シークエル
ヒーロー。誰もが一度は憧れる存在。ほとんどの人々は、その夢を諦めてしまう。いや、現実を知るにつれてそれは〈空想〉として片づけられ、将来の夢という意味ではなくなっていく。
しかし、ここには生まれつき〈超能力〉を持つ少年少女が集められた。彼らは〈悪者撃退団〉と呼ばれ、事件を解決し、悪を倒し、町の治安を守っていた。
2024年4月某日。早朝の悪者撃退団本部。
「おーっす、おはよ!!今輝」
背の高い青髪の少年が、ソファで本を読んでいる眼帯の少年、胡蝶今輝に肩を回し、話しかけた。
「何の本読んでんだよー。また難しそうな活字ばっかり」
「AIに関する本だよ、晴也。おはよう」
「ふーん、面白いのか?」
「面白いか面白くないかじゃなく、知識として蓄えておかないとこの先職を失うから読むんだ。まぁ面白いよ。理解できればね」
今輝の煽るような最後の一言に、青髪の少年、晴也が腹を立て、猛牛のように息を荒くする。
「それどういう意味だ。オレのこと馬鹿にしてんのか!?あぁ!?」
「そうだよ、君はなんでも突っ走る脳筋野郎じゃないか」
「こんのやろぉ!」
晴也が拳を握ると、部屋の温度が変わる。彼の右手に熱が凝縮されていくのだ。まるで熱が彼に味方するように、忠実な僕のように晴也の力と化していく。力が溜まると晴也は、ソファに座る冷静な少年に向けて渾身の右ストレートを放とうとする。
「す、すとーっぷ!!」
今輝の眼前、拳は少女の柔らかな手によって優雅に止められた。
「止めてくれてありがとう、真奈」
真奈と呼ばれる少女は透き通るように綺麗な長い白髪で、可憐で丸い吸い込まれるような蒼い瞳をしていた。
「おい、邪魔すんなよ。真奈」
「だ、だって……喧嘩はだめだよぉ」
「あぁ!?こいつから吹っ掛けてきたんじゃねぇかよ」
「で、でも暴力は……」
ここでようやく今輝がソファから立ち上がる。何かに気づいたその少年は表面では冷徹を保っていたが、内面では子供のように無邪気に心が躍っているのだろう。
「晴也。ズボンのチャック開いてる」
楽しそうに、そう口にしたのだ。
「っな!?嘘だろ」
慌ててズボンを確認する晴也を通りすぎて、今輝は床を触った後、もう少し歩いて振り返った。
「嘘だよ」
「お前……」
またもや怒り心頭の晴也は今輝目掛けて走り出す。しかし、先ほど今輝が触れた部分に晴也の足が踏み込まれた時だった。足だけが思い切り60度の角度斜め上へと飛び上がった。
「うおぉ!!??」
振り上げられた足が晴也の体の重心を崩し、晴也の体は逆さまになって倒れた。
「ちょ、ちょっと今輝……それも良くないよぉ」
「俺たちはこれぐらいが」
「あぁ、ちょうどいい」
跳ね起きでばっちり起き上がった晴也は手を差し出し、それに応じて今輝が手を握る。仲直りの握手。二人はこうして仲良く喧嘩するのが朝のルーティーンなのだ。
「もぉ。危ないよぉ」
真奈にはそれがお気に召さないようだが。
「おぉ、三人ともいつも早いな。おはよう」
そういって扉を開いたのは、ここの団長、棚倉大斎だった。
「おはようございます。団長」
「おはようございまーす」
「ダンチョー、今日はぶった倒していい犯罪者いねーんですかよー」
「ははっ、晴也は血気盛んだな。それをこの活動に活かしているなら結構。だが、今日はまだ事件すら舞い込んでいない」
「んだよ、今日も暇かよ。一週間連続だぞ」
「暇なのは良いことじゃないか!はっはっはっは」
大きな口を開けて笑う団長と、その一方で晴也は不服そうにしていた。
「そうだった。お前達には先に伝えておこう。一人新人が来る」
「!?」
さっきまで小言で愚図っていた晴也が顔色を変えて話にとびかかる。
「まじかよ!ついにオレ達にも後輩が!!」
「そうだ。そいつは来週から来る。今のうちに、最若手故の甘えられる環境を味わっておけよ」
