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ポインセチア・ノート  作者: 紫音
一章:都忘れの花束を君に
33/72

第二十九話「勝ち逃げはワインと共に:後編」

身体が切り裂されれ音ではなく、岩が砕ける音がした。


目をゆっくりと開けると、俺の横に粉々になった岩の残骸が落ちていた。何が起きたのか……?

周りの反応を見ても、ただ唖然としているだけで分からない。


「な、何の魔術だ………!?私の岩をいとも簡単に砕いてッ!?」


俺は何もしていない。

砕くには魔術でも、いつもしている古語の魔術でないと無理だからだ。なら一体――。


「隙ありだッ!」


アウルスさんは謎の現象に狼狽(うろた)えるモルデにパコデレゴードを向ける。

モルデはそれを見た瞬間に、先程とは打って変わって冷静になった。


「馬鹿だな――。それを知ってるよ。東の大国にあった相手の名前を呼ぶと吸い込まれる壺でしょ?だったらこうすれば良い」


モルデはパコデレゴードに向かって鋭利な岩を高速てま飛ばした。このままでは壊れる――なのに、アウルスさんは望んで受け止めた。

その瞬間、心地の良い陶器が割れる乾いた音がした。

そして、アウルスは得意気に笑いながらモルデに投げつける。


「馬鹿はお前だ」


モルデに届くまでの間にパコデレゴードの割れ目から風が漏れ出す。そして、パコデレゴードの割れ目が大きくなると、膨大な風がモルデに直撃した。


「うわああぁッ!?」


モルデはそのまま後ろの壁へ激突した。そして、床に倒れ込んだ。これだけの衝撃だ、気絶しただろう。

――そう都合良く思ったけど、モルデは鬼の形相をしながらふらつきつつ立ち上がる。


「ふざ、けんなッ――」


「マジかよ!?結構鈍い落としてたのに!何なら俺様の過去一番の攻撃だぞ!?」


モルデは後ろに手を(かざ)した。その瞬間、壁一面に先程の鋭利な岩が無数に生成された。この状況、誰が見てもどうなるか想像が付く。モルデの魔術は古語では無いとは言え、かなり高速で尚且つ高度。部屋から出ようとしても間に合わない――!


「おっさん!ニゲ――お前さん!何か無いのか!?俺の魔術じゃ二人守れないぞッ!!」


先程、古語の魔術をしようとしたら激痛が走った。今も、しようとするだけで痛む……。今度こそ終わりか――。



「な、何だ……?」


一瞬だけ、床が膨らむ様に揺れた。そして、酒の臭いが部屋に充満し始める。

モルデは驚いて魔術を止めると、床に手を触れた。

そして、再び床全体が膨らむと、モルデは狼狽えて壁まで下がった。


しかし、アウルスさんは逆に堂々としながら、俺とフォンの手を掴んで()()を待っていた。


「よしッ!良いタイミングだ!」


「おっさん、何なんだ!?」


「大丈夫だ、二人共、俺様の手をしっかり掴んどけよ!」


床が再び膨らむと、赤ワインが溢れ出してきた。アウルスさん以外が何が起きているか分かっていない。モルデは怯えつつも岩で出来た剣を持ちながら、アウルスさんに向かって来た。


