デス・ストーリーは突然に
「………」
ボーッと空を見上げる。
別に退屈なわけじゃない。やることはたくさんある。
けど、あの出来事が頭を離れなくて───、
「はあ…」
思わず溜め息が出る。
溜め息はこれで何回目だろうか。
とりあえず、食べ物くらいは探しとかなくちゃ。
私は重たい身体をなんとか持ち上げ、目的地もわからず歩き出した。
しかし、一向に人に出会わないのは不思議だ。
これだけ歩いているのだから、一人くらい会ってもおかしくはない。
なのに人っこ一人見当たらない、こんなことがあるのだろうか?
これじゃあお母さんを探すことも一苦労だな…。
そんなことを思いながら積もった瓦礫をどかしていく。
何か缶詰でも残ってればいいんだけど。
ああでも、私みたいなか弱い女にとって力仕事ってのは骨が折れる…。
小さな瓦礫程度でも苦戦するというのにこんなのどうしろと。
「ふう…こんくらいでいいかな…」
様々な種類の缶詰を何個か見つけられた。
節約すれば一日とちょっと保つくらいの量でしか無いが、十分だろう。
今日を生きる分さえあればそれでいい。
明日の分は明日考えよう。
自分の寝床に帰ろうとしたその時。
大きな音が辺りに響いた。
足元を見ると、謎の小さな跡がそこにあった。
「そこのお姉さん、ちょっと良いか?」
声のした方向に目を向ける。
そこには手に拳銃らしき物を持った男が立っていた。
「…な、何か用?」
初めて見る拳銃の迫力に負けないように、気を強くして返す。
実際はかなり怖い。
けど、ここで怯えていては相手の思うツボでしかない。
表面上だけは強く取り繕わなくては。
「それ、食糧だよな?ちょいと俺にも分けてくれないかな」
「な、なんでアンタなんかに…」
再び大きな音が響く。
実際に聞いたことがなかった音だったために、すぐには反応できなかった。
銃口から煙が出ているのを見て、これが銃声なのだと分かった。
「これ、見えるだろ?死にたくなかったら大人しく差し出したほうがいい」
男は威圧感のある低い声で脅しをかけた。
「…」
奴の目を見れば、なんとなく分かる。
あれは嘘をついている目じゃない。
奴は恐らく、“殺す”と言ったら“殺す”
私は声が出なかった。体が動かなかった。
奴に言葉で反抗することも、ここから逃げ出すことも出来なさそうだった。
そんな状況がしばらく続いた。
「…で、渡すの?渡さないの?」
沈黙に耐えられなくなったのか、男の方から口を開いた。
本当なら、ここで渡すべきなんだと思う。
「……嫌だ」
だが私の口は、自分の意思に反して本音をこぼしてしまった。
男の方に聞こえるかどうかも分からないほどの小さな声で呟いた。
男はそれが聞こえていたのかどうか分からないが、
「…そう、じゃあ死ぬか」
うんざりとした表情をし、単調な声でそう言った。
男は私に銃口を向けた。
引き金には既に指がかかっている。
それを見て、私は死を覚悟した。
今から死ぬということを受け入れようとした。
その時、脳裏にいつか見た無数の穴が空いた遺体が浮かんできた。
その記憶から、私はああなるんだろうかと嫌な想像をしてしまった。
ああ、やっぱり死にたくない。
──男が引き金を引きかけた瞬間。
銃を持っている方の腕が勢いよく身体ごと地面に叩きつけられた。
「なッ─」
男が驚きの声をあげると同時に、目の前に黒いコートを着た男性が立ち塞がった。
薄い朱色の髪は長く、上の方で束ねている。
こっちからは後ろ姿しか見えず、顔は確認できなかった。
「お兄さん、そうやって脅すのは良くないわ」
黒いコートの男性は男にそう言いつけた。
彼の喋りには妙なイントネーションが入っていた。
どこかの方言、というより。
聞いた感じ関西の訛りが入っているようだった。
「ぐ…」
男は腕を必死に上げようとするも、一向に動く気配は無かった。
黒いコートの男性は溜め息を吐き、男の前に掲げていた手を下ろした。
それと同時に、男の手からも力が抜けたように見えた。
「ほら。もうピストルもぶっ壊れてるし、アンタもう帰りな?」
黒いコートの男性は地面に指を指し、男に帰るよう促す。
指の先には大きく割れ、中の部品が飛び出ている銃だった物が落ちている。
男は目の前の男性を強く睨み付けるも、
「チッ、クソッ…」
大きな舌打ちをし、そのまま去っていった。
「アンタ、大丈夫か?」
黒いコートの男性は喋りながら私の方に振り向いた。
やっと見えた彼の顔には大きな傷痕が目立つ所に二つ入っていた。
その見た目から妙な威圧感を感じ、思わず後退りしてしまった。
「あら、怖がらせちゃった?ごめんごめん!」
彼はさっきとは違う、優しい声で私に駆け寄ってきた。
「別に悪いもんちゃうよ?むしろヒーローっていうか」
「はあ…ヒーロー…」
むしろ怪しいんだよな。
「ほんと困ったもんよなあ。こんな世の中になってから、ああいう奴が後を絶たないってさ。自分のことしか考えてない自己中さんが…」
そう言うと彼はあの男が去った方向を振り返って睨みつけた。
「助け合った方が生きる確率上がんのに、なあ?」
「なあ…って」
いまいちこの人のノリが分からない。
「…あ。そういやアンタ、能力に気付いてない感じか」
「……」
なんだかデジャヴを感じ、思わず黙り込んでしまった。
「いや…だからその、能力…っていうのは何?」
私は丸々あの時と同じことを聞いた。
「ああ、そりゃ分からんよねえ…」
彼は困った様な顔をし、頭を掻いた。
「…ちょっと話しながら歩こか」
私の横を通り過ぎていくと、彼は大きめの歩幅で歩いて行った。
私はその後ろを小走りで着いて行くのだった。