そしてパツキン少女がボタノ炭鉱でネクロマンサーとガチ決戦をかます。その4
この一見するとチャラい感じの金髪男のチャーリーの正体は「天龍」である。
最近また色々ときな臭いピアツェンツア王国を監視する為に天龍王アメデから直接派遣されている。
チャーリーについて詳しく説明するとめっちゃ長くなるので省略して話しを進めます。
急遽参戦して来たチャーリーは、そのままジャックの右翼に回る事になった。
「しかしこう前衛ばかり充実して来ると後衛にも強力な魔導士が欲しいよな?」
今の第一、第二陣は近接ゴリマッチョ編成で直掩の魔道士が居ない状況だ。
「贅沢言ってもしゃーないよ。居ないものはいない」
極端な魔道士不足なのはオーソドックスな攻撃魔法である火炎系が制限を食らったからだ。
そして水系の攻撃魔法使いの数が少ないせいである。
火炎系の攻撃魔法は適性者も多く威力も高いので火炎系を基本的なベースにした魔導士の方が圧倒的に多いのである。反面、攻撃用の水魔法を習得する者は少ない。
なぜなら水魔法の魔道士は農業や建築、医療関連で高収入を得られるので無理に危ない戦場に出る必要はない。更に高難易度の氷魔法ともなると更に高収入を得られる。
ハッキリ言って軍人以外は物好きや偏屈な人間しか攻撃用の水魔法を覚えないのだ。
炎系の次に多いのは風系の魔道士だが、これも摩擦によって発生する静電気で石炭粉塵に引火する危険があるので今回は使用場所が制限されている。
ネクロマンサーも色々と陣地について考えているのだ。
「日の出まで5分!」
「よし!いくぞ!総員抜刀!突入陣形!」
第一陣の指揮官である重装歩兵隊長は兜のバイザーを降ろして所定のポジションに立つ。
第一陣と第二陣の緊張感が最高点に高まっている時にセリスはイノセントの肩の上でポヘ~としていた。
そりゃろくに戦闘なんてした事ない小娘に戦場の緊張感を分かれと言っても無理だろう。
出番まで時間があるのになしてもうイノセントに乗っているかと言うと5分ほど前に「絶対離れんじゃねえぞ」とイノセント言われて、「分かったわ!こうすれば絶対に離れません!」と言って待ってましたと言わんばかりにイノセントの肩に飛び乗ったセリス。
なので今はイノセントに肩車されている。うん!確かにこれなら離れんね!
《セリス?今話しをしても大丈夫かな?》
戦闘当日と言う事で霊視さんβも今日は仕事を休んでセリスとの回線を繋いだままで待機している。
ちなみに今回の通信はイノセントが持っている直通念話機を経由している。
今までは霊視さんαが霊視さんβからの通信をセリスに中継してくれていたのだが、ここ最近はずっと行方不明になっている。
「うん、良いよ」
《イノセントも聞いてね?もし戦線が崩壊してどうにもならなくなったら・・・2人は出来るだけ味方から離れて。具体的には500m以上ね》
「どう言う事だ?イリス師匠・・・いや・・・霊視・・・さん?」
突然このタイミングで師匠のイリスが話し掛けて来るとは思ってなかったので思い切り霊視さんβの名前をバラすイノセント。
セリスが「なんで霊視さんの名前を知ってるのよ?!イリス?!」と言おうとした瞬間に・・・《いざとなったら私が坑道内に極大魔法のアークトルネード・ブラストを撃つわぁああ!!!》と、話しを逸らす為に大声で超特大爆弾を投下する。
「霊視さん!うるさ!!」耳がキーンとなるセリス。そしてそのショックでイリスの名前を忘れた。
霊視さんβの名前を聞いても記憶封印の影響でセリスには「イリス」と言う単語に対して認識を阻害するバイアスが掛かっているので即座に「イリス」と言う言葉を忘れるのだ。
イリスと言う単語を忘れて直ぐに別の単語に意識が向いて、「アーク・トルネード・ブラスト?ってどんな魔法??」コテンと首を傾げるセリス。
どの国でも極大魔法は禁呪扱いされているので一般的には全く認知されていない。
「はああああああ?!?!坑道でアレ使うのよ!おいおいマジかよ・・・」
アレのヤバさは嫌と言うほど目の前で見ているので良く知っているイノセント。
術者個人の能力差もあるがアーク・トルネード・ブラストの放出魔力量を単純に電気出力に換算すると20万kW(一般的な約6000世帯の1日の電力消費量)に相当するのだとか。
その大出力エネルギーが風速80m近く(おおよそ新幹線の最高時速300kmと同等)で接近して来るのだから怖いなんてレベルでは済まない。
小さな村なら一撃で消し飛ばすハッキリ言って重度の災害レベルだ。
そんなブツが狭い坑道内で発射されたらどんな事になるのか想像も付かないのだ。
しかもイリスが使うのはアーク・トルネード・ブラスト「MAX」と言われるエルフ(ハイエルフのルナとクレア)が独自に術式を強化した特殊魔法だ。
イリスが使用した際の威力は通常のアーク・トルネード・ブラストより30%以上も高い。
そんなヤベェブツだと知らんセリスはキョトンとしている。
「えーと?つまり!それはとぉーっても強いのね?!」まあ、確かに強いわな。
「セリスはバーバラ夫人の言う通り気楽だな・・・」
「え?イノセントさんってお母様の事を知ってるの?
