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ウォッチアウト  作者: ヒルマ・デネタ
第一章 時計の町
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1-5


「朝、突然家にきて。そしたら、おじさんがわたしを連れて勝手口から、」

「逃げてきて、今ここにいるってことだね」

 エナガはヒクイに頷いた。

「さっき館長さんが狙いはお前だっていってたけど」

 それはエナガも聞いていたが、身に覚えがなかった。不安げにスカートを握る。

「ごめんなさい」

 エナガは謝ることしかできなかった。すぐに謝る内気なエナガは、がさつなアトリの手には余った。沈黙が流れる。アトリはチャボが大事そうにしていた、ケースを顎で指す。

「そのケース中身は?」

 エナガはケースを手に取った。ためらったが、状況の答えがわかるならとケースを開けた。エナガはなかを見て息を飲んだ。そこには早朝の雪のような真っ白い冷たい拳銃があった。ヒクイは上から覗き見る。

「綺麗な銃だな。本物か?」

「銃?」

 アトリは立ち上がり、エナガのうしろに来ると、しゃがんで覗き見た。

「こっちが奴らの本当の狙いか?」

「ちがう」

 アトリの言葉を否定したのは目を覚ましたチャボだった。

「おじさん」

 エナガは銃の入ったケースをベッドに置くと身を乗り出した。

「エナ」

チャボは愛おしそうに、そして申し訳なさそうにエナガの髪をなでた。

「あいつらの狙いはこの子の血だ」

「血?」

 アトリは顔をしかめた。

「なぜ、わたしたちを助けてくれた」

 チャボは礼よりさきに疑問を投げかけた。

「あなたが追われているのをたまたま見かけて。まあ、本心はあなたに恩を売ったらうちの可愛い弟のクビが取り消しにならないかな、と」

「おい」

 アトリがヒクイを睨む。チャボは怒りもせず、そうかと零した。

「昨日のわたしは焦りでどうかしていた。感情的になっていた。すまない」

「謝られても困りますけど」

 アトリは不器用にいった。チャボは吐息を漏らす。

「一年前、時間教たちが世界機構の本部前で宣言をした、あの日から気が気ではなかった。そして昨日、ハーリキン市にわざわざ時間教が出頭した。『ジソウ』が盗まれた。あいつらにばれている。すぐに逃げなければならなかったのに、わたしは倒れてしまって、このざまだ」

「ばれてるって、なにが?」

 アトリに問われたが、チャボはいい淀んだ。それは親友に教えてもらった、大きな秘密であった。チャボは喋り過ぎたと後悔をしてしまい、唇を閉じてしまった。そこでヒクイが持ちかけた。

「弟はそちらをクビになってから、うちの便利屋で仮雇用しているんです」

 身に覚えのないアトリは反論しようとしたが、ヒクイに容赦なく口を叩かれた。あまりの痛みにアトリは口を押えた。

「便利屋なので依頼をしてもらえれば、エナちゃんを助けてあげることができます。お金は後払いで結構です。あいつらはまだ、あなたたちを捜しているでしょう。今のままじゃハーリキンから逃げるのだって無理です。時間教に関係ある、あんなやばい奴らを相手できるのはハーリキンでは、ヒガラ兄弟ぐらいだと」

 ヒクイは自分の商売を売り込みつつ、柔らかくチャボを説得した。ただの正義感の善意ではなく、金をしっかり請求するあたり、ぬかりがないなとアトリは内心で呆れた。チャボは観念したように話し出した。

