カターニア大城郭と王都防衛戦。その1
王都防御戦に備えて司令本部があるリムーザン城塞に当主のコーバ公爵が入る事になり家族一同が揃い見送りをする。
「旦那様、公爵邸の事はお任せ下さいまし」
そう言ってコーバ公爵の頬に勝利祈願のキスをするバーバラ公爵夫人。
「ありがとう。子供達の事は任せたよ」
コーバ公爵はバーバラ公爵夫人にキスを返して9人の子供達に順番にキスをして行く・・・・・・・・・・9人?!?!知らん間に随分と子供が増えてね?!
そしてコーバ公爵が長女のセリスの頬にキスをすると・・・
『お父様に武運長久をお祈り致します。そして必ずお母様の元へ凱旋なされます様に』
そう日本語で言い終わると両手を前に添えて深くお辞儀をするセリス。
前世の時も太平洋戦争へと出征して行った父や兄や知人達をこうやって見送ったのだ。
コーバ公爵は娘のセリスの聞いた事のない言葉と態度に少し驚いた顔をして、「ふむ・・・これは力が漲るな。ありがとうセリス」とフワリと笑みを零す。
明らかにこの世界の言葉や貴族の作法ではなかったが何かしらの強い言霊を感じ取ったのだ。
「・・・・・・・・・でも」
「ん?」
「決して・・・決して英霊になどならないで下さいませ・・・」
と、今度は下を向いてこの世界の言葉で思いの丈を告げるセリス。
下を向いているセリスの目からは涙がポロポロと落ちている。
前の時は父は帰って来たが兄は戻っては来なかった・・・それに大勢の知人達も。
「ふふふ・・・そう言われてしまうと死ねないね」
「約束ですよ・・・」
「私は少し庭を見ているからね。皆んなは下がりなさい」
そう言って再度セリスの頬にキスをするコーバ公爵。
「・・・はい」
ピアツェンツア王国では出陣の前に女性の涙を見るのは不吉とされている。
自分に背を向けた父をジーと見てからゆっくりと退室するセリス。
「武運長久か・・・また随分と久しぶりに聞いたね」
妻と子供達が自分の部屋を出てからポツリと呟いたコーバ公爵。
もう明確な記憶は無いが魂の遠い記憶に残っていた言葉だったのだ。
「ふふふふ、本当に負ける気がしないね」愛する娘からの激励を受けて覚醒状態になった史上最強クラスの軍師・・・あらヤダ怖い?!
そして3時間後の正午過ぎに20名の専属護衛騎士達を率いてコーバ公爵はリムーザン城塞へと入ったのだった・・・
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「トランスフォーメーション?・・・ですの?」
変形?と聞きキョトンとしているバーバラ夫人。
「はい。旦那様から御命令により公爵邸をトランスフォーメーション致します」
1番年長の家令のお爺さんが何やら意味不明な事を言っているのだ。
「はて?・・・今から公爵邸を改築するのですか?
確かにこの邸宅は戦には不向きかも知れませんが今から改築するのでは・・・」
豪華絢爛ではあるが木造2階建てのカターニア公爵邸・・・攻められて火を掛けられたら終了する実用性に乏しい建造物だ。
なのでバーバラ夫人は子供達を連れて防備が整っている後宮へ避難する準備をしていたのだ。
「うふふふふ、ご安心下さいませ奥様。全ての準備は整っております」
筆頭侍女のイレーヌさんも不敵な笑みを浮かべている。
「お義母様???」更に首を傾げるバーバラ夫人。
「本来この公爵邸は「王都西部全域を守る戦城の役割」が御座いましてな・・・」
「戦城?この公爵邸が?」とてもそうは見えないバーバラ夫人。
すると徐に家令のお爺さんがカードキー?らしきブツを取り出してエントランスに置かれた柱時計の横に差し入れて秒針を逆方向に回し始めた?
そして全ての針が12:00を指すと・・・ゴゴゴゴ・・・ゴゴゴゴ・・・・・・
「え?!何ですの?」周囲から地鳴りが響き渡る・・・
ゴゴゴゴ!ゴゴゴゴ!ゴゴゴゴ!と地鳴りがドンドンと音が大きくなり・・・ドドドド!ドドドド!「きゃあ?!」けたたましい音と共に浮遊感が公爵邸を包む。
「あら?あらあら?まあまあ?これは・・・浮遊魔法・・・ですの?」
身体が少し浮いているので衝撃は感じないが何か公爵邸に異常な事が起こっているのは解る。
「うおおお?!?!何だコレーーーーーーーー?!」
エントランスから少し離れた自分の部屋に居るセリスの悲鳴?も聞こえる。
いや普通は「きゃー」じゃねえのかよ?
