ずっと君を探してた
「ハナコ……」
切なげに呼びかけられても、すぐにリアクションはできなくて。
なんだかだまし打ちを食らった気分。ちょっとリュシアン様を睨みつけちゃった。
「すまんの、ハナコ嬢。ここですぐ結論を出せとは言わん。ひとまずはシュンの話を聞いてやってくれぬか」
「わかりましたわ、リュシアン様」
この状況じゃ逃げも隠れもできないし。
腹を決めて山田に向き直った。
「少し庭を歩かないか?」
山田の言葉に、思わずリュシアン様の顔を見た。
目が合ったリュシアン様、安心しろと言わんばかりにうなずき返してくる。
「わしはここで見ているゆえ、ふたりでゆっくり話してくるといい」
うう、ふたりきりはイヤだって言ったのに。
山田のヤツ、声が届かない場所まで行きたいんだな。いいわよ、こうなったらこっちも言いたいこと言ってやる。
でもリュシアン様、何かあったら助けにきてね!
転移魔法ですぐに来てくれるって信じてるよ。
仕方なしに、歩き出した山田のうしろを少し距離を空けてついて行った。
広い庭園に敷かれた石畳を山田は黙って進んでいく。
振り返るとリュシアン様の姿がだいぶ小さく遠のいて。
不安が頭をもたげかけたけど、軽く手を上げたリュシアン様がちゃんと見てるよって合図をくれた。
「ハナコ、まずは謝罪をさせてほしい」
立ち止まった山田がじっとわたしを見下ろしてくる。そして片ひざをついたかと思うと、胸に手を当てて深く深く頭を下げた。
「本当にすまないことをした。理由が何であれ、許可なくあのような触れ方をすべきではなかった。心からそう悔いている」
「……もうお立ちになってくださいませ」
ほっとした様子で顔を上げかけた山田だったけど。
「あの日の出来事は忘れることにいたしました。シュン様が同じ過ちを犯されない限り、わたくしから申し上げることは何もございません」
忘れるけど、許したわけじゃない。
言外にそれを含ませて。
表情の読みにくい瓶底眼鏡越しにでも、山田の顔が強張ったのがよく分かった。
「おっしゃりたいことはそれだけですか?」
「いや、事の次第だけは話させてくれないか」
お聞きいたしますとだけ言って、目が合わないよう瞳を伏せた。
絆されて元の状況に戻ったりしたら、王妃コースまっしぐらなんてこともあり得るし。
立ち上がった山田の指先が庭に咲く薔薇に伸ばされた。開きすぎた花びらは、はらはらと崩れるように落ちていく。
「わたしはここしばらくあることに悩まされ続けていた。何者かに思考や感情、行動を操られるという、そんな不可解な現象だ」
うん、ソレね、ゲームの強制力。
理由を知らなきゃ悩んでも仕方がないか。
「この話には国の機密も関係しているため、あまり詳しくは話せないのだが……」
機密って、ゆいなが国に拘束されてた件かな?
疑惑は国家転覆だもんね。山田も言いにくそうに言葉を探してる。
その話知ってます、なんて言うわけにもいかないし。でも話が長引くのもめんどいし。
「あの日も疑わしき人物と接触し、調査をしていたところだったのだ」
「その人物とはユイナ・ハセガー男爵令嬢でございますか?」
山田がはっとわたしを見やった。
「なぜ彼女だと……?」
「似たようなことをケンタから相談されておりました。ですので、もしかしたらと思っただけですわ」
「ケンタが……そうか」
よかった、うまいこと納得してくれたみたい。
ユイナ逮捕の件は健太にオフレコって言われてたから、ちょっと危険な賭けだったかも。
「学園祭で劇を行っている最中にもその不可解な現象はやってきた。それに抗うために、愚かにもわたしはハナコを利用してしまったのだ……」
空を見上げ、山田は後悔をにじませる。
「偽りの感情に、ハナコへの想いを穢されるのがどうしても許せなかった。だがハナコを傷つけなければ守れない想いなど、ただの自己満足にすぎないのだと……今回の件でわたしは思い知らされた」
そこで言葉を切った山田。
こぶしをきつく握りしめて、真剣な顔を向けてきた。
「すべてはわたしの弱さが原因だ。許せなどと言える立場ではないのは分かっている。だがハナコ、もう一度だけわたしにチャンスをくれないか?」
どうしてそこまでして山田はハナコに固執するんだろう。初恋って言ったって、小さいときの話だし。
初めて手に入らなかったモノだから、物珍しくて躍起になってるだけなんじゃないの?
「わたくしには理解できません。なぜそのようにシュン様がわたくしばかりに拘るのかを……」
「おかしな話に聞こえるかもしれないが。幼いころ、初めてハナコを目にしたときに、胸の奥から懐かしさが込み上げてきて……ああ、ようやく会えたんだと。どうしてだかわたしはそんなふうに思ったのだ」
懐かしくてようやく会えたって、それって既視感みたいなやつってこと?
「わたしは王子として生まれ、恵まれた環境で育ってきた。それなのに得体の知れない渇望を、理由も分からず抱え続けてもいた。だがハナコに出会って分かったのだ。わたしがずっと探し求めていたのは、ハナコ、お前だったのだと」
前世でハナコと夫婦してたって話だし、山田は無意識にそのことを思い出してるのかな。
だけど未希が言っていたように、今と昔はまったく別の人生で。
「正直、この想いがどこから湧き上がってくるのか、自分でもよく分からない。だがハナコを欲する気持ちはどうあっても抑えられないのだ」
抱えきれないほどの感情に、山田自身も戸惑ってるみたい。
だからと言ってこんなクソデカ感情ぶつけられても、わたしだって困っちゃうよ。
こっちの気持ちを置いてきぼりにしないでって感じだし。
「ですが、そんなふうにおっしゃられましても……」
「卒業するまででいい。その間わたしの行いを見て、ハナコのそばにいられるだけの資格と器がこのわたしにあるのかを、ハナコの目で判断してほしい」
「王子であるシュン様を、わたくしに判断せよと?」
「身分のことは考えなくていい。ひとりの男として受け入れられるか、それだけを見てくれないか?」
「そこまでおっしゃるのなら……分かりましたわ」
ある意味山田も、ゲームの世界に巻き込まれた被害者のひとりなんだ。
だとしたらハナコとの因縁も、きっちり決着つけて先に進むのがいちばんだよね。
だって山田はもうこの国の王子だ。日本に住んでいたころの御曹司じゃないんだもの。
「結果、わたくしがシュン様を受け入れられなかったとしても、シュン様はそれで納得していただけますのね?」
「……ああ、そうなっては欲しくないが、そのときはわたしも潔くハナコを諦めよう」
「今の言葉、わしも確かに聞かせてもらったぞ。シュンよ、男に二言はないな?」
いつの間にかそこにいたリュシアン様に、山田は静かにうなずいた。
「そのためにはハナコ嬢、今しばらくの間、シュンと自然に接してやってくれんか」
リュシアン様の言葉に、山田がじっと見つめてきて。
絆されないって決めたけど、終わらせるためならちょっとくらい妥協してあげたってかまわないよね?
「あの時のような真似はなさらないと、そうお約束してくださいますか?」
「もちろんだ。この名にかけて絶対に守ると誓おう」
選択権を握ってるのはこっちだもん。どう考えたってこの勝負、わたしの方が断然有利だよね。
冬休みを目前にして、そんなふうに気楽に考えていたんだけど。
このあと山田の追い込みに苦しめられることになるなんて……。
卒業まで、数か月。
なにがなんでも逃げ切るのよ、華子!
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