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チョコミント・タイムズ  作者: 只石コロ
11/13

第11話


 五月某日。



 最後のコマを終えた奥野は一人で正門に向かう途中、図書館の陰にあるベンチで友人といた麻木に呼び止められた。麻木は友人を置いて奥野のもとへやってくると


「良かった、会えて」


と笑顔を見せた。




「昼前にメッセージ送ったんだけど、スマホ見てない?」



 麻木がそう言うと、奥野は


「えっ!ホントですか!すみません…そういや、今日あんまりスマホ触ってなかったかも」


と言いながらズボンのポケットを探った。しかしポケットにスマホがなかったようで、慌てて今度はリュックに手をかけたが、麻木は「あ、いいよ。今言うから」と言った。



「…あ、そうですか?すみません」


 奥野が苦笑しながらそう言うと、麻木はにこりと笑った。



「昨日さ、バイトメンバーと奥野の歓迎会やりたいなって話してて」


「え、ホントですか!」


「うん。それで、明日あいてないかな」


「あ…した、ですか。えっと、はい、大丈夫ですよ」



 奥野が少し言葉に詰まりながら答えると、麻木はくいと眉を上げて


「本当に?予定あるなら別の日でもいいよ?」


と言ったが、奥野は笑って「いえ、大丈夫です」と言った。









 正門を出た奥野は、スマホに保存している植村の時間割を確認するとすぐ、道の脇に寄って植村に電話をかけた。植村は授業の直後で、タイミングが良かったのかすぐに電話に出た。



「明日行くって言ってたけど、ちょっと予定入っちゃって…」


 奥野がそう言うと、植村は少し間を置いてから「予定って?」と尋ねた。




「バイト仲間でご飯行こうって」


「……」


「ごめん。でも、俺の歓迎会だっていうからさ…俺だけの都合で別の日にしてくださいってのも言いにくくて」


「それで、俺との約束は簡単にキャンセルすると」


「……栄斗んち行くのなんてもう、約束っていうより習慣に近いじゃん。時間かけてしょっちゅう会いに行ってるんだから、たまにキャンセルするくらい大目に見てよ。俺たち、二人っきりで生きてるわけじゃないんだからさ。他の人を優先した方がいい場合だってあるでしょ」


 ドタキャンに機嫌を損ねているらしい植村に、奥野は今にも大きなため息をつきそうな調子でそう言った。


 すると、植村はまた少し間を置いてから「分かった」と言ったが…




「…けど、新入りバイトの歓迎会って…なんか、人間関係めんどそう。あんまり深く関わらないようにして」


「…とりあえず、明日は行ってくるから」


「変に気に入られるなよ。仕事以外のことで声かけられるようになるから」


「分かったってば!そんな神経質にならなくても」



 ちっとも快く了承する気のない植村に奥野がそう言うと…





「神経質にもなるわ。尻軽の彼氏持ったら」




 …そう口にした三秒後、植村はハッとした様子でスマホの画面を確認した。通話は奥野によって強制終了されていた。













 夜。



 パソコンで調べものをしていた井崎は、インターホンが鳴ったあと少しして階段の下から母に呼ばれると、怪訝な顔で首をひねった。




「選〜!栄斗くん!」


「聞こえてる!今行くって!」



 もう一度呼ばれた井崎はバタバタと階段を降りた。そして、外履きスリッパをひっかけて玄関の扉を開けると、門の外で待っていたのはやはり植村である。






「…おっす。なんでいるの?」


「ちょっと、こっちに用があって」


 植村はそう言うと、目の前までやってきた井崎に「はい、これ」と言って小さなビニール袋を手渡した。



 ビニール袋をのぞきこむと、小ぶりのどら焼きの三個入りパックが入っているのが確認できた。




「…ウチに来るのに手土産なんて珍しい。なんか企んでる?」


「人聞きの悪い。別に、わざわざ買ったわけじゃなくて家にあるやつ持ってきただけだから」


「栄斗んち、こういうの置いてないじゃん」


「実家じゃなくて俺の部屋。ケーキとか幸太の好きそうなもの見かけたら買っとくんだけど、一人で食べるの嫌がるから自分の分もなんか置いとかなきゃなんだよ」


「あ、そう。ありがとう。それで、用事って?ウチにラブラブ自慢しにきたわけじゃないっしょ」


「とりあえず中入れて」


「え、上がんの?」


「無理なの」


「いや、ウチは別にいいけど。用事は済んだの?」


「まだ」


「もう九時になりますけど」


「おじゃまします」



 植村はそう言うと、自分で門を開けて井崎の横をすり抜けていった。…井崎は目を細めて怪しむような視線をその背中に向けていたかと思うと、植村が玄関のドアを開けようとしたとき


