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ポインセチア・ノート  作者: 紫音
二章:雷鳥の騎士
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第五十話「ニゲラの過去:好きな人に、さようならを」

あれから、僕は城を堂々と出る事が出来ませんでした。

『狩人事件』以降、『ニゲラ』もしくは『黒髪の人』はこの国に住む人にとって、敵意の対象となったからです。

最初は街に出ても平気でしたが、次第に通り過ぎ行く人達の視線は傷を(えぐ)る様な、痛く(おぞ)ましい物に変貌しました。身の危険を感じて暫くは、離れの森か城の中かの二択が僕の移動範囲になりました。



「……、何でだろう」


寝室から、街を眺める度に5ヶ月間の出来事を思い出します。


何が間違っていたのか?

何をすれば皆と仲良く出来たのか?

何をしなければいけなかったのか?

何でこんな事になってしまったのか?


何が、何を、何で、何故、何が、何を、何で――


僕の頭の中で繰り返しています。

勿論、無駄な事は分かってます。もし、カルミアが居ようもんなら、『もしもの仮定より、今を努力しろ。馬鹿者が』と(はた)かれるに違い有りません。


しかし、カルミアは珍しく風邪気味で休養を取っています。今、僕の無駄な行為を止めさせようとする人は誰一人居ません。


今日も、一人ぼっちで1日が終わります。

後、何日繰り返せば良いのだろう……、カルミア元気にならないかな……。



「オレが来たぞ、喜べニゲラ」


最悪。

図書館で響く心が籠っていないアイビーの言葉に、俺は顔を(しか)めました。カルミアが風邪になってから、アイビーが授業をする様になりました。逃げたらカルミアに何だかんだ言われるのが目に見えているので、渋々授業を受けています。それに――


『ふん、お前なんかアイビー様とカルミア王女が婚約していれば引き取る事は無かったんだ。黒髪の忌み子め』


この前みたいに、アイビー以外の人達に一人で遭遇しようもんなら嫌みを言われるに決まってる。今は我慢しよう……。


「さて、今日も今日とて授業だが……何だ?その怪我は?」


アイビーは僕の手に向かって、指を差した。僕は思わず、机の下に隠しました。

それもその筈、僕の手は古代語の魔術による火傷を負っていました。アイビーには特訓しているのを悟られたくありません。この予言者に不意を突いて、見返してやりたいからですっ……。

その為、僕は得意な料理による怪我だと嘘を付きました。


「料理をしようとして……」


「そ、そうか。カルミアに手料理を……。止めとけ、君はカルミアの寿命を100年削る気か?」


「……ッ!僕の手料理は不味くないよ!この前なんて、カルミアは泣いて喜んでたもん!」


アイビーは珍しく何とも言えない表情をしながら溜め息をした。そして、少しの間黙った。

本当にアイビーは嫌な奴だッ……。僕の手料理はそんな不味くないのに!


僕がイライラしながらアイビーを睨んでいると、アイビーはゆっくりと口を開いた。また、嫌みを言うのか……?


そう思っていた僕の予想を予言者(アイビー)は裏切りました――。


「君は……、何故カルミアをそこまで好きなんだ?」


「へ……?」


嫌みが来ようもんなら、と用意してた反撃の言葉が吹き飛んだ。頭が真っ白になったと思ったら、次はカルミアに対する恋心で頭が埋め尽くされました。いくらでも、好きな理由を語る事は出来ます。

しかし、恋敵の前で言うのは何とも……。


「そ、それはぁ……その、えっと……」


僕が口籠った声を出している最中も、アイビーは僕を凝視していた。

この状況は何なんだろう……?

いつものアイビーなら、僕の心を見透かす様な嫌な言葉を言う癖に……。今日は、まるで僕の心が見えないかの様でした……。


――落ち着こう。

カルミアが好きな理由は(やま)しい訳では無いんだ。この恋敵に、僕の想いを見せつけよう。

ゆっくりと深呼吸をし、僕は答えた。


「――カルミアは、優しくて、大人びていて好きなんだ。凛々しい表情だけど、時折見せる笑顔が素敵だ。それに……」


「もういい、甘ったるい言葉はお腹一杯だ」


何なんだろう……?そもそも、アイビーが言えと言ったじゃないかっ……。僕が言葉を遮られて苛立っていると、アイビーはそっぽを向きながら続けた。


「それは、カルミアに甘えたいだけだろ?甘えたいだけでは、恋――いや、愛と言えるのか?」


「あ……えっ……?」


アイビーの言葉が僕の心に深く刺さった。それは、この前の近衛隊長の様な痛みは有りませんでした。まるで、全身が冷や汗を流す様な痛みでした。


甘えたいだけ、そんな事無い。

でも、強く言い返す事が出来ずに言葉を再び籠らせてしまいました……。


「ち、違……」


「まあ、良いよ。オレにはどうでも良いさ。それより……、カルミアが大人って正気なのか……?」


突然、アイビーの言葉は凍る様なトーンに変わりました。僕は一瞬怖じ気づきましたが、勇気を振り絞りました。

そうです。カルミアはいつも――


「カルミアは……大人です。格好いい事言うし……」


「そうか、そうか」


すると、アイビーは今までに無い位の距離で顔を合わせました。そして――。


「カルミアなんて、只のガキだ」


アイビーの目は実に怖い物でした。カルミアの怒った目と似ている様で少し違います。まるで、憎んでいる様に……。そして、何よりアイビーの言葉は残忍で凍てつく様な悪口でした。


