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チョコミント・タイムズ  作者: 只石コロ
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第2話 入学


 四月某日。


 駅前から十分ほど歩くと、背の高い臙脂(えんじ)色の門が見えてくる。今日から奥野が通う公立大学の正面玄関だ。門を入ってまっすぐ歩き、両脇にベンチや樹木の並ぶ石張りの通路を抜けるとすぐに体育館前の広場に出られる。この日は朝の十時から体育館で行われる入学式のため、スーツ姿の新入生と保護者が続々とそこへ集まっていた。



「友達できるかなあ」


 辺りを見回しながら奥野がそう呟くと、横に立つ母は呆れた顔をして「何、中学生みたいなこと言ってんの」と言った。



 式の時間が近づき体育館が開放されるとすぐ、二人は館内へ入った。そして保護者席に向かう母に手を振ったあと、奥野は外国語学部の立て看板がある方へ向かおうとした…が、ちょうどそのとき一人の新入生が体育館へ入ってくるのを見た奥野はふと足を止めた。彼も母親らしき人物と二人で来ているようで、奥野と同じように彼女と分かれたあとこちらに歩いてきた。



 そのとき、別の新入生が奥野に「外国語学部?」と話しかけてきたので、奥野は少し間の抜けた感じで


「あ、うん」


と答えた。



「俺も同じ学部。よろしくね」


「うん、よろしく。奥野です」


「俺は宮村」



 宮村はひょろっとした細身で栗色の髪をしていた。顔立ちは派手ではないが、いかにも今どきのオシャレな若者という雰囲気だ。



「俺、友達と待ち合わせてるんだけど、まだ来なくってさ」


「ふうん。高校の友達?」


「そ、二人。あいつら何やってんだ」



 彼はそう言うと「一人は同じ学部なんだ」と続け、その間にさっき奥野が気にしていた新入生は二人を追い越し、外国語学部の席へ向かっていた。













 入学式を終えた植村はそれからすぐ、学部説明会のため学籍番号順に割り振られた部屋へとやってきた。


 ホワイトボードに描かれた座席表を見て自分の席まで来ると、隣の席の新入生は既に着席していた。彼は植村が無言で席に着くのを見守ったあと、


「名前は?」


と言った。



「俺、小原」


 先にそう名乗った彼は、奥野や植村とは違ったふうに目をひく容姿をしていた。どう見ても男であるのは間違いなさそうだが、二人の高校のマドンナ的存在だった春子に近い魅力がある。綺麗な黒髪に白い肌、知的な顔立ちの美人だ。



「植村」


「ウエムラね。よろしく」


「よろしく」



 二人が味気ない挨拶を交わしたそのとき、少し離れたところから賑やかな話し声がして、二人はちらりとそちらに目をやった。普段ならば賑やかというほどの声でもないだろうが、入学式初日という緊張した空気の漂う小さな部屋の中では、普通の笑い声でも部屋の四隅にまで響いた。


 部屋の真ん中辺りで楽しそうに話しているのは複数の男女だった。男子が多いこの部屋で、幸か不幸かその付近に女子が集中したようだ。そしてその中に一人、声以外で目立つ人物がいた。後ろを向いていて顔は見えないが、植村と同じくらいかそれ以上の長身で、その背中は確実に植村よりも逞しかった。





 説明会は席が全て埋まるとすぐに始まり、一時間弱で解散となった。




 小原は配布されたプリント類を綺麗にまとめながら「植村、これからどうすんの?すぐ帰る?」と言った。



「そのつもりだったけど。…メシでも行く?」


「そーしよーぜ。親睦会ってことで。もう一人くらい欲しいとこだけど」



 小原はそう言いながら立ち上がった。その直後




「じゃ、俺も混ぜて」


 いつのまにか傍に来て二人にそう声をかけたのは、賑やかなグループの中にいた長身の彼だった。彼は体格だけでなく顔にも恵まれたらしく、派手ではないが上品に整った顔立ちは、先ほどのグループにいた女子全員の視線を独り占めしていただろうと想像できた。


 

「いいけど」


 小原はそう返事したものの、ちらりと彼のいた席の方に目をやりながら「あっちの人たちいいの?」と言った。彼といた人たちもちらちらとこちらを見ていて、彼の動向を気にしている様子である。しかし彼は横目でちょっとだけ後ろを気にする素振りを見せただけ、振り返らず


「んー、まあ、彼らとも仲良くなれたらいいなと思うけど…毎日連む友達は自分で決めたいから」


と言った。



「…あ、そお。でも俺らまだ、毎日連むって決めたわけじゃないけど」


「そう?ドライなのね」


 小原の言葉に、彼は笑ってそう言いながら植村を見た。植村はちょっと眉を上げただけで、さっきから一言も発していない無愛想っぷりだが、二人はマイペースなのか全く気にする様子もなく…