そう言って団長は煙草を吸いに外へ出た。
「おいやったな!今輝、真奈!」
「ど、どんな子が来るんだろうねぇ」
「……」
「おい、今輝どうしたそんな顔して」
「……いや、俺たちは先輩方と比べて解決した事件件数も、貢献度も劣っている。最初は経験値の差だと思っていたけど、二年経った今もそれは変わらない。新人は、そんな俺たちを見てどう思うのかって考えると……」
今輝は俯いて、心配そうに、まるで水晶玉を持つかのように繊細に、言葉を紡ぐ。
「んだよ、んなっこと心配してんのか?」
「だ、大丈夫だよ。新人の子がどんな子かはわからないけど、私たちは正義のもとに集まったんだよ。だからきっと私たちのこと、仲間だと思ってくれるよぉ」
「……俺は君たちとは違う」
「え?」
「俺は、君たちみたいにすごい能力を持っているじゃないし、他のことで役に立つわけでもない。だから俺はー」
「うるせぇ!!」
晴也が壁を殴り、激しく声を荒立てる。
「お前がなんて言われるかはバカなオレにはわかんねぇ!でもな、いつも喧嘩してる仲のお前を侮辱するようなやつだったら俺がぶん殴ってやる!」
晴也の発言に、今輝は動けずにいた。
「なんか文句あるか!?喧嘩すっか!?」
「い、いや喧嘩はやめようよぉ」
「うるせぇ真奈!お前も喧嘩するか!?」
そうしていつものように怒鳴り散らす晴也を見て、今輝は笑ってしまった。こうした日常に、それが続くのだという依存に、心を安堵させたからだ。
「……ありがとう、晴也」
「あぁ」
そうして、その後一週間も大きな事件はなく、変わりなく日常を過ごし、新人を迎える日になった。
「おはよう、諸君。前にも伝えた通り今日は新人が来る。さぁ入れ」
団長の合図とともに、一人の少年が部屋に入る。
「初めまして。西城星治と申します。僕の能力は〈空間と慣性力と重力の操作〉です。どうぞよろしく」
団の全員がその能力を聞き驚く。そこにいる誰よりも不可解で、常識はずれな力だからだ。
「おい、なんかすごそうな能力じゃねぇか?」
「う、うん。この能力はまるで……」
「ほれ、私語を慎めー。とりあえずだが西城は晴也たち第四部隊に任せる」
「え、オレたちが面倒みるんすか!?」
「あぁ、この前喜んでたしな」
「晴也、頑張ろう」
任務の分担が説明され、今日の朝礼は終わった。星治は三人へと話しかけた。
「改めまして、西城星治です。よろしく」
「オレは藤原晴也!こっちのかわいいのが永谷真奈で、そこの細いのが胡蝶今輝だ」
「ど、どうも。真奈ですぅ」
「今輝ですよろしく。多分だけど同い年ですよね。折角だし、タメ口でも?」
「おい今輝!こいつは新人でオレらの後輩だぞ!敬語使わせてなんぼだろ!」
「で、でもなんか同い年に敬語使われるとこそばゆいというか……」
「真奈まで!お前ら……。はぁわかったよ。タメでいこう、タメで」
「そしたらタメで。よろしく、晴也、真奈、今輝」
そう言いながら星治はにっこりと微笑んで見せた。
昼頃になると、四人は任務に出ていた。迷子の猫探しだ。
「はーあ。なんでいつもこういうのばっかなんだよ」
嘆息を漏らす晴也に、今輝が腕を組んで返す。それは、問題児に声をかける教師のように、呆れた声であった。
「俺たちが危険な目に合わないような団長の配慮だよ。朝礼で聞いた内容だけでも、先輩たちの任務は危険だった」
「それでも!オレは悪をぶっ倒してぇの!!」
「ふふ、晴也は乱暴な人なんだね」
二人の会話を聞いて笑っていたのは星治だ。
「新人は黙っておけ!!っておい!あれ」
晴也の指さす先に見えたのは猫、ではなく遠くの大通りで刃物を振り回す男とその仲間と見られる四名の集団だった。集団の一人が大きな袋を担いでいるのが見えた。銀行強盗だろうか。大通りの人間はまだ傷ついていない。どうやら男は威嚇のためだけにその行動をとっているようだった。しかし、放置すれば危険なことには変わりなかった。
