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呪いと輪廻

作者: マーシャ

 一度目の生で、私は彼のことがたまらなく好きになってしまった。

 優しい瞳も、柔らかな髪の毛も、骨ばった手も、黒縁のメガネも、全部全部好きだった。


「楓、おいで」

「にゃーん」


 楓の木の下に捨てられていた私を、彼は『楓』と呼んだ。

 彼のお陰で私は命を繋いで、こうして幸せに暮らしている。

 私の命の灯火が消えるその瞬間まで、彼は私のことを撫で続けてくれた。

 私は彼のことが好きで、どうしても離れたくなくて、彼に呪いを掛けてしまった。彼が、何度も何度も生まれ変わる呪いを。

 私が最後に見たものは、ガラス玉のような彼の瞳に映る、黒い毛皮を着た私だった。

「次もまた、ちゃんと猫に生まれ変わって戻っておいで。探すからね、絶対に楓のこと見つけるから」

 彼が最後に呟いた言葉は、私の耳には届いていなかった。




 二度目の人生で、私はいとも簡単に彼を見つけてしまった。

 彼はなんと、俳優になっていた。

 たまたま仕事終わりに見たドラマで、彼は煙草をふかしていた。前世では煙草なんて吸っていなかったから違和感があったが、現世の彼にはとても似合っていた。

 私は彼が出演する舞台を観に行った。緊張で胸が張り裂けそうだった。

 目が合ったらどうしよう。彼が私に気づいたら、どんな反応をとってくれるんだろう。

 観劇中、私はずっと心臓が痛かったが、彼が私の方を見ることはない。

 私は彼が出演する舞台、ドラマ、映画は余すことなく目を通した。彼は生涯結婚することなく、演劇の世界に身を溶かしていった。

 彼の瞳に私が映ることは一度としてなかった。




 三度目の生で、私は彼を見つけるのに少し苦労をした。

 彼は、大きな木になっていた。

 毎日空を飛びながら彼を探していた私は、公園にある木で羽を休ませようとした。その木の枝に止まった瞬間、私は今まで感じたことのないほど温かな気持ちになり、その木が彼だと気づいた。

 私はたまらなく嬉しくなって、毎日彼に止まっては歌を歌い続けた。

 彼は無言で佇んでおり、私の歌に反応してはくれなかった。それでも私は歌い続けた。

 私が病気になって命を落としたとき、その公園によく来ていた子供が、彼の足元に私を埋めてくれた。

 彼の瞳に私は映っていただろうか?




 四度目の人生で、私は彼の写真しか見ることができなかった。

 祖父の子供の頃の写真を見せて貰っていたとき、そのなかの1枚に祖父と彼が写っていた。


「おじいちゃん、この人はだあれ?」

「ああ、これはおじいちゃんの友達だよ。もう亡くなってしまったけど、本当に仲がよかったんだ」

「ふぅん…」


 私は、現世では彼と会えないようだ。

 歯を見せて笑う祖父と横で、なんだか緊張した面持ちを見せる彼。

 私はその写真を貰い、毎晩毎晩見た。

 彼の瞳には、何が映っていたんだろう。




 五度目の生で、私はとうとう彼を見つけられなかった。

 どこを探しても、彼はいなかった。

 絶対生まれ変わっているはずなのに。

 私は土の中に潜ってばかりいて、雨の日だけ外に出ることが出来た。彼を探したい気持ちが強すぎて、土に潜ることを忘れ、陽に焼かれて動けなくなってしまった。

 彼を探すのに一生を使い果たしても、彼は見つからなかった。




 六度目の生で、私は怖くなってしまった。

 もし現世で見つけられなかったら。私は彼がいない生を、あと何度繰り返せばいいのだろう。

 彼がいなければ、私の生などなんの意味もないのに。彼と一緒に生きられないのなら、一番最初のときに、死んでしまえばよかった。

 私は不安に追い詰められながら、必死に彼を探した。

 彼はなかなか見つからなかった。

 彼に見つけて貰った楓の木の下で、私は声が枯れるまで泣いた。


「…楓?」


 俯く私の頭上から、懐かしくて堪らない声が聞こえた。

 顔を上げると、そこには彼がいた。

 優しい瞳も、柔らかな髪の毛も、骨ばった手も、黒縁のメガネも、全部全部好きだったときの彼のままだった。


「やっと見つけた」


 彼に抱き抱えられた私は、必死にすがり付いた。もう二度と触れられないと思っていた彼の温もりに包まれて、これ以上ないくらいに喉を鳴らした。


「だめじゃないか。お前、何度か猫じゃないものに生まれ変わっただろ。ずっと探していたんだよ」


 私もずっと探していたのよ、と言わんばかりに、彼の頬を舐める。


 「ちゃんと約束しておこう。何度生まれ変わっても、楓の木の下で会おうね」


 私の呪いを約束に変えて、彼は柔らかく微笑んだ。

 何度生まれ変わっても、きっとこれからは大丈夫。

 

 

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