・・・はっ?!お母様に色々な事をチクっているのはあんたかぁ!クソ親父!」
面倒臭い時に面倒臭い事を思い出したセリス。
「頼まれてんだよ!お前の親父さんと大叔父さんに!」
《それでね?セリスの胸当てに既に魔法は仕込み済みだからノータイムで発動するわ》
「むきーーーー!!!」
全然、話しが噛み合わない3人・・・
《発動キーは私が持ってるから暴発とかはしないから大丈夫よ》
人の話しを聞かん奴との会話は龍騎士の仲間達や、かのグリフォンの魔王で慣れているので勝手にドンドンと話しを進める霊視さんβ。
「いや~・・・アークトルネード・ブラストかぁ???それはありがたいなぁ」
器用なイノセントはキャンキャンとセリスに絡まれていても師匠の話しはちゃんと聞いていて遠い目になっている。
もし坑道に「アークトルネード・ブラスト」を撃ち込んだら、ほぼ100%近い確率でボタノ炭鉱の全てが崩落して地中に埋まるだろう。
そして・・・
「日の出です!作戦開始!!」文字通りの特大の爆弾を抱えたままボタノ炭鉱での戦いが始まってしまう。
「用意!発破ぁ!!!」ズドオオオオンン!!ゴオオオオオオンン!!
ボタノ炭鉱制圧戦が始まって先ずは工兵が仕掛けた爆弾を使い入り口を封鎖していた大岩を破壊する。
「うひゃああ?!うるさ!」
「放水開始!!!」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!
続けて坑道内で立ち昇る煙を除去する為に高圧ポンプを使い大量の水を坑道内に放出させる。
粉塵の除去プラス、中に居るであろうゾンビ達を一旦坑道の奥へ流すのだ。
ある程度粉塵が収まると間髪入れずソーラーレイ部隊が1m角の鏡300枚以上を使い朝日で坑道内を照らす。
「照射開始!!!」
すると・・・・
おアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああ!!!!
ソーラーレイが照射されると正にこの世の物では無い者達の絶叫が坑道内から聞こえてくる。
やはり予想通りに坑道入り口には多数の伏兵が配置されていたのだ。
「わあああ!!おっかねえ!?」
幸いな事に今日は一日中晴天、時間毎に鏡の角度を変えて坑道内を陽の光で照らし続けるのだ。
つまり階段を降りて最初の工具置き場がセーフティゾーンになる訳だね。
「第一陣突入!!」よおし!隊長さんの号令で全員が鬨の声を上げての突撃だ!
