サンタさんが、やってきた!
私の小規模な夜の遠出から日数が経って、クリスマスの日が近づいてくる。母親がケーキを買ってくるだろうけど、どうせ会話も無い二人きりの気づまりな食事だ。サンタさんに会いたかった。子供がクリスマスの時期にサンタクロースを求めるのは、自然な事なのだろう。
あの寒い夜に感じた、サンタさんから与えられた温もりが懐かしい。あの温もりがあれば、もう他のプレゼントなんか要らない。あー、私は恋をしちゃったんだなぁと実感した。
日数が経つと、あの公園での出来事が夢のように感じられて、現実感が無い。足音が無くて赤のライダースーツを着てて、そして流星号はトナカイだ。ただ遊ばれてしまっただけなんだろうかという思いが沸いてくる。思い返すとサンタさんは綺麗な人で、きっと可愛らしいトナカイちゃんに囲まれてるのじゃないだろうか。
サンタさんはクリスマスの時期に会えると言ってくれたけれど、具体的に何処で会えるのかは分からない。そうこう考えている内に、そのクリスマスの日が来た。今年のクリスマスは日曜日だけど、母親は相変わらず仕事で夜遅くまで帰ってこない。
何処かで会えないかなぁと思って、クリスマスの当日、私は街や近所を歩き回ってみた。カップルが腕を組んで歩く姿が見える。異性同士の組み合わせで、同性カップルの姿は全く見かけなかった。私の心に、寒い風が吹き始める。
暗くなってきて、私は以前サンタさんと会った、公園のベンチに座ってみた。誰も来ない。何となく、ここで待っても会えないという事は分かって、立ち上がってトボトボと私は帰途についた。
アパートの階段を上がる。ギシギシと音が鳴って、この階段もサンタさんなら、音を立てずに歩けるのかなぁと考えた。部屋の前に到着して、私はドアの鍵を開ける。真っ暗な室内。何も変わらない日常……
気配を感じた。あの人が居る。電気を点けて、居間には誰も居ないと分かる。私は自分の部屋へと向かった。早足になって、部屋の前で立ち止まる。一回、深呼吸をしてから部屋のドアを開けて、室内の明かりを点けた。
「やぁ、お嬢ちゃん」
サンタさんが、あの赤いライダースーツで、私のベッドで寝ている。驚くべきなんだろうけど、何故か彼女が居るのは当然なように思われる。サンタクロースが外から室内に入って、プレゼントを置くのは当たり前の事ではないか。きっと、そういう能力があるのだろう。
「ねぇ……怪我してるの?」
私は私で、サンタさんの様子がおかしい事に気づいた。今の彼女は、まるで病人だ。よく見たら彼女の唇が、殴られたように切れているのが分かる。
「ああ。あんまり見ないでね、恥ずかしいから。大丈夫、あたしは傷の治りが早いから」
「何、どうしたの? ちゃんと話して!」
思わず大声になりかけて、隣室に聞こえそうだったので声を抑える。私はベッドの中に潜り込んだ。サンタさんの体が、すぐ近くにある。「大胆だね、君は」と彼女に驚かれた。
「ここは私の部屋だもの、私が寝ても問題ないでしょ。ねぇ、何があったか話してよ。こうやって話せば大声を出さなくても伝わるでしょ?」
ベッドの中で、私はサンタさんに抱き着く。怪我をしてるようだから、痛くないように、あくまでも優しく。サンタさんは謎だらけで、こうやって抱き締めていないと、何処かに消えてしまいそうで怖い。父親が家から居なくなった時の事を思い出す。あんな思いは繰り返したくなかった。
「……ああ、君へのクリスマスプレゼントの件でね。ちょっと行ってきたんだよ、外国に」
「外国に? それが怪我と、関係があるの?」
「うん。君、言ってただろう。『外国の大統領が、同性愛者を弾圧してて怖い』って。だから、その大統領に教育的指導をしてきたのさ。このコブシで!」
