第五十二話「ニゲラの過去:終わりの無き漂流」
大変お待たせしました!
執筆進まなかったり、インフルになったりしながらも、漸く終わりました。
ニゲラの過去編は次回ラストです!
6月30日2時59分
寝ていた僕は、激しく叩かれるドアの音によって叩き起こされました。寝ぼけていた為、最初は何が起きたか分からなくて呆然としていました。次の瞬間、聞き覚えのある友達の声が聞こえて、意識は鮮明にハッキリとしました。
「おい!!ニゲラ!!大変だ!」
「ぱ、パセリ……?」
僕は暗い寝室を転ばない様に恐る恐る扉に近づき開けた。開けた途端にパセリが飛び掛かる様に両肩を掴んで揺らしてきました。
「ニゲラ!!お前、今日王国を追い出されるって本当か!?」
「な、何を言ってるの……?そんなわけ……」
「だったら、今、玉座の間に向かってくれよ!」
僕は渋々王室に向かいました。パセリは、何故か一緒に向かわず僕の寝室の前で待つとの事です。
それにしても、パセリはどうやって入ってきたのだろうーー?
*
珍しく静かでした。
いや、いつもよりかなり静寂でした。
いつもなら、警備している兵士の方々が居る筈の廊下は僕以外誰も居ません。
三階から一階へ降りるにつれて、微かだった複数人の話声が段々と大きくなってきました。
そして、降りてから玉座の間に向かうと、益々話声が大きくなってきます。
玉座を繋ぐ廊下を歩いていると、ある筈の無い灯りが微かに扉から見えていました。
恐る恐る僕は覗きます。
そこには、大臣達と兵士達が居ました。
そして、カルミアも。
カルミアはいつもより真剣な表情でした。それはまるで氷の様に冷めた顔でした。
「女王様、本当によろしいのですね?」
発言した大臣はいつもなら不機嫌で無表情に近い表情をしてます。しかし、今は何処か上機嫌で今にも踊り出しそうな笑みを浮かべています。
カルミアは目を閉じてゆっくりと息を吸いました。そして――
そして……
そして、ゆっくりと息を吐くと、聞きたくなかったものを聞いてしまいました。
「……ニゲラ・クローバーを、国外へ追放する。だが、あくまで流刑ではなく――」
嘘だ。
そんな、筈、無い。
嘘だと、言ってよ……?
震えた視界、カルミアがはっきりと見えない。
視界だけじゃない。大臣達と兵士達の嫌味ったらしい歓声と拍手が、カルミアの声を遮断させる。いや、それらが無くても聞こえなかったかもしれない。
カルミアに、嫌われた。
それだけで、世界から光が消えた様に暗い。
嫌だ。
嫌だ、嫌だ、嫌だッ
カルミアと離れたくないッ――!
カルミアに嫌われたくないッ――!
「ニゲラ」
すると、僕の後ろからパセリの声がしました。
振り向くと、パセリは心配そうな表情で見つめてました。僕の涙を左手で軽く拭くと、続けて言いました。
「嫌われたくないなら、一つ手があるよ?」
「……なに?」
「アネモネの剣。それを使ってカルミアに見せるんだ。そうすれば、カルミアは見直してくれるよ?」
……そうだ。カルミアは以前、僕が古代語の詠唱が出来なかった事に落胆してた。なら――
「分かったよ、ありがとうパセリ」
「ククク。良いんだ。役に立ちたいからさ」
僕は勇気を振り絞って、玉座の間に乱入しました。
*
「ニ、ニゲラ……!貴様、何故ここに……!?」
勢い良く開いた扉と僕に、皆釘付けになりました。そして、僕を見た途端に大臣や兵士達は豹変しました。
「ニゲラ、何故居る!?」「ここは神聖な場だ、部外者は去れ!」「とっとと消えろ!忌み子め」
罵られ、今にも泣きたい。だけど、そんな事よりも、悲しいのはカルミアと離れ離れになる事だ。
僕は、僕の居場所を失いたくない。
だから、カルミアに聞いた。
「カルミア、僕を追放するの……?」
「……ああ」
カルミアは頷きます。
そうか、僕は嫌われたんだ。
聞きたくないけど、聞かないといけない。
「なんで……?」
「――貴様は、ここには相応しくない」
ああ、そうなんだ。
僕はカルミアにとって要らないものなんだね。
だけど、僕は――。
