逆ハー? 何ソレおいしいの?
「あ、あの、ハナコお姉様。頑張って焼いたんです。よかったらコレっ」
「あら、ありがとう。お茶の時間にでもいただくわ」
「きゃっ、ありがとうございますっ」
可愛らしくラッピングされた焼き菓子を受け取ると、その女生徒は頬を染めて走り去っていった。
最近、素行をよくしているせいか、下級生からも声を掛けられることが多くて。
しめしめ、いい兆候。
このまま悪役令嬢のイメージが消えてくれるといいんだけど。
今いるのは中庭のベンチ。
本読みながら未希が来るのを待ってるところ。
単独行動は危険ってことで、放課後に毎日落ち合うようにしてるんだ。
ジュリエッタはモブのわりに優秀で、魔法学とか特別カリキュラムが多いんだよね。だから授業もずっと一緒ってわけにはいかなくて。
なるべくひとりきりにならないよう、こうして人目の多いところで待つようにしてる。
さっさと帰っちゃうのが一番なんだろうけど、それだと情報交換ができないんだよね。
昼間はほかの取り巻き令嬢たちがいて、ゲームの話なんてできないしさ。
(それに未希ってば、休日は忙しいって時間取ってくれないし……)
どうせ読むか書くかしてるんだ。うう、薄い本より薄っぺらい友情だよ。
そのとき急に、開いていた本に影が差した。
「ハナコ嬢、ここにいたのか」
「ダンジュウロウ様、ごきげんよう」
ん? 君と待ち合わせをした覚えはないんだが?
ってか、なぜ隣に腰かける?
「図書館ではありがとうございました」
「いや、大したことはしていない」
そこで会話が終わって、なんというか奇妙な間があいた。
一体君は何しに来たんだ? 元々世間話をする仲でもないし。
「今日は何かご用でも……?」
「最近読んだ歴史小説が思いのほか面白かったんだ。それでハナコ嬢にもどうかと思って持ってきたんだが」
「まぁ、わざわざわたくしに……?」
手渡された本はそこそこの厚みがあった。歴史小説は嫌いじゃないけど、あまり詳しすぎるのはちょっと苦手だ。
受け取った手前、ぱらぱらとページをめくってみる。ぱっと見、あらすじ的にはまぁまぁ好みかも?
「わりと読みやすいと思う」
「本当に借りてもよろしいの?」
「ああ、返すのはいつでもいい」
おお、新規ジャンル開拓だ。ロマンス小説は図書館にあまり数置いてなくて、最近は探すのに苦労してたんだ。
「おっ、ハナコ。なんかいいもん持ってんな」
「マサト!? ちょっとソレ、わたくしがもらったのよ」
いきなり後ろから手が伸びてきて、膝に乗せてあった焼き菓子を奪われた。
それにびっくりするから突然耳元で声かけてくんなっ。
「だったら生徒会室で一緒に食おうぜ。ちょうど腹減ってたんだ」
腕をつかむな。引っ張るな。ってか、この前の威嚇はどうした? なんで急にフレンドリーになってんだ?
ダンジュウロウ君、黙って見てないでこのパラペコをどうにかしてくれたまえ。って、なぜ君も後ろを付いて来る?
っていうより、生徒会室とかマジ勘弁して!
そんな魔窟に行ったりしたら、あとで怒られるのはこのわたしなんだよっ。
「姉上? どうしてここに?」
「ケンタ、わたくし来たくて来たわけでは……」
「ユイナいねぇの? ま、いいや、適当に茶ぁ入れようぜ」
無理やりにソファに座らされて、急ごしらえでお茶会みたいなのが始まった。
ってか、ユイナってばお茶くみ要員やったんか?
まぁ、あの子、事務仕事とか出来なさそうだもんね。
「ハナコも遠慮しないで好きなの食えよ」
「いや、それは元々ハナコ嬢のものだろう」
「姉上、シナモン苦手だったよね? こっちなら食べられそうだよ?」
ケンタがクッキーを一枚、口に放り込んでくる。
え? あなたそんなキャラだった? そりゃ今までも仲の悪い姉弟じゃなかったけどさ。
というよりこの状況は何? どうしてわたし、攻略対象に囲まれてんの?
「ハナコ嬢、もう一杯必要か?」
「これも旨かったぞ。ほら、こっちのも」
「姉上、口元にクリームが」
マサトとダンジュウロウに挟まれて、逃げ場なんかないし。
ケンタはケンタで、後ろから首に腕巻き付けてきたりするし。
なんでみんなしてこんなに好感度爆上がりしてんの?
っていうか、ユイナ、ヒロインの仕事ちゃんとしてんのか?
もお、いろんなことがグルグルしすぎて、頭がキャパオーバーなんですけどっ。
「あの、こちらにハナコ様は来ていらっしゃいますか?」
「ジュリエッタ!」
ああ~ん未希ちゃん、我が救世主よ!
「約束の場所にいらっしゃらないから心配いたしましたわ」
「ジュリエッタ嬢、よかったら一緒にどう?」
「あらケンタ様、よろしいのですか?」
なんて感じで未希も交えて、このとんちきなお茶会はしばらく続いた。
下校の時間が来て、ようやく解放されたんだけど。
「ハナコ様、週末にお屋敷にお伺いしてもよろしいですか?」
「ええ、もちろんよ、ジュリエッタ」
「急なお話にも関わらずありがとうございます」
うをっ、未希の目がちっとも笑ってねぇ。
今日、作戦会議できなかったから、わざわざ時間取ってくれたんだよねっ。
うん、もう、最高級の茶菓子用意して待ってるからっ。
翌日の昼過ぎ、ガクブルのままわたしは未希を迎えたのデシタ。




