第六十二話「変身」
「「……」」
パフィルが打ち負かされて静寂になる礼拝堂内。そんな沈黙を、トネリは破った。
「やったー!!!!レヴィンさん流石っ!!!!」
「きゃっ!!こ、こら!!まだ戦いは終わってないのよっ!?」
トネリはレヴィンに駆け寄り抱き付いた。レヴィンは叱りながらも、照れくさそうにしていた。
俺もトネリを追いかけて、レヴィンに駆け寄った。流石に抱き付かないけど……。
レヴィンは俺に気付くと、偽物とは違う清らかな笑みを見せた。
すると、カルトの団員達は騒つき始めた。
「ま、まさか、アイツを……」「イヴン様は何処に……!?」「に、逃げる準備を!!」「イヴン様~!?」「に、逃げないと……!」
すると、レヴィンは表情が豹変した。聖女の様な笑みから、怒る神の様な真顔に……。
レヴィンが真っ直ぐカルトの団員達を見ると、彼らは悲鳴を上げてパニックを起こした――。
「逃げろッ!!」「死にたくないッ……!!」「テレポーター使えッ!!」「西に移動せよッ!」「うわあああ!!」
ある団員は、珍しい瞬間移動の魔術を使った。
ある団員は、瞬間移動の魔術者に無理矢理しがみついた。
ある団員は、一目散に逃げた。
ある団員は、泡を吹いて失神した。
雷を受けなかったカルトの団員達は、レヴィンの視線により壊滅した。
「ふぅ。さて…、残るは――」
レヴィンの視線が、柱の方に向く。トネリは何かを察したのか、レヴィンから離れた。
柱の後ろから、先程の姿では想像情けないイヴンの声が鳴り響く。
「ひ、ひいぃ……!!」
「悔い改めなさい。これまでの罪を」
レヴィンの一文一句に震えながら、イヴンは言い訳を始める。
「は、話せば、分かりますよねぇ……!?こ、これは、貴女に恨みが有った訳では……!じ、事故ですよぉ!そう、事故ですぅ……!!だ、だからッ……!」
さっきまで、イヴンは物語の終盤に出てくる手強い敵にしか見えなかった。しかし、今の姿はどうだろう?まるで、小悪党の様に無様な姿だ。
レヴィンは黙りながらイヴンに近づき始める。すると、イヴンは半泣きして逃げ始める。
「ひ、ひい!!ゆ、ゆる、許してくださいぃッ……!」
「……」
レヴィンは無反応でイヴンを早歩きで追う。イヴンは逃げ回っていたが、遂に壁際に追い詰められる。
そして、レヴィンは静かに呟く――。
「31」
「な、なんですかねぇ……?」
イヴンは何かに気付きつつも、往生際が悪そうに惚けた。レヴィンは拳を握りつつも、静かに答えた。
「貴方達が若者を殺した数よ?」
「あ、そ、その……。ヒッ……!?」
レヴィンは拳を構えていた。イヴンは怯えながら言い訳を考えていたが、無駄な跑きだった。レヴィンは力強く言う。
「私が嫌いでも良いわ。私になりすましても良いわ。でも――」
次の瞬間、レヴィンの拳はイヴンの顔面を横切る。レヴィンは凄まじい打撃音を鳴らすと、あの時の演説みたいな力強い声でイヴンを怒鳴り付けた。
「私の大切な仲間や若者達を傷つけるなッ……!!」
「あ……」
イヴンは青ざめた表情を変えずに崩れ落ちる。どうやら、目を開けたまま失神をした様だ。
何かが流れる音が聞こえてきたけど、触れないでおこう……。
暫くして、レヴィンは拳をゆっくりと引いた。そして……。
「痛たたたっ……、柄にもなく殴らなきゃ良かったわね……。もうっ」
レヴィンは先程の真剣な雰囲気とは打って変わって、涙を浮かべながら悶えていた。その姿は何処か愛くるしかった。
真面目なのに、たまに何処か抜けている。まるで、カルミアみたいだ――。
何を考えてるんだろう、俺……。
俺が変な事を考えていると、トネリは再びレヴィンに駆け寄った。その姿は、小柄な事も有って元気な少年にしか見えない。
俺は疲れも有り、先程よりゆっくりとレヴィンに近寄った。
「凄いや!レヴィンさん!!あ、そうだ……、初めましてですよね。ボクは――」
「いえ、知ってるわよ?トネリ・シェルフ君だよね?二ヶ月前から毎日、宿舎周辺を徘徊していた熱烈なファンの子!」
「えへへ……」
レヴィンが知っていた事にトネリは照れていた。だけど、それを聞いた俺は思わずドン引きしてしまった。つまり、トネリは上京してからレヴィンを追い掛けていたという事だからだ。それにしても、二ヶ月間の宿代や食事代なんて何処から……。
そんな常軌を逸するファンを目の前にしても、レヴィンは嫌な顔をする事は無かった。
そして――
「ニゲラ君、久しぶりだね。やっぱり会えたでしょ?かなり大変な目に合わせちゃったけど……」
やっぱり、そうだったんだ……。演説の時にレヴィンが俺に向けて会釈したのは、俺と面識が有ったからみたいだ。
だけど……
「すみません、何処で会ったのか覚えて無くて……」
すると、レヴィンは「あ、そっか!」と手を打つ。近くに倒れていたカルトの団員から黒いマントを取った。頭に軽く被ると、何処かで見た女性がそこに居た。
「ほら!」
「アスルさんっ!?」
思わず、俺は声を上げてしまった。
アスル。
三ヶ月前にブルディア村で出会った女性だ。あの時は、顔を一切見せる事は無かった。でも、言われてみれば、微かに見えた鎧の特徴的な色は同じだ。そして、声も……!
