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プリベストは即答した。隠すこともごまかすこともしなかった。そのいさぎよさに、エナガはまごつき、それ以上のことをいうのはやめとこうか迷った。
「まあ、答えはだいたいの人間が知っているよ」
「そんなはずはないです」
世界統合機構がタイムトラベルもタイマシン製造も禁止しているのは、誰もが承知の上であった。未来人の知識と技術を世界統合機構が秘匿に管理しているという噂話は昔話のひとつとして流布されていた。
「未来は過去にあり、過去は未来にある。これがタイムパラドックスの答えだよ」
それは誰もが知っている言葉であった。でもエナガはそれが答えだといわれても、腑に落ちないし、深読みするにしてもそれだけの未来人に対するほぼ知識はなく、突き詰めることはできない。
「俺も組織の人間だからね。嫌われ者だけど、ここまでお勉強はおしまい」
「再認の、」
そこまでいって、エナガは飲み込んだ。グースベリーから聞いた「再認の追加」がタイムパラドックスと関係があるのか聞こうとしてしまった。プリベストの目つきが変わり、エナガはたじろいだ。
「再認の追加ね」
最後までプリベストがいってしまった。
「グースベリーか」
「無理矢理聞いたの。あの人に何もしないで」
エナガは必死に弁解した。プリベストは目を細め、企んだ。
「取り引きしよう」
「取り引き?」
「俺はタイムマシンの操縦室に入らなければならない。仕事をしないといけないからだ。それにはあんたが必要だ。それまで絶対俺を裏切らないで。素直に操縦室を開けて。そしてオークロに俺の正体を口にしない。そしたらグースベリーに何もしない。オーケー?」
エナガには頷くしか選択肢がなかった。
「よし、じゃあ、友情の証として、お勉強の続きをしてやろう。再認の追加とは、タイムパラドックスの証明の言葉だ」
プリベストはるるとして喋り出した。エナガは、聞きたくない気持ちもあり、聞いても理解ができず戸惑った。
「親殺しではないけどね。ある論文を完成させた先生がいる。助手がその論文を持って過去にタイムトラベルして、論文を書く前の先生に未来から持って来た完成した論文を渡して、帰って来る。どうなったと思う?わからないだろうから、先に進む」
プリベストは馬鹿にすることを楽しんでいた。エナガは腹が立つ余裕もなかった。
「変わったのは先生の記憶だけだ。先生の記憶には、自力で論文を書いた記憶と、未来の助手から完成した論文を受け取った記憶、両方あった」
エナガはプリベストの説明が飲み込めず。難しい顔をした。プリベストは苛立った。
「だからね、変わったのは記憶だけ。親殺しで例え直すと、例え息子が自分を産む前の母親を殺しても、過去に未来の息子に殺されたっていう記憶だけが追加されるんだ。タイムトラベルをすると記憶と思考もタイムトラベルし、タイムトラベラーが影響を与えた人間の記憶に情報が追加される。変わるのは記憶、思い出だけさ。運動時空、存在には一切変化がない。未来は過去に影響を与えない。因果律は守られる。あれだよ、時間が操れても、時間は手に入らないってことだ。ロマンだよね。これが再認の追加。この再認の追加はタイムトラベラーに直接、間接を含め接触した生存している人間の脳に発生する作用なんだ」
すべての思考がタイムトラベルする。グースベリーが思考時空を通ってタイムトラベルとするという話をエナガはなんとなく理解した気がした。けれどあまりにも非現実過ぎ、色々と疑問らしきものがあった。
「でも思考とか記憶って、個々の脳が持ってますよね。ばらばらの思考がどうしてまとめてタイムトラベルできるんですか?」
プリベストは軽蔑の眼差しをエナガにやった。
「我々はそれぞれ進みは違うにしろ、同じ時間を共有している。空間もだ。だから、思考を共有していたって不思議じゃない。現に思考時空は存在する。第六感とか、勘が鋭いとかいうだろう。あれは、思考時空のパーソナルスペースの壁が薄い奴だ、やたら絡みついている人間のタイプだ。要するに、すべての人間は脳も記憶も時間も宇宙で繋がっているのさ。最高に気持ち悪いね」
プリベストはひとり楽しそうであった。だから洗脳実験はあったと、プリベストは自分の思考のなかでつけ加えた。けれど足音が聞こえた途端、顔の表情を一瞬で変えた。そして口早でエナガに耳打ちをした。
「約束破ったら、グースベリーも無事じゃないし、あんたも殺す」
「え?」
「オークロから今俺が話したことを聞いたことにして、お前を殺す理由にする。それで報告書は問題ない」
やむを得ない殺す理由として、プリベストは秘密を喋ったのだ。
「約束は守ってね」
ヤマガラのときの声に戻っていた。エナガはプリベストの喉をまじまじと見る。未来人の技術がそこに埋め込まれているんじゃないかと想像した。
部屋のドアが開く。エナガと向き合って座るヤマガラの姿を見て、オークロは疑いに顔を歪めた。
「なにかよけいなことはしていないだろうね?」
「俺を変態扱いするなよ。少し暇つぶしにお話ししてただけさ。あまり相手にしてくれなかったけど」
プリベストは立ち上げると、椅子を引きずって壁の方に移動した。入れ替わりでオークロがエナガの前に立つ。プリベストの正体を知ったおかげだろうか。喫茶ヤドリギで会ったときよりもエナガの恐怖は薄らいでいた。
