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ラスボスが、やって来た  作者: 金子ふみよ
第一章
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浴室から戻って来た

 居間のテーブルにカップを置くと、合わせたかのように浴室の扉が開いた。

「やあ、ちょうど……」

 振り向くと、女子は貸した服を着ていなかった。さすがに青年の衣類など借りるのは憚られるというような思いなのかと思いきや、そうではなかった。あるいはそうであったかもしれないが、必要性がなくなっていたのだ。

「その服……」

 女子は海から上がって来たままの衣装であった。しかも、全く濡れてない。いや、すっかり乾燥してしまって、新品かと思われるほどの色合いである。

「まアイいや。どうぞ」

 手招きをしたウエルに従った女子は、彼の手に差し出された衣類を返却し、軽く一礼をした。それから置かれたカップのある席に座った。まじまじとカップの上澄みを見つめている。

「ああ、豆乳で作ったココアです。僕、牛乳より豆乳が好みでって、どうでもいいですね。気にくわないようであれば、どうぞ」

 彼女の横に立って、ウエルは再び手をかざす。彼女はまた軽く一礼をすると、両手でカップをもって、ゆっくりと口へ持って行った。それは慎重というよりも恐る恐ると言った方がいいような動作で、彼女は初めて飲むのかもしれないと思われるほどだった。

(う~ん、この格好といい、飲み方といい、やっぱり)

 ウエルは台所へ戻ることにした。沸かした鍋を洗いながらも、気になって仕方ないのでダイニングテーブルでココアを飲む彼女を覗いた。浴室ではないから許容されてもいいだろうと思うのは、その胸の内によからぬことをしているかもしれないと言う一抹の不安があったからで、とはいうものの好奇心を抑えておくのも難しい。

 水で流していた鍋から視線を上げると、彼女がこちらを見ていた。カップを置き、頭を下げた。

「ああ、飲んだんだね。どうだった? おいしくなかったかな」

 ぎこちなく微笑みを作りながら、手をぬぐって、居間に出る。テーブルからカップを持ち上げようとして、

「もう一杯飲む?」

 彼女の眼を覗いた。ウエルに対する敵愾心や恐怖や伺う色はなかった。それよりもむしろ、

「ありがとう。けれど、もう大丈夫」

 初めて彼女の言葉を聞いて、ウエルは考えようとしていた思案が途切れた。彼の思考を妨げるほど十分に彼女の声は新鮮だった。海から家、浴室、居間に至る時間の中で初めての声だったからといえばそれまでだが、教会で聞いた讃美歌よりも、これまで出会った誰よりも清廉されていると聞こえた。まだ抑え気味なのかもしれない。彼女が普通に話し始めたとした、清廉というよりも鋭利なほどに清々しい声と聞こえるかもしれないと思わせるほどだった。

「じゃあ、ちょっと、いいかい」

 ウエルは彼女の真ん前に座った。彼女に訊きたいことがあったから。


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