レヴィンはマントを格好良く投げると、俺に明るく微笑んで見せた。
「うんうん!元気そうで何より」
何故か、トネリは然り気無く小さい拍手を繰り返していた。
*
「ははーん?ニゲラ君、さては不器用ね?」
「……良く言われます」
礼拝堂内で気絶しているカルトの団員達を、俺達は縄で縛っていた。まさか、三ヶ月前に縛れた俺が縛る側になるとは……。
「こらこら、そんな縛り方だと逃げられちゃうわよ?両足、両腕を縛らないと!」
「あ、はいっ……!」
レヴィンが素早く縄で縛るのに対して、俺はレヴィンの縛り方を見様見真似でゆっくり縛っていた。レヴィンは俺が覚えようとしているのを察したのか、最初より少しペースを落としてくれた。有難い……。
因みに、トネリは――。
「うわあああ!?な、なんで~!?」
何故か、縄が変に絡まっていた。終いには自ら両手を縛られてしまった。
良かった、ビリではない……。
それから暫くして彼らを縛り終えると、入り口の近くにまとめた。彼らは未だに目が覚めないみたいだ。
「ふぅ。皆、ありがとう。後は、ミアの呼んだ警備隊が来るのを待つだけね~」
「ミアさん、来ているんですかっ!?」
トネリは鼻息を荒くして食い気味に訊くと、レヴィンは若干引きながらも答える。
「え……、ええ。来てるわよ?そんなに会いたいの……?」
「勿論です!だって、副団長のミアさんは滅多に人前で現れない謎の人物ですからッ!!」
トネリの熱意に、レヴィンはばつが悪そうに答えた。
「あはは、彼は君が思う様な人じゃないわよ……?とにかく、暫くはゆっくりしてましょう……!」
レヴィンとトネリが座るのを見て、俺も座ろうとした。
だけど――。
「あれ……?」
ある違和感を感じた。何かが足りない――そんな気がした。
「……?どうしたの、ニゲラ君?疲れてそうなんだし、休みなさい」
何か、大事な事を――。
何かを忘れてる気が……
「ねぇ、聞いてる?」「ニゲラ君……?」
あ、まさか。
まさかッ……!
「パフィルは何処に……!?」
*
礼拝堂の床が揺れた。最近起きた地震とは違い、床が呼吸している様に膨らんでは沈むのを繰り返していた。
「皆!!私に離れないでッ!」
レヴィンは一気に立ち上がると、剣を構えた。トネリも立ち上がり、レヴィンにしがみつく。
俺もレヴィンに駆け寄ろうとしたが、祭壇に目を遣ると止まってしまった。
ここに来た時から出ていた黒煙の様な魔力が、跡形もなく消えていたからだ。
「黒煙は……!?」
すると、レヴィンとトネリは訝しげに俺を見る。そして、トネリは答えた。
「何言ってるの?黒煙なんて最初から無いよ……?」
そして、次の瞬間――。
俺が先程落ちた穴から、黒い何かが天井に向かって飛び出た。それは、徐々に人の形を形成していく。いや、翼が生えているから違うか……?
そして、聞き覚えの有る声を礼拝堂内に響かせた。
「あはは!試してはみるものね?」
黒い人は、見覚えのある人物へと形成した。
――そう、パフィル。
でも、今までのパフィルとは少し違う。パフィルの背中には黒い泥の翼が生えていた。そして、先が少し尖った細長い尻尾も腰に生えている。
その姿は、悪魔の様だ……。
「こんな現象……見たこと無いわ。身体を改造する魔術は有るには有るけど、こんな非現実的な……」
レヴィンが呆然としていると、パフィルは見下ろしながら小馬鹿にする。
「バァカ、アンタみたいな凡才には、出来ない芸当でしょ~?あはは♪」
そして、パフィルは宣言した。
「ふふ……、第二ラウンド開始よ~?」




