第五十九話「風は闇を照らせない」
大変お待たせしました。執筆が中々進まずにいました……。
漸く、山場を迎えたので少しだけ執筆スピードを上げていきます(夏風邪でダウン中だけど)
「--って、怖いわ~♪なんで、構えるのかしら?」
俺はトネリに駆け寄り、アスルから貰った双剣を構えつつ共に距離を取る。
パフィルは態とらしく怖がると、ゆっくり右から左へ歩き出した。
まるで、獣が獲物の隙を狙う様だ。俺が見失わない様に回れば、パフィルも巡回していた。
この儀式の場は、一触即発の雰囲気に支配されていた……。
「あなたがトネリを殺すつもりだから……」
「そ、そうだ!そうだ!おかしいよー!」
トネリは俺の背中に隠れながら、野次を飛ばす。
すると、パフィルは鋭い目付きでトネリを睨み付けた。トネリは「ひぃ!!」と怯えて、瞬時に下がった。
パフィルの顔面をシャベルで殴った男は何処へやら……。
「ウザ--。まあ、良いわ。どうせ、坊っちゃんにはトネリを守る事出来ないし♪煽り抜きでね」
「どういう事ですか……?」
「私って、特殊な魔術を使えるの。闇を--ね?」
次の瞬間、二つの棺から蓋が吹き飛ぶ。
既に空いていた棺を含めて、三つの棺から黒い液体が溢れ出した。
黒い液体は蠢きながらパフィルへ這うと、彼女の肌に纏わり付く。黒い液体はパフィルの肌に絡み付くと、浸透する様に消えた
その姿はまるで、生き物に寄生する様に悍ましい--。
しかし、パフィルは甘美なものを捕食したかの様な表情を浮かべていた。舌舐めずりをすると、挑発的な視線を俺に向けた。
その不気味さに、俺は悪寒が走ってしまう。本当に人間なのか……?
「ぷはぁ~♡ドロドロでベタベタな人間だった魔力の塊、美味しいわぁ~♪」
「化け物っ--」
トネリの呟きに、パフィルは一瞬視線を落とす。その表情は何処か冷たい。しかし、すぐに妖しい笑みに戻る。
「――そうよ?人間でも人間になれない、闇の魔術師。さあさあ、遊びましょ――」
瞬きをした瞬間、パフィルの姿が忽然と消えた。唖然とするのに三秒、意識するのに二秒掛かった。
一体何が起きたんだ……?
「い、今、消えたよねっ……!?」
「う、うん、これは……」
俺達は必死に周囲を警戒するように、足と首を動かす。しかし、パフィルの姿は何処にも見当たらない。こんな事有り得るのか……?
「あらあら、二人とも可哀想♪私の姿、見えないなんてね♪暗闇に溶けた私を探しなさいな♡」
何処からともなく聞こえてくるパフィルの声。俺達は益々警戒をしていたが……。
そんなの無意味よ、と嘲笑う様に襲ってきた--
*
――走馬灯に近い何かを見た。
「き、キスかぁ……」
僕はアンモビウム王国に居た頃、ある本をカルミアに隠れて読んでました。
それは、キス。
好きな人にするものです。いつか、カルミアとしたいと思ってました。なんか、ロマンチックなので。しかし、どんな風にすれば良いか分かりません。だから、図書館で幾つか本を探して読んでいました。
例えば、魔術により眠ってしまった姫が冒険者のキスによって目が覚める物語。
「キスってロマンチックなんだ……」
例えば、世界が滅亡する最中に男女が永遠の愛を誓うキスの物語。
「ぐすっ……、なんて悲しいキスなんだ……」
例えば、疎遠になっていた恋人達が感動的な再会をしてキスをする物語。
「なんて感動的なキスなんだっ……!」
例えば――なんだこれ。
「ん……?なんで、こんなキスをするん--」
「こ、こらあぁ!!貴様にはまだ早いっ!!」
カルミアが図書館に入ってくるや否や、僕が読んでいた本をいきなり取り上げました。カルミアの顔は赤く染まっていましたが、怒る時とは違う雰囲気でした。
「な、なんで……!?読んでたのに!」
「こ、子どもが読むものではない!全く……(深夜に読もうと隠してたのに……)」
カルミアは最後何か呟いていましたが、僕には分かりませんでした。カルミアは本を置くと、急に僕を凝視してきました。
「な、なに……?」
「……」
カルミアは一瞬、机に有った本へと視線をずらしました。先程まで僕が読んでいた本です。カルミアは再び視線を僕に向けると、軽く溜め息をしました。
「--貴様、キスについて調べていたのか?」
「……!?」
僕は思わず固まってしまいました。
カルミアが急に現れたせいで忘れてましたが、僕はカルミアに隠れて調べていたのです。顔が急に熱くなり、カルミアの目に合わす事が出来なくなりました。
カルミアは呆れた表情を浮かべながらも、僕の頭を優しく撫でました。
「――誰にキスをしたいか知らぬが……、大事なのは上手か下手かは関係無い。愛が有るかどうかだ」
「愛……?」
愛……。良く分からない。好きと言う感情とは違うのかな……?
