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チョコミント・タイムズ  作者: 只石コロ
8/13

第8話 愛嬌


 五月某日。



 奥野は昨日大学のあと植村の部屋に来てそのまま泊まり、今朝は十時に植村とともに起床した。今日は土曜日である。



 二人は身支度を済ませるとヨーグルトだけお腹に入れ、少しだけ部屋でダラダラ過ごしたあと正午前にバスで植村の大学へ向かった。


 奥野としては植村が普段過ごしている大学の雰囲気を感じたかったし、友達にも会ってみたかったので、植村の大学へ遊びにいくのは平日がいいと言っていた。しかし平日は奥野も自分の大学があり、それでも奥野はなんとか平日に行くと言っていたのだが、植村の意向により無理せず週末にしようということになったのだ。




 植村の大学に着くと奥野はキョロキョロしながら、ちょっと落ち着かない面持ちで植村の隣を歩いていた。休日とはいっても構内にはたくさんの学生がいて、明らかに部活の格好をした人はもちろん、勉強場所を求めて来ているような学生も多く見られた。


 それから食堂にやってきた二人は注文口の手前までまっすぐやってくると、上に貼ってあるメニューの写真を見上げて立ち止まった。



「何にしよっかなあ。お腹空いたし、がっつり食べたい」


「ここはどれも量多いよ」


「そうなの?写真じゃよく分かんないな…あ、あのチーズかつ丼ってめっちゃ美味しそうじゃん!待って、その横の豚丼も美味しそう。キャベツいっぱいでヘルシーだし」


「ヘルシーではない。キャベツ丼じゃなくて豚丼だから」

 

「どっちがおすすめ?」



 奥野が聞くと、植村は「俺は豚丼」と即答した。しかし奥野は写真を眺めたまま



「うーん…どっちも食べたい…」



と言うと、そのとき目の前の注文口でどんぶりを受け取った男子学生を目で追った。その学生はしそかつ丼と水の入ったコップをのせたお盆を持って、ゆっくりめな足取りで奥野の横を通り過ぎた。奥野は横目で彼を見送ると…



「…あの量なら二杯いけるな!どっちも食べよう!」


「そうなると思いました」


「栄斗は決まった?」


「コロッケ定食にする」


「じゃ、買いに行こ」



 そうして二人はやっと食券機へ向かった。




 食堂の席はガラガラというほどでもないが人が少なく、二人は日当たりの良い窓際の席を選んだ。そして向かいあわせに座って食べはじめた直後、植村は入り口から揃いのジャージを着た男子学生たちが十人近い集団で入ってくると一瞬ぎょっという顔をして、それからあからさまに顔を下に向けてコロッケを口に運んだ。


 出水を含むその集団は注文口に近い席に着くと何人かは食券機のほうへ向かい、何人かは席に残った。


 奥野はパクパクと二種類の丼を交互に食べ、俯きながら食事を続ける植村の様子には気がついていないようだったが…ミニバッグをテーブルに置いたあと、タッパーを持って電子レンジの方へ向かった出水はそのとき、隠れたがっている植村をめざとく見つけてしまった。




 出水はタッパーをレンジで温めたあと一旦席に戻ったが、ミニバッグを持ってすぐに二人のもとへやってくると


「植村来てたんだ。こっちの方はどちら様?」


と植村に声をかけた。




「高校の友達」



 植村は顔を上げ、なんでもないような表情でそう言うと、出水は「へー」と言って奥野に視線を移した。



「どうも、奥野です」


 奥野はきょとんとして出水を見上げていたが、出水と目が合うとそう言って軽く会釈をした。すると出水は爽やかな笑顔で


「出水です。一緒にご飯いい?」


と言い、奥野がにこっと笑顔を返して「どうぞ」と言うと奥野の隣の席に座った。



 流れるようなやりとりを唖然として見ていた植村は、出水がタッパーのフタをとると小さく咳払いをして

 