「な、何を……?」


「カルミアは、大人ぶっているだけだ。立派な事を君に教えているが、自分が出来てやしない……。自分では出来ていない癖に、立派なものだ。紙のような女王だよ」


「……黙れよ!カルミアは、貴方より立派なんだ!貴方にカルミアの何が分かるんだよッ!!」


アイビーは、僕の生まれて初めて出した怒鳴り声に臆せずにカルミアに対する嫌味を言いました。


「分かるとも。オレはカルミアの元婚約者だ。婚約した所で、不幸になるだけさ。獣臭いバカなおん――」



僕の拳は、いけ好か無いアイビーの顔へ突き出した。残念ながら、アイビーを倒れさせる威力なんて無かった。

だが、アイビーは後ろに軽く蹌踉(よろ)けた。アイビーは渋い顔をしながら、僕を睨む。

やったのか?そう思ったけど、アイビーは予想外な事を再び言い出した。


「……ッ。君、何をやらかすんだ……このままだと」


「え……?」


どういう事なのか、アイビーに聞こうとした矢先。

扉が開いた。そこには、僕に酷い事を言った近衛隊長だ。


「失礼します。アイビー様――貴様!?殴ったのか!?」


近衛隊長の見た風景は分かりやすかったに違いない。拳を付き出している僕と、頬擦るアイビー。そして、僕が悪だと言う先入観。


この後は、分かりやすい展開でした。近衛隊長は跳ぶように僕に迫ると、馬乗りにし、関節を痛めさせる様に拘束をしました。そして、僕は牢に入れられました。


数時間後、カルミアは病気にも関わらず、血相を変えて牢に来ました。



「げほっ……。ニゲラ、簡単に挑発に乗るな。馬鹿者が……」


寝室にて、カルミアによる説教を受けていました。カルミアは本調子では無いからか、いつもより迫力はなく弱々しかったです。


本来なら、アイビーが言った事を洗いざらい言いたいですが……。

カルミアを傷つけたくはない。

もしかしたら、傷つかないかもしれないけど……。でも、僕が真実を言う程の勇気なんて有りませんでした。


「……」


「だんまりか……。しかし、覚えておけ。貴様はより状況を悪くしたのだ。よりによって近衛隊長に見られたのだからな、今まで以上に厳しい目で見られるだろう……」


僕は、反論を言えずに只々頷く事しか出来ませんでした。暫くすると、カルミアは僕の右手を握りました。


「その拳は、無駄な事に使うでない。良いな……?」


無駄だったなんて、思わない。カルミアを馬鹿にしたんだ。そんな奴の顔を殴って何が悪い。

――なんて事を言える訳が無く、結局最後まで頷く事しか出来ませんでした。



12月9日

アイビーを殴ってから3ヶ月が経ちました。カルミアも漸く治癒したみたいで、12月になってから元気に授業しています。


12月、他の国では雪という物が降る季節らしいですが、この国では降らない様です。でも、その代わり凄く寒いです。孤児だった頃を思い出す度に、良く生きていたなと自分自身に感心します。

僕の場合、気温だけではなく周りの視線も寒く辛いものでしたが……。


誰かが通りすぎる度に、舌打ちが聞こえたり、勉強道具を隠されたり、服が破かれていたり――、とカルミアの説教通り益々状況が悪くなりました。しかし、カルミアは新しい服、勉強道具を用意するだけで犯人を探す事はしませんでした。


『我がこの国の全てを操れるとでも……?甘い事を言うな……』


カルミアが言った言葉を度々思い出します。しかし、やっぱり理解出来ません。カルミアみたいに立派な人なら、皆言うこと聞くだろうに……。


『カルミアは、大人ぶっているだけだ』


「はぁ……」


この事を考える度に、アイビーの嫌な言葉が思い浮かんでくる……。そもそも、カルミアの事があんなに嫌いならアイビーは何故婚約者になろうとしたんだろう。縁談になる前に断れば良いじゃないか。