僕が悩んでいると、カルミアは人差し指で僕の唇を触れました。そして、こう言ったのです。
「その唇を、大事にするのだぞ?本当に大切な者に重ねよ。我が弟子」
「……!うん――」
幸せな走馬灯は、一瞬にして燃焼する様に消えた。
*
「うんん~♡」
「んぐうぅ……!??」
何が起きたのか、分からないッ……。いつの間にか、パフィルは俺にキスをしていた……。それを認識したくないあまりに、俺はいつかの思い出に逃げていた。
パフィルを突き飛ばした。
パフィルは嘲笑しながら、闇の中へ再び消えていった。
嘘だ……。
大切な、初めての、キスを――こんなッ……。
微かに残る気持ち悪い位に柔らかい感覚、柑橘系の甘酸っぱい臭い。俺の唇が汚された事を物語っていた。
「うぐううぅッ……!!」
「だ、大丈夫……!?」
パフィルの感覚を忘れようと、必死に唇を拭いていた。トネリが居るお蔭で正気を失っていないけど、もし居なかったら泣き喚いたかもしれない……。微かに濡れている目も拭いていると、闇の中でパフィルの嘲笑が聞こえてきた。
「アハハッ~♡あらあら、そんなに嫌がる事ないじゃない~?キスは好きな相手を強奪する為にあるのよ」
「こんなのっ……」
愛なんかじゃない、――不気味な魔術を使うパフィルに言う勇気が俺には無い。変な挑発と捉えられたら、何をしてくるか分からない……。
俺は後ろに居るトネリを意識しながら、警戒をしていた。
だが、いとも簡単に俺の防壁を潜り抜けた――。
*
「ぎゃあああぁあ!!!」
突然、後ろに居たトネリが苦痛な叫びを上げた。そして、俺の側で股間を抑えながら泣き喚く。
「い"だい、いだいよ"ぉおッ……!!」
「と、トネリッ……!?」
何が起きたのか、分からない……!
トネリは血を出している訳ではないが、悲痛な痛みに悶え苦しんでいた。俺は蹲っているトネリを守ろうと、卵を守る親鳥の様に腕で包んだ。そして、闇の中からパフィルの声が再び聞こえ始めた。
「アハハッ♪さっきの仕返しよ。顔が女の命ならば、男は……ね?思いっきり殴ったけど、スッキリしないわねぇ――ッと♪」
次の瞬間、風切り音が何処からか聞こえてきた。
マズイッ……!
俺は咄嗟に闇を斬った。剣が何かに当たると、何かが回転しながらトネリの近くに刺さる。
鋭い工具――ピッケルだ。
パフィルの殺気が、本物だと表していた。
なんで?
何故……?