「時間教は知ってしまったんだ。ハーリキン市は未来人がつくった、街ではないことを」

「どういうこと?」

 エナガは常識に反することを口走ったチャボに困惑した。

「ハーリキンは未来人がつくった、タイムマシンなんだ。この街すべてが、タイムマシンなんだよ」

ヒクイもあまりに突拍子のないことに真顔になった。

「それは時間マニアにとっては常識なのですか?」

「違う!」

 チャボは声を荒げてヒクイに反論した。

「だれにも知られてはいけない秘密だ。わたしもシジューに教えてもらった」

「お父さんに?」

 エナガの頭に、病室の窓から外の景色を眺める父の姿が呼び起こされた。

「そうだ、エナガ。お前には十八歳になったらいおうと思っていた。実はな、シジューは単純な時間マニアではなかったんだ。先祖について調べていたんだよ」

「どういうこと?」

 エナガは困惑するばかりで、チャボの話の先が見えなかった。チャボはエナガの黒く濁りのない瞳を見据えて、喉に力を入れた。

「エナガ、お前には未来人の血が流れている。ハーリキンの大虐殺から逃れた未来人の子孫なのだよ」

 エナガは、チャボの言葉がうまく飲み込めず、頭の中を通り過ぎていく。普段からジョークもあまり口にしないチャボがこんな状況でこんな真剣な眼差しでエナガに嘘をつくわけがなかった。それでもエナガは思考が回らず、ぼんやりとしてしまった。チャボはエナガの心情を気にしながらも、過去の記憶へ飛んだ。

「シジューはハーリキンの歴史について知るために、わたしが主催した時間マニアの集いによく参加するようになった。わたしたちは唯一無二の友となった。そしてシジューは人生最後の場所にハーリキンを選んだ。不思議というのか、皮肉というのか、ハーリキン虐殺から逃れた未来人の子孫が、ハーリキンで命の最後を迎えるとは」

 ああ、綺麗な黄色い花だ。綺麗だな。信じた希望の光に似ている。命が途絶えるほんの前、途切れそうな声で病院の庭にふらりと咲いた花をみて零したシジューの記憶の声がエナガの心臓をしめつける。

「ハーリキンの病室で、シジューはエナがハーリキンの未来人の子孫だと教えてくれた。そして、ハーリキン市がタイムマシンであり、動かすには盗まれた『ジソウ』が必要だということを」

「もしかして、そのジソウというのは、盗まれた間接照明のことですか?」

 チャボはヒクイにそうだ、といった。

「本当はずっとあれが間接照明かどうかも怪しかったんだ。けれど博物館ができてからずっと、あれは間接照明ということになっていた。シジューはあれを博物館で見たとき発狂しそうになったといっていたよ。残っていたとは思ってなかった。ジソウは略語だ。正式名称は時空透過誘導移動防御壁装置、略してジソウだ」

 アトリは舌を出す。

「タイムトラベルに必要不可欠だという。タイムトラベルをするには、大きな星をひとつ壊して、ブラックホールをつくらないといけないのは知っているだろう」

「ブラックホールをつくって、時空間があるトンネルを通り、ホワイトホールから出る」

 エナガは小学校の歴史の授業で習うことを答えた。

「タイムトラベルの簡単な理屈はたいがいの人間が知っている。歴史として習うからな。それでもできないのは今の人間にそれが可能な技術と物質の再構築ができないからだ」

「しようとすれば、時間犯みたいに国際指名手配になっちまう」

 アトリがいった。歴史の反省として、世界の秩序維持を目的とする組織、「世界統合機構」がタイムトラベルの実行を禁止している。この組織は「世界機構」と主に呼ばれ、唯一無二の世界最高機関で、世界の基準を定めている。シンボルマークは、二重円の中に二重十字線が引いてある。円は平和と協調、縦線は正義と牽引力、横線は平等と安穏をあらわしている。

「ジソウはブラックホールまでのテレポート機能、時空間があるトンネル、時間マニアの中ではこのトンネルはワームホールと呼ばれている。そのワームホール内からホワイトホールまでの誘導をこのジソウがしてくれる。このジソウをはめるところが操縦室にあるらしく、そうすればワームホール内の強力な重力からタイムマシーンを守るための黄色い光の防御壁ができると聞いた」

「それで、その操縦室はハーリキン市のどこにあるんですか?」

 ヒクイの質問にチャボは首を振った。

「それはシジューも知ることはできなかった。たぶん、地下にあることは間違いない。最後まで操縦室の入り口を捜したみたいだがな。勘違いしないでくれ。タイムトラベルがしたかったわけではない。ただ、確かめたかっただけだよ」

ヒクイはアトリがどんな顔をしているか気になったが、ふり向くのはやめておいた。

「わからないが、操縦室の入り口はハーリキンの未来人の血を持った人間にしか開けられないらしい。血が鍵なのだ。部外者が動かせないように登録されたDNAにしか反応しない。だからタイムパラドックスを証明したいあいつらは、エナを狙う。だからお願いだ。ピンパーネル君、クビは取り消す。お金も出す。この子を守って、操縦室を見つけ、壊してくれ」

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