何より、完全なる予言者なら、好きに先の未来が見えるじゃないか。カルミアと上手く行かない事も、全て分かる筈だ。

まるで、悪意が有る様で気に食わない。


モヤモヤしながら図書館に向かっていると、今会いたくない人が居た。


アイビーだ。


「やあ、ニゲラ」


アイビーは相変わらず、淡々な表情をしていた。しかし、いつもと違う事が一つだけ有りました。

左の頬が赤く腫れていた。まるで、誰かに殴られたかの様に。

もし、誰かが僕とアイビーを見ようもんなら、僕がアイビーを殴ったと疑われるに違いない。

すぐ、その場に離れようとアイビーを無視して通り過ぎた――その時。


「君に別れの挨拶をしようと思ってね」


「別れ……?」


アイビーの思いもしない言葉に驚き、僕は思わず振り返ってしまった。一瞬戸惑ったけど、内心少し嬉しかった。

アイビーが居なくなってくれたら、恋の邪魔になる大きな壁が無くなるかもしれません。


「そうだ。今日、居なくなるからな。カルミアを宜しく頼むよ。暫しの別れだ」


アイビーはこちらを振り向かずに淡々と述べて、そのまま僕が来た方向へ消えて行った。

暫しとは言わず、そのまま二度と僕の前に現れないで欲しい……。

そう思いながら、僕はカルミアが居る図書館に向かった。



「どうしたの、カルミア……?」


図書館に入ると、カルミアは右手を擦りながら暗い表情をしていた。僕に気付くと、右手を咄嗟に隠した。


「……右手をぶつけてしまってな。気にするな」


「カルミアが怪我するのは珍しいね……?」


「怪我ではない。只……痛いだけだ」


カルミアは何処か暗い表情をしながら答えると、机の上に有った何かの紙切れを破り始めました。立ち上がると、暖炉の火に投げ入れました。


「さて、今日は12月9日だな。誕生日花はポインセチアらしい」


「それがどうしたの?」


「い、いや、ふと謎々を思い出しただけだ。我とした事が、授業に関係無い事を呟いてしまったな……」


カルミアの表情は益々暗くなっていました。もしかして、病気が再発したのでは……?心配そうに見つめると、カルミアはぎこちない苦笑いをしました。


「案ずるな……。少し、今日の政務が疲れただけだ」


「でも、顔色悪いよ……?」


カルミアは目を閉じて、少し黙りました。深呼吸をすると、カルミアは珍しい提案をしました。


「今日は止めよう。やっぱり、疲れた……」


「そうだよ。カルミア、いつもと違うし……」


カルミアは弱々しく頷くと、俯きながら図書館を出ようとした――その時。


「きゃあああっ!!」「そんな、まさかっ!?」「しっかりして下さいっ!」


外から今まで聞いた事の無い悲鳴が聞こえてきました……。僕とカルミアは驚いてしまい、思わず顔を見合せました。


「カルミア……?」


「今の悲鳴はなんだっ……!?ニゲラ、貴様はここに大人しくしていろ。我が、今確認する!」


「ま、待って。僕も行く……!」


「な……、何を言う……!貴様が行った所で……!おい!」


カルミアの反対を押しきり、僕は城の中庭に向かいました。後ろから追いかけているカルミアの声が聞こえてましたが、それを無視して駆けました。


中庭には噴水が有る程度で、それ以外は綺麗な芝生と四方にある各棟位です。

普段なら行った所で、何も有りません。


しかし、今日は違いました。

中庭に着くと、人集りが有りました。近衛隊長、大臣、召し使い、兵士――様々な人達が集まっていました。本来なら、僕が近くに居ようもんなら嫌なら顔をするかもしれません。

今日の彼らの表情は実に悲しいものでした。

僕は何が有ったのか、人集りをかき分けて進みます。


「おい、ニゲラ!」


カルミアが後を追ってきます。彼らはカルミアの声さえも、聞こえて居ない様でした。

そこまでして、放心する理由は何なのか?


それは、最悪なモノでした。



アイビー。


アイビー・マリーゴールド。


寝ていた、服を着たままで。

アイビーの頭から出しきったであろう赤い()()。アイビーの胸には二本の細い穴。


僕は、何かの間違いだと思いたかった。

しかし――。


「アイビー様が、誰かに殺されたっ……」


誰かが言った真実によって、我に返る。

アイビーの頭から、血が大量に出ていた。

アイビーの胸には剣の様な刺し傷が二つ有った。


まさか、そんな――。


そんな訳、無いッ……。


アイビーみたいな奴が、死ぬ訳無いじゃないかっ……!?

アイビーは先ほど、僕にいつもみたいに淡々と会話したんだ!


すると、後ろから強く何かが地面に落ちる音がした。振り返ったら、そこにはカルミアが膝を付いていた。


「あ……あっ……」


「か、カルミア……?」


カルミアは震えながら、アイビーを直視していた。目は赤く潤んでいて、今にも泣きそうな表情だった。

僕は恐る恐るカルミアに近づき、カルミアの肩を揺らしました。


「だ、大丈夫……?」


「……うあっ……」


「ね、ねぇ……!どうしたの……!?」


カルミアは僕に肩を揺らされても、反応せずにアイビーしか見えていませんでした。僕が必死にカルミアを揺らしていると、誰かが声を上げました。


「アイビー様を恨んでると言えば、ニゲラか?」


誰かの声が聞こえた途端に、人集りの視線はゆっくりと僕に向けられました。


お前が犯人か、と。

人集りの表情は冷淡に豹変しました。


「ち、違う!!僕じゃない!!」


しかし、僕が何か言おうとも、人集りは聞く気が有りませんでした。

僕は恐怖の余りに、カルミアに助けを乞いました。


「ね、ねぇ!カルミアも何か言ってよ……!!」


「…………」


カルミアはこの日、最後まで喋りませんでした。


そして、今日以降。

僕がアイビーを殺した、と皆に疑われる様になりました。

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