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目が覚めた

「ふわぁああ…」

椿さんは眠そうに口を大きく開けてあくびをした。

まあ、昨日はちょっと夜更かししちゃったしな。

私だって流石にちょっと眠い。

でも、久しぶりにまともな寝床で寝れたから寝起きは良かった。

やっぱりベッドって最高だ。

いやそれよりも、気になることが。

「…ねえ、椿さん」

「ん?」

涙を袖で拭いながらこっちを振り返ってくる。

「いや…私本当に着いていっていいのかなって…」

「…なんで???」

「なんでって…」

なんだろう。

椿さん、昨日よりなんだかぽやぽやしてる気がする。

昨日はもうちょっと大人っぽい人だと思ったんだけど…。

やっぱり寝不足なんだろうか。

「ほら、だって私能力無いし…椿さんの足引っ張るんじゃ」

そう、つまり私には戦闘力が無い。

あのバケモノに遭遇しても、私は情けなく逃げるしかできない。

そんなの、椿さんに迷惑をかけてしまうのでは。

「あ、そういうこと。別に気にしなくていいんだよ?ミドリちゃん」

…気にしないとかそういう問題じゃないんだけど。

そんなツッコミを入れる前に椿さんは続けて話した。

「私の能力は、誰かを守るための能力だから。足を引っ張るとか引っ張られるとかじゃなくて、元から私はミドリちゃんを守るために戦うつもりだよ。だから、本当に気にしなくていいんだよ?」

「…」

唖然とした。

昨日の言い草からも分かってたことだけど…。

この人はあまりにもお人好しすぎる。

“誰かを守るため”なんていう正義の味方みたいな言葉。

そんなの、簡単に言えたもんじゃない。

いや、口だけならとても簡単なものだけど。

この人の言い方はどこか…嘘を感じさせない。

本当に守るという“意志”を感じるというか。

どこか安心感がある、不思議な感覚だった。

「それに…ミドリちゃんをこんなことに巻き込んじゃったことに責任感も感じてるしね。それならせめて、ミドリちゃんを最後まで守るっていうのが私の責任の取り方ってことで、ね?」

別に椿さんのせいじゃないでしょ。

…って言いたかったけど、何故か直前で詰まった。

私がこれに巻き込まれたのは、私がただ知りたがったからなのに。

つまり、自分のせい。自業自得。因果応報。

首を突っ込んだのは、自己責任なんだ。

なのに、何で椿さんが責任を感じる必要があるんだ。

「…あーうん、その…ごめん」

私の口から出たのは感謝ではなく、謝罪だった。

それも当然だ、こんなの聞いて感謝なんて言えるわけがない。

申し訳なさすぎる、罪悪感が湧いてくる。

椿さんはそんな私の謝罪の言葉を聞くと、一瞬驚いた顔をした後にこっと微笑んで前の方に向き直した。

私は、そんな椿さんの顔に違和感を覚えた。

…なんでそこで笑えるの?


