ヒロインとバトってみた
ハッとして立ち止まった。
生徒たちの波の向こうに山田の瓶底眼鏡が見えた。
しかもその腕にはユイナがぶら下がってるし。
「ハナコ様、どうかなさいましたか?」
「いいえ、なんでもないわ」
急に引き返すのもマズいかな。
今は移動教室に向かう途中だから、取り巻き令嬢たちに変に思われてしまうかも。
それに公爵令嬢ハナコ・モッリとして、逃げ隠れするなんてちょっとプライドが許さない。
未希からは山田をはじめ、生徒会のメンバーには近づくなって言われてるんだけどさ。
「ごきげんよう、シュン様」
「おおハナコ! 体調はもう問題ないか?」
「ええ、おかげ様ですっかり良くなりましたわ」
美しい所作で山田に礼を取った。
ハナコの記憶は残ってるから、こういったことはすっと体が動いてくれるんだよね。
「そうか、それはよろこばしいことだ。週末にハナコに会いに行けなくなるのは少々残念だが……」
「まぁ、シュン様ったらご冗談を」
おほほほほ、とかぶせ気味に山田のセリフをさえぎった。
毎週見舞いに来てたこと、勝手にみんなにバラしてんじゃねぇよ。
「シュン王子ぃ。そろそろ行かないとぉ次の授業に遅れちゃいますよぉ?」
猫なで声を出して、ユイナが山田の腕をぐいっと引っ張った。
周囲に気づかれない程度に、一瞬だけこちらをぎりっと睨んでくる。
(ふうん? そう来るんだ?)
存在を無視されたことがそんなに気に入らなかったんかな。
今回ハナコが怪我をしたのは、そもそもユイナを助けようとしたからでしょうが。
で、実際ユイナはそれで階段を落ちずに済んだわけで。
いくら魔法でわたしを防御してくれたと言っても、そこはまずユイナから礼があるべきだろう。
(ま、そんなふうに人ができてるなら、あんな騒動起こしたりはしないか)
余裕たっぷりの態度で、ユイナににっこりと笑顔を向ける。
「あなた、ユイナ・ハセガーと言ったわね。先日はわたくしを助けてくれたそうね? ありがとう、心から礼を言うわ」
高飛車になってしまったが、これはもうどうしようもない。
公爵令嬢の立場で、男爵令嬢のユイナに礼の言葉をかけただけでも、周囲に驚かれる案件だ。
「えっ、あ、あの、いえ、ソレはわたしも当然のことをしたまでで……」
「そう、謙虚でなによりね。今後もその優秀な魔力を使って、シュン様のためにも生徒会でお励みになって」
ぷぷっ、ユイナの顔が面白いことになってる。
こっちから礼を言われるとは、夢にも思ってなかったんだろうな。
「ではシュン様、わたくしはこれで失礼いたしますわ。みなさん、行きましょう」
取り巻き令嬢を引き連れて、さっさと山田から離れて行った。
こういったとき、山田はしつこく絡んできたりしない。
あっちも王子の立場をきちんと分かってはいるんだろう。
そのかわり、ふたりきりのときは遠慮のえの字もないけどねっ。
「まぁ何ですの、あの態度。平民上がりの卑しい身分のくせに」
「それにハナコ様を差し置いて、シュン王子に馴れ馴れしくしたりして。ほんとみっともないわ」
「その上、ハナコ様に助けていただいたのに、礼の一言もないだなんて」
まずいなこれは。
このままでは気を利かせた取り巻きが、ユイナに何か嫌がらせをしかねない。
以前のハナコなら「あんな娘、どこかでみっともなく転べばいいのに」とか、わざとらしくそんな独り言を呟いただろう。
でも陰でイビりでもしたら、ユイナの思う壺になりそうだ。
直接わたしが手を下さなくっても、ハナコの指示でやられたと山田に泣きつくのが目に見えている。
「いいのよ、みなさん。あの娘がわたくしを救ってくれたのは事実。そんなふうに言うものではないわ」
ハナコらしくないセリフに、みんな戸惑ってるみたい。
言葉の裏を読み取ろうとしてるのかな。
いや、お願いだからそのままの意味で受け取ってっ。
「わたくし本当に心から感謝していてよ? それにあの娘がシュン様と一緒にいるのは、次が魔法学の授業だからでしょう?」
この国に魔法があると言っても、それぞれが持つ魔力はピンキリだ。
山田やユイナみたいに優秀な者は、魔法学の特別なカリキュラムが組まれている。
未希ことジュリエッタも、今ごろその授業に向かっているはずだ。
ジュリエッタは特に回復系の魔法に長けていて、怪我した生徒をよく治してあげているみたいだった。
(おかげでひそかにファンクラブが作られてるって話だし……)
未希ってば、昔からソトヅラだけはいいんだよね。
あの仮面の下の毒舌を知ってるのは、ごく限られた身内だけだ。
「ハナコ様がそうおっしゃるのなら……」
「さすがはハナコ様、なんて寛大なお心をお持ちなのかしら!」
「なんてことはなくてよ。さ、この話はもうおしまい。遅れてはいけないわ、もう参りましょう」
っていうことがあってね、と放課後未希に報告したんだけど。
「あんたバカ?」
第一声がそれ!?
「わざわざユイナとやり合いに行くなんて、自滅しに行くようなモノじゃない」
「だって公爵令嬢としてのプライドが……」
「そんなもん忘れ物したとでも言って引き返せば済む話でしょう?」
「はっ、その手があったか」
「まったく、先が思いやられるわ。ギロチンとプライド、どっちが大事なの?」
いや、どっちもいらないっす。
「とにかく、わたしもあんたに付きっきりでいられるわけじゃないんだから、ちゃんと考えて行動してよね」
「ハイ、ワカリマシタ」
うう、未希ちゃんコワイ。
「でもさ、やっぱりユイナに話持ちかけられないかな……」
「でも裏をかけるのは、ハナコにもゲームの記憶があるって向こうが知らないうちだけよ」
「それはそうなんだけどさ、お互い妥協して最善のルートを進めばいいんじゃない? ユイナにとっても悪い話じゃないと思うけど」
「あんた、あの子の性格、覚えてないの?」
「……ソウデシタ」
長谷川ゆいなはことあるごとに、華子に突っかかってきてたっけ。
勝手にライバル心を燃やしてるって感じ?
協定を結んだところで、そんなユイナがいつ裏切ってくるかは分からない。
「ま、そうしようにも現状じゃ難しそうよ。あの子いつ見かけても、誰かしら攻略対象と一緒にいるから」
「未希、ちゃんと探り入れてくれてたんだ!」
「まぁね。あんたが休学中は時間があったから」
さすがは未希!
口は悪いけど、なんて親友思いのいい子なの!!
「誰かさんの金魚のフンをしないで済んでたしね」
ぎゃっ、見事なカウンター……!
わたしの感動を返してっ。




