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チョコミント・タイムズ  作者: 只石コロ
12/13

第12話


 五月某日。日曜日。


 正午を過ぎてしばらくするとランチにやってくる客足が一旦途絶え、レジの前でじっと立って入口の方を見ていた奥野は、二重のガラス扉の向こうから一人やってくると素早く接客体勢にはいった。


「いらっしゃいませ!おひとり様ですか?」


「…違います」


「こちらにどうぞ~」


 奥野はわざとらしいニコニコ顔でそう言うと、彼を四人がけのテーブル席へと案内した。




「ご注文はそちらの用紙に」


「すぐ書くから待ってて」


「ハイ」


 植村は席に着いてテーブルの隅にある注文用紙とペンをとると、行儀よく両手を身体の前で揃えて待っている奥野を見た。



「うん?何?…ですか?」


「制服、ちょっとでかくない?」



 植村がそう言うと、奥野はうつむいてカプチーノ色のシャツをつまんだ。そして




「…そう?Mサイズなんだけど。着た感じぴったしだよ?」


「Sでもいけたんじゃない」


「それじゃ多分、袖が足りない。…それより、早く書いてよ。もう行くよ?」



 奥野がそう言うと植村は「待って」と言い、左手で奥野の制服の腕の部分をつまみながら注文票を書き終えた。







「何か話してたね?」


 注文票を持って厨房へ向かう途中、すれ違いざまに麻木がそう言った。



「あ、はい。高校のときの友達なんです」


「ああ、そうなんだ」


「俺がバイト終わったら、ここで一緒にご飯食べる約束してるんです。なので、とりあえずコーヒーだけ」



 奥野がそう言って注文票をひらりとして見せると、麻木はにこっとして「そう」と言った。







「お待たせ致しました。アイスコーヒーでございます」



 麻木はそう言って背の高いコーヒーグラスを植村の前に置くと「奥野くんの友達なんですね」と話しかけた。



「…どうも」


「奥野くん、もうすぐあがりますから」


「どうも」


「制服、すごく似合ってるでしょ?」



 麻木はちらりと横目で奥野を指してそう言った。…首元の赤いリボンや赤茶色のチェック柄帽子は、奥野や麻木によく似合っている。



「…そうですね」


「お客さんによく話しかけられてるよ」


「でしょうね。そういうタイプです」



 植村の可愛げのない返答に、麻木はおそらく今、世界で一番爽やかな苦笑を浮かべて「かわいいからね」と言うと


「それじゃ、ごゆっくり」


と言って去っていった。








 食事を終えて店を出ると、二人は駅に向かって歩きだした。そしてもうすぐ駅に着くというところまで来たとき、楽しそうにバイトの話をしていた奥野が急に静かになったかと思うと、急に


