エンドレス
「お姉ちゃん」
遠くから声が聞こえる。
「お姉ちゃん」
誰かを呼んでいるらしい。
声のする方向へ向かう。
その声は近づけば近づくほど大きくなっていく。
「お姉ちゃん」
声のする場所に着くが、肝心の姿が見当たらない。
「お姉ちゃん」
声はしても、姿が見えない。
私は辺りを見渡した。
「お姉ちゃん」
その間も声は鳴り止まなかった。
常に耳元でその声は鳴り続ける。
私はいつの間にかその声に恐怖を抱いていた。
「お姉ちゃん」
まだ鳴り止まない。
いつまで鳴り続くのだろうか。
「お姉ちゃん」
「お姉ちゃん」
「──お姉ちゃん、どうしてあの時助けてくれなかったの?」
「─っ!」
思わず飛び起きる。
変わり映えのしない部屋を見てようやく気が付いた。
今のは夢だった。
心臓が早く、大きく鼓動している。
「…」
頬に汗が流れる。
気付けば、身体中が汗でびっしょりと濡れていた。
頬に伝う汗を手で拭うと、夢だったことへの安心感が一気に押し寄せた。
思わず大きなため息が漏れた。
安堵の息。
この夢は今日で何回目だろう…。
もう覚えてないほどに見ている。
普段の疲労が祟っているのだろうか…。
私は汗で身体が冷える前に、軽く濡れた服を脱ぎ捨てた。
近くにあった大きめのタオルで体を拭く。
拭き終わったあと、近くの箪笥から適当な服を引っ張り出した。
今朝の気温は少し肌寒く感じるほど。
身体を冷やして風邪をひかない様、気持ち急ぎめで着替えた。
着替えている間に、少し気掛かりなことを考えていた。
あの子は、能力のことを全く知らなかった。
自分の力に気付いていない、そういう人たちは何人も見てきた。
けど、今まで力の存在に気が付かないなんて。
果たしてそんなことがあるんだろうか。
あの大爆発が起こって数週間…。
何らかのきっかけで気づいていてもおかしくない。
でも彼女はそれどころか、力の予兆すら無い様子だった。
私の場合、全身に激しい痛みが起こるものだったが…。
でも、彼女はそのようなものを経験していないみたい。
彼女は何も知らないし、何も起きていない。
本当に彼女は能力を持っているのか?
本当にあの子に“その力”が無いのだとしたら。
でも、そんなのはあり得ないはず───。
そう考えているうちに、私は着替えを終わらせていた。
残る眠気でぼーっとしていると、扉の方からトントントンとノックが3回鳴った。
「椿、起きてる?ちょっと話があるんだけど…」
外にいたのはヒヨリさんだった。
「あ!ちょっと待ってください!」
今の服装はTシャツ一枚に丈の合わないズボン。
そんなだらしない格好はあまり見られたくないので、ズボンの裾をしっかり整え、適当な上着をきちっと合わせた。
近くの姿見鏡で今の自分の格好を再確認する。
寝癖はねがひどいが、流石にそれを直している時間はない。
…忘れてた。
マフラーは必ず巻かなきゃだめだ。
私にとってマフラーは命と同じくらい大事だから。
「お待たせしてすみません!もう大丈夫です!」
私は手櫛で気持ち髪を整え、扉の方へ叫んだ。
「別にボクは気にしないんだけどなあ」
ヒヨリさんは困った顔をしながら部屋に入ってきた。
ああ、これは多分見透かされてるな…と私は確信した。
だらしない姿は見られなかったけど、それはそれとして恥ずかしい目に遭っちゃったなあ…という気持ちでいっぱい。
「それで、お話とは…?」
私は話を逸らす様に本題に入った。
「ああそう、キミには伝えておいた方がいいかなと思って」
そう言うと、ヒヨリさんは手元のファイルから小さな厚紙を一枚取り出した。
それは、カラーで印刷された写真だった。
「ここ、キミにはどこか分かるよね?」
写真を私の手元に移してくる。
そこに写っていたのは。
「私の…故郷」
見慣れた風景。
その時の光、風、気温がはっきりと思い出せるほど繊細な写真。
表面には少し傷が付いており、所々見えなくなっている箇所がある。
「…でも、どうしてこれを?」
「それはね、キミの故郷に残されていたものさ」
「残されていた…?」
「そう、無人になったはずのあの町…。そこを調査していた時に、わざわざ風で飛ばないように石を錘にして丁寧に置かれていたんだ」
「ということは、人為的に置かれた物だと?」
「その証拠となるものが、その写真の裏に残されていてね」
「裏…?」
その写真を裏に返してみると。
どこの言語かも分からない文字が書かれていた。
ぐちゃぐちゃな落書きの様なものではなく、記号の様に繊細な形をした文字だった。
それが横長に綴られている辺り、文章になっているのだろうか。
「字体からして手書きなことは間違いない、誰が書いたのかまではわからないけどね」
「…しかし、この文字は一体…?」
「ボクも調べてはみたんだが、どの言語とも全然該当しなかった」
記号の様な謎の文字を見つめていると、どことなく不安になってくる。
やはり未知のものというのはどことなく不気味に思える。
しかし、この文章を書いた人は何故わざわざ私の故郷の写真を選んだのだろう。
私のことを知る人物からのメッセージの可能性も考えられるだろうか。
「…これは私の方で預かっておいてもいいですか?」
「もちろんだよ、これはキミが持っとくべきものだ」
その言葉を聞き、私は写真をポケットに閉まった。
この写真は、唯一私の…。
私の平穏だった頃を思い出せる物だから。
「じゃあボクの方でこの言語についての情報を探しておくよ」
「はい、よろしくお願いします。私は一度故郷に帰って手がかりがないか、もう一度探してきます」
私の故郷は、ここからでもそう遠くはない。
ゆっくり探してきたとしても今日一日で十分時間は足りる。
それに───。
“あの場所”を、改めてもう一度見ておきたいから。
「じゃあしばらく別行動になるね。もし何かあったら、それでボクに連絡してくれるかな?」
そう言って手渡してきたのは無線機、いわゆるトランシーバー。
携帯が使えないため、連絡手段は無線でということらしい。
物は知っていたけど、実物は初めて見た。
意外と大きい物なんだと少し驚いた。
「了解です」
トランシーバーをしっかりと握り、返事をした。
この世界において、単独で動くことは危険になるかもしれない。
けど、手分けして情報を探す方が効率は良い。
そもそも、私はヒヨリさんに会うまでずっと一人だった。
そんな中でも生きて行けたのなら、今回も大丈夫なはず。