カルミアと居たいんだ。
だから、
「最後のワガママをさせて、カルミアッ……」
「何を――、!?」
一瞬の隙だった。それはここに居た大人全員もそうだった。
僕は一気に玉座の後ろに有った絵画へ駆け出しました。後ろを振り向かず、只々必死でした。
「止め――」
唯一カルミアだけが、気づいたのだと思う。カルミア以外の声は全く聞こえなかったから。
絵画の前に着くと、神々しい絵画を投げ捨ててそこに有った剣を露にした。
その剣は話に聞いていた通り、美しいものだった。鮮やかな翡翠色で、造形がお伽噺に出てくる魔法の剣みたいに美しかった。
何より、肌に伝わる魔力量。全身に皹が出来た様に痛い。
「止せッ!!!」
カルミアの怒号に、僕は一瞬だけ振り向いた。カルミアと他の人達が必死になって僕を止めにかかって来ていた。それはまるで鬼の様に鋭く恐ろしい表情だ。
だけど、カルミアと一緒に居る事が出来なくなる方が嫌なんだ。
僕がヒルトを掴み取ると、周りが一瞬にして無音に変わりました。この時の僕は事の重大さに気づきませんでした。
「ねぇ、カルミア!僕はーー」
*
「ぐわあぁっ!?」
「あああぁっ!!」
「へっーー?」
一瞬の事でした。
振り返ってカルミアに見せようとした筈なのに、後ろに居たカルミア以外の大人達は何かに吹き飛ばされました。
「くッーー」
カルミアは辛そうに立っていました。何故かドレスが何かに切りつけられたかの様にボロボロになっていました。何が起きたのか、分かりませんでした。
僕が呆然としていると、カルミアは瞳孔を縮め怒鳴りました。
「早く手を離せッーー!!!」
困惑しながら剣を見て、漸く事の次第に気づきました。
「え……?」
剣は歪に歪み続け、剣と僕の右手には渦を巻く風が纏わりついていました。
まるで、小さな竜巻を作っているかの様に。手を離そうとしても、渦を巻く風がヒルトを再び握らせてしまいます。
必死に離そうと、手を動かしてました。
ーーそれが、災害を引き起こすなんて僕には分かりませんでした。
*
「うわあああッ!?」
剣が右に傾いた拍子に、剣は僕の意思を無視して、王室の壁を瓦礫へと変貌させました。
上を向くと、僕へ目掛けて瓦礫と化した天井が降ってきました。
咄嗟に渦を巻く矛先を天に向けると、天井は夜明け前の空を露出させました。
雲を吸い込み、渡り鳥を吸い込む。淡い星空を塵が隠す。城は立派な内装はほぼ無く、今は廃墟に変わり果てていました。
僕の目に映った惨状は、カルミアに見直してもらう機会が無くなった事を示す。
そんな事が分かる位には、僕の希望は打ち砕かれてしまいました。
この世の終わりなのではないか?
そう思う位に、絶望していました。
「ニゲラッ……!!動くなッ!!」
カルミアの声に僕は思わず、震えながら顔を向けました。カルミアがこちらに向かって駆けていました。
ああ、怒られる。いや、本当に追い出されるんだ。
只、剣を上に向けたまま只々呆然としていたーーその時。
「ぐああぁぁッ!!!」
横から瓦礫が剣に当たりました。その反動で一気に矛先がカルミアに向かいます。
凄まじい嵐にカルミアは飲み込まれてしまいました。飲み込まれたカルミアは呻き声を上げながら吹き飛ばされました。
「カルミアッ!!!うわっ!?」
カルミアを助けようと、剣を反対側に降ろうと思った時には遅かった。僕の身体は回転し始めました。
地面から横に、横から真上にーー。水車の様にひたすら回ります。
その度に、悲鳴や瓦礫に変わる音が聞こえてきました。徐々に身体が地面を離れ、破壊神に変わってしまった僕の身体は城を飛び出し街を破壊し始めました。
「きゃあああっ!!何なのあれはっ!?」「逃げろッ!!お父さん、荷物良いから早く逃げないとッ!!」「嫌だっ!!死にたくないッ……」
街から聞こえる悲鳴に僕は只々目を瞑るしかなかった。もう、おしまいだと。
*
「はぁ……はぁ……」
気づいた時には、僕は草原に横たわっていました。僕の手から剣は離れていて、近くの岩に刺さっていました。
助かった。
