第三十七話「第一の試験:魔獣エンヒィ」
トネリと俺が馬車に乗り込むと、御者は間髪を入れずに馬を鞭で動かした。俺達は蹌踉けながら席に座り込む。
「びっくりしたぁ……。御者さんっ!動くなら動くって言ってよ!」
「……す、すまんな」
御者は何故か落ち着きが無い様にしていた。俺は不審に思っていたけど、トネリは気付いていない様だ。
「馬車で第一の試験の説明が有るって事は、クラミチ丘でするのかなぁ?」
「……」
御者はトネリの質問に何も答えない。トネリは俺に目を合わせると、困った表情をしながら両手を軽く上げた。
そんな分かりやすいジェスチャーされても困るよ、と同じ様なポーズをしとく事にした。
*
暫くの間、俺達は外を眺めていた。
段々と進むに連れて、街並みは脆くなっていく。それはまるで、文明の進化を遡る様に見えた。
街並みが町並みに変わり、町並みは遂に自然へ変わった。
しかし、自然というには……。
「枯れ木だらけでしょ?昔、この地区は90年前位にワティラス連邦国に取り込まれるのを拒んで戦争になったんだよ。ワティラスが魔石を使った最悪の攻撃で植物が育ちにくい環境になったんだ」
「最悪の攻撃?魔石でそんな事が出来るなんて聞いた事無いけど……」
「なんか、ルベリス国から盗んだ技術や知識を使ったらしいよ?物質を少し弄る――良く分からないけど、とにかくかなり危険な攻撃だって」
物質を弄るって何か混ぜたのだろうか?でも、魔石でそんな事出来ないと思うけど……。
俺が首を傾げていると、トネリは急に窓を覗き警戒する様に周囲の風景を視る。
トネリの唐突な行動のせいか、御者は一瞬だけ震えた。
「この地区――今居る場所は危険な魔獣が生息しているから警戒しないと!」
「魔獣って言っても、こんな整備された道になんて……あ」
たまたま窓を見たら、『この先、エンヒィ出没する為注意!!!』と血の様に真っ赤な文字で書かれた看板が幾つも置かれていた。俺が思わず唾を飲むと、心なしか馬車から見える風景の速度が速くなった気がした。
*
段々と、道が汚くなってきた。本来は生えない場所に雑草やキノコが生えていたり、動物の小さな骨が落ちていたり……等々かなり酷い。馬車の通り道は、定期的に警備隊等が整備している。しかし、この道の惨状からして数年も警備隊は訪れていない事が分かる。
それだけ、警備隊ですら『エンヒィ』と言う生物に手こずるのかもしれない。
暫く馬車が走っていると、遠くではあるけど前方に丘が見えてきた。その丘は枯れ木だけなのに関わらず、茶色だけで染められていた。
頂上に微かな灯りが見えていた。あれが試験会場だろうか?
馬車の速度は徐々に落ちていく。
「あ、あれ……?御者さん?どうして停めようとするの……?」
「さて……」
トネリは不安そうに尋ねると、御者は何かを取り出した。
それは翡翠色をした丸い鉱石を二つ取り出す。御者は俺達を冷たく睨み付けながら話始める。
「これはな?飛行玉と言って、魔力を流せば瞬間移動出来る――素晴らしい品物だ」
「それを、俺達に……?」
「馬鹿かッ!!そんな訳ねぇだろ!!」
すると、御者は目を見開きながら俺達を罵る様に怒鳴り散らした。トネリは怒鳴り声の恐怖に縮こまってしまった。御者は飛行玉を持ちながら、指を俺達に向けて指す。
「本来は俺――御者しか持っていない筈なのに、馬車の中に紫の箱にこれを入れて隠しやがったんだよッ!お前等の何方かがな!!」
最悪だ、レヴィンが準備してくれた物だ……。
まさか、俺達を不正させようとするなんて……。でも、訳を話せば――。
「罰として、飛行玉を没収するッ!!お陰様で二つ有れば生き残れそうだぜ!!アハハハハッ!」
「それって――うわっ!?」
次の瞬間、御者と馬の周りにが翡翠色の光に包まれた。放電している様な音が鳴り響くと、その二体は跡形も無く消えてしまった。
俺は今起きた事に呆然としていると、トネリに肩を揺らされた。
「ねぇ!どうしよう!ニゲラくんっ……」
