋愛感情はないけれど、大事にしとこうと思うでしょう?
そして、彼のことを好きになった私は、嫉妬に狂う悪役令嬢になるの。ヒロインエリサは悪くないのよ。彼女の登場に嫉妬に狂ったイリーナがエリサを虐めて、それをランベルト様が助ける悪循環。
これが、すぐそこにある悲劇。回り回っても悲劇になるなら、開始しなければ良いのよ。回避したいと思うことは、ごく自然な事のはずよ。
「……だが、そのエリサという女性がいずれ現れるという確証は、何かあるのか? 君の話はやけに具体的なようだが、彼女についての情報が、あまりにも少なすぎる」
ランベルト様は私の話を聞いて、エリサの存在が気になってしまったようだ。そして、私も彼の主張を聞いていてとあることに気がついた。
そうよ。エリサは別に異世界転移ヒロインではないのだから、今から迎えに行けば良いのだわ。
「ええ。エリサという女の子は、今は辺境の村に居ます。だから、ランベルト様がすぐにでも迎えに行けば良いと思いますわ。そうすれば、彼女と婚約すれば良いのです。いずれお二人は結婚するのですから」
私の言葉を聞いてランベルト様は苦虫をかみつぶしたような顔になった。
「……それが、僕にとっては一番に良い事だと、イリーナは思うのか?」
「ええ。ランベルト様はディルクージュ王国王太子で、私たち貴族が尊びお仕えしているお方……いずれ結ばれる女性と幼い頃から一緒に居られるなら、それが一番良い事かと」
「……しかし、わからないな。君が婚約者になってエリサという女性が後に現れる。もし、二人が恋に落ちても、示談金付きでの婚約解消という話なら、まだ僕も理解出来るのだが、イリーナは何も悪くないのに、どうして婚約破棄という結果になってしまうと言うんだ」
ランベルト様は私と婚約していたとしたら、何故『婚約解消』ではなく『婚約破棄』になってしまうのかという理由が知りたいようだった。
未婚の女性にとっては『婚約破棄』は、最大の不名誉。する側だって出来るだけ、それをするのは避けたいと思う事は普通だろう。
「ランベルト様とエリサは、恋に落ちて……私が彼女に嫉妬して、彼女に嫌がらせをするようになるんです。それがだんだんと酷くなってしまい、彼女を殺そうとまで企むほどに思い詰めるのですわ」
それが、悪役令嬢イリーナ・アラゴンの役目。
素敵な攻略対象者ランベルト様ほどの人と婚約してしまえば、恋敵を殺してしまうまで恋をして思い詰めてしまうしかないのだ。
これは、ランベルト様が人外とも言えるほどに魅力的な男性でないと成立しない。しかし、乙女の夢を体現している彼はそれだけの多大な魅力を、創造主という神より与えられていた。
「……それは、君が僕の事を、激情と呼べるほどに好きでないと、成立しない事のように思うんだが」
「ええ。私とランベルト様が婚約すると、そうなってしまいます。誰もを驚かせてしまうほど、おかしくなるくらいに激しく好きになってしまうのです。ですので、私と婚約することを避けて欲しいのです。どうかお願いします」
よく考えれば凄いことを言っている気はするけれど、事実なのだから仕方ない。すんなりと言葉を返し、私はランベルト様の青い目をじっと見てお願いをした。
それを聞いた彼は、これからどうするべきかと悩んでいるのか、無言のままで見返してくる。
しかし、私はここで引き下がる訳にはいかない。
不幸な未来しか待って居ない悪役令嬢になんて、絶対になりたくない。
ここはもう王太子と婚約するしかないなどという方々から掛かる圧になど、負ける訳にはいかない。
「ああ……わかった。しかし、ただこうして話しただけでは到底信じられるような話ではない。君の話の裏は、細かく取らせてもらう。イリーナの知っている限りの情報を、僕に提供してくれ」
ランベルト様はため息をついてそう言い、主張が認められた私は、思わず手を叩いて喜んだ。
良かったわ! ……私は悪役令嬢イリーナ・アラゴンに転生したけれど、無事に悪役令嬢ではなくなった。
立場的にイリーナがとても美味しい事は、誰も否定しないでしょう。
未来の王太子妃となるならと選ばれるからには、容姿だって派手だけど優れているし、ディルクージュ王国随一と呼ばれるほどに権勢を誇り、裕福なアラゴン公爵家に生まれている。
これで、王太子ランベルト様とはご縁は切れてしまっても、私は後悔しない。
すごく好きになったのに婚約破棄されて、お先真っ暗な不幸になって死んでしまうより、断然ましだもの。
◇◆◇
「……それでは、これより、今年度の卒業式を執り行う!」
ランベルト様の宣言により、乙女ゲーム舞台だった貴族学校の卒業式は始まった。
ここ三年間ほど私は普通の貴族令嬢として普通の学生生活を過ごし、特に取り巻きなども作ることなく健全な友人関係を作って、悪役令嬢であったならあり得ないほどに楽しい学生生活を謳歌していた。
