アスティ公爵家の凋落の始まり。
『上陸を開始』
戦場に赴いているセリスの叔父のトリスタン伯爵よりセリスの父のコーバ公爵の元へ短文での戦況報告が届いた。
妙に短い手紙だが、『東部海岸に大規模な上陸作戦を開始したがこちらが優勢』との事だ。
これが『上陸「作戦」開始』と「作戦」が加わると「戦況は拮抗しており予断を許さない」となり『上陸作戦開始「せり」』と「せり」が加わると上陸作戦は失敗。
更に『上陸作戦「を」開始せり』と「を」付けるだけで『東部海岸へ小規模な上陸戦を開始』と内容が全然違うモノになる。
全て同じ内容とも思える短い文章でも事前に公爵家内で本当の文章を取り決めておけば短文でもかなり細く戦況を報告出来るのだ。
この暗号方法だと仮に敵に内容を傍受されても封印されている文章表を持っていないと内容の解析は事実上不可能だ。
「チャーリー、ベーター、ビショップ」などで構成されていた冷戦期の米軍の暗号方法と一緒だね。
兄からの手紙を読んだコーバ公爵は手紙を引き出しの中にしまい控えていた執事長に「軍服の用意を」と告げる。
「既に用意済みで御座います旦那様」
執事長の返答に立ち上がったコーバ公爵の元へ軍服を持った侍従達が集まり着替えの手伝いを始める。
侍従達も軍服を着ており、いよいよカターニア公爵家本家も戦時体制に移行したのだ。
コーバ・フォン・カターニア公爵・・・
3度に渡って王座に座る絶好の機会を棒に振り、とにかく金儲けが下手くそで慈善活動にしか興味が無いボンクラ公爵だとアスティ公爵に揶揄される人物・・・
確かに平時においては「ボンクラ公爵」は正しい評価かも知れない。
しかし有事の際には兵家必争の地を制する深慮遠謀の軍略を発揮する人物なのだ。
世界的にも戦が強いと評判の現国王のヤニックでもコーバ公爵が謀反したとの報告を聞き「いやあああ?!あの人に軍略で勝てる気が全くしなーい!」と匙を投げて単身でカターニア公爵家に来て無条件降伏を申し出た事も有るのだ。
もっとも真相はしょーもない話しだったのだが・・・
「え?!降伏?!いきなり何の話し?!?!頭大丈夫かヤニック?お医者さん呼ぼうか?!」と、突然の従兄弟の奇行にガチで狼狽えるコーバ公爵。
「いや・・・兄いが謀反するって聞いて・・・」
「いや・・・そんな事するんだったら最初から叔父上からの話しを断らないよ?」
この頃は王都から出奔ばかりして全然当てにならないヤニックに変わってコーバを王太子に据えようとの動きがあったのだ。
「確かに・・・でも深刻な顔した内務官から報告受けたよ?
結婚したから野心に目覚めたのかな?って・・・」
「ああ・・・多分、私が「破産」って言ったから勘違いしたんじゃないかな?」
「え?何?兄いは破産するつもりなの?」
「うん」
「「うん」じゃねええええ!!!
王都の大地主が破産なんて別の意味でヤバいわぁあああ!!!
幾らだよ?!幾ら借金こさえたんだよ?!結婚したばっかなのに!!」
いきなり話しが変な方向へと進む。
「実は結婚式の費用で中央銀行から500万円(相当)借りたんだ。
でも今日が支払い日なのに手持ちが480万円(相当)しか無くてね・・・
これって、いわゆる「不渡り」ってヤツだよね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・アホかあ!
それくらいの金なら俺が個人的に立て替えるわ!
つーか、王家から追加の御祝儀で今すぐ出すよ!
・・・ってか公爵家の結婚式の割にえらく安いな?!
