変わった風向き
いつまでも登校拒否ってるわけにもいかなくて。
あの件はもう気にしていないし、だからこれ以上わたしにかかわらないで。
そんな感じのことを上品な表現でしたためて、とりあえず山田に返事の手紙を送っておいた。
その上で、今日から学園に登校再開。
馬車降りたところで健太とは別れて、教室には行かずにそのまま保健室に向かった。
あの日のお礼も兼ねて、手土産に日持ちする羊羹とカステラ持ってきたんだ。
未希に頼んでとっておきのを作ってもらったから、ヨボじいによろこんでもらえるといいんだけど。
「先生、いらっしゃいますか?」
「おお、これはいつぞやのお嬢さん。また怪我でもなさいましたかな?」
「いえ、今日は先日のお礼に参りましたの」
「はて? なんのお礼でしたかのぅ?」
「そんな、おとぼけにならなくっても。庇っていただけたこと、わたくし心より感謝してましてよ?」
気を使わせないよう覚えてないフリしてるのかな。
王子にたてつくだなんて、雇われ保健医じゃ勇気もいったろうに。
「こちら、お好きかと思って」
「おお、これはプティ家の和菓子ですな。しかしなぜわしの好物をご存じで……?」
ん? まさか本気で忘れてる?
ってか、ヨボじい、ちょっとボケ入ってるんだったっけ!
「おほほ、とにかく喜んでいただけてよかったですわ」
ま、いっか。山田も反省してるみたいだし、ヨボじいが責められることもなさそうだしね。
とは言え、覚えてなくても受けた恩義はきちんと返さなくっちゃ。
「あの日はありがとうございました。わたくし、本当に助かりましたわ」
もう一度ヨボじいにお礼を言ってから保健室をあとにした。
「ハナコ嬢!」
「ごきげんよう、ダンジュウロウ様。何かご用でも?」
来るなり攻略対象と鉢合わせなんて、ほんと勘弁してって感じ。
ユイナはまだ捕まってるらしいから、もうどうでもいいんだけど。
「いや、今日からハナコ嬢が学園に来るとケンタから聞いて……」
なんだ、山田の差し金か。
GPS付きの学年リボンはヨボじいに預けっぱなしだし。
これはわたしがずっと来るの見張ってたんだな。ダンジュウロウも王子のお守、たいへんだ。
「それでご用件は何かしら?」
「あ、いや、その、つまり……ハナコ嬢は大丈夫かと思ってだな」
大丈夫だから登校してるんだけど?
見て分からないんか、って感じの雰囲気をかもし出したら。
ダンジュウロウ、なんか困った顔してる。
ちょっと意地悪しすぎたかな。立場上、仕方なく山田のおつかいしてるだけで、そもそもダンジュウロウは何も悪くないんだよね。
「あの日……」
「え……?」
「君は泣いていただろう? それがどうしても気になって」
かっと頬に熱が集まった。
山田とのキスシーン、みんなにばっちり見られちゃってるんだった。
ああ、もうっ、あんま考えないようにしてたのにっ。
「そのことは二度と口にしないでくださる? わたくしもう忘れてしまいたいの」
「……そうか、不躾なことを聞いてすまなかった」
これ、そのままそっくり山田に報告されるのかな。
手紙でも伝えてあるから別にいいけど。
損な役回りさせてすまんな、ダンンジュウロウ君。
「ハナコ嬢……!」
「きゃっ」
な、なにっ、いきなり人の腕引っ張って。
「王子が来る」
「え?」
「会いたくないんだろう?」
わたしを隠すようにして、ダンジュウロウは一歩前に出た。
その背中越しに、廊下を歩く山田が見えて。
はっとした山田はわたしに気づいたんだと思う。でも目が合う前に、思わず顔を背けてしまった。
ダンジュウロウを盾にしてても、山田の視線が刺すように痛くって。
「行こう、ハナコ嬢」
手を引かれ、山田から離れていく。
その間もずっと強い視線を感じたけど。
結局、山田が追いかけてくることはなかった。
ダンジュウロウと別れて、久々の教室に向かう。早く未希と合流したい。
って思った矢先、前方からマサトが来てるし。
わたしを見つけると、ぱっと明るい顔になってマサトは駆け寄ってきた。
なんかブンブンとしっぽ振ってるマボロシが見えるんですけど。マサトってば、どこまで行ってもワンコキャラだな。
「よっ、ハナコ、久しぶり! 元気にしてたか?」
「おかげさまでね」
「そっか、それはよかった!」
嫌味で返したんだけど、これはまったく通じてないな。
でものんきそうなマサトの顔見てたら、なんだか気が抜けちゃった。やっぱ久々の学園で緊張してたのかも。
ずっと山田に会ったらどうしようとか考えてた。
でもさっきの山田の様子だと、わたしにちょっかい出すのは諦めたみたいだから。
よし、これで安心して学園ライフが送れるんだ。
どこまでも追ってくる山田の視線に、なんだか未練を感じたけど。このままフェードアウトすることを祈るしかないよね。
「はいこれ。ハナコに渡しとく」
差し出されたのは一枚の細長い紙。
短冊みたいだけど、何か魔法陣が描かれている。
「なんなのこれは?」
「俺の召喚札。シュン王子に何かされて困ったらさ、いつでもこれ使ってくれよな。呼んでくれればすぐ駆けつけるから」
「は……? なんでマサトがそんなこと」
「いいから、いいから」
無理やりに手に握らされる。
いや、待って。だからなんでこんなもの。
「じゃ、そういうことで!」
って、どういうことよっ。
止めるヒマもなく、マサトはこっちに手を振りながら走り去ってしまった。
「ふうん? 相変わらずフラグ立てまくってのね」
「好きでそうしてるわけじゃないんだってばっ」
放課後、未希にそんなことがあったって話したんだけど。
「ま、王子が寄って来なくなった分、随分と風向き変わったんじゃない?」
「うん、このまま何事もなく卒業できるといいんだけど」
「その調子その調子。最後までどうにか乗り切って」
一応は聞いてくれてるけど、前みたいに真剣に作戦会議する気はないみたい。
うう、相変わらずティッシュよりも薄っぺらい友情だよっ。




