エピローグ 二〇二三年、一月。そして十二月
年が明けて、二〇二三年の一月になった。去年の二月から始まった大きな戦争は、今も変わらず続いている。戦況は一進一退なのかな? 私に難しい事は分からない。
ただ『西側諸国の敵』などと言われている例の大統領さんは、報道番組で、『ちょっと元気が無いようですねー』と言われていた。サンタさんに殴られたのが原因かもしれない。そういうニュースは全く無いけど、女の子一人に殴り込みを掛けられたなんて事は大統領も知られたくなかったんじゃないかなと思った。
報道番組では大統領の影武者説なんていうのもあって、『頭の形が変わっているように見えます』とか言われている。サンタさんの、愛のパンチが原因じゃないかなぁ、それ。
サンタさんが言うところのラブパワーは、拳を通して、大統領に注入されたそうである。そのパワーに寄って、少しでも早く、戦争が平和的に終了する事を私は願うばかりだ。
あのクリスマス以来、私と母親の仲は以前より、ずいぶんと良くなった。私と母の仲を取り持ってくれたサンタさんには、どれだけ感謝しても足りない。彼女は『あたしは何もしてないよ。お嬢ちゃんが、自分の言葉で、母親と話し合った結果さ』なんて言ってたけど。
今はお正月も終わって、私は冬休みの真っ最中。今日の私は化粧こそしないけど、ちょっと着飾ってから待ち合わせ場所へと移動している。母親からは、『夕飯までには帰ってきてね』と言われている。私は私で、『努力するけど、遅くなりそうなら電話する』と母親に返していた。
私は未だに、サンタさんの住所も連絡先も知らない。そもそも彼女は携帯電話って持ってるんだろうか。でも大して気にならないのは、割と頻繁にサンタさんとは出会っているから。去年のクリスマスから数日後、道端で『やぁ、お嬢ちゃん』と声を掛けてきたサンタさんは、宅配業者の制服を着ていた。
彼女いわく、あの真っ赤なライダースーツはクリスマスの時期に着るサンタ服だそうだ。そのクリスマスの仕事が終われば、後は運送業者のバイトをしてサンタさんは生活しているんだとか。『あたしは荷物運びのプロだからね。これでも有能なんだよ』と得意げだった。
彼女はバイト中だったから、あまり長話もできずに私達は別れて。それから会えない日が続いて十二月三十一日、つまり去年の大晦日。ちょっと薄暗い時間帯に、私は公園のベンチに向かった。そこに座って、周囲には誰も居ない事を確認して。『会いたい!』と大きめの声で私は言った。
『やぁ、お嬢ちゃん』
当然のように、サンタさんがベンチの後ろから、私を抱き締めてくれる。一瞬で現れた事にも、今さら私は驚かない。赤のライダースーツ姿の彼女は、相変わらず、とても暖かかった。
『ねぇ、サンタさん。私とデートをして』
『それは構わないけど……いいのかい。女の子が二人で歩けば、周囲にカミングアウトするような事になるかも知れないよ。その覚悟はある?』
もちろん、答えは決まっている。私の彼女は、私のために大統領を殴ってきてくれたのだ。なら私だって、それに見合う覚悟くらい決めてみせる。
『構わないよ。私は貴女の事が好き。全世界にだって、そう言ってみせるわ』
私はサンタさんに、バイトの休みを取ってもらった。お正月が過ぎた頃、二人で街を歩き回る。映画を観たり、ちょっと食事をしたりして、別れ際にチャンスがあったらキスをする。そんな健全なデートである。いつか私の方が、健全からはみ出してサンタさんに襲い掛かりそう。まあ、先の事ばかり考えても仕方ないよね。
デートの日と待ち合わせの場所に時間。そういったものを取り決めて、『じゃあ、デートの日を楽しみにね、お嬢ちゃん。あたしは向こうで待たせてる、トナカイの流星号と一緒に帰るから』とサンタさん。『ねぇ、私もトナカイを見ちゃダメ?』と私。いい加減、私も流星号がトナカイなのかバイクなのかをはっきりさせたかった。
『ダメ、ダメ。あたしと流星号の仲は特別なんだ。お嬢ちゃんへの愛とは、また別枠でね』
バイク好きの人が恋人に言い訳するような内容だ。愛車を大事にする人って居るんだろうなぁ、他人には触らせたがらないくらい大事にするのかも。私は私で、もし流星号が美女のトナカイちゃんだったら、浮気確定でサンタさんをぶん殴ろうと思い始めていた。
私の追求を逃れて、サンタさんが公園の奥に去っていって。それからお正月が来て、その正月の間に道端で何度も『やぁ、お嬢ちゃん』とバイト中のサンタさんが声を掛けてくれた。私の近所の担当なのかな。彼女が近くに居ると思うと、私の心は温かくなった。
