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チョコミント・タイムズ  作者: 只石コロ
4/13

第4話 チョコとミント


 四月某日。



 朝。


 同じ大学へ向かう他の多くの学生たちに混じって駅を出た奥野は、前方に麻木らしき後ろ姿を見つけると、斜め後ろからそっと横顔を確認してから側に寄り


「おはようございます!」


と声をかけた。



 麻木は目を丸くして振り向いたが、声の主が奥野だと分かると嬉しそうに目を細めた。



「ああ、おはよう」


「一限からですか?」


「うん。奥野くんも?」


「はい。今日と明日が一限からなんです」



 奥野がへにょっと口を曲げてそう言うと、麻木は笑って「そっか」と言った。それから思い出したように「ああ、そうだ」と言って…


「今日、バイト面接でしょ?」


「はい」


「俺、今日シフト入ってて、六時半までなんだよね。それで、よかったら面接終わったあと、そのまま店で一緒にご飯食べない?」



 麻木がそう提案すると、奥野は「おお!いいですね!」と返した。



「ほんと?面接そんな長くならないだろうから、ちょっと待ってもらうことになると思うけど」


「全然オッケーですよ!」


「そう?良かった」




 こうして二人はご飯の約束をして、奥野は教室に着くとすぐに母親に連絡を入れておいた。




















 午後五時。


 本日の講義を終えた植村は二人の友人と正門へ向かう途中、大学生協の前で足を止めた。



「ちょっと寄ってくわ」


 植村がそう言うと、出水は「ああ、俺も水買ってこ」と言って、小原は「あそ。じゃあな」と言ってひらりと二人に手を振った。すると出水はさっさと去っていく小原を見ながら「小原冷た」とこぼしたが、その言葉を拾うべきもう一人の友人も、既に出水に背を向け生協の購買店に向かっていた。





 植村はカップ麺コーナーに行って味噌ラーメンを一つ手にすると、次に菓子コーナーに行ってミントタブレットを一つ手に取った。それからチョコ菓子の並ぶ棚の前で少し迷ったあと、中までたっぷりチョコの染みたスナック菓子の袋を一つ取ってレジに向かった。


 先に買い物を済ませてレジの向こうで待っていた出水は、会計を済ませてやってきた植村の手元を見ながら


「それが夜ごはんとか言うなよ?」


と言った。



「いつもじゃねーよ」


「寮の方が楽なのに。ご飯も出るし」


「絶対にイヤ」



 植村がそう言うと、二人はそれから、寮ではどういう食事が出るのかとか話しながら正門に向かった。


 すると…


 二人が門の手前の広場までやってきたとき、遠目だが門を出てすぐのところにまだ小原の姿があった。高校の制服と思われるブレザーを着た男子学生と何か話している。男子学生は出水には少し劣るかもしれないが体格が良く、一見すると恐そうな雰囲気だ。が、よく見ると険しい表情をしているのは小原のようで、男子学生は小原を宥めるようにも見えるし、何か駄々をこねているようにも見えた。…二人は何か揉めているようであったが、やがて小原が諦めたように肩を落とすと、植村たちが二人のもとにたどり着く前にその場を去っていった。













 午後五時半。



 大学の最寄り駅から麻木のバイトするコーヒーチェーン店までは、少し急ぎめに歩いて五分くらいだった。奥野は正面の入り口から中に入ると、レジにいた店員に面接に来たことを伝えてバックヤードに通された。狭い事務室でパソコンをいじっていた店長は三十代後半から四十代半ばくらいの男性だった。



「奥野くんね」


「よろしくお願いします」


「麻木くんの後輩なんだってね」


「あ、はい」


「それじゃまずはね…」



 用意された事務チェアに奥野が腰掛けると店長はそう言って、採用面接というよりはすぐに業務についての説明が始まった。それから三十分ほどで無事にバイト採用が決まった奥野は、店内のテーブル席で麻木を待った。






 

