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ポインセチア・ノート  作者: 紫音
二章:雷鳥の騎士
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第五十一話「ニゲラの過去:嵐の前触れ」

「ニゲラが殺したのよ」「絶対にニゲラだ」「あいつはアイビー様を嫌ってたんだ」「忌み子め、傾国する気か?」「アイツがアイビー様を殴ったのを近衛隊長が見ていたんだ!」


人の噂はなんとやらで、いつか忘れるなんて言う夢みたいな話が有るらしい。

でも、現実は残酷だ。新年を向かえようとも、僕の悪い噂は絶えない。

新年の喜びなんて、感じる事も出来ない。明日を向かえて、皆忘れてくれれば良いのに……。

でも、殺されたのは皆が尊敬していたアイビーだ。


きっと、未来永劫、僕は嫌われるんだ。

そうに違いない。


そして、今、もう一つ嫌な事が有る。



「ねぇ、カルミア――」


「ん……ニゲラか、今日も自習で良いだろう……」


カルミアはアイビーが死んでから、笑顔が消えた。

授業をする気は有るのに、いつも無気力だ。何を聞いても、「そうか」とか「自分で考えなさい」としか言わない。


カルミアは、変わってしまった。

いや、そんな事はどうでも良い。


カルミアにとって、()()()()()()()()()()()()()()()()()


この事実が、僕を苦しめる。

もはや、涙すら出ない。


それでも、僕は……。


「そうだ、カルミア。僕ね、古代語の詠唱を出来る様になったんだ」


「……そうか」


「……ねぇ、聞いてる?」


「――何か言った、のか……?」


「何でもない……」


「そうか」


今日も結果は同じ。

カルミアは上の空だ。



授業は実質無くなった。この前初めてサボったけど、カルミアは結局上の空で気付きもしなかった。


そして、今日も僕はサボる事にした。

孤独な城以外で、唯一僕と対等に接してくれるあの人に会いに。それは――。


「よう、クローバー君。久しぶりだね」


「パセリ。久しぶり」


彼と会うのは、何ヵ月だろう?

去年の4月だから、そろそろ一年になるのか。

思えば色々な事が有ったな。パセリが目の前に居るのに、ふと脳裏にこれまでの事が浮かびそうになる。

嫌だ、今は忘れよう。友達が居るんだ。


「色々大変だったね。何だっけ、アイビーさんが三階から落とされたんだよね。しかも、刺し傷が二つも」


「あ、あ、うん……」


また、アイビーの話。

パセリも僕を疑うのでは、と(おのの)きました。パセリはじっと僕を見つめます。

もう、良い。いっそ、言われてしまえ。

僕はゆっくりと、目を閉じて平然を装おうとしました。

そしたら――。


「ニゲラが殺したなんて言う奴が居るけど、そんなわけないよな!ニゲラは優しい奴だからさ!」


「――はは……」


久しぶりの僕を味方してくれる発言を聞き、僕は跪いてしまいました。


良かった……。この世界に、僕を救ってくれる人がまだ居る――。

安堵の余りに跪いている僕を見て、パセリは苦笑いしていました。


「ははっ!ニゲラ、どうしたんだよ?」


「何でも無いよ、只嬉しいだけだから――」



6月29日


僕の支えは、今は友人のパセリになった。毎回、城を抜け出しては色んな話をしていた。

僕が話すのは、その日周りで起きた事とカルミアについてだ。

しかし、僕がカルミアの話をする度に、パセリは「恋話はお腹いっぱいだぜ」なんて茶化される。俺がそれで不貞腐れると、更に茶化す。

一方のパセリは、世界情勢やらなんやらの話が大半だ。ワティラスの話は、実に興味深い物ばかりでした。


「いい話が有るのだけど、ニゲラはアイリス城に隠された秘宝と魔術を知ってるか?」


秘宝……?

思い付くのは、地下にある王の墓――だけど、パセリの事だから違うかもしれない。

僕が首を横に振ると、パセリは得意気な笑みを浮かべながら解説を始めました。


「アイリス城には、『アネモネの剣』という剣があるんだ。その剣を持っただけで、膨大な魔術を発動させるんだ。凄いだろ?」


そんな剣見た事有りません。

本当に有るのか疑っていると、パセリは懐からある絵を取り出しました。


翡翠色をした鮮やかなロングソード。ヒルトでさえも同じ翡翠色でした。

それは、剣が全て同じ物質のみで作られているのかもしれません。


「特殊な鉱石で作られた剣なんだ。今はこの形だが、王が代わる度に形も変形させてるらしい。凄いだろ?」


「でも、こんな綺麗な剣を見た事無いよ?ガセじゃないのかな……?」


「玉座の後ろに飾られている(かさ)をモチーフにした大きな絵が有るんだけど、その後ろに隠しているらしい」


玉座の絵は良く見た事が有ります。あまり芸術の事は分からない僕でも、惚れ惚れとする位には美しいものです。

そんな絵の裏側に剣を隠してたなんて、今まで気付きませんでした。それに、カルミアだって教えてくれませんでした。

それにしてもーー


「パセリは王室に詳しいよね?どうして、詳しいの?」


パセリは僕以上に、王室について詳しいです。まるで、アイリス家の身内なのではと思うくらいに。

パセリは一緒黙ると、再びいつもの得意気な笑みを浮かべて答えました。


「国民なら誰でも知ってる話さ。誰でも尊敬している王族の全てを知りたい、ーーそう思うのが(たみ)なんだよ」


そんなもんかな?

僕が首を傾げると、パセリは笑いながら僕の頭を雑に撫でました。


髪型がボサボサになれば、カルミアも反応するかな?

そんな淡い期待が有ったから、苛つきもしませんでした。

暫く、他愛の無い話をして今日も解散しました。



「さあ、運べ!全てはアンモビウム王国の平和の為にッ~!!」


「これで災いからおさらばだな!」


城門近くに着くと、屈強な男達が船を運んでいるのを物陰から見ました。

ここ最近、兵士達がバタバタと忙しそうでした。しかし、何処か機嫌が良さそうです。

大臣も、召し使いも、近衛隊長も、兵士も。


不思議には思いますが、僕的には八つ当たりされる様な危険性が無いのでどうでも良いです。

カルミアも機嫌――いや、元気になれば良いのに。


そう思いながら、僕は抜け道を通りました。



「ん……?どうした」


城に戻ると、廊下でカルミアと鉢合わせしました。カルミアはやはり少し元気有りませんが、声量は元気だった頃に近かったです。恐らく、カルミアは政務を終えたばかりなのかもしれません。

アイビーの死からカルミアは変わったけど、『女王としてのカルミア』は顕在しています。


「……友達と会っただけだよ。――ん?」


僕はある物に気付きました。

カルミアは布にくるまれた何かを持っていました。かなり古い黒ずんだ布に、()()()()()()。布の合間に翡翠色の何かが見え隠れしてました。

もしかして――。


「アネモネの剣?」


「……知らん。何の話だ?これは宝石だが――」


僕が質問すると、カルミアは一瞬だけ表情を強張らせました。明らかに嘘を付いてました。

でも、ここでしつこく聞いた所で怒られるだけに決まってます。だから、納得したふりをしました。


「そうなんだ」


「ああ、そうだとも。では、我は忙しいから失礼する。夕飯は寝室の何時もの場所に置いたから食べろ。それじゃあ……」


カルミアはそう言って、そそくさと王室に向かって行きました。呆気ない会話だけど、僕にとっては十分な会話でした。


そして、これが最後の平穏だと、この時の僕は知る由も無かった。

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