ゴゴゴゴ・・・ゴゴゴゴ・・・そしてゆっくりと地鳴りが収まると・・・
「だからコレ何なのさー?!」またセリスの変な悲鳴が聞こえた。
「わあ?!お嬢様凄いですよコレ!高いですねぇ~」フェナの呑気な歓声も聞こえる。
「高いって何さ?!・・・・・・・うおおおおおおお?!?!」
今度はセリスの悲鳴ではなく雄叫びが聞こえる。
「まあ?!あらあら?まあまあ?」
バーバラ夫人も玄関窓に張り付いて驚きの声を上げる。
木造2階建ての公爵邸の下から高さ30mの立派な石造りの城郭が生えて来ましたよ?!
いや?・・・これは石を模したスチール製・・・なのか?しかもその城郭の長さは楽に2km超えている・・・
大きな公爵邸や庭園はその城郭の斜塔の一部分にしか過ぎなかったのだ!
「ま・・・まさかコレが伝承に有るとされるピアツェンツア本城・・・なのですか?」
庶民の中でピアツェンツア王都の地下には古代に作られた大きなお城が埋まっている・・・との都市伝説があるのだ。
「いいえ?このお城は、その都市伝説を参考に旦那様が最近作られました」
「え?!作った?!最近?!」
20mも離れた自分の部屋から家令のお爺ちゃんの言葉を目敏く聞き付ける地獄耳令嬢セリス。
「こ・・・これは城郭と言うよりは浮遊戦艦?!」
公爵邸の両サイドから超でっけえ要塞主砲が生えて来ているのだ。
「せ・・・戦艦大和が72000トンとして、スチールが1kg35円と計算して・・・単純に長さ10を×と・・・」
起こった事象よりカターニア大城郭の建造費の計算を始める銭ゲバ令嬢セリス。
「=!外壁の材料費だけで252億円?!」そして即座に答えを出す珠算1級令嬢セリス!
そしてその答えが割と正解に近いのが笑える。
「そして大和の建造費が当時1億4000万円で×10で14億円・・・昭和16年の14億円を平成28年の価値に換算すると・・・約・・・30兆円んんんんんんーーーー?!?!」
馬鹿丸出しだが、このセリスの「戦艦大和式計算方」は割と的を得ていて、カターニア大城郭の総工費は約29兆2000億円(相当)だったとの事。
そして何で平成28年換算にしたかと言うと前世でセリスがお星様になった年だからだ。
分かり易く日本円に換算してくれてありがとうございます!
『何してくれてんのあの親父!だから湯水の如くウチから資金が消えてたんかい!』
父が居るリムーザン城塞から遠く離れた場所から日本語でツッコミを入れるセリス。
「お嬢様がまた「妖精タン」に取り憑かれた?!」
全く別世界の言葉でキレるセリスにドン引きのフェナ。
前言撤回!史上最強の軍師に在らず!コーバ公爵は、ただの非常識なオッサンだったわ!
今まで頑張って書いたシリアス展開を返せコンチクショウ!
でもまぁ・・・これで戦闘体制が整って良かったね!
『コレ作るのに幾ら掛かったか絶対に調べるかんなぁー!
何よりもトランスフォーメーションをする意味が分からん!ただのお父様の趣味でしょ?!
絶対に普通に作るより割高だよ!絶対にぃいい!!』
こんな男の趣味全開の無駄使い建造物などコスパ重視のセリスにとっては許されざる悪業である。
実の父親を徹底的に監査する気マンマンである。
さて一方、元凶のコーバ公爵は?と言うと。
「今ごろ皆んな驚いているだろうね」
カターニア大城郭をリムーザン城塞から眺めてご満悦のコーバ公爵。
確かに皆んな驚いてますね。
でも、それ以上に余りのコスパの悪さにお宅の娘さんがブチキレてますよ?