「さては、奥野とケンカしたな?謝りにきたんだろ」


と言った。




「……」


「奥野はバイト?」


「…ああ。十時前には帰ると思う」



 植村は元気のない背中を向けたままそう言うと、先に家の中に入っていった。










「彼氏に尻軽はないわ」



 …自室のデスクチェアーに座ってどら焼きを食べながら井崎がそう言うと、あぐらをかいてベッドの前に座っていた植村はじとっとした目で井崎を見上げた。



 井崎は植村には目もくれず、どら焼きだけ見ながらもまた「そりゃ怒るっての」と言った。




「…分かってるっての。反省してるから、今ここにいるわけ」


 植村はぶすくれた声でそう言った。すると、井崎は植村に呆れた視線を寄越して


「それ、高校のときから数えて何回目の反省?同じこと繰り返してちゃ反省の意味ないわけ。愛想尽かされる前に成長しろよ」


と言ったが…



「分かってる」


 俯いた植村が小さな声でそう言うと、井崎はその頭頂部に哀れみの視線を向けるのを避けられなかった。




「…まあ、奥野垢抜けたしな〜。もともとカワイイのにねえ。虫がつくかもって心配なのは分かるよ」


「…」


「そういや、奥野にゲイだって秘密にさせてるんだろ」


「…幸太が愚痴ったの?」


「愚痴とかじゃないよ。大学ではどうしてんのって、俺から聞いたの。…栄斗も彼女いることにしてんだって?詳しくは聞いてないけど」


 井崎は植村から視線を逸らし、二つ目のどら焼きに手をのばしながらそう言った。すると植村は何か悔しそうに唇をかんだあと、


「…話し合ったとき、もし幸太が俺に “大学ではゲイだって嘘ついてほしい” って言ってきたらそうするつもりだったのに。まさか、俺に幸太と同じ嘘つかせるなんて」


と言った。



 井崎は何も言わずに植村を見ていたが、すぐにどら焼きに視線を戻した。



「…奥野はなんで、そうしてほしかったのかな」


「それは、まあ…なんとなく分かるけど」


「えっ?何?」


「誰にでも愛想振りまくなって忠告したら、機嫌悪くなってたし。それで仕返しみたいな感じで、俺が嫌がりそうなこと言ってきた感じ」


「…へえ…そう」


「まあ、幸太は全然心配する必要ないもんな。どんな女子が現れようが俺が靡かないって分かってるから」



 植村はため息混じりにそう言うと、時間もしくはメッセージを確認するためかスマホの画面を確認した。



 …井崎は小さくため息をついて「そういうとこだよ」と言った。




「え?」


 植村はきょとんとして井崎を見上げた。




「自分は浮気しないけど奥野は浮気するみたいな言い方」


「…」


「奥野だって浮気なんかしないって。なんで信じてやらないの。近藤のこと根に持ってるなら、それはお門違いだぞ。それとも、お前が近藤に先越されたのは奥野が浮気性だからとでも言うつもりか?」



 井崎の言葉に植村はバツの悪そうな顔をしたものの、しばらく黙りこんだあと


「浮気性とは言わないけど、すぐに他人に気を許すのは確かだろ」


と言った。それでも…



「…そうだとしても、栄斗みたいな不器用な奴には奥野をうまく縛り付けておくなんてできないんだからさ。それでうまくいかなくてイライラして暴言吐くより、仮に奥野が他の誰かのとこに行っちゃいそうになったら、その度に連れ戻せよ」



 井崎は真剣な目で植村を見つめてそう言った。




「簡単に言ってくれる…」


「栄斗にはそっちのが簡単だって」




 井崎は少し表情を緩めてそう言ったあと、デスク上の腕時計を確認して「そろそろ時間じゃない?」と言った。すると…






「…お前は?」


「え?」


「お前は器用に誰を縛りつけてんの?」




 植村は突然そう言って、井崎は一瞬どこか撃たれたみたいな顔で植村を見つめた。そして



「別に、誰も縛ってないよ」



 井崎はそう言うと、植村から目を逸らしてムシャムシャとどら焼きを食べはじめた。









 


 二十一時五十分。帰宅した奥野は、自転車を停めるために駐輪場の出入り口があるマンションの裏側に向かった。


 浮かない顔でダルそうにペダルを踏んでいた奥野は、角を曲がって植村の姿を見つけると同時に音も立てずブレーキをかけた。マンションを囲うフェンスの前に立っていた植村は、それでもすぐに奥野に気がつくと、傍に停めていた自転車をおして奥野のもとへやってきた。



 奥野はじとっとした目で植村を見つめた。




「…ごめん。また口悪かったよな」


「浮気したこともないのに、なんであんなこと言われなくちゃなんないの」


「本当、ごめん」


「ショックだよ。ああいうふうに思ってんだなって」


「思ってないよ」


「思ってないと出てこないよ」



 奥野が突き離すようにそう言うと植村は俯いて、ちょっとしてから



「…俺、幸太に今まで何回も、誰にでも愛想が良すぎるのが嫌だってハッキリ言ってきたよな。その度に幸太は自分は普通だって言うけど、正直に俺としてはやっぱり、少し直してほしいってのはずっと思ってて…電話で言ったのも、そういう意味で言ったんだけど…今回は、言葉選びが雑すぎたと思う。ほんっとに、反省してます」


と言った。






「愛想ね…」



 奥野が呟くようにそう言うと、植村は何も言わずにまた俯いた。






「気をつけてるつもりなんだけどな」


「……」


「本当だって。他人との距離感とか結構気をつけてる」


「…そっか」


「…」


「…」


「…今日のことはもう忘れる。わざわざ来てくれてありがと」




 奥野がそう言うと、植村はやっと顔を上げて小さく首を横にふった。そして




「今日は実家に泊まり?」


「うん」


「そっか、早く起きなきゃだね」


「いい。自業自得だし」



 植村がそう言うと、奥野は気まずそうにちょっと苦笑を浮かべて


「…さ、早く帰って寝て。寝坊するよ」


と言った。



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