第四十二話「カガチとマンジュシャゲの君は何を見る?」
大変お待たせしました。
4月に入ってから、新しい業務に専念していた為執筆が遅くなっています。
漸く、慣れてきたので執筆する時間を少しずつ増やしてい……けたら良いな。
※
ここで、大事なお知らせ。
外伝(……?)「ポインセチア・ノート:Φ」を投稿する前に、一旦改稿します。話の流れは変わらないのですが、文章の雰囲気を変えます。
理由としては、ニゲラとアイビーを区別したいからです。
ではでは、本編をどうぞ。
あ、因みにね、タイトルのカガチとは蛇ではなく、鬼灯の事です。 念のため――
丘を降りてから、暫く歩き続けていた。先程の森とは違い、枯れ木は少ない。その代わりに枯れた草と濁った水溜まりが多い。地面は暫く動かないで居たら沈むのではないか、と思う位には柔らかい。
柔らかい地面を以前も歩いた事は有ったけど、ここの土は粘っている様な独特の性質を持っていた。いつも以上に歩くだけで疲れてしまう……。
そんな地面のせいか、タモは弱々しく文句を言っていた。
「……なぁ、こんな所通る必要あんのかよ……。気色悪い地面にうんざりなんだよ……」
「歩くだけ泥だらけになりそうだもんね……」
すると、イヴンは振り向きながら細目の柔らかい笑みでとんでもない事を告げた。
「そうそう、言い忘れてましたが、泥に触れない方が良いですよ?汚染されてますからねぇ。ここの泥が皮膚に付くと紫色の斑点が出来て――一週間後には死んでしまいますからねぇ」
「「え……?」」
「さあ、先は長いのでまだまだ進みましょう――」
イヴンの遅い忠告に俺を含め挑戦者全員は固まった。イヴンは此方を見ずにひたすら進む。その後ろ姿は何故か俺達を嘲笑う様に見えて不快だ。
……何で、イヴンを見ると不快に感じてしまうのだろう?
メガネに整った髪型、そして長身な所がアイビーに似てるから……なのかもしれない。
何を言ってるんだか。アイビーはもっと――。
何でもない……。
*
進み続ける度に巨大な沼を目撃した。しかし、イヴンはそんな場所に目もくれずに前へ進んでいた。
イヴンやレヴィンの団員達は疲れた様子が無いのに対し、俺達は第一の試験での疲労と移動している今現在の疲労が蓄積されているのが良く分かる位に表情は歪んでいる。
タモは俺達の中で運動神経が良さそうだったが、今では歩く度に息を切らしていた。トネリの場合は何度も地面に座り込みそうになるけど、イヴンの忠告のせいか何度も無理して立ち上がる。残りの二人も同じ様に体力の限界が近かった。
俺は疲れながらも必死に歩いていたが、変わらない風景や静寂に痺れを切らした。イヴンが苦手だけど、勇気を持って尋ねた。
「あの……目的地は、後どれくらいですかっ……?」
イヴンはゆっくりと振り向くと、俺を凝視し始めた。イヴンのまるで人間として見ていない様な視線に、俺は思わずたじろいでしまう。
しかし、イヴンはいつもの笑顔でこう答えた。
「着きましたよ。ようこそ、第二の試験へ――」
次の瞬間、イヴンの目の前に漆黒の禍々しい沼が現れた。そして、蜘蛛の糸が付く様な擽ったい感覚が一瞬にして身体を駆け巡る。
未知の感覚にタモとトネリが騒ぎ出す。
「うわわっ!?今、身体の中を何かが通ったよ!?」
「何なんだよッ!?今のッ!?」
「今のは結界です。外から見えない様にする事で魔獣を寄せ付けない為にねぇ」
イヴンの答えにタモとトネリは納得すると、直ぐに大人しくなった。俺は何故か腑に落ちなかったけど、無理に納得する事にした。
レヴィンの団員達は俺達に漆黒の沼を一人一人が囲む様に並ばせた。団員達は何処か雑で、女性であっても強引に手を引っ張って沼の真ん前に立たせていた。
「痛っ……!少しは優しくしてよ!!」
「沼に落ちそう何だけど、もう少し一歩下がらせてくんない?」
俺は抵抗しても面倒くさいだけだから、大人しく言うことを聞いて、沼の真ん前に立った。トネリも同様で素直に団員の言うことを聞いていた。
沼は目の前で見ると、かなり禍々しく渦を巻いている。気泡が出ていたけど、水蒸気では無い様で熱く感じない。そして、ガスみたいに臭くもない。
この気泡は何なのだろう……?