俺には、人殺しをしようとする人の気持ちが分からないっ……。
訳が分からないッ……。
「あら、外しちゃった♪ニゲラ君ったら、そんな顔しないで?……ちゅ♡」
「ひっ……!?」
俺の近くにパフィルが再び現れ、手の甲にキスをした。俺が振り払うと、パフィルはまた闇の中に消えた。そして、古びた剣が急に浮き始めた……。
「ほらほら、繰り返しちゃうわね~♡えいっ♡」
「ぐっ……!」
剣を振り払う。後、何回繰り返すのだろう……。
魔力は無尽蔵ではない。パフィルも何時かは手を止めるだろう。
でも、俺も無尽蔵じゃない。
こんな試験――いや、拷問を受けてきたんだ。既に、疲弊している……。もう、明日からは動きたくない程に――。
隙さえあれば……。
「ほらほら~♡トネリ死んじゃうよ~?」
「……ッ!」
そんな甘くない――。
暗闇から飛んでくる鋭利な物を、俺は弾こうとした――その時。
一瞬だけ、パフィルの身体が見えた。
最初は気のせいだと思ったけど――。
「そんな、目を凝らしても見える訳無いわよ~♪えいっ♡」
「……ッ」
パフィルが鋭利な物を投げてから、二秒だけ胴体が見える。
これしかない……。
でも、
でも……、
これ、パフィルに致命傷を負わしてしまうのでは……?
つまり、俺は人を殺してしまうのでは……?
そう考えただけで、手が震え始めた。そんな事、出来る訳無い……。ここ最近色んな闘いが有ったけど、運良く人を殺してはいなかった。
でも――。
『友人を守りたくないのか?』
カルミアの幻聴で我に帰る。
そうだ……、やるしかない。パフィルは殺す気なのだから。そして、逃げようにも逃げられない状況なんだから……。
「ん~?」
双剣を力を強く構える。そして、目を凝らす。
ゆっくりと金属の棒が浮き上がる。そして、放たれると同時に俺も駆け出した。少しでも遅れてはいけない。トネリが格好の的になる前に決着をつけないとっ――。
金属の棒は幸いにもカーブしながら飛んできた。有難い……。余裕で、弾き飛ばせる。
「ハァッ!!」
「ふふ……あら?」
俺は金属の棒を弾き飛ばしながら、微かに見えるパフィルへ目掛けて剣を突き出す。
パフィルは一瞬だけ、驚いた表情を浮かべた。
そして……。
パフィルの胴体に二つの剣を突き刺した。その感覚は気持ち悪いものだった。まるで、粘りけが強い泥に刺したかの様に柔らかい――。
突き刺した時、パフィルは表情が固まっていた。
俺は殺してしまったんだ……。
「ごめんなさい……」
今更言っても意味が無いけ――
*
「あらあら、なんて可愛いの~♪」
「は――」
パフィルは痛みなんて無いかの様に満面の笑みを俺に向けてきた。
そして、俺の腕をパフィルのべたついた冷たい手が
握り締める。
「ニ……ニゲ……」
見えないけど、トネリがどういう表情を浮かべているかは想像が出来る。
「あ……あ……」
俺なんて、恐怖で言葉すら出ない……。
すると、パフィルは何故か俺の手を押し込ませた。意味が分からない……。
パフィルは口角を不気味に上げながら、俺に囁く。
「殺すなら、同情しては駄目じゃない……?ふふ、可愛い♡」
「ひっ……」
俺の手はパフィルの胴体に飲み込まれ始めた。まるで、大量の蛞蝓に手を這われているかの様に気持ち悪いっ……。
必死に抜こうとしても、抜け出せないっ……!
「嗚呼……、もう我慢出来ないわ……!呑み込むわねッ♡」
「や、やめッ……!?うわあああぁッ!!」
パフィルの胴体が黒い泥へと変わると、あり得ない力で俺をパフィルの中へ引き摺り込み始めた。俺は踏ん張って抵抗したけど、そのまま一気に闇の中に落ちてしまった。
「戴きます♡」
「ニゲラ、君ッ……!!」