「コブシで!?」
ベッドでサンタさんが、私に握り拳を突き出してみせる。ああ、そうかと思った。サンタさんは鍵が無くても、外から室内に入れるのだ。なら外国の大統領が居る場所にも、同様に入り込めるのかも知れなかった。
「あたしのコブシはラブのパワーが注入されてるからね。そのラブパワーを、コブシを通して大統領に与えてあげたのさ。で、大統領を殴り飛ばしてた時に、親衛隊っつーの? 四十人くらいの集団が邪魔してきて。そいつら全員、殴り飛ばしてきた」
「滅茶苦茶じゃない! て言うか、服に穴が開いてる……」
ぞっとした。これは多分、銃で撃たれた跡だ。サンタさんが助からないんじゃないかと思うと、怖くて涙が出そうになる。
「……大丈夫だよ、お嬢ちゃん。今から奇跡を見せてあげる。ちょっと部屋の電気を消してくれるかな?」
そうサンタさんが言う。こんな時に何を、と思ったけど、言われた通り天井から下がる室内灯の紐を引っ張った。紐は長くて、ベッドに寝たままの状態で明かりを消せる。暗闇の中、私とサンタさんがベッドの上に残された。まるで迫害から逃れる性的少数派が、二人きりで身を寄せ合ってるみたいに。
「そのまま、あたしの事を抱き締めてて……暗い方が、何が起きてるか見えやすいから。さぁ、あたしの周囲を良く見てごらん……」
私は心配でサンタさんを抱き締め続けてて。何を言われているのか分からなかったけど、やがて変化に気が付いた。赤い粒子が見える。まるで蛍みたいに輝きながら、サンタさんの周りを飛び交っていて、その粒子が次々に発生してはサンタさんのライダースーツに吸い込まれていった。
「綺麗……」
プラネタリウムの中に居るみたい。直観的に分かる。これは、愛情の粒子だ。
「サンタさんは妖精みたいな存在に近くてね。お嬢ちゃんみたいな良い子が、あたしを愛してくれると、その愛がエネルギーになるのさ。ほら、スーツを触ってごらん……」
サンタさんが私の手を取って、ライダースーツのお腹へと導く。私はスーツを撫でて、息を呑んだ。さっきまで開いていた、スーツの穴が塞がっている。
「これ……傷が治ってるって事?」
「そう。お嬢ちゃんのハグが、あたしを癒してくれたんだ。ありがとうね、礼を言わせてもらうよ」
「治るのね? 私を置いて、サンタさんは死んじゃったりしないのね? 良かった……」
私はベッドで、力を込めてサンタさんを抱き締めていた。赤い粒子が、まるで私達を祝福しているかのように、賑やかに周囲を飛び回る。
「あ痛たた、まだ完全には治ってないから。お手柔らかにね、お嬢ちゃん」
私は力を緩める。緊張が解けた分、手ではなく体で、サンタさんに寄りかかるように私は身を近づけた。成熟した体がスーツ越しに感じられて、とてもセクシャルな感覚が私の中に訪れる。真っ暗な中で、大好きな人とベッドに居る。サンタさんの甘い息が掛かって、ただ彼女と一つになりたくなる。今日がクリスマスだからかも知れない。そんな日に、ベッドに私を入れたサンタさんが悪い。私が勝手に入っただけだった気もするけど、そもそも先にベッドで寝ていたのは彼女だ。
「ねぇ、サンタさん……私がキスしたら、もっと良くなる?」
「お嬢ちゃん……」
サンタさんの返答なんか、聞く気は無かった。サンタさんを仰向けにして、体重を掛けないよう、私は彼女に覆いかぶさる。赤い粒子が照明みたいに、サンタさんの顔を照らす。私の唇が彼女の唇に上手く着地できるよう、狙いを定めて、私は顔を下げていって……
「何をしてるんですか、貴女達」
そして予想より早く帰ってきた母親に、私のファーストキスは阻止された。