「行くぞ、真奈」
「う、うん!」
危険人物相手に飛び出したのは晴也と真奈の二人だった。晴也の能力は〈大気の熱を集め、自身のエネルギーに変える能力〉であり、真奈の能力は〈手で触れた物体の力学的エネルギーをゼロにする能力〉だ。刃物を持った男を前に飛び上がった晴也に集まった熱は右足のエネルギーとなり、男の顔に大きなダメージを与えた。それを見た仲間の男たちが晴也に殴りかかるが、真奈の手が触れた瞬間男たちの一瞬動きが止まり、驚いた男たちは転んだ。
「どうだ、オレ達の力!!」
高らかに拳を上げる晴也。その後ろでガッツポーズの真奈。
「二人とも……。星治、君は本部に。俺は先輩たちに連絡を入れる。だからー」
「今輝、動かないで。僕も出る」
「え、っちょっと!」
突然動き出した星治に驚くが、今輝は二人の方を見て顔色を変える。倒れた男たちが銃を所持していたからだ。
「っ!!晴也!真奈!伏せろぉ!!!」
倒れた男たちは二人に銃弾を撃ち込んだ。空気を切り裂く轟音と共に、二人の体から赤い赤い血が噴き出すのが見える……はずだった。
「ここは僕に任せて」
なんと銃弾は突然地へめり込み、二人には届かなかったのだ。それに、この一瞬の間に星治は今輝の横から晴也の前へと移動していた。
「星治……お前……いつ」
激情した男たちが今度はスタンガンを持つ。そして星治へと襲い掛かる。
「遅いよ」
刹那。星治は目にも見えぬ速さで男たちを気絶させていた。
「……倒したよ。危険人物たちはどうするの?」
そう言って振り返った星治は汗一つ流していなかった。
「え、あ、えーと。本部から護送班が来る。それを待つんだ。連絡はもう今輝がしてるはずだからな」
「わかった」
そしてまた微笑んでいた。
その日の夜の会議にて
「今日の昼過ぎごろ、第四部隊が危険人物と遭遇したそうだが、撃退。それには今日の新人、星治の力が大きかったと聞いている。みんな拍手っ!!」
先輩もその話を聞き、感心と称賛の音を手で鳴らしている。そこにはまだ、一点の曇りもない賛美だけの純粋なものがあった。
「星治に団長の座を渡す日も近いかもしれん……」
その言葉で空気が凍るまでは。
「なーんてな冗談だ」
団長がおどけてみせても、星治に向けられた敵意の目は変わらない。誰もが、団長と言う称号欲しさに、貢献度争いをしているのだ。そこにあらわれた目の敵。まさに〈星〉の名前を持つにふさわしい彗星のごとき新人。殺気はどんどんと大きくなっている。
「冗談だって……」
団長も自身の発言の選択に焦りを感じてしまったのか、無理やりに次の話へと場面は移った。その後、他の隊の任務報告が終わると会議は終了した。自由時間になると、警戒心を持ちつつも、星治に団の人々が話しかけた。星治は出待ちされていた著名人かのように押しかけられていた。
「星治のやつ、人気もんだな。ま、オレたちの命を救ってくれたもんな。……どうした今輝?」
「……い、いやなんでもない。ちょっと……」
晴也に様子のおかしさを尋ねられた今輝は目を背け、一人外へと出た。
「星治を見てると……自分が〈ヒーロー〉なんて名乗っていいのか心配になるんだ」
その言葉に、それだけ思いが詰まっていたのか。この頃はまだ重い重い心を持っていたのだろうか。それは本人にもわからない。ただ生まれた劣等感が彼の良心を苛み、侵害していくのは、見てわかっただろう。ただ、親しい人間にはそれがわからないようで。
その夜の月がもう4度ほど地球に顔を出した頃。深夜にも関わらず、緊急会議が開かれた。集められた団員は何も知らなかった。ただある一人が来ていないことを除いて。
「諸君……晴也が、藤原晴也が遺体で見つかった」
「……は」
