プロローグ 二〇二二年十二月
公募の落選作で、去年の十二月に書いたものへ加筆しました。楽しんで頂ければと思います。
私は中学生の女子で、母親と二人暮らし。母は仕事が忙しくて、夜遅くにならないと帰ってこない。現在は十二月でクリスマスが近いけれど、親子でケーキを食べて仲良く過ごすって事には、ならないだろう。母は忙しいし、私は私で反抗期というものを迎えていた。
私は悩みを抱えていて、それは同性の子にしか、恋愛感情を抱けない事。周囲にカミングアウトなんかできない。母親にだけは話していたけど、それが正しかったのかは分からなかった。母は特に何も言わず、その対応が私は不満だったし、また不安でもあった。
私は出来損ないの娘として、母から愛想を尽かされたのではないか。そんな不安が苛立ちとなって、増々、母に反抗するようになるという悪循環。今夜も母は帰りが遅くて、私はアパートの部屋で一人、テレビのニュース番組を見ていた。ニュースというよりは特集番組で、そこでは今年の二月から続いている、陰惨な光景で一杯の戦争に付いて語られている。
『……それで、今や西側諸国の敵となった感のある、あの大統領の件ですが。彼の国では先月の三十日に、国内で『非伝統的な性的関係』の宣伝を全面禁止する法案が承認されました。これはつまり、いわゆるLGBTと呼ばれる性的少数派も含まれますね』
『ええ、この法案は二〇一三年からある、未成年者への同性愛宣伝禁止法の規制を大幅に強化する内容です。大統領は九月三十日に行われた、占領地域併合宣言のスピーチでも、『堕落と絶滅につながる倒錯を子どもに押し付けてはいけない』という趣旨の言葉を述べました……』
私に難しい事は分からない。それでも、世界には、私のような性的指向の者を許さない人々が居るのだと。そういう事は嫌でも理解できた。
『私には、あの大統領の考えが、良く理解できないんですが。この法案の承認は、西側諸国との対立とは関係があるのでしょうか』
『関係がある、と思われますね。つまり大統領は、こう主張したい訳です。『今や西側諸国は堕落している。同性愛者を受け入れるなど、宗教的にあり得ないではないか。我が国は正教会の信仰に基づき、世界を正しい方向へと導く。西側諸国こそが悪である。例え、どんなに西側諸国の妨害があろうとも、我が国は今回の戦いで勝利して見せる』と。そう主張する事で、国内で広がっている厭戦気分を払拭したいんでしょう……』
私はテレビを消した。目を閉じて、両手で耳を塞ぐ。真っ暗な孤独が怖かったが、目を開ける事の方が、もっと恐ろしい。私に向かって、私の存在自体を認めないと声高に主張する人々。その人達が私を取り囲んでくる感覚が強くなってきて消えない。目を開けたら、世界の憎悪が実体化してきて、私に襲い掛かってくる。本気で、そう思った。
だから玄関のドアが開いて、母親が帰ってきた気配を感じた時は心底、ほっとした。現実世界に引き戻された気がして、やっと目と耳を自由にできる。そして現金なもので、ほっとした途端、私は母親への反抗心を復活させていた。
「どうしたの、床に座り込んで。せめてコタツに入りなさい」
呆れたような表情と口ぶりで母親が言う。私は気恥ずかしくて黙っていた。お化けを怖がって縮こまっていた、馬鹿な子供が大人から諭される一場面。そんな絵の中に閉じ込められるのが嫌で、私は立ち上がると玄関へ向かう。
「ちょっと出かけてくる。夕飯は、お母さんが先に食べてていいよ」
帰りが遅くなっても、なるべく母は料理をして、私と一緒に夕飯を食べたがる。作り置きではなく、作り立ての料理を私に与えようとしていて、それは愛情なのだろうけど私には鬱陶しかった。母親との会話を強制されているようで嫌だ。私の悩みには何一つ、答えようとしないくせに。
「こんな遅い時間に、何処へ行くのよ。このアパートは音が響くんだから、夜中に出入りするのは止めなさい」
「何それ? 私の事より、ご近所の評判の方が大事? いいから、放っといて!」
怒鳴りながら振り向きもせず、私は玄関のドアを開ける。私の部屋はアパートの二階で、階段で下の道路へと降りていく際には、確かにギシギシと大きな音が鳴った。これでは他の住人から苦情が来てもおかしくないのだろう。
いつだって、母は私よりも正しい。だから間違った存在である娘の私は、いつか母親から切り捨てられるのではないか。そんな不安が私にはあった。