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ポインセチア・ノート  作者: 紫音
二章:雷鳥の騎士
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第三十五話「修行する君達に楓を」

試験の準備期間中。


俺を含め16人の挑戦者は外に出る事は無く、寂れた雰囲気を漂わせている宿の中で過ごしていた。一階の酒場は掃除を暫くしていないのか汚くて臭い。そして、人気(ひとけ)が無く、静かにしていれば、鼠が横や縦に通り過ぎるのを何回も目撃した。


二階と三階の寝室が並ぶ暗い廊下は、一階と比べれば綺麗だ。しかし、歩く度に床が酷く軋む。壁も誰が体当たりでもすれば、突き抜ける事が可能な位に劣化している。そして、試験を受ける挑戦者達の殺気に近い緊張感が漂わせていた。


挑戦者達の過ごし方は様々だ。

一人は本を読み漁っていた。俺が近くに来ると、露骨に避けて自室に帰る。


ある一人は友人と剣の稽古をしていた。二人は和気あいあいと剣を交えていたが、他の挑戦者達が近くに通る時だけ殺気を通行人に放つ。


ある一人は自室に引きこもり、夜な夜な気味の悪い金属音を鳴らしていた。


それ以外は知らない。


それぞれ、試験に向けて特訓をしている。それだけ、この試験に気合いを入れているのだろう。

先ほどから見掛けないトネリも、きっと何処かで特訓しているのかもしれない。


そう思うと、俺は何かしなくてはいけないのではないか?

焦りが一瞬、頭に過る。このままでは受からないのではないか……と。


――いや、まだ1日しか経ってないんだ。今からでも、出来る事をしよう……。何なら、フレンドリーなトネリを参考にしようか。彼ならきっと敵意を向けずに教えてくれるだろう。


俺は自室の扉に手を掛けた――。



「もぐもぐ――おかえりなさいっ」


俺の部屋の筈なのに、トネリが俺のベッドの上でお菓子を広げていた。子どもの様に両手で頬張りながら手を振る。


「あ、あの……なんで、俺の部屋に?」


「この宿、薄暗くて怖いから……」


「あ、あぁ……そうなんですか……」


駄目だ、この人参考にならない……。

俺がトネリの年上らしくない言動に少し呆れていると、隣から金属音が聞こえてきた。音が次第に大きくなる度に、トネリの食べる早さは遅くなった。


「なんか、周辺殺気立っていて怖いね……」


「まあ、試験に皆合格するのに必死だから……かな?」


俺がトネリの横に腰を掛けると、トネリも俺に合わせてベッドから足を降ろして座った。すると、トネリは古い本を取り出した。


「みんな、それぞれの個性で戦おうとしてるけどさ、ボクの武器はこの『魔術入門書』だけなんだよね。はは……、こんなんじゃ駄目かもね」


トネリは下に俯きながら、試験に対する不安を溜め息と共に吐き出した。

良かった、俺だけじゃないんだ……。

トネリの似た様な想いに、俺は少し同情した。そして、安堵した。


「そう言えば、ニゲラ君は何か武器や特技あるの?」


「ま、まあ、一応……。双剣と魔術なら……」


「――魔術っ!」


魔術、と言う言葉を聞いた途端にトネリは目を輝かせ詰め寄った。それは、さながら飢えた子猫が餌付けしてくれる人を見つけたかの様。


「ねぇ、良かったら教えてくれない!?ボク、この本読んでも上手くいかなくて!!お願いっ!お金払うからっ!」


「あ、いや、そんな!大した事教えられないし!」


「よろしくお願いしますよ!ニゲラ先生っ!」



『よろしく頼むぜ!ニゲラ先生!』

「――っ」


一瞬だけ、フォンの姿とトネリが重なった。不思議と、トネリの強引なお願いを断る気が無くなってしまった。俺は熱くなる目を閉じて、息を吐く。


「……少しだけなら」


「やった~!!」


トネリは部屋の中をはしゃぎ回りながら喜びを子どもの様に表現し続けた。

俺はトネリの持っていた本を開いて、講義を始めた――。



本の中身は、実に薄い。魔術の入門では確かにあるけど、実践出来る物は少ない。理論――というか、わざと難しい表現にして誤魔化している箇所が有る。次いでに、誤植も……。


