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街の変体

「く──っ!!」

間一髪のところで攻撃を避ける。

一回でも当たればそこで終わり。

待ち受けるのは死、のみ。

「───ッ!!!!!」

小型の異形種が大きく叫ぶ。

私はその様子すら一切目を離さず見ていた。

あの異形種は今まで出会ったものより明らかに速い。

身体の小ささも相まって、かなり速い。

多分、私じゃなければ避けきることは不可能だろう。

私は人より動体視力が高いから何とか避けきれてるけど…。

それでも本当にギリギリだ。

ちょっとでも油断してしまえば…。

「────ッ!!!!!!」

「うわっ!?」

真っ直ぐに突っ込んでくる異形種を直前で避ける。

今のは本当に肝が冷えた。

もう余計な思考をしている暇もない。

いくら直線的な動きだとはいえ、あの速さは私をあっさり殺すには十分すぎる。

これはさっさと終わらせないと。

「───ダメだ」

ポケットから軽く錆びついた果物ナイフを取り出す。

刃の箇所だけはしっかりと錆を落とし、鋭く研いである。

もちろん、これで勝負などという無謀なことを仕掛けるわけじゃない。

これをしっかりと研いであるのは、切れ味もそうなのだけど。

“錆”というのが一番の問題なわけで。

なんせ───。

「いつッ……!」

切るのは自分の身体だから。

錆が傷口から侵入すると“破傷風”という感染症になるらしい。

破傷風は神経の麻痺から始まり、やがて全身の筋肉が硬直していく。

筋肉の硬直によって身体が弓のように反り返り。

それによって呼吸もままならなくなり…。

最終的に死に至る。

…そんな怖い知識は今は置いておいて。

私は切りすぎない程度に、けどある程度深めに。

自分の左手首を思いっきり切り付けた。

動脈まで行ったかどうかは分からない、けど出血は多量のようだった。

───痛い。

血管が脈打つたびに鋭い痛みが脳に伝達される。

相変わらずこの痛みには慣れないもので。

この痛みから込み上げてくる吐き気を必死に抑える。

こんなの、側から見てしまえば気が狂ったと思われそうだ。

でも、私にとってはこれこそ大事なルーティーンの様なもの。

ドクドクと溢れる血液を右の手のひらに溜める。

溜めた血液はやがて手のひらには収まらなくなり。

溢れて、落ちる。

それと同時に、“それ”は下から上へと伸びるように形成されていく。

こんな現象を、どこかで見たことがある。

確か、過冷却。

過冷却水を注いだ時の現象に近い。

水を注ぐと瞬時に凍って積み上がっていくアレ。

理屈とかはよく分からないので省略するとして。

“それ”が形成されていくと同時に、深く切った手首の出血は何故かゆっくりと止まっていった。

そう、これが私の“能力”。

自身の“体液”を代償に、簡易的な“武器”を作り出せる──。

「─────ッ!!!!!」

目にも止まらぬ速さで向かってくる異形種を。

「はあ─っ!」

私はその“武器”で応戦する。

向かってきた異形種はそのまま私の横を通り過ぎた。

今度もなんとか避けきることができ。

「─────ッ」

今度はなんとか一本。

異形種の腕一本を切り落とすことに成功した。

言わばカウンターというやつだ。

“切り落とす”。

つまり“それ”というのは。

肉や骨を断ち切れるほど鋭い。

私の場合、作り出せる“武器”というのは。

───剣。

正確には剣とも刀とも違う。

言い表すなら…そう、包丁。

包丁に近いような形状と材質だ。

そのどの家庭にも必ずある包丁を刀ほどに引き延ばして長くした物。

それが私の“武器”なのだ。

私の後ろにいる異形種をすぐさま目で捕捉する。

異形種は失くなった腕を凝視し唖然としている。

…やはり。

部位を切り落とされた時の反応というのは、どの種類も同じらしい。

その反応は果たして痛覚から来るものなのか、それとも。

感情から来るものなのか。

でもそんなこと、今はどうでもいい。