─十数時間前─

「ん?誰…あ────っ!!!」

私は今の時間などお構いなしに叫んでしまった。

「しーっ!大きな声出さないで!みんな休んでるから!」

「だ、だだだって!」

あの顔、あの髪色、あの服装、確かに見覚えがある。

「アンタあの時の確か…そう!椿さんでしょ!」

楓さんから聞いた名前、“椿(つばき)”その人だった。

「な…なんでここに……」

彼女は唖然としたまま動かない。

「…二人とも知り合い?」

状況が分からないヒヨリさんは私と椿さんの顔を交互に見ていた。

「いや、知り合いというか…命の恩人というか…」

「ああ、椿に助けられたんだね?じゃあ念願の再会ということだ!」

ヒヨリさんはそれを聞いて嬉しそうに笑っている。

「って違くて、椿さん!」

「えっあっはいっ!?」

私に呼びかけられた椿さんはビクッと身体を跳ねさせた。

「あなたとは色々話したいことがあったんだよね…」

「は、話したいこと…?」

「…?命の恩人…なんだよね?」


小さな会議室で、机を向かい合わせにして座っている。

「椿さん、何であの時逃げたの?」

私は一番聞きたかったことを最初に切り出した。

「んんっ…」

椿さんはちょっと待ってと手で伝えながらずっと咀嚼している。

ご飯食べるのはいいんだけど、ちょっとがっつきすぎなのでは…。

「ごめんね、あまりにもご飯が美味しくて…」

食べ物を飲み込むと椿さんはそんなことを言った。

「え〜…ゆうて普通の味でしょ?」

「そんなことないよ〜!すごく美味しいよ!」

そう、このご飯は私が作ったのである。

もちろん最初はヒヨリさんに任せようとした。

しかしヒヨリさんの調理があまりにもめちゃくちゃなので。

途中で代わったというわけである。

「感動だよ〜!あなたすごい料理上手いんだね〜!」

彼女はぱあっと明るく幸せそうな顔で笑っている。

むしろ今日のご飯はちょっと失敗した方なんだけど…。

まあ、美味しいと言われて悪い気はしないし良いか。

「それで、椿さん。さっきの質問なんだけど…」

「あ…えっと、それはなんというか…」

椿さんはまだ言葉を濁している。

何というか、これだとまるで刑事ドラマで見る尋問シーンだ。

だけど、そんな言えないことなのかな…。

「椿?そんなやましいことじゃないんでしょ?」

「も、もちろんです!話せます!」

「うん、よし!」

ヒヨリさんはそんな頑固な椿さんを一言で説得した。

椿さんとヒヨリさんの隠された力関係が何となく分かった気がした。

「その、あの頃逃げたのは…あなたのためだったんだ」

「…私のため?」

「…そう。あなたを、あんな危険な目にこれ以上遭わせたくなくて…。だからあれ以上状況が悪化する前に去らなくちゃいけなくて、それで…」

…なるほど、ますます犯人の自白シーンの様な光景だ。

でも私はそんなことを聞いても、全く驚かなかった。

だって、楓さんの憶測をちょっと前に聞いていたから。

『多分あの子が逃げたのも、アンタのことを巻き込みたくないからだったんじゃないかね〜』

『力に気付いてないアンタを巻き込むのは椿ちゃん的に嫌だったんじゃない?』

確かそんなことを彼は言っていた。

つまり、今やったのはその“答え合わせ”。

だから驚きではなく、「ああやっぱりそうか」という納得だった。

これで分かったことは、椿さんが本物の“お人好し”であることだ。

「…気持ちはわかる、わかるけど。それでもちょっとは説明してほしかったかな!というかあんな逃げ方したら逆効果だろうし!」

「あぁ……ごめん……」

多分椿さんにも思い当たる節があったのだろう。

しおしおと弱っていく彼女の姿から何となく察した。

「で、次なんだけど…」

「えっまだあるの…!?」

「だってあなたあの時何も話してくれなかったし…」

椿さんは納得した表情で素直に聞く姿勢をとった。

なんか話すこと以外はすごい忠順に動いてくれるなこの人。

「あの時持ってた剣…刀みたいなの、あれって何?」

「あっ、あれはその……」

また椿さんは言葉を濁す。

もうこれにも慣れてしまった。

「能力のことなら皐月にはもう説明してあるから隠す必要はないよ?」

「えぇ…そうなんですか…でも…」

「なんならボクが話そうか?」

「い、いえ大丈夫です!自分で話します!」

そしてまたヒヨリさんが一言で頑固な椿さんを説得する。

何これ、ここまでがセットなの?

あまりにも流れが出来すぎていてそう思いざるを得なかった。

「えっと、能力っていうのはもう分かってるんだよね…?あれは私の能力で作った物なんだけど、その私の能力っていうのは」


「っていうことで…わ、分かったかな?」

「ばっちし」

うん、だってこれもヒヨリさんから既に聞いたから。

『椿の刃物を生成できる能力もこの物質系に分類されるね。物質を“作り出してる”からね』

『それが彼女の場合自らの体液…つまり血液を大量に消費して生成するんだ』

確かそんな説明をヒヨリさんはしていた。

故に効果もデメリットも、既に把握済みだ。

…本当にその場にいない人の能力説明してよかったのだろうか?