「魔術は人によって属性が違うのだけど、トネリは何属性なんですか?」


「えーと、(せい)属性……なのかな。丸太を生成する事が出来るよ。――丸太よ、現れて!」


トネリが手を(かざ)すと、目の前に丸太が現れた。その素材が魔術で出来た物でなければ、大工に使えそうな位に綺麗な木材だ。


「丸太以外では?」


「全然駄目何だよね……。廊下で、でっかい木を作ろうとしたんだけど、出来ないんだ」


出来なくて良かった……。

室内で大きい木を作る事に関して、色々思う事有るけど――。


「魔術って、具体的に想像する事が出来る物じゃないと生成出来ません」


「えっ……、そうだったんだ。絵みたいな木じゃ駄目かー……」


「見たことある木を思い出しながらなら成功するかも――」


「うん、分かった!カエデよ、現れて!」


「!?」


トネリは室内にも関わらず、手を(かざ)した。俺はトネリを止めようとするが、間に合わないっ!トネリの(かざ)した手から(せい)属性特有の魔術による黄緑色の光が放たれた。

そして、トネリの目の前に、大きな木が――。


「あの……、カエデの折れた枝しか現れないんだけど……」


折れた枝しか現れなかった。トネリは悲しげな子犬みたいな瞳で俺を見つめる。俺は、部屋が破壊されなかった事を安堵しながらある提案をした。


「と、取り敢えず、外で練習しようか――」



それから、トネリの修行が始まった。朝から夕方まで宿の前で魔術の練習をした。修行と言うからには、朝から晩まで練習すると思われそうだけど――。


「物騒な地域で夜に外出るなんて怖いよっ!」


と、トネリの申し出により夕方までとなった。因みに、柄が悪い通行人が通れば修行は一時中断する仕様だ。


この人、上達する気が有るのだろうか……。


「魔力を練る時は直線で出すイメージでは無く、手から光を全方向に放つイメージで」


「カエデよ!出てきて!」


トネリの目の前に小さなカエデの木が出現した。以前と比べてマシにはなったけど、トネリ的には不満らしい。トネリは小さな木にしかめっ面で睨み付けた。


「もう!ボクの家の近くにあるカエデの木はもっと大きいのに!」


「多分、魔力不足かな……。あ、数日間で魔力を増やす方法は無いよ」


「え!?何でボクが聞きたい事分かったの!?」



トネリの魔術は最初より上達した。トネリは何だかんだ言っても、努力家だ。深夜目を覚ますと、トネリがこっそり魔術の練習をしていたのを何回か目撃していた。――いや、部屋で止めようよ……。


日々の努力が実ってきたのは、誰が見ても明らかだ。トネリは、移動しながら魔術を何回も行う――少し上級者向けの練習も出来るようになった。

魔術を行う時は術者は止まらないと魔力を均等に()める事が出来ず、生成しても歪な形になってしまう。移動しながら、自分の速度に合わせて魔力をまるで慣性の法則に従っている様に()めなければならない。俺みたいな風の魔術なら気にする必要はあまり無いけど。



7月4日の朝。


俺は珍しく遅く起きた。寝惚けながら、俺は辺りを見回す。

おかしい……。いつもなら、トネリが目を輝かせながら「さあ、やりましょう!」とモーニングコールをしてくる筈だけど……。

トネリの姿が見当たらない。


もしかして、外で練習してるのだろうか?