その瞬間、温度が世界から消えていくのが感じられた。能力ではない。心が冷めていく。心臓の音しか聞こえない。いや何もかも聞こえてはいる。しかし、脳がそれを認識しない。処理しない。だから、体内で起きる異常だけが感じられる。
「……団長……それは……い、い……一体どういう」
震える今輝の声。肌は汗により冷え切っている。彼の脳みそはただ浮かぶ何故を解消しようとしている。疑問ではない、ただ何故かだけを問うている。
「……例の事件だ」
「……はぁ、はあ、はぁ、はあぁあ、」
「こ、今輝。しっかりしてぇ」
「今輝、一旦仮眠室に行こうか。真奈、君は団長の話を聞いて」
「う、うん。星治」
今輝が連れていかれた後、団長は再び口を開く。
「……晴也の目は抉られ、口からは泡をふいていた。そしてーー」
「胸に虹色の痣……ですか」
「あぁ……。我々が追っている事件の被害者たちと同じ状態が見られた」
二か月ほど前から、悪者撃退団はとある事件を追っていた。それこそがこの〈連続奪眼事件〉だった。被害者は全員目を抉られ、嘔吐するか泡を吹くかしている。そしてなにより特徴的なのが虹色の痣が胸にあらわれるのだ。犯人の目的は依然わからず、悪者撃退団もその正体を突き止められずにいた。
「今我々が死んだ晴也にできるのは、弔いと彼の今までの雄姿を忘れないこと、そして一刻も早く真犯人を突き止め罪を償わせることだ!!団全員、総力をあげて星をあげるぞ!!」
団長の言葉に、団全員が声を上げる。みな、晴也を思い出し、涙し、犯人への憎しみを持ち、それを力へと、今のこの威勢へと変えたのだ。
そのころ、仮眠室で休む今輝は呼吸を徐々に整えさせているところだった。
「今輝、ゆっくりでいい。ゆっくりでいい」
「はぁ……はぁあ……」
「……」
「……はぁ。少し……いや、楽になんてならない……」
喉の奥に、心の中心に、これから何をしていけばいいのだろうという感情が交錯して息を詰まらせる。
「今輝……」
「……はぁ……」
後悔、その何もかもが心を蝕んでいく。そんな時だった。話を終えた真奈が仮眠室の扉をノックした。
「……今輝、大丈夫ぅ……?」
「……大丈夫なわけないよ」
「……そうだよね」
「……真奈。教えて。向こうでどんな話があったのか」
「……晴也は。私たちが追ってる事件の被害にあった……って」
その言葉を聞いて、再度温度が消える。すべて自分のせいだと。今輝はそんな思いで潰れていく。涙が落ちていく。何もかもが、思い出が割れていく。
「今輝。落ち着くんだ。……今はつらくても」
「違う……。今じゃない。過去だ。俺があんなこと言わなければ……。晴也は死ななかった」
数日前のこと。いつも通りソファで本を読んでいた今輝に、晴也が絡んでいた。
「おい今輝ー。オレたちも結構貢献度上げてきたと思わないか?」
「そうだね。まあそれも星治のおかげだと思うけど」
どうやら晴也は誰かのおかげというのが気に食わないようだ。不服そうに愚痴をずっと言っている。
「そんなに愚図らなくても……」
「うるせぇなあ!!ってかお前はどうなんだよ……」
「俺は……なんていうかな」
今輝は本を閉じ、立ち上がる。その片目は、輝き、希望を持っていた。
「あいつの隣なら、ヒーローになれると思ってる。いや、違うな。この第四部隊だからヒーローになれる。そう思うよ」
「……なんか変わったな」
「?」
「いやだってお前、星治が来るってなった時は怖がってたじゃねぇか」
「……そうだね。あの時、星治が来たときは本当に怖かった。あいつの、あんな一等星みたいなやつの横にいて、ヒーローを名乗っていいのか。自分の存在意義が失われたようだったよ。でも、あいつと一緒に任務をしていくうちに、あいつの横で一緒に悪と戦うことが、俺のヒーロー活動なんじゃないかと思ったんだ」
「ふーん、なんかむかつくねぇ」
「え?」
「オレの方がお前と長えこといるのに、オレと一緒にやるのはヒーローじゃねぇって言うのかよ」
