第四十七話「ニゲラの過去:嫉妬の始まり」
「魔術は基本的に六種類。しかし、そこに分類されない物もあるそれが……」
「例えば、予知能力だろ?ご機嫌よう、カルミアと愚かな少年ニゲラ」
「アイビー・マリーゴールド……」
翌日、「手足は自由に動かずとも、脳は動くだろう?ならば、いつも通り授業は行うぞ?」カルミアによって図書館で授業していた。しかし、アイビーという邪魔な奴が現れた。
何で出てくるの……?本当に嫌だ……。
「ん?ニゲラは知っているのか?こいつを」
「ま、まあ……うん……」
「オレが見舞いに行ったからな」
アイビーはそこに有った椅子を取ると、無表情でありながらも気取った様な座り方をした。
なんか、嫌な感じだ……。この人の髪型といい、態度といい、ナルシストみたいだ。
きっと、毎晩と毎朝に髪型を気にしながら何時間もセットしているんだろうな……。
「……どうせ、ニゲラに変な事を言ったのであろう?相変わらずだな」
「相変わらず?オレはいつでも真面目さ」
カルミアの訝しげな視線に、アイビーは臆する事は無く淡々としていた。僕は会話に入る事は出来ずに、事の成り行きを見届けるしかなかった。
「……ふん、貴様が大臣達に何かを吹き込んだのであろう?真面目な奴がする事なのか?」
「時として、完全なる予言者は非情でなければならないのさ。オレは――心配だからさ」
「この国をか?大きなお世話だ。馬鹿たれが……」
カルミアは腕を組みながらアイビーを睨み付けている。ここまで、苛ついているカルミアを見るのは初めてかもしれない。
一方のアイビーは依然として淡白だ。カルミアをわざと怒らせているのではないか、と言わんばかりに感じが悪い。
こうも仲が悪いなら、アイビーにカルミアを奪われる事は無いのかもしれない。
所詮は元婚約者だ――、と心なしか僕は安心していた。
すると、アイビーは懐から懐中時計を手に取る。そして、僕とカルミアの顔を交互に見て溜め息をついた。
「さて、そろそろ時間だ。それでは失礼するよ。それでは、ご機嫌よう。カルミアと1255京4907兆7333億500万年の愚行並みに愚かな少年」
千二百五十五京四せんっ――長いっ!
良く分からない年数と悪口をアイビーが噛まずに涼しい顔で言うと、無駄な動き無く静かに去った。
僕はアイビーを見送る代わりに睨み付けていると、カルミアは僕の頭を撫でながら言った。
「気にするな。あいつはいつもあんな感じなんだ。仕方ない奴だ」
カルミアは呆れているような声だった。でも――。
「カルミア……?なんで嬉しそうなの……?」
「え……?」
カルミアの表情は何処か嬉しそう……いや、まるで一目惚れをしたかの様に緩やかな笑みを浮かべていた。カルミアは「い、いや、そんな訳ではない……」と頭を横に振った。まるで、照れ隠しの様に……。
あのカルミアの表情を見てから、僕の心に雲が懸かった。もしかしたら、カルミアはアイビーの事がまだ――。
そう思うと、アイビーに対してドロドロとした感情が混み上がっていきました……。
そして、その感情の拍車が掛かる出来事が起きました。
*
カルミアの授業が終わり、僕は未だに足が上手く動かないので、カルミアの手を借りて僕の寝室に帰りました。
いつもなら夕飯まではゆっくりしているのですが、こっそりリハビリをしていました。
早く治って、古代語の練習を再開したかったからです。
魔力が少ない問題を僕自身で解決して、カルミアに褒めて貰いたい。
今の所、解決法が分からないけど……。
「はぁ……はぁ……、太ももが丸太になったみたいに動きにくいぃ……」
壁を伝い歩きながら、ゆっくり、ゆっくりと歩きました。丁字路の廊下に差し掛かると、ある二人組が話しているのが見えました。
確かあれは二人とも大臣かな……?大臣という重役が何をしているのだろう?