「えー?なぁに?あれぇ?」
国王ヤニックもコーバ公爵とエヴァリスト宰相主導で城郭を作っているのは知っていたが、ここまで非常識なモノだと思ってなかった様子だ。
「驚いた?カターニア大城郭バージョン1だよ」
「そうなんだぁ・・・あれがバージョン1なんだぁ」
突如として王城の西側に浮いて出て来た大城郭に放心状態の国王ヤニック。
言うまでもなくコーバ公爵は行き過ぎたお城マニアなのだ。
「俺が考えた最強のお城!」をマジで作っちゃったのだ。
「ふわあー?実家のより大きいですわぁ。後宮のお洗濯物乾くかしら?」
完全に後宮がカターニア大城郭の影に隠れてしまっているので洗濯物の心配を始める王妃ファニー。
ファニーの実家にも非常識なヴィアール大要塞があるのでそんなに驚いてはいない。
「大丈夫だよ。戦が終われば地中に沈むから」
「そうなんだぁ・・・アレが浮いたり沈んだりしちゃうんだぁ」
もう全てがどうでも良くなっている国王ヤニック。
しかし国王としてコレだけは確認しなければならない。
「因みにアレの主武装は?何かどこかで見た事あるんだよね」
「ヴィアール辺境伯が「550mm三連装要塞砲」を5門も提供してくれてねぇ」
「そうなんだぁ・・・ぶっ放したら王都の西側が全て消し飛んじゃうねぇ」
火力的には「戦艦大和」と同格だね・・・強力過ぎて逆に市街じゃ使いモンにならねぇ!
そしてセリスの見立てがバッチリなのが笑う。
「お父様とお兄様は何をしてますの?!」
あのアホな建造物の築城には王妃ファニーの実家まで加担していた・・・しかし敵方に与えるインパクトは絶大だ。
「いやね?敵の第一目標がファニーだと知ったヴィアール辺境伯がブチキレたんだよ。
アレで敵を吹き飛ばしてくれってさ」
「そ・・・そうなのですね」父と兄からの溢れる愛が「550mm要塞砲」となって帰ってきた。
嬉しい事は嬉しいのだがブツがブツだけに微妙なファニー。
「浮上システムの技術と動力の魔石は「魔王バルドル」が喜んで協力してくれたよ」
「そうなんだぁ・・・バルドル師匠なら仕方ないね」
絶対に魔王バルドルは新浮上システムのテストがしたいだけだったと悟る国王ヤニック。
「まぁ、1番怒っているのは伯父上なんだけどね。
叔父上は自分の引退までに国内の全ての敵性勢力を駆逐するつもりでアレの建造費を捻出したんだよ。
カターニア大城郭はその反攻作戦の拠点となるんだね」
ん?つまり建造費の殆どが政府と魔王バルドルからの出資でカターニア公爵家は土地のみの提供だね。
おおう!良かったねセリス!お前ん家が貧乏なのは素で貧乏なだけだったよ!
しかし監査令嬢セリスの追及は止まらないだろう。「男の浪漫死すべし!」である。
「まあ?!要塞砲がヌルヌルと動いてますわ!もう戦闘配備されてるのですね?」
射塔上部にこれ見よがしに据え付けられている5門の要塞砲が最終調整の旋回を始めている。
さすがヴィアール製の要塞砲!射角の動きもヌルヌルとしててスムーズだね!
「伯父上がカターニア大城郭の指揮を取っているよ。ガトリング砲と超大型主砲は男の浪漫だからね」
あっそれは何となく分かります。
「ガトリング砲?そんなモンまで搭載してんの?」
「そうだね。200mmガトリング砲が計35門、各所に配置されてるよ。
仮に全門斉射しても王都には被害・・・は少ししかないよ?」
全門斉射の衝撃波で大城郭の近くにある家の窓ガラスにヒビは入るだろう。
「そうなんだぁ。じゃあガラスの補償の準備をしないとね」
「もうどうにでもなぁーれ」状態の国王ヤニック。
コーバ公爵の戦略眼は「奥の手は先に出すな。出すなら更に奥の手を持て」ではなく「先に可能な限りの全戦力を投入して敵の反撃を一切許さずに殲滅せよ」である。
防御と攻撃、消極的戦法と積極的戦法・・・どちらの戦略眼が正しいのかは永遠の議題であろう。
文字通り、とんでもない戦力が地下から湧いて出て来たとも知らずアスティ公爵一派による王都襲撃作戦が決行されたのだった・・・
バルドル 「ところで魔法世界の「魔法」はどうしたんじゃ?」
主人公が魔法を使えないのに魔法の話しを書いても面白くないでしょ?
バルドル 「なるほどのう。して?セリスが戦艦大和に詳しいのはなぜじゃ?」
前世での兄が大和に乗って戦死したから戦後に大和について調べたからですね。
バルドル 「思いの他、重い話しじゃったか・・・
それで戦艦に見立てた大城郭に怒っているのじゃのう・・・」
いえ?単純にセリスが無駄使いが嫌いなだけですね。