「……あら。イリーナ様。飲み物がなくなっているのではなくて?」
私の隣に居たエリサは聖女と呼ばれている、銀髪碧眼の美女だ。今日は卒業式なので、彼女は美しい青いドレスを着ていた。
今はまだ少女の面影を残しているものの、匂い立つように美しいという言葉は彼女のためのあるような、不思議な色気ある女性だった。
乙女ゲームヒロインはこんなにも美しかったら、好感度の上下なんて関係ないし、一目惚れしてすべて終わってしまうような気もする。
それほどに清楚で儚げで、美しい容姿を彼女は持っていた。
「あら。エリサ様。ありがとうございます。いよいよ卒業式ですわね」
私は彼女が手渡してくれた果実水が注がれたグラスを受け取り、空になったグラスを通りがかった給仕の盆の上へ置いた。
「ええ。イリーナ様のおかげで……何もなくて、済みましたわ」
私がランベルト様にぶち撒けた乙女ゲームのすべての情報は、エリサや攻略対象者たちに共有されて、すべての悲劇は事前に回避しているそうだ。
バッドエンドフラグが立つも何も、旗そのものがすべてないのだから、彼らが苦労するものは何もなかった。
そして、イージーモードも最たるイージーモード。
すべての悲劇の芽を摘み取った状態で、最終的にラスボスをエリサが封印して、今ここにあるのは何の曇りもないハッピーエンディング。
後は、最後のダンスをランベルト様とエリサが踊って終わりかしら。
「まあ。何を言っていらっしゃるの。エリサ様が居なければ、私たちだってどうなっていたか……本当に感謝しております」
「私だって。イリーナ様から先んじて情報を得ていなかったら、大変だったと思います。本当にありがとうございます」
私たち二人はお礼を言い合って、何の危険もなく学校を卒業出来ることを喜んだ。
「それにしても、エリサ様。こんな所に居て、大丈夫なのですか? そろそろダンスの時間ですし、ランベルト様の傍に行かれなくてもよろしいのですか?」
「……え?」
私がそう聞くとエリサは、とても驚いた表情になっていた。
「え?」
何かおかしな事を聞いたかしら。エリサが驚いた表情になったことに、私だって驚いていた。
私は情報をすべてぶち撒けた後、乙女ゲーム進行のすべてをランベルト様に任せていたから、私とエリサと話すのは、たまに世間話をする程度。
性格の良い彼女は誰かに恋人自慢するような女性でもないから、ランベルト様とどうなっているか、全く知らなかったのだ。
もしかしたら、ランベルト様とは違う攻略対象者とハッピーエンドを迎えるのかしら……?
「あの、イリーナ様……何も、聞いていないのですか?」
おそるおそるといった調子で、エリサはそう言い、私は混乱してますますわからなくなった。
「一体、何のお話ですか?」
「イリーナ・アラゴン公爵令嬢!」
その瞬間、背後からランベルト様の声が響いた。
わっ……私の名前? 振り向いた瞬間に、エリサ含む私の周囲に居る人は居なくなってしまった。まるでモーセの海割りの伝説のように、私と彼の間にあった空間はぽっかりと空き、その間をゆっくりと進んでくる影。
「……ランベルト様……?」
私は思いもよらぬ出来事に戸惑うばかりだ。何? ……どうして、卒業式に私の名前が呼ばれるの……?
だって、私悪役令嬢っぽい事をこれまでにひとつもしてないのだから、ここで断罪される理由はないはずだけど!?
「それでは、皆。こちらが僕の婚約者であるイリーナだ。これまでには、政治的な理由があって明かすことは出来なかったが、これからは僕の婚約者であり未来の王太子妃なので、よろしく頼む」
「……え?」
私は突然の出来事に頭が全然付いていかなかった。だって、私悪役令嬢になりたくないから、幼い時の婚約の申し出もランベルト様から断ってくれってお願いしたのよ。
「イリーナ……これで、すべて片付いたんだ。君の懸念事項はすべて取り除いた。なので、卒業式を終えたら、すぐに結婚式の準備をしてある」
「なっ……なんですって!?」
私が素っ頓狂な声をあげると、ランベルト様は悪い笑顔で私の耳元で囁いた。
「しっ……余計な事は話さない方が良い。何かおかしいと勘ぐられるぞ。幼い時に君が嫌だと言っていたすべての懸念を、これで取り除けたんだ。何年も前に予定されていた通りに、僕と結婚しても良いだろう」
「えっ……? え? たっ……確かにですね。私とランベルト様は婚約する予定でしたが……ですが……」
「ああ。僕の父も君の父も、僕と君の二人が結婚することを、強く望んでいてね。良くわからないが、僕と婚約してしまえば女性が近付くと嫉妬して人殺しまでしてしまいそうなので、婚約したくないと言っていると彼らに説明したんだ」
「そっ……それは!」
なっ……なんてことを! 私がランベルト様をすっごく好きだから、彼と婚約したくないって我が儘言っているみたいになっている!