異形種が私を殺しに来る以上、私もそれに対抗しなければいけない。

いわばこれは“生存競争”だ。

どの生き物も等しく持っている“生きたい”という欲望。

その欲望を賭けたれっきとした“戦い”なのだ。

どうであれ、私たちはお互いに生きる理由がある。

だからこそこうして“殺し合っている”。

…とても、苦しくなるものだけど。

でもそれが生物の本質なんだ。

人間だろうと動物だろうと異形種だろうと…それは同じ。

と、そんな理論で自分を言い聞かせる。

この迷いこそが、この場では“死”に繋がる。

余計な思考は、いらない───。

「─────ッ!!!!!!!」

異形種はまた大きく叫ぶ。

その光景が、私にはかなり頭に来ているように見えた。

…攻撃を避ける上で気付いたことがある。

異形種は私に突進を仕掛ける際、姿勢をかなり低くする。

それも腕を地面につけ、四足歩行のような構えをとる。

陸上でいうクラウチングスタートのような。

いや、クラウチングスタートとはちょっと違う。

異形種がとる構えはもっと、もっと低い。

まるで狩りのタイミングを計る猛獣のような。

そんな構えを異形種は攻撃の直前にとる。

あの構えをよく見ていれば───。

「─────ッ!!!!!」

避けるのはそう難しくない。

「……」

ただ、避けるだけだと異形種に反撃を加えることはできない。

でも、私の方から攻めるのはダメだ。

異形種との距離を縮めてしまうとその分避けるのが難しくなっていく。

そして、さっきの異形種と同じように反撃を喰らう可能性も高くなる。

だからここは一切私の方から攻めるのではなく。

受け身の姿勢でいるのが最適解だ。

動きをよく見て、隙をよく探し。

その一瞬を攻める。

そんなカウンター戦法が、ここではかなり有利になる。

それに異形種はさっきから真っ直ぐ突進を仕掛けることしかしない。

それしかできないのか、それとも知能指数が低いのか。

どちらにせよ、私にしたらかなり戦いやすいことに変わりはない。

かなり体力がジリ貧になる戦いだけど、この際仕方ない。

私が生き延びることが最優先だ───。


「はぁ──…はぁ──……」

ひゅーひゅーと、息を吸うたびに喉が鳴る。

そんな息切れを起こしながら、さっきまで異形種だった物を見下ろす。

どうにか、辺りが暗くなる前に倒すことができた。

夜が来るとその分、視界も悪くなる…。

動きをよく見なければいけない私にとって…。

それはかなり不利な状況であって…。

そのタイムリミットまでに私は事を片付けられたということで…。

だから……つまり…。

「……帰ろう」

身体の疲労によって頭も回らないので帰ろう。

多分、ヒヨリさんか楓さんがご飯作ってくれてるだろうし…。

この戦いの後だし、あまり食欲は湧かないんだけど…。

それでも食べなきゃ明日もやっていけないし…。

…でも、あの二人そんなに料理上手くないからなあ…。

楓さんはとにかく味付けが濃すぎてごちゃごちゃしてるし…。

対してヒヨリさんは味付けが薄すぎて素材の味しかしないし…。

でも、不思議なことに決して不味くはない。

美味しくもないんだけど、不味いわけでもない。

なんとも言い難い味、でも不味くはないのです。

そこだけはあの人たちの名誉にかけて誤解しないでいただきたい。

そして唯一、その二人に共通している要素というのがあって…。

それが、必ず元の食材が行方不明になることだ。

何でか知らないけど、何故かいつも食材が全て粉々になっている。

…フードプロセッサーにでも入れてるのかな?

だから何を作ろうがどれも等しく『ハンバーグもどき』になるのだ。

そう、ハンバーグになり損ねた何かという意味でもどき。

パラパラになってるわけでもなければ、ハンバーグの形に成形されているわけでもなく、微妙にまとまっているくらいの…そんな出来。

使ってる食材とか関係なく、形成されるのは全てそれ。

片栗粉とか、そういうのは一切入れず。

粉々の食材同士が徐々にまとまっていくのだ。

…禁忌である錬金術があのキッチン上で行われているのだろうか?

