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少女よ故郷を見よ

見慣れた道、見飽きた道。

歩き慣れた道、でも歩きづらい道。

久しぶりなような、そうでもないような。

どこか、怖いような。でもそんなことはない、と思う。

───思い込む。

私の故郷。私の、生まれ育った町。

ちょっと小さな森を抜けたあとにある、小さな町。

本当に小さいから、街の人とはみんな顔馴染み。

私にとって、第二の家族のような人たちだった。

町外から帰ってくると、みんな私に「おかえり」と言ってくれた。

私はそれに「ただいま」と、何気なく返すのが楽しみだった。

ほら、だって今日も。

「おかえり」って。

───ただ静かに風が吹いた。

確かにそこにあった。──あるわけがない。

確かに「おかえり」って。──聞こえるわけがない。

確かにそこに町の人たちが。──見えるわけがない。


どうして私はいつも





「私はここで」







町並みはあの頃と全然変わってない。

違いといえば、ちょっと埃が被ったくらい。

本当に、何も変わってない。

そんな光景に、私は安心感さえ覚えた。

「たしかヒヨリさんから貰った写真には…」

私は故郷の写真をポケットから取り出した。

うん、確かに見覚えがある。

「…あっちだったかな?」

若干うろ覚えではあるが、曖昧な記憶を頼りに向かっていく。

凸凹とした硬い土の道路を歩く。

「…前は歩きづらいって思ってたけど」

街の方でひび割れた地面をずっと歩いていた影響か。

こんな凹凸の道では全く苦労しなくなっていた。

「子どもの頃はよく転んでたっけ…」

そんな記憶を懐かしむ。

それにしても、一人でいるとどうしても独り言が多くなる。

そういえば、これは昔からのクセだったっけ。

お母さんに「独り言うるさいよ」なんて何回言われただろう?

そうやってお母さんに指摘されてからようやく気付くんだよね。

自分でも無意識に口に出してたのには驚いたな。

そんな思い出巡りをしているうちに、写真の場所に着いた。

長い間誰も使ってこなかった、大きな倉庫。

町の大切なものを厳重に保管してる場所とは聞いたことある。

この写真に写ってるのは、まさにここだった。

「…でも、なんでここ?」

やっぱり、何か手がかりになるものがこの中に?

恐る恐る大きな戸に近づいてみる。

そこには南京錠が必要以上に何個もかかっていた。

「流石に厳重すぎるんじゃ…」

よくもまあここまで…と妙に感心する。

と、問題はここをどう開けるかなんだけど…。

力で強引に…はまず絶対無理…。

鍵を探す…のは時間がかかりすぎて現実的じゃない…。

窓から入る…のは天窓しか無いっぽいから無理…。

じゃあ南京錠を壊すのは?

多分南京錠を壊せる用具ならすぐ見つかりそうだし。

バールか、金切りバサミを持ってこよう。


「あ…あと一個……!」

南京錠にハサミをかけ、最後の力を振り絞る。

肘にガタが来てるけど、もうそんなのも気にしてられない。

筋肉が痙攣している。

そんな状態でも思いっきり力を込めた。

パキッと大きな音が鳴り、南京錠が落下した。

ようやく全ての南京錠を解除できた達成感からか。

私は長い溜め息を吐きながらその場にぺたんと座り込んでしまった。

もはやそれは脱力感にも近いような動きだった。

何故私は戸を開けるためだけにここまで苦しい思いをしているのか…。

もちろん、最初の2、3個までは疲れるけどまだ余裕があった。

でも、なんたって数が多すぎて。

切るのに必死で数えてなかったけど、確実に10個以上はあった。

おかげで手がずっとプルプルしてるし…関節痛いし…。

とにかく、戸は開く様になった。

今までずっと謎に包まれてたこの秘密の倉庫…。

ようやくその秘密を暴く時が来た!

そんなことを思ってると、年甲斐もなく心が躍ってしまった。

まるで子ども時代に戻ったようだった。

ゆっくりと戸に手をかけ、開ける…。

開ける…開け、開け…?あっ…開けっ…!

「開かないっ!」

どうやら建て付けが悪くなってるらしく。

戸はどれだけ力を入れようとガタガタと揺れるだけでびくともしない。

「んーっ!!!」

ただでさえさっきので力を使い果たしたというのに…!

人生とはどこまでも非情なのか…!!!


「けほっけほっ…」

中は口元を抑えていないとむせてしまうほどに埃が舞っている。

天窓のおかげで光はちゃんと入ってきていて中は明るかった。

端の方には虫がうじゃうじゃとたくさん集まっていた。

虫はそう苦手ではないけど、その光景からは流石に目を逸らした。

周りを見渡してみるが、特に珍しいものはなさそうだ。

あるのは虫に食われている古い本くらいだろうか。

その中から一つ手に取って中を開いてみた。

文字は色褪せて消えかかっているが、読めないことはない。

…けど、書いてあることは昔の社会情勢くらい。

勉強にはなるけど少なくとも手がかりになるものは無さそうだった。

その後も本を一冊ずつ開いてみたが、どれも似た様なものばかり。

たまにへそくりが奥から出てきたり…。

ボロボロになったレトロな玩具が出てきたり…。

…不埒な本まで出てきたり。…これは後で処分するとして。

もはやここはなんでもありの秘密の隠し場所なのだろうか?