熱心だな、と思いながら俺は背伸びをしようとした――その時。


「返してよっ!!」


トネリの悲しげな大声が外から聞こえた。俺は目を冴えさせて急いで階段を駆け降りて、外に出た。


宿の前に、あの初日に悪態をついてきたタモという青年がトネリの持っていた本を取り上げていた。トネリがタモに飛び掛かろうとするが、タモは嫌味な笑みを浮かべながら避けた。


「なんだよ?こんな初心者の本で試験を受けるのかよ?バカじゃね~の?」


「そんなの!キミに!関係無いでしょ!」


トネリは喋りながら、何度もタモを捕まえようとする。しかし、タモは軽やかな動きで踊る様に避け続ける。

俺は居ても立っても居られず、トネリの元に駆け寄った。


「止めて下さい!トネリが嫌がってるじゃないですか!」


「あ?このガキのお()りをしてる奴じゃねーか?そんなに、トネリが大切なら――」


その瞬間、タモの殺意が突き刺す様に俺達に向けられた。刹那、タモは胸元から小さなナイフを取り出した。


「――!危ないっ!!」

「うわっ!?」


俺はトネリの服を無理やり引っ張り、後ろへ倒れさせた。すると、タモの取り出したナイフが、トネリの上半身が有った方角に投げつけた。

トネリは何が起きたのか分からずに俺を睨んだが、ナイフが壁に刺さる音がした瞬間に全て把握して顔を青ざめて黙った。


「……何をするんですか」


「避けるなんてやるじゃん。避けなくても死にやしないのになっ!」


「痛っ!?何するんだよ!き、キミは!」


タモは本をトネリに投げつけると、俺を真っ直ぐ殺意を向けながら見つめた。どうやら、試験前に戦う事になりそうだ……。

タモは俺に向かっててを(かざ)す。しかし、その手には魔力が()められてはいない。


「邪魔な挑戦者は、ここで諦めろよな――!」


タモが指を鳴らした。その綺麗な乾いた音が鳴り響くと、先ほど刺さったナイフが壁を(えぐ)りながら回転した。刃先を俺に向けて、直線に飛んできた。

俺は、透かさずポケットからアスルのヒルトを取り出す。今存在していない刃先をナイフに向けた。


「ハッ――!!」


ヒルトから、久しぶりに綺麗な刃が現れた。俺の刃がナイフに当たり火花を散らすと、ナイフは弾かれて地面に突き刺った。

トネリは小さく拍手を送ってくれた。しかし、タモの怒鳴り声が聞こえた瞬間にトネリは再び静かにしてしまった。


「ふざけんなよ!?お前!!そんな魔導具を持ってるんじゃねーよ!!」


タモは理不尽な怒りを撒き散らしながら、俺に殴り掛かった。先ほどまで4メートル離れていた筈なのに、一気に距離を詰められた。

マズイっ……!避けられない!

俺は殴られるのを覚悟した――その時。


「あらあら、駄目じゃない?喧嘩しちゃ」


タモはいつの間にか、レヴィンに後ろから抱き締めれていた。抱き締められた感覚に顔を真っ赤にしながら固まっている。


「あ、あ、あの……」


「試験まで、誰も欠ける事無く楽しもう?ね?」


レヴィンの優しくも大人の色気が有る笑みに、タモは大人しく頷いた。トネリは俺の後ろに隠れながら「そうだ!そうだ!」と弱々しくヤジを飛ばした。


タモはレヴィンから解放されると、恥ずかしさからか宿へ駆ける様に戻った。


レヴィンは苦笑いをタモに向けると、今度は此方に向かって笑みを送った。その笑みは俺やトネリをも赤くさせる。スピーチしてる時のレヴィンは勇敢な戦士みたいな雰囲気を漂わせていたのに、今のレヴィンは何とも言えない色気を漂わせていた。


「君達、明日から試験だから今日は休んだ方が良いかもね?休むのも修行よ?ふふ」


「あ、は、はい」


俺が会釈すると、レヴィンは宿に入って行った。残された俺とトネリは何とも言えない感情を抱きながら、宿へ戻った。


そして、レヴィンのアドバイスを受けて休む事にした。

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