と、単純セリスはそう思ったがそんな事はなく先行の兵士が3名、めっちゃ慎重に入り口の周辺からクリアリングをしながら坑道内へ入って行く。当たり前だろ!馬鹿じゃ無いんだから。
「入り口周辺に敵影無し!階段にも異常無し!」
その先行の合図にタンク役の重装槍兵達が3列縦隊になり坑道内へと入って行く。
約10分ほど掛けて第一陣全員が坑道内への侵入に成功する。
今の所は戦闘は起きてない様子だ。
「これは順調?」
「ああ、順調だな」
第一陣が突入して簡単な陣地を構築した15分後には続けて第二陣も慎重に突入して行く。
どうやらソーラーレイ作戦はかなりの効果があり未だに坑道内で交戦している気配は無い。
強烈な先制攻撃を喰らったネクロマンサーは今頃ソーラーレイが届かない範囲ギリギリに拠点を再度構築しているのだろう。これで制圧隊が初戦からかなり押し込んでと言える。
先陣からの合図があったのか第三陣の工兵隊が色々な建材と工具を持って突入して行く。裏取りされそうな細かい通路を物理的に塞ぐ為だろう。
工兵が入ってから30分後、本格的に第三陣本隊も突入して行く。
報告ではまだ戦闘は発生しておらず工兵達の通路塞ぎの作業の音だけが響いている。
次は第四陣が突入しますよ~、と言う所で問題が発覚する。
枝道に別れた狭い坑道の先の少し開けた場所に転移魔法陣が確認されたのだ。
つまりいつでも後方にゾンビを送る事が出来る状態だったのだ。
他にもあんだろ?と予測されるので予定を変更して後方支援隊と指揮隊が先に突入して戦闘力の高い第四陣がバックアタックへの後方警戒にあたる事になった。
この辺りは元々の想定範疇なので誰も慌ててない・・・若干1名を除いて。
「うわああ!おっかねえ!タンマタンマ!!」
まだまだ突入まで時間があると余裕をかましていた所にいきなりの突入ですと言われてバチクソに慌ててるセリス。
「話しが進まんから行くぞ」
「待ってぇーーーーーー!!!」
遂にセリス突入!肩乗りセリスが中に入ると坑道内はめっちゃ明るかった。
「あれ?全然匂いしないね?」
凄い腐臭するんだろうな・・・とゲンナリしてたセリスだが坑道内は無臭だった。
鼻栓は・・・残念令嬢のセリスと言えど鼻栓はちょっと・・・
「工兵が魔道具を使って消臭してくれてんだよ」
「あああーーーー!!工兵さん!有り難し!」縁の下の力持ちの工兵さんの凄さを垣間見たセリス。
さて、突入して見ると予想に反して坑道内はしっかりとしてて全く荒れて無かった。
工具なども棚に綺麗に並んでいて案内人の鉱員によるとゾンビ湧きする前日のままの状態だそうだ。
「あれ?水は?」あれだけ流した水が綺麗サッパリ無いのだ。
「炭鉱は排水のシステムがかなりしっかりしてんだよ。だから先に放水したんだ」
これ比較的驚く話しだが水圧破砕方式の石炭の掘削方法って日本でも戦前からやってたそうな。
現在で言う所のウォーターカッターだね。ツルハシでトンカンしてたイメージだよね。
「あれ?コレもしかして制圧後はそのまま炭鉱って使える?」
「そうだな」
「ほーーーーーう?」金の匂いがして良からぬ事を企み始めるセリス。
「それにゾンビの遺体?が一体も居ないね?」遺体の処理も大変だと思っていたが綺麗サッパリ何もないのだ。
「そうだな・・・俺も知らんかったけど強い日の光で焼かれるとゾンビって消滅するんだな」
朝日の陽の光に焼かれたゾンビ達は塵になって消滅したそうだ・・・
「そう・・・遺体を回収出来なかったから遺族は悔しいだろうね・・・」そう考えると居た堪れない気持ちになったセリス。死体を弄ぶネクロマンサーに対して初めて怒りが湧いて来る。
「うううううう??なんか気分が悪い・・・・」
急激にセリスの魔力波動が乱れて「騎乗スキル」がキャンセルされる。
《セリス!落ち着いて!怒りはネクロマンサーにつけ込まれる!》
・・・そう言うお前はマジギレしながら核爆弾をネクロマンサーに投下してなかったか?
「セリス落ち着けって俺達が今から仇を取ってやるんだからな」
「ごめん」
ネクロマンサーの力の源は生物が放つ「怒り」「悲しみ」「恐怖」の三つの悪感情だ。
なのでネクロマンサーは人間などをゾンビにして周囲に悪感情を撒き散らす。
身内をゾンビにされた怒り。
愛する人を失った悲しみ。
腐ってぐちゃぐちゃになった者を見ての周囲の嫌悪感と恐怖心。
そしてゾンビにされた者自身の哀しみ・・・
この悪感情を得る事こそネクロマンサーの狙いだ。
本来ネクロマンサーの護衛はスケルトンアーマーだけで事足りるのだ。
ゾンビ達はネクロマンサーの燃料源と言えるだろう。
制圧隊もゾンビよりスケルトンアーマーとの戦闘を想定している。
ゾンビだけなら何千体居ても第一陣だけで余裕で制圧出来るからだ。
こうしている間にも第一陣と第二陣が日に当たってない箇所への制圧範囲を広げて行く。
いよいよ制圧隊とネクロマンサー軍団との激突が迫る。