それにしても自分の身を削って武器を作るって。

まるでこの人の“お人好し”が能力に反映されてるみたいだ。

自分の身がどうなろうと他人を助けられる武器を作る。

きっと、そんな感じで椿さんは能力を酷使しているんだと思う。

「そういえば、あなたの能力は?」

今度は彼女の方から質問が飛んできた。

私の能力…。

「あー…私、実は能力持ってなくて」

「えっ?そ、そんなことあり得るんですかヒヨリさん…?」

「いや、普通はあり得ない。ボクの能力で複製してみても何も効果が出てこないし、これは今までにない事例だよ」

「そ、そうだったんですね…だからあの時も…」

このことには椿さんも驚いた様子だった。

やはり能力が無いというのはかなりイレギュラーらしい。

「…それで、あともう一つ」

「まだあるの!?」

椿さんは今にも目が飛び出そうなほど目を丸くし驚いた。

そんなに嫌か、質問攻め。

「いやすぐ終わりますから…最後にちょっと言いたいことあるだけで」

「言いたいこと…?」

そう、むしろこれがメイン。

あの時、一番言いたかったこと。

逃げたせいで言えなかったけど、今なら言える。

「…あの時、助けてくれてありがとう。椿さん」

「…!」

「やっと言えた。あの時逃げてほしくなかったのは、これが言いたかったからだよ。椿さん」

あの時私は、形がどうあれ命を救われた。

一度っきりの生涯を、椿さんは守ってくれた。

だからお礼が言いたかった、今までずっと。

それが今、やっと実現したというわけだ。

「…ふふ、お礼なんかいいのに…」

彼女は安心しきった顔で笑った。

「でも、素直に受け取っておくよ。どういたしまして」

穏やかな笑顔で、彼女はそう言った。

その顔がなんだか安心して、私も自然と口角が上がっていった。

視界の端に見えるヒヨリさんも、微笑んでいる様に見えた。

「あっ、そうだ。今度は私の方から質問させて?」

「…?いいけど」

私に聞くことなんて、なんかある?

「あなたの名前、教えてほしいな」

ああなんだ、ただの名前か。

それならお安い御用だ。

「私は“緑川(みどりかわ) 皐月(さつき)”。椿さんの好きに呼んでいいよ」

「………さつき?」

唐突に、椿さんの表情から笑顔が消えた。

「…え、皐月ですけど…。椿さん?」

私はその様子が気になって、彼女に呼びかけた。

「……あ、いや。なんでもない!大丈夫!」

すると椿さんの表情はすぐにさっきの笑顔へと戻った。

「緑川、皐月…ちゃんね。…あだ名で、呼んでいいかな?」

「あだ名?まあ、全然いいですけど…」

あだ名か…一時期そんなのにも憧れてたけど。

一体どんなあだ名を付けられてしまうのか、少し恐ろしかった。

「じゃあ…みどりちゃんはどう?緑川のみどりから取ったのもそうだし、あなたの髪の色も目の色も緑色だし…かわいくないかな?」

「み…み、どり…?」

予想の斜め上を行くあだ名に思わず唖然としてしまった。

「…ダメかな?」

「いや、いいんだけど…。な、なんか昭和の人感が…」

もしかしたら今、全国のみどりさんに失礼なこと言ったかも。

「えっ、ヒヨリさん。かわいくないですか?みどりちゃん」

「うん、ボクは好きだけど…」

「…」

うーん、いまいち感覚が分からない。分からないけど。

初めて付けられたあだ名で嬉しいし、まあいっか。

「じゃ、これからよろしくね?みどりちゃん」

「あ、こちらこそよろしく。椿さん」

こうして私たちはお互いに握手を交わした。

複製能力の罠じゃなく、本当の“仲良しの印”。

そして、これから一緒に過ごす“仲間の印”。

私は、そんな気がした。

「それじゃあ今度は、みどりちゃんのこといっぱい聞かせてほしいな」

「え、別に大した話できないけど」

椿さんはにこにこと微笑みながら私の話を待っている。

ふと時計を見ると、既に時刻は消灯時間の午後9時を回っていた。

恐らく、照明がついてるのもこの部屋だけなんだろう。

でも、午後9時に寝るというのは流石に早すぎる気がしたので。

彼女の無茶振りに応えることにした。

「…じゃ、じゃあ…学生時代に起こったスベらない話〜」

「お〜」

もちろん、この話は爆死したのは言うまでもない。

でも、その後の椿さんとの会話はどんどん弾んでいった。

椿さんが話題作り上手なのが本当に助かったと思う。

そのおかげで、気付けば午前0時を回るまで話してたのであった。

ちなみにヒヨリさんは途中で寝落ちしてた。


「ふわぁあ…」

まずい、椿さんのあくびが自分にも移ってしまった。

「ふふ、みどりちゃんも眠いんだ?」

「そりゃ6時間しか寝てないわけですし…」

一般人にしたら、6時間は十分な睡眠だと思われるが。

毎日9時間寝てた私からしたら寝不足もいいところである。

「じゃあ早く休むためにも、ちょっとペース上げよっか」

「えーいいよ…このままゆっくりいこ」

「そう?みどりちゃんはマイペースなんだね〜」

あなたがアグレッシブすぎるだけである。

「じゃあちょっと話しながら歩こっか、そしたら眠気も覚めるでしょ?」

「そうだね、なんか話題あります?」

「そうだなあ…ヒヨリさんの話とかする?」

「ちょっと気になる」

ちょっと気になる。

「実はヒヨリさんはすごい甘党でね、コーヒーに角砂糖いっぱい入れちゃうんだよ。大体12個くらい」

「入れすぎじゃない?」

何となくあの人、ブラックを平然と飲むイメージがあったんだけど。

そんなヒヨリさんの話は、昨日の会話よりも弾んだ。

他人の話は盛り上がりやすいっていうのは本当らしい。

もはや目的地への遠さなんて気にならなかった。

これからやるべきことを忘れるほど、時間の流れを忘れるほど。

私たちはお互い、楽しく話し合った。

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