逆になんの力で微妙にまとまってるのか。

その原理を私は今とても知りたい。

その謎の原理が解明されたら調理の幅がかなり広がると思うのだけど。

もしかしたら料理界に革命が起きてしまうかもしれない。

…起きてしまわないかもしれない。

そんな錬金術の話は置いておいて。

そもそも、自分で料理を作れたらそれで解決ではあるのだけど…。

私はご飯を作る時間に帰れることが少ないので。

だから必然的に濃い味か薄味かの違いしかないハンバーグもどきを食べることになるのです。

まあ二人とも何故かコーヒーを淹れるのはすごく上手いから、一応その辺で許されてるところはあると思うけど…。

そんな問題を抱えながら、私は軽い千鳥足で家へ帰ろうとしていた。


帰ってきた頃には、辺りはすっかり真っ暗になっていた。

帰るのにそう時間はかからなかったと思うけど。

でも、辺りの暗さがその時間の流れを証明してくれている。

そんな自分の感覚を疑いながら、ビルの中へと入っていった。

───パスワードを入力する。

大体16桁くらいの、長いパスワード。

…厚いセキュリティとしては正しいんだけど。

毎回入力しなきゃいけないのは正直面倒くさい、と思う。

なんかカード式とかにできなかったのだろうか…。

スライドして読み込ませるだけで開いたらとても楽なのに…。

そんなことを考えながら、パスワードを入れ終える。

分厚く、重そうな扉が開く。

そこには、もうとっくに見慣れた光景が広がる。

「…?」

なんというか、とても静かのような…。

毎回帰ったら誰かしらが出迎えてくれるはずなんだけど。

私はなんとなく時計に目を向ける。

「…8時」

時計は午後20時28分を指していた。

なるほど、もうみんな部屋に帰ってる時間だ。

ここは消灯が21時だし。

その1時間前には部屋に帰るのが普通だよね。

わかるわかる。

「…絶対そんなに時間経ってない」

だって、私が異形種を倒したときはまだ少し明るかったよ?

だからあの時は遅くても18時…早くて17時くらいだったと思う。

そこから2〜3時間かけて帰ってきたと?

その頃には既にこの街に滞在してたはずで…。

あの場所からここまでそう遠くなかったはず…。

つまり帰宅に2〜3時間かけるのは絶対にあり得ないのだ。

…途中、私何してた?

椿(つばき)?」

突然の声に思わず身体を跳ねさせた。

「あ…ヒヨリさん」

そこには初めて見る部屋着姿のヒヨリさんがいた。

普段の堅く大人びた感じの白衣姿から一方。

なんとも可愛らしく女の子らしい姿に驚きを覚える。

これがギャップというものなんだろうか?

「帰ってたんだね、おかえり。今日も遅かったね?」

「は、はい…ただいま帰りました」

「中々帰ってこないものだから、心配したよ」

ヒヨリさんはそう言って穏やかに笑った。

心配など、一切してなさそうな笑顔。

でも、そう笑ってくれるってことは。

私のことを信用してくれてるんだと思う。

必ずここに帰ってきてくれると。

実際、ヒヨリさんはそういう人だから。

「ご飯、食堂にラップして置いてあるから自分でチンして食べてね」

「はい、ありがとうございます。…あ、今日の調理は誰が?」

「ああ、最初はボクだったんだけど…」

なるほど、今日は味薄料理。

少なくとも、楓さんの味濃料理よりかは健康的で助かるのだけど…。

でも、“最初はボク”ってどういうこと?

まるで途中から誰かが代わったような…。

「ヒヨリさーん、ここって余ってる歯ブラシってな…」

「えっ」

奥から、見覚えのある暗い緑色をした長髪の女性が姿を現した。

「ん?誰…あ────っ!!!」

彼女はこちらに目を向け、何かに気付いたように大きな声を上げた。

「しーっ!大きな声出さないで!みんな休んでるから!」

「だ、だだだって!アンタあの時の確か…そう!椿さんでしょ!」

…なんか教えた覚えの無い名前まで把握されてる。

いや、それ以前に…。

「な…なんでここに……」

ああ、今日は早めに休むことは叶わなそうだ。

今日の夜は長くなる。

ということを、私はこの時点で覚悟をした。

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