「いや、そうじゃなくて」
「へっ。別にいいよ。オレが一番になってやるよ」
「?」
「オレが星治を超えてここの団長になってやる。そしてお前が、今輝っていうヒーローがオレの隣にいてくれる未来を作ってやるよ」
「……あぁ!」
この会話が、晴也を変えた。晴也は任務に関わらず多くの事前活動を行った。事件を事前に防ぐこともしていた。まさにこの数日間は、星治を超えていただろう。その事実が、今輝を締め付けているのだ。
「……晴也」
後悔は消えない。そうして、この日は悲しみに溺れたまま朝を迎えた。朝礼は変わらず行われる。晴也のいつもいたポジションだけは違った。晴也という確かにいたはずのヒーローの存在が〈空白〉になってしまったように。そんな鬱屈とした感情が支配していた朝に、今輝はただ窓の外を見ていた。そして朝礼が終わると、任務のない第四部隊は各々の思いを消化する場所へと赴いた。
「ここの川……よく来たよな」
川沿いの階段に座り、川に反射する太陽と街並みを目に、眼帯をとって焼き付けていた。
「お前が……助けてくれたから……いまがあるのに……」
幼いころの記憶が、その隠していた目の過去が、晴也との思い出が、頭を駆け巡った。今輝の右目は生まれつき緋色だった。左目は黒いのにも関わらず、その右目を見て周りの人間は化け物だと恐れ、彼を迫害した。そんな今輝を救ったのが、晴也だった。今輝にとって、晴也はヒーローであった。追憶は続く。何が正解なのかもわからないまま、時は過ぎていく。だから、川はもう赤く焼けていたのだ。涙を拭っても、拭ってもあふれ出てくる。死は、人にただ悲壮感と無力感と後悔だけを残す。そこに、物語のような感動は湧かない。あるのは負の感覚。それだけだ。今輝はそんな感情の中にいる。
「……晴也。もし生きてたら……なんていうかな。今の俺を見て」
そうして、今輝の頭の中では晴也の声を求める。そして思い出した。
『オレが星治を超えてここの団長になってやる。そしてお前が、今輝っていうヒーローがオレの隣にいてくれる未来を作ってやるよ』
「そうだよな……俺は、お前の隣でヒーローになるんだったよな」
この言葉が、今輝を立ち上がらせてくれたのだろう。〈夢〉をあたえたのだろう。
「俺が、一番になってやる。そして、晴也というヒーローに、その空白に。俺はなる」
今輝の目が、いつもよりも緋く輝いているのは、夕焼けのせいだけではなかったのだろう。
そこから二か月。第四部隊は、今輝を中心にして例の事件解決に向け大きく躍進していった。そんなある日のこと。
「団長が!!」
入ってきたのは団長、棚倉大斎の訃報だった。彼は例の事件の犯人が個人ではなく、団体であることを掴み、そのアジトの一つへと乗り込んでいったのだ。しかし、その団体もまた超能力を有しており、大斎は戦いに敗れ、殉職したのだ。
「我々第一部隊隊員が聞いた、団長の、大斎殿の最後の言葉を、みなへ伝える」
その言葉には、事件のことや一人ひとりに向けた言葉もあったが、何より団員を驚かせたのはー
「西城星治を、第三代目団長に任命する」
という言葉だった。
その言葉通り、星治は団長となり第四部隊は団の中心的部隊となった。団は前団長と晴也の死により、この事件解決への、犯行グループに対する報復への、その士気が上がっていた。そして二週間後ついに、犯行グループの一部を倒し、逮捕することに成功したのだ。これにより、事件解決へ更なる一歩を踏み出せると思っていた矢先だった。
「今輝……。真奈が……」
突然だった。雨の降っている秋のことだった。珍しく息の切れた星治が今輝に、それを伝えたのは。
「真奈が……。死んだ……」
「……は」
