第五十六話「不穏な予感」
「さて、ニゲラ君。貴方はどうも闇の魔術に興味有るようですねぇ……?」
「まあね。使い方次第だろ?薬と同じさ」
俺がコイツに言うと、なんとも厭らしい笑みを浮かべる。相変わらず、悪役面だよな。
「はは。貴方とは気が合いそうですねぇ。そんな貴方には面白い物を見せましょうか……」
イヴンはそう言いながら、棚を物色し始める。
良い機会だ。マジで運が良い。
彼からの依頼に集中出来る。
だが――。
「有りました――、何しているのですか?」
「んー?どんな本が有るかなーってさ」
イヴンは探し物を直ぐに見つけたらしい。俺は渋々探すのを諦めた。まあ、これも仕方ないよな。
なるようになる。
たぶん。
「もし、何か興味有りましたら一冊だけあげましょうか?」
「マジで!?――ん?」
イヴンは有る物を持っていた。
これは――
「この仮面は、忘却の仮面と言いまして――」
*
「……なんだこれ」
変な夢を見た……。俺なんだけど、俺じゃない口調でイヴンと仲良く話していた。そして、白い男の仮面……。
夢見が悪いな……。この何とも言えない気色悪さをだ。こんな夢見たのも、一昨日イヴンがあんな訳が分からない話を聞かせてきたせいだ……。
気持ち悪い寝汗を拭きながら、寝室を見回す。トネリは先に起きてたのか、部屋に居ない。
不気味な雰囲気なのに、夢のせいで更に居心地が悪い……。
気分転換に部屋から出ようと扉を開けると――。
「ばぁ~♪」
「ッ!?」
白い男がッ……!?
白い……男……?
良く見ると、レヴィンだった。でも、何故に例の仮面を……?
俺が唖然としていると、悪戯な笑みを浮かべながらレヴィンは喋り出した。
「あらあら、驚いちゃった?この仮面はオープマトゥで『忘却の仮面』――」
「……それ知ってます。確か、壊れた筈……」
「あはは、面白い冗談ね。ここに有るじゃない?」
レヴィンは苦笑いしつつも、何処か俺を見る目は怖い。トネリ曰く、オープマトゥの保護をしてるらしい。壊れてない筈の魔導具が壊れてる、なんて俺に言われたから苛ついてるのかもしれない……。
「すみません……」
「まあ、良いわよ。私には関係ないし。これ、イヴンのだから」
レヴィンは仮面を雑に置くと、一瞬に鍵が閉まった。レヴィンはドアノブに手を掛けようとしてなかった筈なのに……。
それに、何故閉めたのだろう?
広場以降のレヴィンは何処か妖しく感じる。不気味さ、艶かしさ、怪しさが有る――、そんな気がして怖い。
「さあ、二人っきりで話しましょう?」
「何をですか……?」
「ほら、一目惚れしたって言ったでしょ?親睦深めようかなって♪」
あ、ああ、そうだったけ。
あの沼での出来事のせいで、一年以上前に起きた事の様に感じる……。
しかし、はっきりとその時の事は覚えている。
もし、変な事されたら一目散に逃げよう……。
そう考えていると、レヴィンは分厚い本を二冊取り出した。さっきまで、持って居なかった筈なのに。何処から取り出したのだろう……?
「ニゲラ君は、エルフとかドワーフを知ってる?」
「……はい?」
レヴィンはこちらを見ず、本を捲りながら訊いてきた。
エルフ、ドワーフ――。
何だそれ……?聞いた事無い。何かの物語の登場人物なのだろうか……?