「君のお喋りは役に立ったようだよ。さっきよりこの子、落ち着いている」
オークロにそう指摘され、エナガは内心焦り、俯いた。
「タイム様と話したんだよね?どうだった?」
オークロはエナガの怯えがおさまっていることを問い詰めることはなく、自分の主人についてエナガにたずねた。エナガの脳裏に、血を口から流倒れたタイが蘇る。
「あの人、死ぬんですね」
エナガはそんなことを口走った。自分でも驚いたが、出た声はとても落ち着いていた。ゆっくりと顔を上げて、オークロを見据える。オークロの顔から感情は読みとれなかった。
「あなたが過去に戻ってお父さんを殺しても、なにも変わらないわ」
プリベストは表情には出さなかったが、自分が教えた事実でさっそくエナガがオークロに揺さぶりをかけるとは思わなかった。子ウサギとは侮り過ぎたかもしれない、とプリベストは反省しながらも楽しんでいた。
「タイム様から僕の話を聞いたんだね。変わるか変わらないかはやってみないとわからないさ。それに僕はハーリキンをタイム様の棺にするつもりなんだよ。時間教がタイムパラドックスを証明し、タイム様を神にするんだ」
エナガはオークロを憐れに思ってしまった。口を開くと、オークロの背後にいたプリベストがエナガを威圧した。エナガは寒気立つ。エナガは歯を食いしばる。守るものがある以上、喋れなかった。すると、オークロはエナガに覆いかぶさり、エナガの手首に触れた。そして拘束していた紐を切った。エナガの手が自由になる。
「ずっとその体制ではつらいだろうから。用心に結んでおいたけれど、この部屋の窓には鉄格子がついている。こんな細い腕じゃ、逃げられないだろう。あと気になっていた」
オークロはエナガの左手首を掴んだ。
「この腕時計、時間が少し狂っている」
オークロが腕時計に触れる。エナガはとっさに腕をひこうとする。
「それは大事な物なの!盗らないで!」
オークロの手を解こうとするが、逆に掴まれた。
「時間を直すだけだ。じっとして」
オークロは腕時計に触れると手を止めた。エナガは不思議そうにオークロの横顔を見つめた。するとオークロは肩を揺らした。そして弾けたように声をあげて笑い出した。それはまさに狂喜の笑いだった。オークロは腕時計から手を離す。狂ったように笑い続けるオークロをエナガは茫然と見ていた。オークロは笑いがおさまると嬉しくてたまらなそうにエナガを見た。
「わかったよ。きみのおかげだ」
「なにが?」
エナガはわけがわからなかった。
「操縦室の入り口の在り処にきまっているじゃないか」
それは突然だった。オークロはドアの方へ歩いていく。
「ヤマガラ、準備をする。こい」
「あいよ」
プリベストはエナガに手を振って、オークロと一緒に部屋を出た。ひとりになったエナガは腕時計を見た。オークロはこれを見て入り口の場所がわかったといった。どういうことだとエナガは考える。
すると、窓を小さく叩く音が聞こえた。エナガが振り向くと、鉄格子の窓の向こうにバンがいた。エナガは声を出しそうになるのを堪え、窓に駆け寄った。ドアの方を気にしながら、窓の鍵を開けた。バンがそっと窓を半分開けた。
「お前、大丈夫か?」
バンはオークロたちに聞こえないように声をひそめた。
「どうして、ここに?」
エナガにとってバンが現れるのは、予想外であった。
「お前が刑事の部屋にヒガラ兄弟といるのがわかってたから見張ってた。ヤドリギから付けてきたけど、相手が車だし、ばれないように気をつけてたら途中で見失って。見つけるのに時間がかかった。助けてやる」
バンが鉄格子を揺さぶると大きな音が鳴った。エナガは慌ててバンの手を掴みやめさせた。
「彼らはすぐに移動する。すぐにここに戻ってくる時間がない」
「移動するってどこへ?」
エナガにそれはわからなかった。エナガは腕時計を見ると、急いではずした。タイムマシンを壊すめどはプリベストでついた。けれどプリベストに殺されない保障はない。ただ、心配させ振り回しているだけで情けないが、エナガは死にたくなかった。エナガは鉄格子の間から、腕を出しバンに腕時計を差し出した。
「これをアトリさんに。これを見たら入り口がわかる。わたしは馬鹿だからわからないけど、アトリさんとヒックさんならわかるかもしれない」
「入口?何のことだ?」
バンはエナガが何について話しているのか見当もつかなかった。廊下から足音が聞こえる。
「お願い、これを持って早くいって。今見つかったら危ない、早く!」
エナガのあまりの必死さに押されて、バンは腕時計を受け取ると走り去った。部屋の扉が開く。窓を閉める時間はなかった。
「あらら、お嬢さん行動力あるね。火事場の馬鹿力で鉄格子を壊そうとしたのか?」
プリベストがからかう。この世界統合機構の男が味方だとはエナガは思えなかった。そして、バンに腕時計を託したことを少しだけ後悔した。結局、アトリたちをまた巻き込み戻してしまった。エナガは自分が助けを求めているのをみっともないけれど認めるしかなかった。覚悟を決めたのに、強がりは続かなかった。
「そんなに外にでたいなら、出してあげるよ」
オークロがエナガの元まで歩くと、腕を掴んだ。
「さあ、時間旅行に出発です」