ーーそんな楽観視は、今の僕には出来ません。
城は半壊し、城下町からは火事が遠くで見えています。
まるで、敵襲を受けた街の様に酷い有り様でした。
僕がしてしまったんだ。
只呆然していると、前から人影が見えました。
身体は傷だらけ。風で引き裂かれたであろうドレスは真っ赤に染まっていた。
そして、カルミアは天秤を持ちながら、僕を睨み付ける。
「か、カルミア……」
「……何も言うなッ」
カルミアは天秤を突き出して、僕に近づきます。少しずつ、歩く度に血を垂らしていました。
「我が間違っていた……。貴様に期待した我が馬鹿だった」
「違うんだよ……。カルミアッ……」
「そうやって言い訳か。貴様にはーー、愛想が尽きた」
ああ、やっぱり。
僕はカルミアに嫌われてたんだ。
その事実だけで、僕は無抵抗になった。
「覚悟しろ。ニゲラーー、……」
カルミアの天秤が目映い光を放つと、光は僕の身体を貫いた。痛みは無い。
でもね、心だけは痛いんだっ……。
いったい、何の魔導具かなんて分からない。光が貫いた瞬間に身体の力が全て抜けた。
カルミアが最後に言った時、何かを言った様に聞こえた。何を言ったのか分からない。
でも、きっと
「お前を許さない」
それに近い事を言ったんだろう。
あはは、なんて悲しいんだ。
この世で一番の苦しみを感じながら気を失った。
*
目が覚めた時には、地下牢に居た。そこで、檻の外からカルミア直々に8月23日に審判すると告げられました。
そして、
「――以上だ。只言える事は、無意味だった。貴様にとって、我の教えは無意味だったのだ。すまないな」
カルミアは無表情で淡々と言うだけでした。
無意味だった……。
たった三文字の言葉は、僕の心を簡単に捻じ切りました。それでも、僕は必死にカルミアに縋りました。
「行かないで……」
「大人になって欲しかった……。ただ、それだけだ」
そんなこと、言われても分かんないよ。大人ってなんなんだよっ……。
「行かないでよっ!!今度は……今度こそ君が望む男になるからっ!!」
カルミアはため息をつくと、静かに呟きました。
「……何も分かってないな」
カルミアはこちらを見ずに左側の出口去っていきました。
もはや、涙も出ず、放心するしか出来ませんでした。
「あはは」
何処からともなく聞き覚えの有る声がしました。右側からパセリが微笑みながらこちらを覗いてました。
「パセリ……!僕……」
「ああ、知ってるとも」
パセリは、やっぱり良い奴だ。僕を――
「俺にまんまと騙されちゃったね~!!本当に馬鹿なんだねぇ!!あはははははッ!!」
パセリは嫌味ったらしく僕を嘲笑い始めました。僕は何が起きたか分かりませんでした。
「俺がアネモネの剣を使う事唆したのは~?君が暴発するのを知ってたからさ!!いやー最高だなぁ!」
「な、なんで……?」
なんで、酷い事をするの?僕が何をしたの?僕が嫌いなの?
そんな悲しい疑問に、パセリはにやけ面で答えた。
「幸せな人間が地獄に落ちるの面白いから?君の場合、不幸な人間だけど。不幸な人間が、小さい幸せを集めてた矢先に転落する――最高だろ?」
ああ、そうなのか。
パセリは、端っから友達になるつもりなかったんだ。僕を地獄まで落とす事が目的だったんだ……。
「うぁぁっ……」
「お、ニゲラの泣き顔だ!見せてよ~?あはははッ!!すげーぐちゃぐちゃだな~」
パセリの野次は暫く続いた。
それでも、僕は感じませんでした。
悲しさのあまりに。
*
8月23日
この日。僕はカルミアに流刑の判決を下されました。そして、あの地震が起きました。
僕の手で壊してしまった城は再び崩れ、シャンデリアがカルミアに目掛けて落ちた。
海に落ちるまでの間、言い訳していた。海に落ちて沈んでいく最中、何かに腕を掴まれた。そして、
『全部お前のせいだよ。じゃあな、ロクデナシ』
その言葉を聞いた途端に、我に帰り全てがはち切れそうになった。
僕が悪い。
僕が居なければこんなことにはならなかったんだ。
――こうして、僕はリュテリウス島に漂流したんだ。