「スライムに、ゴブリンに、オークに、トロールに、アルラウネに、マンドレイクに、サキュバスに、インキュバスに、魔人に、魔族」
「それって……何ですか……?」
すると、レヴィンは勢い良く本を閉じた。そして、自信満々の笑みを浮かべて突拍子もない事を言い出した。
「この世界に元々居た生物よ?」
「そんな生物、聞いた事無いです」
「それは、そうよ。世界政府が隠してるのだから。でもね、世界の各地で居た痕跡が見つかってるのよ?」
何とも、オカルティックな話題に俺は黙った。俺はこういう話題は苦手だ。
昔、オカルトの本を読もうとしたらカルミアに「そんな本を読むでない!」と叱られた。それ以降、『オカルト』という物に縁は無かったから余計にそう感じるのかもしれない……。
だから、どう反応したら良いか分からない。取り敢えず、頷いた。
レヴィンは俺の聞いてるアピールを軽く受けながら、話を続ける。
「この世界は、一度滅びているかもしれないのよ?その滅びによって、面白い生物達が消えて私達が生き残った。神とされる何かが消したのよ」
「神……」
「そう、神。世界を敢えてつまらなくしている存在よ。私達が苦しんでも、救いやしない。だからこそ、私達は新しい神を望むのよ」
レヴィンは立ち上がり、空に手を翳す。
それは神に祈りを捧げると言うより、皮肉めいていた。
すると、何故か部屋が暗くなっていく。隅から黒い煙が立ち込めていく。最初は、見間違いかと思った。でも、明らかに黒い煙は濃くなっていく。
俺が辟易ろいでいると、レヴィンは俺に手を差し伸べた。その表情は優しく見えるけど、何処か狂気じみていた。
もし掴まったら、何かマズイ事になる。
本能がそう語っていた。しかし、逃げる間も無くレヴィンの手は俺の手を掴みかけた。
「さあ、ニゲラ君。今から一緒に踊りましょう?」
「や、やめッ……!」
レヴィンの手が俺の手を掴むや否や、痛みが腕に駆け巡った――その時。
「貴女ッ……また、ふざけた事を……!!」
扉が勢い良く開かれると、そこにイヴンが居た。いつもの様な淡白な表情ではなく、複雑な怒りに満ちていた。
それを見るレヴィンはと言うと、せせら笑いをしていた。俺の手を離し、わざとらしく手を振った。
「あらあら、何もしてないわよ~♪気のせい、気のせい♪」
「貴女、本当に迷惑なんですよねぇ……。悪戯が過ぎますよ?」
「はいはい、邪魔者は去りますよ。じゃあね、坊っちゃん」
レヴィンはそう言いながら、軽い投げキッスをして去っていった。
一体何が起きたのか。
俺が呆然としていると、イヴンは何も言わずに俺の肩を軽く叩き去っていった。その時の目は何処か俺に対して怒っている様に見えた。
*
居心地の悪さに俺はこの化け物じみた館をひたすら歩き回っていた。
何とかして気を紛らわそうとしていく内に、トネリを探していた。しかし、すれ違うのは生気が無い団員位。俺が知っている人に中々出会わない。
かと言って、レヴィンやイヴンには出会したくない。
歩けば歩く程に孤独を感じる。それと同じ位に、トネリが見当たらない不安感が強まっていた。
普段なら、こちらが見つける前に話しかけてくる筈なのに……。
ふと外を見ると、何人かが布を被せた台車を引いていた。何故か団員達は、黒い布を頭が隠れる位に被っていた。まるで、何か良からぬ儀式をするかの様に。
でも、それは偏見だろう。きっと、そうだ。
――そう思っていた。ある物を見るまでは。
「え……?トネリ?」
一瞬、ある台車に掛かっていた布が少し捲れた。そこには、見覚えのある顔が有った。
トネリは寝ているのか、気絶しているのか分からない。
唯一、言えるのはトネリが拉致されている事だけだ。何故、こんなことを……?
団員達は、小さな丘にある礼拝堂へ移動していた。礼拝堂……つまり、イヴンが関わっている。
正直会いたくないけど、このままにしたら何か良くない事が起きる気がしてならない。
俺は急いでイヴンの所へ向かった――。