「待たせてごめんね」


 麻木がそう言いながら奥野の向かいの席に着くと、奥野はメニューから顔を上げて「全然ヘーキです」と言った。



「何頼むか決めた?」


「決めました!ハンバーグセットとプリンにします」


「お、いいね。俺はどうしよっかな〜」



 麻木がそう言うと、奥野はいきいきした表情で


「ここって、こんなにメニューが豊富だったんですね。ケーキとかサンドイッチが有名だから、ガッツリごはん系はないと思ってましたよ」


と言った。すると麻木はフッと笑って…



「待ってる間、ずっとメニュー眺めてたね」


と言った。




「えっ。見られてたんですか…。すみません、食い意地張ってるんですよね」


「違うよ。そういう意味で言ったんじゃなくて、メニュー見てるときの顔が良いなと思って。食べるの好きなんだね」


「ハイ」


「何がいちばん好きなの?」


「え、と…料理ですか?」


「うん?食材でもいいよ」



 奥野が書いた注文票に自分の分のメニューの番号を書き足しながら麻木がそう言うと、奥野は


「んー…食材っていうかお菓子なんですけど、俺、チョコがめっちゃ好きなんですよね」


と答えた。


 すると麻木は目を丸くしたかと思うと、唐突に「そうなの?じゃ、チョコミントは?」と言った。




「え…チョコミントですか?」


 奥野は何故か歯切れ悪くそう聞き返した。



「そう。チョコミント」


「チョコミントは…」


「好きじゃない?」


「というか…そうですね…その……名前にチョコと付くものを好きでないと言うのは、とても心苦しいんですけど…けど…」



 悔しそうな表情でそう言う奥野に、麻木は「得意じゃないのね?」と苦笑し、そして


「そっかあ。俺は実はチョコミン党なんだよね」


と言った。



「えっ、そうなんですか!すみません!」


「いやいや、謝ることじゃないし」




 そうこう言っているうちに、麻木は注文票を書き終えると店員を呼んだ。





 二人はそれから一時間ほどそこでゆっくり食事をしたあと会計に向かうと、麻木は奥野の分まで支払ってくれた。奥野はデザートまで頼んだので自分で払いますと言ったのだが、麻木は遠慮なく食べてほしいから奢るなどとは言わなかったのだと言った。





 駅で麻木と別々のホームに降りたあと、奥野はスマホのチャットアプリを開くと、植村に“採用決まった!”の文字とピースをしているイヌのスタンプを送った。すると、それから十五秒もしないうちにズボンのポケットに入れたスマホがブーブーと音を立てて震えだした。



 奥野は着信の相手が植村であることを確認すると「もしもーし」と言って電話に出た。



「採用おめでとう」


「えへ、ありがとう。スマホいじってたの?」


「なかなか結果知らせてこないなと思って」


「やー、ごめん、ご飯のことで頭がいっぱいで」


「なんだそれ」


「面接のついでに夕飯食べてきたの。全部美味しそうでさ、何食べるか迷っちゃって」


「ふうん。一人で食ったの」


「麻木さんと。奢ってもらっちゃった」


「そ。良かったね」



 植村がそう言った直後、奥野の「うん」と言う声に駅のアナウンスがかぶさった。すると…



「…今、駅?」


「うん」


「来てよ」


「え?」


「声聞いたら会いたくなった」


「…でも…今から?」


「泊まればいいじゃん」



 植村は突然そんなことを言いだし、奥野は満更でもなさそうな表情を浮かべたものの


「んー…早く起きなきゃじゃん。明日、一限からだし」


と言った。



 しかし…



「起こすよ」


「でも、寝不足だと顔が死n」


「じゃ、早く来て」



 植村はそう言うと、奥野に有無を言わさず通話を切ってしまった。











 奥野は結局、大学の最寄り駅から約二時間かけて植村のマンションへとやって来た。合鍵を使ってドアを開け、疲れた足取りで薄暗い廊下を進み、やっと植村のいるリビングへ顔を出すと…




「…シフトは?」


「…はあ。月ごとに決めるんだって。これ、今月のシフト」



 奥野の顔を見るなり尋ねてきた植村に奥野はそう言って、リュックの中からA4の紙を一枚取り出し植村に差し出した。


 植村はそれを受け取るとスマホで写真を撮り、そのあとまたその紙に直接視線を落とした。バイト全員分のシフトをまとめた表が印刷されていて、その最下部に奥野のシフトが手書きで書き足されている。




「いつ行けっかな」


「俺がシフト入ってるとき?」


「働きっぷりを見に行かないと」



 植村がそう言うと、奥野は植村の隣に寄り添って座り


「じゃ、俺がバイト終わる頃に来て。一緒にご飯食べて帰ろ♡」


と言った。



「そうだな。…その前に俺もバイト見つけないと」



 植村は奥野の頭を撫でながらそう言ったあと、テーブルの上のミントタブレットを見ると


「あ、そういえば、お菓子買ってある」


と言ってキッチンの方をあごで指した。



「ほんと。ありがと。でも、もう十時になるから今日はやめとく」


 奥野はそう言って立ち上がったあと「先にお風呂入っていい?」と聞くと、植村は「もう沸かしてある」と言った。それから…



「先に風呂入っていいけど、先に寝るなよ」


「えー?どうかな?十二時にはマジで寝るからね、俺」


「じゃあ、じゅっぷんで風呂あがって」



 植村がそう言うと、奥野は「じゅっぷん!?」と言ってバタバタとクローゼットへ向かった。









 *







 朝。



 奥野と一緒に早起きした植村は、あくびを噛み殺しながら一限目の教室へとやってきた。出水はもう来ていて、小原は植村より三分ほどあとに来たのだが…



 小原が席に着いた途端、出水が「昨日、門の前で誰と話してたの?」と言うと、植村もちょっと興味ありげに二人を見た。しかし…



「え…ああ…幼馴染だよ」


「なかなかのイケメンだったな」


「まあ…そうかもな。付き合い長すぎてよく分かんないけど」



 小原がどうでも良さそうなトーンでそう返すと、おそらく植村が気になっていたことには誰も触れないまま、それでその話は終わった。




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