何故だろう。今輝は何故、こんな行動をとってしまったのだろう。自分も同じはずなのに。そうであることに変わりないのに。自分で言っていることがすべて自身にも当てはまっているのに。彼はどうして、星治にここまで怒りをぶつけているのだろう。それは簡単だった。今輝は心の中で、星治を、彼を絶対に追い越すことのできない一番のヒーローだと認めて、晴也の語った夢すらも叶わないと、そうどこかで信じてしまうほどに、ヒーローだと認めてしまっていたのだ。
「なんで!!どうして!!なんでお前が団長なのに、真奈が死ぬんだ!!!」
「……」
「なんか言えよ!!お前ヒーローだろ!!なんで……なんでぇ!!お前がいるのに真奈が死ぬんだよ!!!」
「……今輝、すまなー」
「黙れ……。お前なんて、ヒーローでもなんでもない」
星治の言葉を強制的に遮断して、今輝は部屋の外へと出ていく。
「……ヒーローなんて……いやしなかったんだ……。俺は、俺はなにを目標に……」
今輝は一人、雨の降りしきる町を歩く。心の冷たさなのか、雨の冷たさなのか。それは今輝にもわからない。頬を伝う水滴が、涙なのか、雨なのか。それすらも。
「……もう、いいや。ヒーローなんて……。そもそも、晴也のいない世界に……俺は生きていない。ただ、俺を迫害した世界が憎かった……。それが……慈善活動……?」
自問自答、とも言えぬ答えを求めない問いを今輝は続けて歩いていた。もう何時間立つだろう。雨は止まず、地に落ちる音が、今輝の精神と外の世界とを遮断していた。そんな時、前から大きな荷物を持った老人が歩いていた。老人は大切そうに重そうに、しかしどこかうれしそうにその荷物を持っていた。
「……」
今輝は何を思ったのだろう。その老人とすれ違うその瞬間、肩をぶつけてみたのだ。老人は体勢を崩し、持っていた、その大事そうにしていた荷物を落としてしまった。そして何かが割れる音が、雨音を退けて聞こえてきた。その音は、今輝の中の大切な、いやお荷物だったものが割れた音かもしれない。老人の顔から色が、嬉しそうな感情が消えていくのがわかった。中を急いで見る老人。音で割れていることなどわかっているのに、あれは幻聴かもしれないと無駄な期待をして中を見る。そこには、雑に作られたようにしか見えない皿が、割れていた。
「あぁ……あぁ……」
老人は言葉を失う。この老人が持っていた皿は孫が作ったものだったのだ。祖父のためを思って作られた皿だったのだ。だから、こんなに粗雑でも老人は嬉しがっていた。大切に運んでいた。しかし、それが割れたのだ。なんとも言葉に表せない感情であろう。それは今輝にも覚えのある感情だ。何かを失うこと。希望が、全てがなくなっていくことを。これを何と呼んでいただろう。それを知りたいと思ったのだろうか。否、その表情が、その感情に溺れた人間を見ることに快楽を見出してしまったのだ。今輝は、老人を後に、さらなる快を求めさまよう。
そこから数時間。今輝はいくつ快を得たのだろう。そのために何人の希望を奪ったのだろう。そうして飄々として彼は夜道を歩き続ける。歩道橋を渡ろうと、階段を数段登ったところだった。目の前で前腹の膨らんだ若い女性が転ぶのが見えた。それに対し、今輝はなんと手を取り、落ちないように支えたのだ。今輝は人を助けてしまったのだ。自分の行動を信じ難いと思ってしまった今輝は既に悪で快楽を味わうことに慣れてしまったのだろう。そんな彼の中には、心の奥底には、まだヒーローとしての心が残っていたのだろうか。まだ、この時は。
「あぁ……ありがとうございます……本当に……ありがとうございます」
「あ……いえ……」
女性はひどく今輝に感謝していた。彼女は妊婦であった。もし、今ここで下まで落ちてしまっていては、中の子供は……。それを今輝は救ったのだ。
「本当に……よかった……私、この子と会うのを本当に楽しみにしてるんです。これからこの子がどんな人生を歩んでいくんだろうと考えると、楽しみでしょうがないんです。この子が健康に過ごすことが、元気に成長してくれることが、私の夢なんです」
