第六十六話「再会のマリーゴールド」
「レヴィンさん、遅いね」
「……そうだね」
取り調べが終わり、俺は正門ではなく西側の門へ案内された。この事件の被害者である事が証明されたからか、部外者として門の外に出された。それから、俺は門の近くにある橋の右側で待っていた。すると、数分もしない内にトネリも合流した。
それから二時間レヴィンを待ち続けた。その間に話した事は、近衛隊がパフィルを取り逃した事やモルデから飴玉とクッキーを貰った事位だ。
そして、今に至る――。
「トネリは、早かったね?」
話す事がなく、俺は何となく取り調べにしいて訊いてみた。俺にとっては、大した事では無かった。だけど――、
「あ、え!?あ、そ、そ、そうだね!大して訊かれなかったよ!!」
トネリは何事も無かった訳ではない様に慌てていた。此方に来てから、何か……おかしい。でも、俺にも隠し事が有るのだから、訊くのは野暮だ……。俺は、トネリの嘘に乗っかる事にした。
「そうなんだ。羨ましい」
「……はは。そう、だね」
トネリは、橋から水堀を眺めながら溜め息をする。俺は再び何も話す事が無くなり、トネリと一緒に水堀を眺め様とした、その時。
レヴィンの元気な声が聞こえてきた。
「三――いや、二人ともお待たせ~」
俺とトネリが声のする方向へ向くと、そこにはレヴィンと不機嫌そうに腕を組んでいるモルデが居た。トネリは思わずレヴィンへ駆け寄る。俺もトネリに続く。
「レヴィンさん!漸く、無実だって証明されたんですね!」
「ええ、何とかね。世間話をしてたら、長くなっちゃって……。ね、モルデ君――」
「黙れ」
レヴィンの親しげな友人と話す様な微笑みを、モルデは突き放す。そして、片手でレヴィンの頬を挟んだ。
「ふぐぅ!?」
「そもそも、君が出娑張らなければこんな事にはならないんだよ。いつか命取りになるぞ、身の程を弁えろ」
レヴィンはモルデにより雑に解放されると、小動物のように跪きながら両方の頬を両手で撫でる。モルデは鼻で笑いながら、その場を去った。
またトネリが後出しで文句を言うかと思いきや……、複雑な表情でモルデが去り行く姿を見つめていた。無理もない、近衛隊とそこら辺に歩いてる通行人とは怖さが違う。モルデが見えなくなると、トネリは安心したかの様に溜め息をした。
「……さてと、改めてニゲラ君とトネリ君。巻き込んでしまってごめんね?」
「い、いや、レヴィンさんは悪くないですよ!」
俺はトネリに同調して、レヴィンに頷いて見せた。すると、レヴィンは思いもしない提案をしてきた――。
「お詫びとして、君達に入団の面接を受ける資格を与えたいと思うの。どうかな?」
「「は、はい……?」」
「うん、ありがとう。取り敢えず、馬車を呼んでくるわね!」
レヴィンは俺達が返事したと勘違いしたまま、辻馬車を呼びに行く。
違う、と言いたいかったけど、声が出ない……。勿論、嬉しくない訳では無い。でも、唐突過ぎて混乱していた。
心の準備が無いまま、再び運命に身を任せる事になった――。
*
暫くして、俺達はレヴィンが呼んだ辻馬車に同車させられた。車内では、レヴィン以外は緊張で何も話す事が出来ずにいた。俺はレヴィンを見る事しか出来ず、トネリは下を俯く事しか出来なかった。
一方のレヴィンは軽く鼻歌を歌っていた。歌い終える合間、合間に俺達に視線を送っていた。俺達から話すのを待っているんだろう……。
でも、今の俺達にはハードルが高すぎる……。
入団試験が面談。
それは、レヴィンが俺達にどんな印象を持つかで決まる――かもしれない。だから、尚更緊張してしまう……。
じゃあ、試験を辞退するか?