そう思うほどには色々な物が保管されていた。

こんな関係の無い物まで保管されているのなら。

あそこまで厳重に施錠する必要はあったのだろうか?

あの写真に写ってた割には何も手がかりが無い…。

そう思っていたとき。

ひらっと、本の頁の間から何かが抜けて落ちてきた。

床に落ちた“それ”を拾ってみる。

「…頁の一部、かな?」

“それ”はビリビリに破り捨てられたような小さな紙片だった。

ただのごみかと思って捨てそうになったが。

一瞬裏面にちらっと黒い文字が見えた。

気になって裏返してみると。

「…これって」

どこかで見たことのある形の記号が書いてあった。

漢字とも、ハングルとも違う、不思議な形の記号…。

おもむろにポケットから写真を取り出し、この紙片と比べてみた。

すると、字体は違えどやはり同じ文字であることが分かった。

何故ここにこんな文字が?という疑問ももちろん持ったが…。

もしかしたら他にも紙片があるのではないだろうか?

という好奇心にも似た感情がふつふつと湧き出してきた。

一度そんなことを思うと、倉庫の中を探す手は一向に止まらなくなった。

一冊一冊、本を一頁ずつ丁寧に見逃しのない様に開いていく。

玩具が入っていた箱の中。小さな巾着袋の中。

もちろん、不埒な本の中までも隅々と探し尽くした。

最終的に紙片は6枚ほど集まった。

そのどれも一つ一つ違う形の文字をしている。

「…全部同じ」

写真の裏に書いてあるものと、この複数の紙片に書いてあるものは一致していた。

書いてあるのも6文字で、紙片の数も6枚。

同じ文章、同じ意味合いなことは分かった。

それだけでも大きな進歩だろう。

写真と紙片を隣同士に並べてじっと観察する。

この並び、この形に意味はあるのだろうか。

じっくりと考えていると。

ザザッ…と静かな空間の中に突然雑音が挟まれた。

かなり心臓に悪かったが、すぐにトランシーバーの音だと理解した。

そういえばすっかり存在を忘れていた。

電波が受信されたということは、ヒヨリさんからの連絡ということ。

「こち……ヨリ…ちらヒヨ……もしも……聞こえて……な?…ばき……うぞ」

思った以上に雑音が酷く聞こえづらいが、何を言っているのかまでは何となく分かる。

事前に教えてもらった通りに、送信ボタンを押しながら話す。

「こちら椿。ちょっと雑音はありますけど、一応聞こえてます。どうぞ」

ちゃんと伝わっているか心配だけど、ヒヨリさんの返答を待つ。

「確…に雑音がちょ………どいけど…あ許容…囲だ。このま…づけるよ?つば……どうぞ」

かなりやりづらくはあるけど、仕方ないのでこのまま続ける。

「分かりました。どうぞ」

「こっち……探すの…終わ…せた……んだけど、なん…手がか……無しだっ……そっ…はどう…ったかな?…うぞ」

どうやらヒヨリさんは何も見つからなかったらしい。

「私の方は一応手がかりが見つかりました。写真の裏に書いてあった文字と同じ紙片を見つけたんです。どうぞ」

「…っと、ごめん…う一回…いかな?どうぞ」

…かなり雑音が邪魔をしているらしい。少しでも電波を受信しやすくするためにも倉庫から出て話すことにした。

「ふむ、…の文字と同じ…字が書いて…る紙片。やはりあ…写真に写ってた場…と関係があっ…のかな?どうぞ」

「はい、あの写真に写ってた建物の中から見つけました。恐らく関係はあるんでしょうけど、今のところその関連性は分かりません。どうぞ」

「それ…ゃあボクも…の紙片を見…いから、ここら…探索は切…上げよう。あと…帰った…情報の交…をしよう。どう…」

「分かりました。ではまた後でお願いします。どうぞ」

「了解。以上」

通信が切れる。

まだ日は高いが、ここから帰るまでには数時間かかる。

暗くなってから外を出歩くのも危険なため、日が沈まないうちに早めにこの町を出ることにした。

文字の紙片6枚は非常に小さいため、失くさないように小さなビニールポーチに入れて閉まった。

大きな手がかりを失くしてしまうのはかなり大問題だし。

忘れ物が無いか辺りを確認し、荷物をまとめて出発したその時。

「…?」

すぐに立ち止まり、不意に後ろを振り返る。

…何も無い。

確かに、何か音が聞こえた気がしたのに。

「…風か何かかな?」

ここに人がいるわけもないし、多分自然現象だろう。

音は気のせいだったことにし、私たちの家へと真っ直ぐ帰った。

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