そんなこんなでお正月は過ぎて、今日はデートの当日。待ち合わせ場所には私が先に着いた。いつも私はサンタさんを待ってばかりだなぁと思って、(それもそうか)と一人で笑い出しそうになる。だって子供がサンタクロースを待つのは当然じゃないか。子供は靴下を枕元に置いて、今か今かとサンタさんを待つものだ。子供の方からサンタさんを追い回してたら、そっちの方がおかしい。
そんな、おかしな存在に私はなってしまったのかも知れない。もう私は彼女に心を奪われてしまった。そして私は、全く後悔していない。
私の恋人は年上の同性だ。彼女の職業はサンタさんの見習い。年に一回の仕事らしくて、それ以外の時期は宅配業のバイトで過ごしている。体が資本の仕事だから、私が労わってあげないといけない。私のハグで彼女が元気になる事は証明済みだ。
サンタさんは時々、無茶をしがちで、また外国の大統領を殴りかねない。外交問題になっては困るので、誰かを殴りたくなったら、『今度は国内の政治家とかを殴って』と私はお願いしておいた。サンタさんの教育的指導に寄って、日本で同性婚が早く実現すればいいなぁと思う。
私は空を見上げる。雲一つ無い青空があって、サンタさんは空の上にでも住んでいるのかなぁと思った。そして、あっという間に、いつも私の前に現れるのだ。
私は中学の入学祝いの時に、母から買ってもらった腕時計を見る。待ち合わせの時刻まで、あと十秒。私は目を閉じて、その十秒を数える。十、と心の中で数え終わった時、背後から抱き締められた。甘い息の気配。もう私は、背後の彼女が、次に何と言うかが分かっている。
「やぁ、お嬢ちゃん」
そうだよねぇ。瞬間移動ができるんなら、ここまで歩いてこないよね。面倒だもん。もう私は慣れているから驚きも無くて、ただサンタさんが交通事故とかに遭わなくて良かったなぁと思った。人気の待ち合わせ場所だから、私の周囲には人が多いんだけど、誰も騒いでないからサンタさんの出現には何も問題が無かったようで。
私は振り向いてサンタさんを確認する。またライダースーツとか、あるいは宅配業者の制服でも着てるんじゃないかと思ってたけど、丈が長いスカート姿でビックリ。え、サンタさん、私服を持ってたの?
「どうしたのかな、お嬢ちゃん。あたしの私服姿が、そんなに珍しいかい?」
私の心を読んだかのように(絶対、実際に読んでいると私は確信している)、目の前の彼女が私に微笑んでみせる。世界一、美しい女性が其処に居た。恋をしている私の贔屓目を抜きにしても、誰もが振り返る程の美貌だ。ジャケットを羽織る姿はモデルさんみたい。
「……ねぇ、本当に、私でいいの?」
ちょっと不安になって、そう私は尋ねた。
「君以外の誰が、無鉄砲なサンタのあたしを扱えるんだい?」
そう言われて、それもそうかと私は気が楽になった。サンタさんは本人も言ってる通り、ちょっと特別な存在かも知れない。でも私だって、そんなサンタさんに取っての『特別』なのだ。だから私は、もう縮こまらない。
「そうね、分かった。じゃあ行こっか。ねぇサンタさん、いつか私もトナカイに乗せてよ」
「そうだねぇ。まずはヘルメットを買わないとね」
私と彼女は歩きだす。周囲の視線がサンタさんの美貌に集まって、ついでに私も注目されてるけど全く気にならない。私達は愛し合っている。ただ、それだけの事に文句を付けてくる人が居たら、『サンタさんが、やってきた!』なんて見出しの傷害記事が新聞に載るかもだ。見出しが『殺ってきた』になりませんように。事案を避けるためにも、失礼な奴が居たら私はサンタさんより先に、自分の拳で殴ってやろうと決意を固めた。
それから更に時は流れて。二〇二三年の十二月となった。
「じゃあ、サンタさん。そろそろ殴りに行こうか」
「お嬢ちゃんも過激になったねぇ。それとも、強くなったと言うべきかな」
「世の中が悪い方向に向かっているんだもの。その流れを正せる力があるなら、行使するべきよ。今の私は、そう思ってるわ」
私は恋人でもある、サンタさんの助手となっている。仕事は年に一回だから、学校にも普通に行っているのだ。愛のパンチを今年は誰に放つか、それは秘密。日本の同性婚と、消費税の廃止をパンチで実現できれば素敵だなぁとは思う。
「早く終わらせて、クリスマスを三人で過ごそうよ。お母さんが家で料理を作ってくれるんだから、待たせちゃ悪いもん」
「殴るべき奴が多いと大変だね。じゃ、流星号で飛ばしていくよ」
私達は空を駆ける流れ星となって、愛をパンチに乗せて届けに行く。流星号の正体も、仕事を終えた後のクリスマスの夜も、私とサンタさんの関係が何処まで進んでいるかも全ては秘密。オープンに同性愛者が、愛を語れる世界になったら、また話をしましょう。じゃあね。