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俯いていたエナガは、チャボに真っ当な提案をした。
「その、け、警察にいくのが、いちばんいいんじゃないかな?危ないし、この人たちが怪我をしたら、その……」
声はしぼんでいき、エナガはまた俯いた。
「駄目だ」
きっぱりとチャボはきつくいった。
「こんな話、警察が信じるか。信じてくれるかもしれんが、世界機構の耳にまで届いたら、いらぬ噂をたてられ生きにくくなる」
「ご、ごめんなさい。いらないこといって」
エナガは泣きそうな声で謝った。チャボはエナガのトラウマに触れてしまったことを察して、慌てた。
「違うんだ、エナガ。怒ったわけじゃない。お前が間違ったことをいったわけじゃない。これは秘密だったんだ。わたしとシジューの。そしてお前との。誰にも見つかってはいけない秘密だったのだ」
チャボはアトリとヒクイに部外者のような眼差しをやった。そしてその自らの愚かさにまぶたを閉じた。
「仕方ない」
チャボは自分を納得させるようにこぼし、まぶたを開けた。そして、からだを起こした。
「こんな弱いからだでは、娘を守ってやれない。大事なんだ。ベッドの上からすまない。娘を守ってください。お願いします」
エナガはふたりに頭をさげるチャボを心配そうに見つめた。すると、エナガの顔の横からアトリの腕が伸びた。エナガとチャボはアトリを見上げた。
「まあ、俺のせいでもあるからな。最善は尽くす」
アトリは手のひらを広げる。チャボは右手を出し、ふたりは握手をした。ヒクイはそれをほほえましく眺め、話を進めた。
「俺は金が貰えるならなんでもしますよ。それで、操縦室の場所がわからないにしても、壊すってどうやって?ダイナマイト?」
「そんなものでは壊れない。その銃で壊すんだ。シジューに頼まれ、手元に置いておいた」
チャボは白い銃を手にした。
「弾は三発ある」
チャボは手のひらに弾を出して三人に見せた。エナガはガラスみたいだと思った。
「透明な銃弾なんか、玩具みたいだな。これで人殺せるのか?」
「殺せる」
アトリの正直な感想にチャボはと即答した。
「しかし、これは人を殺すためのもではない。ピンパーネル君は知っているだろうが、ジソウはてのひら程の大きさの丸くて平たいかたちをしている。透明で、中には黄色い液体が入っている。あの黄色い液体は特殊なマイナスエネルギーでダイヤモンドも溶かす。まわりの透明の物質はそれを保護して、この銃弾と同じ特殊な物質でできている」
「特殊、特殊ばっかりだな」
アトリは苦笑する。
「そうとしか説明できないのだ。なんせ、過去の未来人がつくったものだからな。操縦室も同じ物質でできていて、その壁の向こうには、ワームホール内での強力な重力から守るため、液状のマイナスエネルギーが詰まっている。操縦室の壁もまた、ジソウと同じ材質だ。この銃弾で撃ち抜けば、中から液体が溶けだし、操縦室は破壊される。これはそんな緊急事態のためにつくられた銃だ。最悪、操縦室が見つからんでも、ジソウだけでも壊してくれ。それでも、タイムトラベルを阻止できる」
「いや、ジソウは取り返しますよ」
アトリは最低条件をはねつけた。
「展示物を取り戻さないと、クビの取り消しの意味ないだろう」
チャボは面喰らい、笑った。
「律儀な人だね」
「見かけによらずでしょう?」
ヒクイが茶々をいれる。アトリがむっとする。
「お前は、本当によけいなことをいう」
「ついね。でも、その特殊な液体で操縦室を壊したとして、地下にあるなら陥没しないんですかね?」
「それはやってみないとわからない。周りの人間を巻き込まないように最善を尽くして欲しい」
チャボは白い銃に銃弾を込め直すと、アトリに差し出した。アトリはそのどこか神々しく美しい銃をしばし眺めると、受け取り、背中にさした。双子が二階にどたばたと上がってき、客室にやってきた。
「警察きたよ」
ビタキがひそひそ声でアトリたちに嬉しそうに教えにきた。
「不機嫌な警察がきたよ」
ルリも嬉しそうにはしゃいだ。アトリとヒクイは客間を出る。
「お姉ちゃんも行こう」
「わたしも?」
「仲間はずれはダメだから」
ルリがエナガの腕を引っ張り、部屋を連れ出された。アトリとヒクイは踊り場から聞き耳を立てている。エナガも踊り場にそっと座ると耳を澄ました。
「アトリ・ピンパーネルとヒクイ・ジュニパーがここにいますよね?」
眉間に皺を寄せたニオ・ハニーサックルがイエにぶっきらぼうに尋ねる。元上司の奥さんに不愛想にしているつもりはニオにはなかった。ニオは上機嫌でも不機嫌に勘違いをされる。本人はそのことを諦めている。
「ニオ、あなた巡査部長になったんだってね。おめでとう。死んだ旦那も天国から喜んでるわよ」
イエがニオの二の腕をさする。ニオの眉間から皺は消えない。
「ありがとうございます。アトリとヒックいますよね?」
ニオは流されずに質問を繰り返した。イエは手を止めて離れると、腕を組んだ。
「なぜ、そう思うんだい?」
「すぐには答えられませんね」
踊り場のアトリが舌打ちをした。
「あいつがああいうときは、意地が悪いときと嫌味をいうときだ」
「そうか?照れ隠しにもいうけどな」
「らちがあきそうにないから、俺行くわ」
「え、おい」
ヒクイが止めるより先に、アトリは動いた。階段からおりてくる音が聞こえ、イエが驚く。アトリは、ニオの前までいく。
「アトリ、なんで出てきたの」
イエがとがめる。
「さっさと終わらせた方がいいだろう。俺が話すよ」
イエはため息を吐くと横によけた。アトリはニオの正面にきた。ニオはこげ茶の髪をツーブロックに分けて、撫でつけている。グレーブラウンのスーツに身を包み、ジャケットは着ておらず、ベストだけだった。それでもネクタイはきちんとつけ、袖もおらずにボタンをきっちり留め、四角いホワイトグレーのカフスボタンを付けている。足元を見れば、光沢が出るまで磨かれた靴。服装に関しては、アトリとニオはまさに正反対な性分であった。
「それで?なんだよ」
「なんだよ?」
三白眼の釣り目でじろりとニオはアトリをにらんだ。
「車を爆発させて、サンシ橋を破壊した。それに、ど派手なカーチェイスをしたそうだな。バイクに乗っていたふたりが負傷した」
「死ななかったのか」
アトリは内心ほっとした。
「死んではないが、両方とも骨折した。しかもあれはバンの仲間だ。不良というのはお礼参りやらなんやら、報復には律儀だからな」
「バン?」
アトリには聞き覚えのない名前だった。
「バン……」
踊り場でエナガが聞こえた名を呟いた。