「んじゃ行きますか。もう一時になる」


 小原がそう言うと、長身の彼は「どこ行く?」と続けた。そうして、行き先を決めてから三人で部屋を出て歩きだすと、植村は隣に並んだ長身の彼・出水鉄平(いずみてっぺい)の肩の辺りを見ながら、


「…体格いいな。何かやってんの」


と言った。



「ん?まあね。水泳やってるよ」


「へえ。身長は?」


「百八十六」


「へえー…たっかいね」


「植村もあんま変わんないじゃん」



 出水がそう言うと、植村越しに小原が「大学でも水泳部入んの?」と聞いた。



「ああ。入学前にもう顔出してきた」


「へーえ」


「二人は部活とか決まってんの?」


「いや。俺はできるだけバイト入れたいから」



 出水の質問に小原が答えると、植村も小さく頷いてから「俺も」と言った。














 夜。


 ベッドに座りながらスマホをいじっていた奥野は、そのスマホに着信が入るとすぐに通話ボタンを押した。



「入学式どうだった?」


 植村は口を開くなりそう言って「友達できた?」と続けた。




「まあね。何人か話して、連絡先も交換できたよ」


「何人かって」


「ちょっと今、はっきり分かんない。八人くらいかな」


 奥野がそう言ったあと、一瞬間を置いて植村は何か言いかけた。しかし植村よりも僅かに早く、再び奥野が口を開いて


「…でも、他に話したい子がいたんだけど、今日は喋れなかった」


と言うと、植村はまた一瞬黙ったあと「…話したい子って、どんな?」と尋ねた。




「なんかね、おっとりしてそうな子」


「…カッコいい?」



 植村が重ねてそう聞くと、今度は奥野が一瞬真顔で固まった。そして…



「…俺より小柄で痩せ型。顔はなんか…癒し系かな?ちょっとウォンバットに似てるかも。そんで、真面目そうな眼鏡かけてる」


 そう答えた奥野は、それからすぐにイタズラな笑みを浮かべると、「…あ、そう」と呟いた植村に



「栄斗こそ、井崎いなくても友達できた?」


と言った。




「…どういう意味だよ」


「栄斗、キホン無愛想なんだもん。井崎がそばに居ないと近寄り難くて、みんな遠巻きに見てるだけじゃない?」


「んなことないよ」


「ホント?じゃ、友達できた?」


「できたよ」



 はっきりとそう答えた植村に、さっきまでからかい調子だった奥野は急に真面目な声で


「え、ホントに?ふうん…一流大学の人はハートが強いのかな」


と言い、植村は小さな声で「俺をなんだと思ってんだ」と言った。













 *













 入学式の翌日。


 朝一番。大学構内で一番大きな建物、B棟で、奥野はキョロキョロしながら歩いて大きな扉の前までやってくると、両手で扉を押して中へ入った。そこは主に一般科目で使われる大きな講義室で、奥野は階段を上がって後ろの方の席へ向かった。しかし、席に座ろうと前を向いた奥野は次の瞬間、あっと言うように口を開けたかと思うと、座りかけた席を離れて窓際のちょっと前寄りの席に向かった。



「ここ、いい?」



 奥野が声をかけると、一人で座っていた男子学生は首を捻って奥野の方を見た。そして奥野を見つけると不思議そうな顔で奥野を見つめたが、すぐに慌てて「どうぞ」と小さな声を出した。


 奥野は彼の隣の席にライトグリーンのリュックを置いて、その横の席に腰を下ろすとまた


「外国語学部だよね」


と声をかけた。



「うん」


「俺、奥野幸太っていうの。名前なんていうの?」


「あ、えと、(すが)聖司(せいじ)


「スガくんか。昨日、入学式でも説明会でも結構近くにいたんだけど、話せなくてさ」


「そうなの…」


「この授業とるの?」


「え、と、多分」


「俺も迷ってたんだけどさ、朝イチだし。でもやっぱり俺もとろうかな」



 奥野がそう言う間、管は落ち着きなく両手をもじもじと動かしていた。そして「そっか」という短い返事で会話が途切れると、奥野はまた口を開きかけたが



「…俺も昨日、奥野くん見たよ」


 管が突然そう言うと、奥野は目を丸くしたあと、どこか嬉しそうな顔をして「ほんと?」と言った。




「芸能人みたいな人がいるなって」


「え、芸能人?…それっていい意味?」


「…悪い意味で言う人いないと思う」



 奥野の言葉に管がやっと表情を緩めてそう言うと、奥野はまた嬉しそうに「そっか?ありがとう」と返した。




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