「出水、部活の人たちと来たんじゃないの」


と言った。



「ん?うん、あっちいるよ」


「戻らなくていいの」


「そんな煙たがらなくても」



 出水は植村にそう言うと、「なあ?」と奥野に同意を求めた。しかしタッパーの中身に気を取られていた奥野は、取り敢えずにこっとして「うん?」と曖昧な返事をしたあと


「お弁当、誰が作ったの?めっちゃ栄養バランス良さそう」


と言った。


 すると出水は意表を突かれたような顔で奥野を見たが、すぐにふっと優しく笑うと


「美味しそうでしょ?寮のおばちゃんに詰めてもらったの。っていうか気になってたんだけど、奥野くんカツ丼と豚丼食べてんの?」


と言った。




「あ、うん。ごめんね。行儀悪くて」


「いや、そうじゃなく。そんな食べれるんだと思って」


「それはダイジョウブ。絶対残さないから」


「ふうん。いるよね、細いのによく食べる子」



 出水がそう言うと、奥野はちょっと恥ずかしそうに俯いたあと「出水くんの名前、栄斗から聞いたことあるよ」と言った。すると出水は意外そうに眉を上げて



「ホントに?俺のことなんて話してた?」


「え、と…特になにも」


「ええ?名前だけ?」


「頭がいいとしか教えてくんないの。“小原”くんて人のことも。頭がいいのは分かってるよってハナシだよね、ここの学生なんだからさ」



 奥野がそう言うと、出水は笑って「俺は植村や小原ほど賢くないけどね」と言った。




 そして…



「出水くんて何部なの?」


「水泳部」


「そうなんだあ。体格良いし、めっちゃ速そう。身長栄斗と同じくらい?」



 奥野がそう言ったとき。二人をちらちら見ながら黙って定食を食べていた植村が何か言おうと口を開いたのだが…





「あれえー!小原が可愛い系になってる!」




 食事を終えて出口に向かおうとしていた男子学生が突然大きな声でそう言うと、三人は同時に彼のほうへ視線をやった。



 近寄ってきた彼はキラキラの赤い楽器ケースを背負っており、幼い顔立ちに明るい色のくるくるパーマが良く似合っていた。



「彼はどなた?」


「小原」



 奥野に手のひらを向けて問うた彼に出水が間髪入れずそう答えると、彼は「それは冗談だから」と苦笑した…が、そのすぐあとに奥野が愛嬌満点の笑顔で「小原ですっ」と言うと、彼は目を丸くして奥野を見たあと


「え、ちょっと、ほんとに可愛いんですけど。出水の友達?」


と言った。



 出水は笑って首を横に振り「植村の高校のときの友達だって」と今度は真面目に答え、奥野も「奥野です〜」と改めて自己紹介した。




「あ、どうも、申し遅れました、二人と同じ学部の安井です〜」


「音楽やってるの?」


「そうそう。これから練習」


「背負ってるのかっこいいね」


「でしょ!ありがとう!いやあ、奥野くんいい子だわ。お菓子あげたい〜。けど何も持ってない〜。つか、めっちゃ食うね?丼もの二つ?」


「選べなくて」


「やだあ、カワイイ」



 安井はそう言うと、植村の肩に手を置き


「植村、次に奥野くんとメシとか行くとき俺も呼んでよ。じゃあ、奥野くんまた!」


と言って、嵐のように去っていった。






「安井くんて、ちょっと井崎っぽいね。コミュ力高過ぎ」


 安井の後ろ姿を見送ったあと可笑しそうに笑ってそう言った奥野に、植村は小さな声で「…幸太もね」と返した。



 出水はそんな二人を何か観察するようにまじまじと見ていた。そして…



「イサキさんて?」


「あ、栄斗の親友のこと」


「奥野くんが親友じゃないの?」



 出水がそう言うと、奥野は一瞬言葉に詰まったが


「え、ああ、まあ、俺もそうなんだけど…井崎は栄斗と幼稚園のときからの幼馴染だから、付き合いの長さがケタ違いなんだよね」


と言って、出水はいつも以上に無口な植村を見ながら「ふうん」と言った。








 奥野と植村は食堂を出たあと、植村が普段授業を受けている教室を覗きに行ったり構内をテキトーに歩き回り、最後に学生に人気のカフェでお茶をして帰ることにした。その途中でも植村の顔見知りに話しかけられることが何度かあり、その度に奥野はいつもに増して無愛想な対応をする植村のフォローをするみたいに笑顔で振る舞っていた。


 そうして二人は二時過ぎには大学を出た。



 バスに乗りこみ後方の二人席に腰を下ろすと、奥野は


「なんかさ、栄斗の友達と話せて楽しかったけど、ここの人たちみんな頭良いんだよなって思うと、ちょっと緊張しちゃった」


と言った。しかし…



「緊張してるようには思えなかったけど」



 植村がツンとした表情で窓の外を見やりながらそう言うと、奥野は苦笑を浮かべながら小さな声で「してたよ」と返した。



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