「何をし、――ッ!?」


次の瞬間、モルデの足元から間欠泉(かんけつせん)の様に赤ワインが吹き出した。モルデは声にならない叫び声を出しながらら、吹き飛ばされて天井に叩きつけられた。


床が壊れ始めると同時に、赤ワインがあちらこちら吹き出されていた。屋敷の至る所から悲鳴が聞こえてくる。そして、床が崩れると俺達は一階へ落下した。


「「うわあああ!?」」


「ガハハ!これぐらいで叫ぶなんてまだまだ未熟だな!」


床の下には舞踏会の会場に繋がっていた。会場は赤ワインの洪水に見舞われていた。金持ち達が酒に溺れかけているのが見えた。

俺達は着水すると、溺れない様に近くの流されているテーブルにしがみつく。テーブルにはレナとアスィミさんが座っていた。上手い具合に再開出来たみたいだ。

アウルスさんは難なくテーブルに乗ったけど、俺とフォンは上手く乗る事が出来ずしがみつくのに精一杯だった。


「よう!良いタイミングだったな!」


「あ、兄貴。これは不幸中の幸いでヤンス……」


アスィミさんが()す方向には拗ねているレナが居た。


「何が有った……?」


「舞踏会の最中に運悪く――」


「ああ、紳士じゃない奴に当たってしまい、お嬢ちゃんがぶちギレたのか!どんまい♪――グハッ!?」


アウルスさんはレナが投げたヒールに顔面を直撃して倒れてしまった。フォンはテーブルにしがみつきながらレナの近くに寄った。


「――!フォン君!」


「よう、大変だったな!」


「……っ、うん」


レナは涙を堪えながら頷くと、フォンにだけ金属で出来た何かを見せた。フォンはそれを見た途端に顔を赤くして目を背けた。


「ま、まだ持っていたのかよ……」


「えへへ」


「……?それって一体?」


「ニ、ニゲラは知らなくて良いからな!!」


フォンは何か恥ずかしそうにして答えない。レナに聞こうとすると、含羞(はにか)みながら微笑んで答えなかった。


「ニゲラ君、恋愛初心者だな!それはどう見ても結婚指わッ――!?」


アウルスさんは、レナによってもう一つのヒールを顔面に投げつけられて再び倒れてしまった。


「あ、兄貴――!?」


「アウルスさんなんてもう知りません!――あれ?」


レナは急に指をある方向に()した。そこには――。


「逃がさないッ!!フェレス組の二人!!この手で殺してやるッ!!!」


モルデが二階の壊れた床の残骸に乗りながら、此方に手を(かざ)していた。鋭利な岩を生成すると、レナやアスィミさんが居るにも関わらずに飛ばし始める。


「きゃ!?」


「レナ!伏せていろ!」


フォンに言われて、レナだけでなくアスィミさんも伏せた。俺は不安定に揺れるテーブルに急いで乗ると、モルデと再び対峙した。


「いい加減にして下さいッ!風よ――」


「ふんッ!――、――」


モルデは口を動かしているのは見える。しかし、声を聞こえない様に悟られない様にしているみたいだ。この人は魔術でも狡賢いな……。


次の瞬間、鋭利な岩が飛んで来た。俺は出来るだけの力で風を出した。しかし、普通の魔術ではやはり効果ない。微かに軌道を変えるだけだ。

魔術で打ち返すのを諦めて、岩を避ける。後ろまで通り過ぎた時に、岩の軌道がモルデの魔術で変わった。後ろから来た岩を俺は回る様に避けた。


「チッ――!避けるなよ!も、もう一回――」


モルデは赤ワインの波で一瞬だけ蹌踉(よろ)けた。それを見た瞬間に、俺は閃いた。


「風よ、吹き飛ばせ!」


「な、狡いぞッ!?うわああっ――!」


モルデの足に風の魔術を直撃させると、モルデは簡単に赤ワインの海に落ちた。もう一度、二階の床の残骸に乗ろうとした――その時。


「俺の友達を苛めた借りだぜ!!鉄よ、アイロンになりやがれ!」


「ぐはぁッ!?」


フォンがモルデの頭上にアイロンを落とした。モルデは直撃すると、そのまま赤ワインの海から浮上する事は無かった。


フォンはドヤ顔しながら俺に向かって拳を向ける。


「やったぜ!」


「うん、皆無事だった――」


拳と拳を合わせると、いつの間にかエントランスも抜けて屋敷の外に流れ着いていた。

辺りは、溺れたのか倒れている召し使い達やお気に入りのドレスをワイン(まみ)れにされて怒り心頭の金持ち達が居た。

先程まで倒れていたアウルスさんは急に立ち上がる。


「さあ、お前ら!西側に向かうぞ!急げ!」


アウルスさんに連れられながら、俺達は屋敷の西側へ逃げた。


この後、アウルスさんが事前に仕込んでいた火薬を爆発させて壁を壊した。そして、ヨークと再開し辻馬車に乗って宿に戻った。



午後10時半。


宿に着くと、フォン達はアウルスさんとアスィミさんに礼を言って、そそくさと宿に入って行った。俺は三人が入るのを確認すると、最後の一人としてお礼を言った。


「アウルスさん、アスィミさん、ありがとうございました。色々助けてくれて」


「どういたしましてでヤンス!取り敢えず、お宝は金持ちのネックレスとか手に入ったから対価としては十分でヤンス!」


アスィミさんは上機嫌で笑っていた。しかし、アウルスさんは俺をまるで深刻そうに見ていた。


「ああ、そうだな。モルデの銃も手に入れたしな。さて、アスィミ。お前は先に帰れよ」


「……?分かったでヤンス。ニゲラ、またいつか会おうでヤンス!」


「はい!」


アスィミさんを二人で見送りを終えると、アウルスさんは此方を真顔で見つめてきた。


「さて、ニゲラ。色々上手く行って良かったな。ただ――」


「何ですか……?」


「お前、今の状態で幸せか……?」


アウルスさんの質問が良く分からなかった。幸せかどうかなんて――。


「……幸せだと思います。フォン達のおかげで他人の怖さが減ったんです。一緒なら、きっと――」


「もういい。よーく分かった」


アウルスさんは俺の話を遮ると、アウルスさんは此方を見ずに去ろうとし始める。俺は間違った事を言ったのだろうか……?


友達が居る事が幸せだし、一緒に居れば辛い事は無い。生きて居て楽しいと再び思う事が出来た。――これが幸せなんだ。

しかし、アウルスさんはそれを否定したそうな口振りで言った。


「ニゲラ、その回答を姉御にしたら殴られるぞ?まあ、好きにすればいいさ。じゃあな~」


「ま、待って下さい!俺はそんな間違った事言いましたか……?」


「いつか分かるさ。せいぜい、幸せを噛み締めて今を生きるんだな~。またな~……」


アウルスさんの姿が見えなくなった。町の静けさがアウルスさんの言葉をより鮮明に俺の脳裏を焼き付ける。幸せを否定された不快感を抱えながら、俺は宿に入った。


そして、1ヶ月後にアウルスさんの言葉の意味を漸く理解する事になる。

この時の愚かな俺はまだ知らなかった。

いや、思い出せなかったんだ。


永遠なんて存在しないって……。

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