俺には、もう居場所が無い。友達が居ない。
もし、断ったら、また一人ぼっちになる……。
そんなの――。
「……試験は、明日で良いよね?君達は、入団したいが為にあの偽物達から生き延びたんだもの。実力はかなり有る、と私は直感してるわ。だから、面接官である私に熱意を、――情熱を見せてほしいわ」
レヴィンが放つ蒼く輝く視線に、俺は唾を飲む。これが、大人の眼差し……。
俺が只々固まっていると、トネリが震えながら声を上げた。
「は、はいっ!」
「そんな緊張しないで?好きなものを好きだって事を、熱く叫べば良いだけなんだから。でしょ?」
レヴィンが俺の方にウィンクした。俺は2、3秒遅れて頷いてみせた。レヴィンは俺達の様子に苦笑いすると、再び鼻歌を歌い始めた。
ありきたりなメロディーを聞きながら、俺は逆側の窓を眺めると、徐々に時計塔が見えてきた。
見慣れた街では無い筈だけど、帰るべき場所に帰って来れた――と、俺はゆっくりと目を閉じた。
*
『明日、トネリ君が毎日様子を伺っていた絵画展に9時集合ね!』『やっぱり、あそこだったんですね!』『うん、それじゃあ二人とも明日会いましょう!』
――時計塔に停車してから、流れる様に時が経った。唯々トネリとレヴィンの会話を上の空で聞いていると、いつの間にかトネリと再び二人っきりになっていた。
「――ニゲラ君は、どこ泊まる?良かったら、ボクと同じ宿で泊まらない……?」
「あ、え、えっと……。俺は……別の宿にするよ」
「わ……、分かった……」
決して、嫌という訳ではない。だけど、一人で気持ちを整理したかった。いや、そうしなければいけない――そんな気がした。トネリは落ち込む様に肩を落とすと、そのまま何処かに消えていく。俺は申し訳なく思いながら、トネリとは逆方向に歩き出した。
俺は、本当に、あの団体に入って良いのだろうか?
俺みたいな人間は、相応しくないのでは?
明日を、堂々と歩けない俺は――。
そんな事を思っていく内に、足取りが重くなる……。
街中を眺めると、相変わらず近未来的で賑々(にぎにぎ)しい。歩く度に人が通り過ぎるし、歩く度に蒸気自動車を見かける。それでいて穏やかだ。たまに何処からか喧嘩をする声が聞こえてくるけど、命の危険は感じない。
この前まで政府にほぼ見捨てられた土地でサバイバルをしたり、政府の中枢に行ったりしたから余計にそう感じるのかもしれない。
暫く歩いていく内に、時計塔に戻ってきてしまった。この街は道が細々していて、更に入り組んでいるからかもしれない。気持ちは相変わらず、整理が出来ていない……。
ふと、時計塔に目をやると時刻は「19時8分」になっていた。そして、――。
*
「なんだ、あれ……」
時計塔を黒い靄が囲んでいた。あの礼拝堂で見たものに酷似していた。――そして、俺以外は誰も気付いていない。寧ろ、俺が挙動不審になっているのを通行人達は不思議そうにしていた。
あそこに、何か有るのか……?
結局、礼拝堂の地下に有ったものが何なのか分からなかった。いつもなら、避ける筈だった。
だけど、時計塔へ歩み始めていた。
行かなくちゃ……。
そんな、俺を無視した使命感が高まろうとした――、その時。
「久し振りだな。ニゲラ」
後ろから、声を掛けられた。
数ヶ月ぶりの声。数年間、お世話になった人の声。
俺はゆっくりと振り向いた。
「フレンチさん……!」
そこには、フレンチさんが居た。相変わらず、服装は古くさい。しかし、一つ変わっていた事があった。
フレンチさんの表情は、今まで見た事が無い位に暗く沈んでいた。目も微かに赤い。何か有ったのだろうか?
そんな事を思っていると、フレンチさんはある提案をしてきた。
「ニゲラ。話をしようか。酒場でな」
「俺、まだ18歳ですよ……」
「どうでも良いだろ。どうせ、世界は滅ぶんだ」
フレンチさんの様子がおかしい。まるで、酔っ払いの様に自暴自棄だ。フレンチさんは、俺の肩を雑に掴みながら繁華街へ連れ出そうとした。
「ちょっと……」
「なら、酒を飲まなければ良い。秩序なんて、糞くらえ」
時計塔を一瞬だけ見ると、そこには黒い靄は跡形もなく消えていた。俺は不審に思いながらも、フレンチと共に酒場へ歩き出した。