「事実だろう」
「そっ……そうです……」
確かにあの時、すべてぶちまけてやるとばかりに、彼にそう言った。
私が婚約者になれば、ランベルト様に近付く女性を嫉妬して、殺したくなってしまうって。
……恐かったはずのお父様。ある頃からか、私にやけに丁寧な対応するようになっていたけれど、この話を聞いて『うちの娘、こわっ……』って、内心恐れていた……?
えっ……衝撃の事実なんですけど!!
「だから、相談の上で婚約は水面下で執り行い、君には結婚式直前まで、何も伝えなければ良いということになってね」
「……えっ?」
ランベルト様……確かにその通りだけど……だけど、婚約者なら嫉妬してしまうなら、すぐに私と結婚すれば良いですって!?
そんなむちゃくちゃな話あります? 現にこうしてあったみたいですけど!
「イリーナ……これまでに、おかしく思わなかったのか。アラゴン公爵家の美しいご令嬢とあろうものが、誰も……婚約をしたいと求婚する人間が、居なかったのに」
甘く囁くようにして彼は耳元でそう言い、私の顔は真っ青になった。
「そそそそっ……それは!」
確かに、私に求婚者が居ないことについてはまぎれもなく事実だった。だって、社交界デビューを終えた貴族令嬢たちはぞくぞくと婚約を決めて、貴族学校を中退して花嫁授業へと入る。
私は今、卒業式に出ている。つまりは、そういうことだ。婚約者は居ない。
……けど、別に焦ることはないかなって、そう思ってて……。
「と言うわけで、突然だが、明日は僕とイリーナの結婚式だ! 皆も良かったら祝いに来てくれ!」
私を横抱きにしたランベルト様は、会場からの拍手喝采を受けて出入り口の大きな扉へと向かった。
「ままままっ……待ってください。あまりにも話の展開が、急過ぎてですね」
何も……何も、追いつけていない。
もしかして、私って明日には結婚して、ランベルト様の……王太子妃?
信じられないんだけど!
「何を言う。幼い頃に婚約していても同じことだったのだ。王太子となれば、早々に結婚して子を作り血を絶やさないことが望まれる。君はこれを、幼い頃に決められていたのだ」
ランベルト様の整った美しい顔は、私の戸惑いを透かし見て楽しんでいるかのようだ。
「……私、あの……そのですね。結婚するなら、二人の関係を深めてからにしたいっていうか……」
もうここで、ランベルト様からは逃げられないと思いつつ、どうにか心の準備をする時間を取れないかと上目遣いでお願いしたら、ランベルト様は悪い笑みを浮かべて首を横に振った。
「駄目だ。そうしたかったのなら、君はあの時に、すべてを僕に伝えるべきではなかったな」
「婚約の顔合わせの、あの時ですか?」
嘘でしょう……私ったら、全部が全部。自ら墓穴を掘っていたことになる。
「ああ。イリーナと僕が婚約するのは、政治的な理由に他ならないが、君のさっぱりとした気性も気に入ったのだ。君によると容姿が好みらしい、あのエリサよりもな」
「……エリサと、恋に落ちなかったんですか?」
「何を言う。さっき言っただろう。僕は君の方が好きだと。それに、水面下だとしてもイリーナと婚約しているのだから、よほどの事がなければ、君と結婚する。明日、そうするようにな」
真面目で誠実な性格の、ランベルト……それは、そうだよ。
悪役令嬢から悪役要素全部抜いたら、単に容姿端麗な貴族令嬢……そんな人の婚約者が、何もしてないのに裏切るはずもなかった!
乙女ゲームでは勘違いしたイリーナが嫉妬しすぎておかしくなっちゃったから、彼は婚約破棄せざるをえなくなったけれど、本来なら彼が婚約者イリーナが居るのに裏切る訳がなかった。
卒業式会場の扉が、大きく開かれて……私はあの時のぶっちゃけが、正しかったのか正しくなかったのか、今は良くわからなくなった。
だって、恋する間もなく……ランベルト様と、即結婚する羽目になってしまったのだもの!
Fin
お読み頂きありがとうございました。
もし良かったら、最後に評価していただけましたら嬉しいです。
また、別の作品でもお会いできたら嬉しいです。
待鳥園子
※本日新連載始まっております。良かったらページ下部リンクからどうぞ!