ハナコ、走る
転移した先は野外会場のはしっこだった。
風の中に硝煙の臭いが混じってる。
(この煙、やっぱり演出のスモークじゃない)
式典は画面で見たよりも混乱してて。
人の流れが出口の方へと向かってる。係の誘導を無視して、みんな押し合いながら進んでるし。
「ケンタはユイナ探して警備と誘導手伝ってきて」
「この広い会場の中を!? 俺、ユイナがどこ担当とか詳しく聞いてないし」
「そこは愛のパワーでなんとかしなさい!」
「って、姉上はどこに行く気だよ!」
「シュン様のところに決まってるでしょう!」
人の波をかき分けて、中央目指し進んでいった。
どぅんっと轟音が鳴り響く。あちこちで悲鳴が湧き上がった。
爆風に耳を塞いでしゃがみ込みそうになる。そこを何とか踏みとどまって、まだ遠いステージに目を向けた。
「シュン様は……!?」
人だかりの向こう、周囲に指示を出してる山田が見えた。
よかった、無事だ。
でもそのすぐ横には、イタリーノ大使が立っていて。
(これだけの騒ぎなのに、大使のヤツ、やけに落ち着いてない……?)
もしかして爆破は陽動?
狙いが山田の命なら、この混乱に乗じてってこともあり得るんじゃ。
さっきから大使は何度も退避を促されてる。
なのにそこから離れようとしないみたい。護衛も戸惑ってるように見えるし。
指示出してる山田が残るのはまだ分かるけど、賓客の立場の大使が避難しようとしないなんて。
(どう考えたって不自然過ぎるじゃない!)
逃げたくない理由があるのなら、山田の命を狙うチャンスをうかがうためとしか思えない。
もみくちゃにされながら流れに逆らって進む。
みんなパニック状態で、どっちの方向に進んでるのかも分からなくなってきた。
「ちょっと、通して!」
「何やってる、あんたも逃げるんだ!」
「離して、わたくしは行かなきゃならないのよ!」
「やめておけ、あっちは危険だ」
「いいから離して!」
つかまれた腕を振りほどく。
それでもなかなか前には行けなくて。
ティッシュ丸めて飛ばしてないで、死ぬ気で転移魔法を極めておけばよかった。
上手に魔法を扱えてたら、こんな人混みひとっ飛びで抜けられるのに。数センチずれるだけの転移なんて、何の役にも立たないじゃんか。
山田が撃たれて死んじゃうかもしれない。
想像するだけで血の気が引いた。
あの天使の笑顔に二度と会えなくなるんだ。
取り越し苦労であとから笑われたっていい。だけどゲームシナリオはメチャクチャで、何が起きても不思議じゃない世界線だ。
(なんで進めないの……!)
ステージはもうそこなのに。
大使は山田のすぐとなりにいるっていうのに。
くやしくて涙がにじむ。
銃声が聞こえたらどうしよう。
そのときはもう、きっと何もかもが手遅れだ。
――こんなところであきらめるの、ハナコ?
頭の中で誰かの声が響いた。
――あなたのプライドはその程度なのかしら?
いいえ、わたしは由緒ある公爵家に生まれ、貴族として英才教育を受けてきた誇り高き令嬢よ。
あまり舐めないでいただきたいわ!
湧き上がった敵愾心に任せ、踏みしめる足に力を込めた。
「わたくしはハナコ・モッリ! モッリ公爵家の威光に逆らいたくなかったら、今すぐ道をお開けなさい!」
張り上げた声に、目の前の人だかりがぱっかり割れた。
背筋を伸ばし、一歩を踏み出す。キッと前を見すえると、人の道はさらに大きく広がった。
「おぉ~い、ハナコぉ? そっちにいるのかぁ?」
ん? あの声はマサト?
人の山の向こうでぴょんぴょん跳ねてる頭が見えてるし。
マサトも進めなくて困ってるっぽい?
ってか、あんた王子の護衛でしょうが。なんで肝心なときに山田のそばにいないのよ。
(まったく、世話の焼けるっ)
ポケットを探ってヨレヨレになった短冊を取り出した。
「マサト、召喚っ!」
掲げた札が輝いて、一瞬でマサトが目の前に現れた。
この召喚札、持ち歩くのがクセになってたんだよね。我ながらGJって感じだし。
「やっぱりハナコか! 今日はイタリーノに行く日じゃなかったのか?」
「シュン様の命が狙われてるのに、のんきに観光なんてしてる場合じゃないでしょう!」
「シュン王子の命が? どういうことだ」
「イタリーノ大使が怪しいのよ。いいからマサトも一緒に来て!」
いまは説明しているヒマはない。
マサトのせいでだいぶ時間をロスしちゃったし。
「やっぱイタリーノ大使か。なんか胡散臭いヤツだと思ってたんだ」
「マサトもなの?」
「俺、大使の進言で王子の護衛から外されたんだ。聴衆の多い会場警備に人数を割くべきだって」
なぬ? 大使のヤツ、山田まわりを手薄にする算段までしてたんか。
これはもうクロ確定でしょ!?
「早くしないとシュン様が危ないわ!」
「おっし、任せとけ! おらぁっ、お前ら命が惜しけりゃそこをどきやがれぇ!」
それじゃマサトが悪役っぽいぞ? おかげで進みやすくなったからいいんだけども。
これで大使への嫌疑が濡れ衣だったら大事だな。万が一怒られる事態になったら、一緒に謝ってあげるからね!
まだステージにいた山田は、報告を聞いてるのか誰かと話をしてる。
(やった、間に合った!)
周囲に警備兵が立ちはだかっていたけど、マサトは顔パス。
それに便乗してわたしもステージを駆け上がった。
山田はこっちにまだ気づいてないみたい。
横にいた大使は周囲を注意深く見回してる。その手があやしげに懐を探ってて。
身構えたとき、取り出されたのは黒いハンカチだった。
ほっとしたのもつかの間、大使の手元が変にキラッと反射した。
(なに……?)
違和感に目を凝らす。
大使の手にするハンカチが、なんだか不自然に盛り上がっているように見えて。
それが拳銃の形なんだって気づくのに、そう時間はかからなかった。