俺は王都に居なかったから出席出来なかったけど500人くらい出席したって聞いたけど?」
丁度この頃のヤニックは「ケンタ君2号」と連日に渡り血で血を洗う死闘を繰り広げていて王都に居なかったのだ。
3ヶ月以上も当時婚約者だった王妃ファニーを放置して泣かせて王立学校を留年して叔父のエヴァリスト宰相を激怒させて魔王を呆れさせしまいには王太子を廃嫡させられそうになったハッキリ言ってアンポンタンである。
「ウチが貧乏なもんでギリギリまで節約したからね」
実際には関係各所から事前に御祝儀も貰っていますので弟のバルトリト伯爵が主導して結婚式には3億円(相当)以上の予算が掛かっています。
コーバが中央銀行から借りたのは当日の「引き出物の代金」です。
これは聖典の第二節に準えて式が終わった後に商人から直接皆に配る「引き出物」を受け取りその場で商人に金貨で支払った方が縁起が良いとされていたからです。
結婚式の中での一種のパフォーマンスなんですね。
「レディ・バーバラが可哀想・・・いや?待て?
カターニア公爵家の不動産って2兆5000億円(相当)程度の価値は楽勝で有るでしょ?
何で破産すんの?来月頭にはウチ(王家)から5000万円(相当)の家賃収入も入るのに破産申告なんて出来る訳ないじゃん?」
ちなみに「王城」の敷地もカターニア公爵家から王家に貸し出しており毎月家賃を徴収しています。
「?!?!」と思われるかも知れませんが、まあ・・・長年に渡って拗れに拗れた利権的な話しです。
「え?そう言うものなの?」
「・・・えーと?まさか、支払い日に手持ちの金が足りなかったから破産申告したの?」
「うん。中央銀行に迷惑掛かるからね?」
街の闇金ならいざ知らず天下の中央銀行からの借金である。
500万円(相当)程度の金額なら丸々3ヶ月くらい支払い期限を待ってくれます。
そもそも中央銀行がコーバから回収する気があるのかも疑問です。
ちなみにやはりコーバが借りた500万円(相当)のお金は中央銀行からの御祝儀だったらしく後からこの破産話をヤニックから聞いた弟のバルトリト伯爵からコーバ公爵は床に正座をさせられて滅茶苦茶怒られます。
「・・・・・・」だんだんと謀反騒動の真相が分かって来たヤニック。
ヤニックにカターニア公爵謀反の可能性有りと報告した内務官はこう考えたのだろう・・・
カターニア公爵は5000億円(相当)の資産を担保に3倍以上の巨額の軍資金を王都外の金融機関や商人から借受をした直後に破産する・・・
大地主が破産して王都が経済的に混乱した所を狙って王都外に隠し持っていた軍資金を使って王権の簒奪を行うのではないのか?と。
かなり無理矢理な筋ではあるが有り得ない話しではない。
と言うかコーバがこんなにアンポンタンな事を考えてるとは夢にも思っていない。
「ふう・・・兄い・・・これから暫くは俺と経済と一般常識についての勉強会だね」
ヤニックは、「この世間知らずの従兄弟は俺が何とかせにゃならん」と切に思ったのだ。
ヤニックに一般常識について心配されたら終わりである。
「ええ?!」
こうしてヤニックは、半年に渡って毎日3時間も「真なる箱入り息子コーバ」に経済や一般常識について講義するハメになったのだった。
この様に平時においてコーバ公爵は正しく「世間知らずなボンクラ公爵」なのだ。
しかし今は平時ではなく戦時中・・・
西の大陸への上陸作戦が本格的に始まりコーバ公爵の優秀な兄弟達は西の大陸に入り国内から不在となったカターニア公爵家。
ただでさえカターニア家門全体の防御力が低下している所に加えて王都防衛の最高司令官にボンクラのコーバ公爵が任命されたと知って・・・
「ははははは!!これはこれは・・・コーバも愚かだがヤニックも愚か者よ!
