第13話
六月某日。
午前ラストの授業のあと、小原は一人さっさと机の上を片付けると立ち上がり「今日、友達とメシ食うから」と言うと、植村と出水を置いて行こうとした。
しかし…
「友達って?」
出水がすかさずそう返すと、小原は少し面倒くさそうな表情で振り返った。
「…小学校からの幼馴染だよ。ここの奴じゃなくて、遊びにくんの。三人」
「俺らもいっしょでいいじゃん」
「嫌だ。初めましての会話に付き合わされるなんて。俺だけつまらないの目に見えてる」
「幼馴染ズの邪魔しないから」
「いるだけで邪魔」
「え?どうしろと」
「だから来るなって」
「そんなこと言うなって」
「なんでそんな来たいんだよ」
「お前こそ、そんな嫌がることないじゃん」
本気で連れて行きたくなさそうな小原に、出水はそれでも食い下がった。
「…こいつ、人の友達と絡みたがるんだよ」
植村は独り言のようにボソッとそう言うと、リュックを肩にかけて立ち上がった。すると小原は脱力したような声で「めんどくせ」と呟き、それを “了承” と捉えたのか、出水は満足げに口角を上げた。
「早く行かないと待たせるんじゃないの?どこで食うの?」
そう言った出水をよそに、植村は「じゃあな」と言って二人を置いていこうとした。しかし小原は「は?」と言って顔を顰めると、植村の行く手を阻み
「出水が来るんだったらお前も来いよ」
と言った。
「え?俺はいい」
「いや、来いって」
小原はそう言うと、本気で嫌そうな植村に有無を言わさず、結局植村も出水と一緒に小原の幼馴染みたちと会うことになった。
三人は待ち合わせ場所の正門に向かう途中に、すでに構内に入ってうろついていた小原の幼馴染みたちと合流することができた。一人は小原より少し背が高く柔和な雰囲気で、一人は百七十センチあるかないかくらいの身長で目鼻立ちのはっきりした美男子、そしてあとの一人は小原の元カレだった。
植村と出水の姿を見て目を丸くしている二人の横で元カレは少し眉を寄せたようだったが、小原が出水と植村を紹介すると、彼も他の幼馴染み二人と同様に軽い挨拶と自己紹介をした。
元カレの名前は村沢真紘といった。
「俺らは、全員小学校のサッカークラブがいっしょで。典くんと港くんが同い年で、俺と真紘は学年一つ下なんです」
美男子の高橋いつきがふわりと微笑んでそう言うと、出水はにこりとして「そうなんだ」と言った。
六人は植村が前に奥野を連れてきた食堂で昼食にした。
村沢と高橋は同じ高校に通っていて、今日は創立記念日なのだという。今井典明は大学生だが、いつきたちにせがまれて午後の授業をサボって来たのだった。今井と高橋はやたらとスペックの高い出水と植村に興味津々な様子で、小原は楽しそうに出水(ときどき植村)と話す二人をちらりと横目で見ながら、ちびちびとペットボトルのお茶を飲んでいた。
すると…
「港。暇ならコンビニで飲み物買ってきてよ」
サラダのコーンをちまちまとつまみながら村沢が突然そう言った。
「はあ?なんで俺が」
「暇そうだから」
「年上をアゴで使うな」
「暇でしょ?」
「お前もだろ」
「俺はまだ食べてるもん。ね、お願い」
村沢が少し甘えるようにそう言うと、小原は小さくため息をついて立ち上がった。そして
「植村行くぞ」
小原がそう言うと、植村はきょとんとして小原を見上げたあと「いいけど」と言ったが…
「ダメだよ。俺、植村さんたちと話したいもん。典くんたちばっかり話して、俺全然話せてないんだよ」
村沢がそう言うと、植村は少し困惑した様子で小原と村沢の顔を交互に見た。すると
「ああ、じゃ、俺が一緒に行くよ」
今井がそう言って立ち上がり、ちょっと何か不安そうな表情の小原を連れてその場をあとにした。
「会ったの二回目だよな」
出水がそう言うと、村沢は「そうですね」と言ったあと、唐突に
「おふたりは、彼女いるんですか」
と言った。
出水と植村はちらりと顔を見合わせて…
「いるよ」
植村がそう答えたあとすぐ、出水が「俺はいない」と言うと、村沢の視線は出水の方へ固定された。
「そうなんですか。めちゃくちゃモテそうなのに」
「村沢くんこそ」
「理想が高いとか?」
「それはそうだな。千年に一人レベルの美人が好き」
「…例えば、どんな美人ですか」
村沢はそう尋ねたが、出水はそれには答えず
「村沢くんは?彼女いないの」
と聞き返し、村沢は一瞬不満そうな表情をのぞかせたが、それからしれっと「恋人ならいますよ」と言った。
すると出水は、わざとらしく首を傾げて少し考えたあと
「小原とは別れたんだろ」
と言った。
その言葉に村沢は眉を寄せて出水を見つめた。村沢の隣で高橋も驚いた顔をして出水を見ている。
「…港、俺のこと話したんですか?」
「前に見かけたときに、小原のこと口説いてるっぽかったから。気になって、どういう関係か聞いたら教えてくれたよ。まあ、今どき隠すようなことでもないでしょ」
「…そうですね」
村沢は少し驚いたようではあったものの相変わらず淡々とした調子でそう言って、それから、一瞬間を置いてから「ただ…」と切り出した。
「誤解がないよう一応言っておきますが、港はまだ俺のことが好きですよ」
村沢は真っ直ぐに出水の目だけ見てそう言った。
「…好きは好きでも、幼馴染としてだろ」
出水がそう言うと、村沢はすぐさま「違います」と言い切った。
「付き合った頃より別れた頃の方が、港は俺のことを恋人として好きでしたから。それは長年傍にいるから、態度とかで分かるんです」
「でも、小原が別れたいって言ったんだよな」
「何か勝手に不安になったんでしょ、どうせ。俺がもともとゲイじゃないからかもしれないですね」
「…仮にそうでも、今もまだ村沢くんを好きかどうかは定かじゃないな」
あくまで懐疑的な発言しかしない出水に、村沢はイラッとしたのかわずかに表情筋を歪めた。
植村はさっきからずっと少し戸惑った表情で出水のことを見ており、高橋はハラハラした様子で二人のことを見ていた。しかし出水は素知らぬ顔でまた
「深追いすると友情まで壊れかねないよ。幼馴染として大事にされてるうちに諦めたほうがいいんじゃない?」
と言い、村沢はしばらく出水の顔を睨んでいたがもう何も言わず、あと少し皿に残っていたものを食べはじめた。