「……そうですか」
「すみません!突然。あっそうだ。これどうぞ」
女性は持っていた買いもの袋の中からコーヒー缶を取り出し今輝に渡した。
「なんていうか、本当ならもっとちゃんとしたお礼をしたいんですが……今はこれしかなくて。お名前を教えていただけないですか?」
女性の問いに、今輝は目をそらす。
「……名乗るほどの者ではないです。コーヒーいただくだけで。それでは」
コーヒーを受け取ってすぐ、逃げるように今輝は歩道橋を渡る。今輝の頭の中では、自身の悪と善とが喧嘩をしていた。自分が何者であるのかわからなくなっていった。答えを求めていた。ヒーローであると、希望はあるのだと。世界に解を欲してしまった。それが間違いだった。歩道橋を半分ほど歩いたところで、突然大きな音が夜の街に響いた。振り返った今輝の目に入ったのは、黒い車体が赤く染まった自動車と、青信号の横断歩道の上で血まみれになって倒れている先ほどの妊婦だった。それが、答えだったのだろう。人を助けても、意味がないのだと。あの幸せそうな顔をして夢を語っていた女性も、こうなってしまった。未来が消えてしまった。ヒーローなど意味がないのだと、喜びに、希望に上限があるのだと。それに比べて、失うことには、この負の感情には底がないのだと。すべてを理解したことにして。
「……ぁははははは……っあはっはあはぁはあ……はあっはぁ……ぁははははは!!!!!」
夜の街に声が響く。今まで希望を求めていた自分への、嘲笑の声が。そしてむせ返っては、また嘲笑う。そして少しずつ声が掠れていく。止むことを知らぬ、雨の中で、頬が濡れる。声がまた大きくなる。
「っ……ぁっは……はははぁ……ぁは……ぁぁ……」
そして、コーヒーを飲み干す。一日中歩き回って疲れ切った体は、虚偽の元気を得る。クマの目立つ瞳が、その緋い目が冴え切る。その光に何をこれから映すのだろう。誰かのあの顔だろうか。あの感情に満ちた顔。何を失うことで、何が、その感情に変化するのだろう。何が、何のために、何故……。自身の劣等に任せて友へ叱責したことも、友を思い出し目指すと決めておいて、終えることなく諦めた野望があることも、何もかもが、どうでも良くなった。重い感情など、なに一つもない。
数週間後。今輝は人々の希望を奪う悪党として知れ渡っていた。彼はヒーローという夢を捨てた。希望を失う感情を与えることに快楽を覚えるのだ。闇へ、堕ちていく。悪に、悪に。まるで他人の人生などどうでもいいかのように、いや、自身の人生すらも軽々しく、飄々と悪事を働くのだ。彼のことを人々はこう呼ぶ……〈軽薄ヴィラン〉。
軽薄ヴィランがあの日、あの悪天候な世界でたどり着いた答え。それは、希望があるから落胆する。心が傷を受ける。つまり悪である。あの時誰もが持っていたあの感情になる何か。それは未来に期待し、喜び、楽しみにする正の感情の総称。そしてあの感情の名。
〈夢〉それこそが〈絶望〉なのだ。
どうも、ぽこです。
読んでいただきありがとうございました。
僕の初めての短編作品です。高校生らしい文章だと思いますが、内容の方はちょっと過激だったかと思います。書いていて泣きそうになる場面が多々ありました。この作品を読んで、どんな感情でもいいので心が揺れ動いてくださっていたら嬉しいです。
この作品名『シークエル』には「続編」という意味があるのですが、作品自体は続編ではないです。むしろここから先につながっていきます。連載作品ほど多くなるわけではないので短編とさせていただきましたが、この作品は三部作構成になります。第二部作目からは今作であまり触れなかった超能力の深堀りもしていきます。お楽しみに、お待ちいただけると幸いです。
改めまして、読んでいただきありがとうございました。