「…ああ、そういえば、栄斗にちょっと話しておきたいことが」


と切り出した。すると植村はガクッと肩を下げ、ため息混じりに「またかよ?」と言った。




「俺も仲良くなってから知ったんだよ。バイト決まってから」


「麻木さんのこと?なに?」



 植村がそう言うと、奥野は「あ、うん、そう…麻木さん」と小さめの声で言ったあと、なんでもないふうに


「ゲイなんだって」


と言った。




 二人はいつのまにか歩くスピードがゆっくりになっていて、植村は遠くを見つめながら、深呼吸するみたいにため息を吐いた。




「あ…でも、俺のことは麻木さんには話してないから」


「そりゃそうだろ」



 植村は脱力したような声でそう言うと、少ししてから今度はピリッと張りつめた声で


「優しすぎたら、怪しいと思えよ」


と言った。




「え…」


「幸太に気があるのかもしれないから」


「…いや、でも」


「麻木さんて、どういう人がタイプなの?っていうか、“どっち側”?」


「…そんなの分かんないよ。詳しくは聞いてないし」




 奥野は俯いてそう言うと、それからすぐに植村の顔を見上げて「でも、ストレートは相手にしないみたい」と言った。


 植村は眉を寄せて奥野を見た。



「…ほんとかよ」


「ほんと!だから、俺がバレなきゃ絶対に大丈夫でしょ?」



 奥野がそう言うと、植村は吐き捨てるようにまた「ほんとかよ」と言ってあまり信じていないように見えた。しかし…




「前にストレートの人と付き合って後悔したんだって」



 続いた奥野の言葉に、植村はさっと深刻そうな表情になって立ち止まり奥野を見つめた。すると奥野は「あ…」と言うような顔をしたあと苦笑して


「そんな顔しないでよ。俺は今んとこ、後悔してないよ」


と言ったが、植村はまた少し表情を曇らせた。



「今んとことか言うな」


「…冗談じゃん!」


「ずっと一緒にいる」


「そうだね。ずっといっしょにいたいね」



 奥野は不安などなさそうなカラッとした様子でそう言った。植村はそんな奥野をじっと見つめていたが、それから俯いたと思ったらそっと奥野の手をとった。そして…



「俺が拗ねたりして喧嘩することもあるけど、幸太が大事だからそうなっちゃうんだってことは分かって。これでも、大人になろうとはしてるんだよ」



 …植村がそう言うと、奥野は返事に困ったのかちょっと笑いながら、ただ「ありがとう」と言った。










 午後二時。


 竹崎と井崎は電車でまあまあの時間をかけて、とあるオフィス街にある七階建てのビルへとやってきた。今日ここで開催される、経営の基礎を学ぶセミナーに参加するためだ。二人はエレベーターで六階まで上がって、ある部屋の前までくると、開け放されている前方のドアからそっと中の様子を覗こうとした。すると、中からスーツ姿の中年男性が顔を出して


「セミナー参加者ですか?」


と声をかけてきた。


 二人がそうですと言うと、男性は二人の名前を確認して名簿にチェックをしたあと、二人を中に入れた。高校の教室のように一人一人の机と椅子が並ぶ室内にはそのとき、二人の他に五人の参加者がいて、二人のあとからもちらほらと参加者がやってきた。


 最後に入室したのは、この場にあまり馴染まない蛍光色っぽい紫のワイシャツを着た二十代後半から三十代前半くらいと思われる男性だった。ぱっと見チャラい印象を与えるが、よく見ると顔立ち含めわりと小綺麗な見た目である。部屋中の視線が、入室時間のギリギリに騒がしい足音を響かせてやってきた彼の方へ向けられた。そのとき、竹崎、井崎と目があった彼は目を丸くして一瞬動きを止めたが、すぐにスーツの男性が彼を促し席に着かせると、資料の用意された座席がまだ少し空いていたが、セミナーは予定時刻通りに開始された。





 __午後四時過ぎ。


 九十分の講義と少しの質問タイムが終わると、井崎と竹崎は講師に挨拶をしてから一番最初に部屋を出た。すると、蛍光色の紫シャツがすぐに後を追ってきて二人の前に立ちはだかった。


「やあ!若いね。学生?」


 彼が明るくそう言うと、二人は戸惑った表情でちらりとアイコンタクトをとってから、気乗りしない声で「はい」と答えた。すると…



「ふうん…二人で起業するの?」


「はい」


「そう…」


 彼はそう言いながら二人の全身をジロジロと見回しはじめ、その様子を見た井崎が不審そうに目を細めて「あの?」と声をかけると

 

「いやあ、やっぱり見た目がいいなあ。オーラもあるし…それに、賢そうだね。実際は知らないけど」


と言って二人に笑いかけた。



 二人はきょとんとして、それからまた互いに目を合わせた。しかし、彼は明らかに警戒している二人の様子を気にすることもなく


「俺、芸能事務所つくりたいんだよね。今もそっち関係の仕事してるんだけど…」


と言いながらケースから名刺を取り出すと、二人に一枚ずつ受け取らせた。それで二人はその名刺に視線を落としたが…



「あ、それは新しい名刺ね。まだ会社できてないけど、先につくったの」



 彼がそう言うと、井崎はガクッと肩を落とした。が、次の瞬間




「起業諦めたら教えてね」




 彼がそう言うと、井崎は初めて彼の顔を真っ直ぐに見た。そして


「…芸能界って、いろんな人と出会えますか?」


 井崎がそう言うと、彼は目を丸くしたあとイキイキとした表情で「もちろん!」と言った。すると井崎は、隣で少し驚いた顔をして井崎を見ていた竹崎の手から名刺をさらい、ペンケースからペンを取り出すと裏に何か書きはじめた。そして書き終えるとその名刺を彼に突き返し…



「僕らはウェブコミックの会社つくるんで、お兄さんと業界は違いますけど、僕らの起業の助けになるようなコネクションをもしお持ちでしたら、紹介していただけると嬉しいです」


と言った。


 それから井崎は竹崎の腕を掴んで彼の横をすり抜けたが、すぐに振り返ると、ポカンとして二人を見ていた彼に「また会えたらいいですね」と爽やかに笑いかけた。






 彼は二度とは振り返ることなく去っていった二人を見送ったあと、手に持った名刺を裏返して見てみると、そこには一つのメールアドレスが記されていた。



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