「今度は何なんだよ……?沼に潜れってか……?子どものお遊戯かよ?」
タモが不貞腐れながら嫌みを言うと、イヴンは無表情に近い笑みで答えた。
「ええ、そうですよ?第二の試験はこのミランコが集まって出来た沼に落ちて下さい。地上に出られた者は第三の試験に進めま――」
「冗談じゃないっ!!」
トネリは大声でイヴンの話を遮る。俺や他の挑戦者は不思議そうにトネリの顔を見た。沼から出る位なら、簡単だとトネリ以外の挑戦者は思っていたからだ。
俺も、毒で無いなら大丈夫なのではないか、と楽観視していた。
しかし、トネリはイヴンを正気では無い、と言わんばかりに青ざめた表情で見ている。
「み、ミランコは別名『無気力の源』という身体が液体の魔獣で、体内に入るのは危険なんですよッ!?過去のトラウマを追体験するなどの強い幻覚を見て、立ち直れる人は良いけど大概が立ち直れずに――人形の様に無気力に動けなくなるんですッ……!!」
トネリの話を聞いた瞬間に、挑戦者達は事の次第に気付いたのか、ざわめき始める。先程、辞退しようとしていた女性やタモはパニックを起こして暴れていた。しかし、団員は相手が弱って様が、女性だろうが、大人しくしていようが、関係無く力付くで押さえた。
トネリは痛がりながら、声を荒立てる。
「放してよ!!」
「まあまあ、皆さん。ミランコは無害ですよ。まあ、心の傷が無ければねぇ……?」
イヴンは薄目で嘲笑に似た笑みを浮かべながら、一人の挑戦者に指を指す。
すると、押さえていた団員がその一人を突飛ばした。
中途半端な叫び声が聞こえたと思ったら、大きな水音と共に黒い水しぶきが上がった。
たったの数秒の事だ。
俺を含め挑戦者達は何が起きたか、理解が出来なかった。いや、理解は出来ていたと思う。
ただ、あまりにも俺達が向かえる危機が呆気なさ過ぎて思考が出来なかったのかもしれない。それでいて逃げようが無い。
イヴンは俺から見て反時計回りに次々と、指を指していく。また、一人の挑戦者が落ちた。
「うわああッ――」
挑戦者達がミランコの沼に落ちると、不気味な事に水しぶきが上がってから何も反応が見えなかった。溺れてる様な様子も無ければ、浮上する様子も無い。
只々、静寂だった。
「きゃああっ――」
辞退しようとした女性が落ちた。その次の番は俺だ。
団員の押さえつけが少し強くなる。俺――いや、挑戦者が隙を付いて逃げるのを防いでるのだろう。容赦が無い――。
イヴンがゆっくりと俺に向かい指を指そうとする。その瞬間は、まるでアンモビウム王国に居た最後の日の様に遅く感じた。
「貴方が生き残ったら、面白いでしょうねぇ……」
何を言っているんだ……?
そう思う暇も無く、団員の力強い押しで俺はミランコの沼に落ちた。
ミランコの中は不思議と、液体らしい粘り気を感じなかった。只、霧の中を落下する様に手応えが無い。
しかし、身体に異常は無くても心には異常が起きていた。
「うあ"っ……」
涙が大量に流れてくる。悲しくない筈なのに、胸が締め付けられていく。辛いっ……辛いっ……辛いッ――。
まるで、それは心だけが過去を追体験しているかの様だ。早く抜けださなきゃ……!そう思い、上を見上げタ。
「あ"………」
地上ハ遥か彼方に離れてしまってイタ。
ソノ瞬間に、俺の視界は真っ暗にナ――。
*
――今、どうなっているんだろう?