「そんな事………えっ?」
壁を見ると、文字が浮かび上がってきた。そこには――
『第一の試験:丘を目指しなさい。
危険な魔獣が蔓延る土地で、二人協力して目的地である丘の上へ目指しなさい。尚、二人の内一人亡くなっても不合格にはなりませんのでご安心を』
御者が怒っていたのはともかく、居なくなるのは予定通りだった様だ。しかし、予定通りだろうがどうでも良い。
俺達にとって、どちらにしても命の危機が迫っているのには変わりない……。
「ねぇ!どうする!?どうしようっ!?」
「とにかく……!丘を目指そう……!」
トネリは俺の肩を揺らした位に小刻みに震えている。俺も手がいつも以上に震えていた。何度も止めようとしたけど、この手は役立たずになってしまった様だ。
二人で震えながら馬車を出ると、周囲は悪臭が立ち込めていた。鼻が捻れる位に何かが腐った様な臭いだ。
地面は雨が降っていないのに泥濘んでいて、踏む度に少し靴が沈む。
「丘まで行くのは良いけど、エンヒィをどうにかしないと……」
「そのエンヒィって――ん?」
道の横から何かの視線を感じる。
そこには、見た事が無い動物が居た。頭が――
「本でしか知らないけど、エンヒィは角が生えた魔獣なんだ。顔が犬みたいなんだけど、それ以外が馬みたいな身体をしているんだよね……。肉食で危険なんだよ。でも、一番の問題は毒を持ってる所なんだよね」
トネリは、ソレに気付かずに解説を続けている。俺はソレの早すぎる遭遇に思考が停止していた。
「エンヒィの毒が傷口に入ると、身体が腐食し始めて一時間で死に至るんだ。エンヒィを見つけたら、直ぐに逃げるのが良いかもね。あ、そうだ!エンヒィの角の特徴を言い忘れてたけど――」
「……まるで、宝石のように綺麗とか……?幾何学的な結晶みたいに鋭い……」
「そうそう!そ――」
トネリは漸く、ソレに気付いた。一瞬だけ固まると、俺達は歩調を合わせて一歩下がる。
ソレ――、いやエンヒィは藍色の涎を垂らしながら一歩近づく。エンヒィの涎が地面に落ちていた落ち葉に付くと、茶色い煙が出てきた。その煙はまるで腐った食べ物を燃やした様な臭いだ。
それを見て漸く、俺達は叫ぶ事が出来た。
「「うわあああっ!?」」
「ギィエエェワアァオオォンン――!!」
エンヒィは雄叫びを上げて、俺達に突進する。俺達は一目散に道なりに逃げ始める。どうにか丘まで逃げる算段――いや、混乱していて何も考えられていないから運頼みだ。
しかし、後ろから蹄と気色の悪い鳴き声が近付いて来た。
「はぁ!はぁ!これ、無理かもぉ!」
「こうなったら、戦うしかっ……」
俺は勇気を持って振り向く。エンヒィは後二秒で俺に噛みつく事が出来る位に距離を縮めていた。
このまま、何もせずに死ぬ訳には行かない――。
「待ってッ――!!」
「ウィンニス・アティアッ!!(風よ、殴れ)」
「ギィィッ!?」
トネリの制止を無視し、エンヒィに潰れる位の突風を当てた。エンヒィは突風に耐えようとしたけど、首が少し長かったからか耐えきれずに折れてしまった。
その瞬間、折れた場所から大量の血が俺に目掛けて吹き出す。正直、汚れる位なら大丈夫だと思っていた――が
「丸太よ!ニゲラくんを守って!!」
俺の前に丸太が現れた。丸太にエンヒィの大量の血液が付くと、激しく熔ける様な音と同時に毒々しい煙を出した。
「え……?」
「エンヒィの血液も毒あるんですよ……。良かった……ニゲラくんにかからなくて」
最後の言葉を聞いた途端に、俺の身体はその場で座り込む様に崩れてしまった。トネリは震えながらゆっくりと俺に近づくと、頭を軽く撫でてくれた。トネリは年上ぽくないけど、撫で方は何処と無く大人の様に上手い気がした。
「取り敢えず、エンヒィに遭遇したら血が出ない程度にやっつけよ!」
俺は頷きながら、蹌踉けつつ立ち上がる。丘を見つめ、深く息を吐いた。そして、生き残る事を強く望みながらトネリと共にエンヒィの亡骸から離れた。