僕はついつい聞き耳をこっそり立てました。
「ニゲラが何者かによって瀕死の状態に陥った様ですな」
「ああ、我々には好都合だった。噂では、何者かの手紙で嵌められたそうだ。……だが、今は生きている。何故なんだ?」
この会話を聞いた途端に胸が締め付けられました。
やっぱり、僕はカルミア以外から嫌われている……。これ以上聞きたくない――、そう思っても聞き続けました。
怖い物見たさ……というより何故嫌ってるのか知りたかったからかもしれない。
「もしかしたら、女王様は『ユーカリの天秤』を使用したのかもしれぬな」
「あの天秤を!?確かあれは……!」
「アイリス家代々に伝わる魔導具。使い方は分からぬが、術師が他者に魔力が出来るらしい。そして、先代の完全なる予言者曰く『遠い未来、アイリス家の血筋では無い者に新世代の女王が天秤を使う時、それは終焉に直結する。終焉を望まぬなら、天秤を使うな』と残したらしい」
ユーカリの天秤……?
カルミアに魔導具について聞いた事は有るけど、そんな物が有るなんて初耳でした。
何故、教えてくれなかったのだろう?
まるで、わざと隠し事をされてるみたいで少し不快でした。
「じゃ、じゃあ……ニゲラに」
「いや、あくまでも憶測だ。もしも、魔力を与えたなら、女王様も体調を崩してる筈だ。それに――」
大臣はほくそ笑むと、ある男の名前を口にしました。
「使うなら、アイビー様であろう?アイビー様が戻られてから、女王様の機嫌が良くなった気がしないか?もしかしたら、女王様はまだアイビー様を愛しているのかもしれない」
大臣の言葉を聞いた途端に嫌な汗が流れました。
まさか、そんな……。でも、思い返せば最近のカルミアは少し明るかった気がします。いつも以上に、お茶目だったし……。
いや、違う。そんな訳無い……無いよね……?
そして、もう一方の大臣は頷きながら同意した。
「確かに、アイビー様は元婚約者とは言え、正式な婚約破棄ではないらしい。小さい頃、アイビー様とカルミア女王は良く城の外で遊んでいたみたいだ。そんな仲なら、再び結ばれるかもしれないな!」
城の外……。カルミアには僕が城の外に出ない様にしていたのに、カルミアとアイビーは子どもながら冒険してたの……?こんなに、何故、僕とアイビーの扱いが違うの……?
「そうだな。そうすれば、ニゲラなんかお払い箱だ」
「カルミア女王がニゲラを拾ったのは寂しさを埋める物を欲しかったから、という噂を聞いた事が有るな」
そんなの……、知らない。
僕は、カルミアに優しくされて拾われたんだよね……?アイビーの代わりじゃないよね……?
アイビーがこのまま、僕の居場所を奪うなんて事無いよねっ……?
段々と、呼吸が荒くなり、視界が暗くなっていきました。手も足も小刻みに震えています。
逃げなきゃ……、もう、これ以上聞いたら過呼吸で失神してしまうっ……。
僕は、急いで、その場を、離れました――
「そうだ。只でさえ黒髪は不吉な象徴なのに――」
*
この出来事以降、僕はアイビーに敵意を向ける事にしました。この世界で唯一の居場所を失いたくないから。
しかし、カルミアは僕を今まで以上に優しくしてくれる事は有りませんでした。
今日だって――
「……アイビーを見習って大人になれ。男の嫉妬なんてみっともないぞ?」
「僕は嫉妬なんてしてないよ!!」
「全く……だから、子どもだと言うのだ。そもそも、何故アイビーを敵視している……?」
「そ、それはッ……」
僕は口を閉ざしました。
言える訳無い……。だって、もし本音を言って僕の聞きたくない言葉をカルミアが言ったら……。
『そうだが?貴様なんて、アイビーの代わりだ。アイビーが好きなのだ。いつか貴様を追い出してやる』
怖い。
好きな人に嫌われる――いや、嫌われてたなんて知ったら生きていけない。
嫌だ、嫌だ、嫌――
「どうした……?」
現実のカルミアの声に、僕は引き戻されました。いつの間にか、変な汗がだらだらと僕の体を濡らしてました。
「何でもない……」
「……そうか。だが、いい加減にしとけ。嫉妬は魔術に似ている。嫉妬を向上心として変化させる事も有れば、嫉妬を憎しみに変化させる事も有る。つまり、使い方次第だ。だから、人でなしにはなるな、良いな?」
「……」
「お、おい……待たぬか……!」
僕はカルミアの気難しい言葉を無視して、図書館から抜け出しました。
説教なんて沢山なんだ。
カルミア、僕をアイビーよりも好きで居て欲しいんだ。
……こんなこと、口に出来ないよね。きっと、説教されるに決まってる……。