目の前は真っ暗で何も見えない。第一の試験みたいに落下している感覚は無い。
何かに座っている感覚がする。なんでだろう……?ここは沼の筈……。
この弾力、質の良い布、微かに感じる木の匂い――これは、もしかして……。
俺が答えを言う前に、この場所の正体は自ら明らかにした。
スポットライトが、舞台を照らす。その明かりが真っ暗な空間から劇場へと変貌させた。
この劇場は――。
「そうさ!君の好きなカルミアと初めて来た劇場だよね?君らしいよ」
何処からとも無く、聞いた事有る声が鳴り響く。すると、舞台の右から一人の青年が椅子を雑に引き摺りながら現れた。
その姿を見て、俺は嫌悪感と気味の悪さを感じてしまった――何故なら。
「なんで……?」
「さあ、何だろうね」
その男の姿は俺自身だったからだ……。声も同じ――いや、正確には音を模倣する道具から聞こえた俺自身の声と同じと言うべきかもしれない。
唯一違うのは、男の表情が胡散臭い微笑みを浮かべている位だろうか……。俺はこんな表情したことは無い――。
男は椅子に太々(ふてぶて)しく座ると、俺を見つめながら話を続けた。
「自分は――君だよ。だから、君の事は良く知っているよ。君がこれまでどんな事を思って居たのか知っている」
「……違う。貴方は俺じゃない。ミランコが見せる幻だ」
「ふーん……?まあ、そう思えば良いじゃないか?」
男はやれやれ、と言いながら欠伸をしていた。
取り敢えず、この幻を相手せずに試験に戻ら――。
「残念だけど、ここから出られないよ?外の君はミランコの中で気絶中だ。ここから出たいなら、無事にあの沼から生還したいなら、君は一つの課題をクリアしなくちゃね?」
男は立ち上がると、気取ったポーズをしながら告げた。課題……?もしかして、この偽物を倒せば――。
「ははっ!残念でした。ここは君の精神世界――はベタかな?まあ、君を司る内側の世界さ。自分を殺したところで、意味無いよ?冒険劇じゃないんだからさ」
「何で――」
「思考が読めるのか?だからさ、君と自分は同じ何だってば。……まあ――、まあ、そう言う事さ」
何を言ってるのか、分からない……。男は、俺が理解出来ないのを察したのか「やれやれ」と苦笑いしながら席から立ち上がった。
「とにかく、この世界から出たいなら――君自身の罪を理解しなくちゃね?」
「罪……、俺はもう償ったよ。……強いて言えば、ブルディア村のテロリストの腕を――」
「そんなこと、どうでも良いよ」
男は俺の答えを人蹴りすると、俺の真ん前にある框に座る。姿勢は正しいのに、何故か俺の目を覗き込まれている様に感じてしまう。何か、苦手だ。
「本当に、君自身の罪に気づいていないんだね?なら、少し痛い目を見るしかないね。悪いけど……」
すると、舞台の聞き慣れたブザー音が鳴り響く。すると、舞台の風景がアンモビウム王国に変わっていった。
そこに見慣れた人物が居た。あれは、小さな頃の俺だ――
「君自身が理解するには、過去を見ないと」
「止めてっ……!こんなの見たくないっ……!」
しかし、そんな俺の言葉を無視しながら男は偉そうに立ち上がり俺を見下ろす。
「過去からは、逃げられないんだよ?少年よ、罪を知れ」
男が舞台から降りると、スポットライトが小さい頃の俺に当たった。
そして、小さい頃の俺は舞台の前方に進み、語り出した。
『僕の名前は、ニゲラ。孤児でした』