高みの見物を決め込んでも我々の楽勝モードに突入したな!」
「はははは、本当ですな」
と、盛大な勘違いして勝利の確信をしているイタロ・フォン・アスティ公爵とその一派・・・
コーバ公爵を侮っている時点で死亡フラグが立っているのだ。
ある時の国王ヤニックと霊視さんβとの会話。
霊視さんβから「セリスのお父さんがなんか頼りなくてセリスの安全が不安」との心配を受けてその心配を全否定する国王ヤニック。
「大丈夫ですよ。あの人が戦で負ける姿は想像出来ないですから」
《え?!セリスのお父さんって強いの?》
「もう強いとか弱いとかじゃなくて・・・とにかくあの人だけはヤバいっすよ?
無意識かつ息をするかの様に的確に相手を追い込む作戦を次々に立てて来ます」
《なにそれ怖っ?!》
「ああ言う人を稀代って言うんですかねぇ。頭ん中が常人とは違うと言うか・・・」
《異世界からの転生者(特異点)なのかな?》
「かも知れないっすね。マジで異常ですもん。
あの人に少しでも野心があったら俺はとっくに死んでたと思います」
一般的にはヤニックが頼りない従兄弟のコーバを押し退けて国王になったとの事が定説になっているが実情は全く違う様子だ。
《やだ怖い?!》
遠い昔過ぎてコーバ自身も完全に忘れているがコーバは地球史上最強の一角とも謳われた軍師の産まれ変わりなのだ。
商売が下手で権力に一切関心が無く家族第一なのも前世の名残なのだね。
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所が変わって西の大陸、北方戦線司令部
「ブレスト様、準備が整ったとオーバン様から連絡が来ました」
「んー?あー?・・・ヤバくなったら直ぐに全員逃げろとオーバンに伝えろ。
作戦が失敗しようが第6軍にも情報部にも関係のない作戦だからな」
今回のピアツェンツア王国の内乱の黒幕とされている魔族軍第6軍団の司令官ブレスト・・・
しかし彼は今回のピアツェンツア王国王都への襲撃作戦には乗り気では無い。
大臣の息子に何か手柄を立てせろとの命令を魔王から下されて嫌々手を貸しているに過ぎない。
何よりも西の大陸で起こっている戦争に注力したいのに中央大陸にまで手を伸ばす余裕などないからである。
同盟国のゴルド王国の不手際でピアツェンツア王国海軍の上陸作戦を阻止出来なくて戦線が後退してしまい軍の再編成に大忙しなのだ。
一応、その上陸作戦妨害の名目で今回の王都襲撃作戦が立案されたのだがピアツェンツア王国の国王ヤニックに先手を打たれた形だ。
その意味でも今回の作戦は戦略的価値が無い、可能なれば全軍撤退させたいのだが襲撃作戦の指揮を取っているボンボン息子が言う事を聞かなくてブレストはかなりイラついているのだ。
「司令、本当にスペクターの増援は送らないので?」
「一個大隊と龍を送ってやったんだぜ?これでダメなら奴に才覚無しで済むだろ?
野良魔物の採取も上手く行ってんだろ?転移陣で送ってやれ」
「急な話しだったのでどの勢力にも属していない頭が足りない有象無象の魔物しか集められてませんが?」
「数だけ揃えてやれば良いんじゃね?今から他の魔王と交渉なんて出来ねえよ」
知恵有る魔物は各地を支配している魔王達の配下なので下手な手出しは出来ない。
特に世界の半分を支配した「故魔王エリカ」の遺臣達は未だ元気バリバリ健在で変に手を出せば何が起こるか予想も付かないのだ。
ただでさえ西の大陸の戦争に暗雲が立ち込めているのに魔王達まで敵に回す訳にはいかない。
こんな感じにもう勝ち確だと気の早い祝勝パーティーを催しているアスティ公爵一派の思惑とは裏腹に作戦を始める前から大きな綻びが生まれている。
アスティ公爵は利害が一致している魔族とゴルド王国から全面的な支援が来るモノと勘違いをしているのだ。
挙げ句の果てに魔族の1000年の天敵とも言える「真魔族」を支配している「クソ魔族ぜってぇブッ殺すマンの魔王バルドル」がピアツェンツア王国王都で活動しているのも知らない。
アスティ公爵家の凋落が始まる。