第二十六話「狡賢い人の剣術」
「――最初から伯父様の屋敷に乗り込んだ事が間違いなんだよ。鼠達」
モルデは俺達に剣を見せつけると、ロングソードを鞘に収めた。
一瞬見えたロングソードの刃は、髪が派手な持ち主と比べて装飾品は無くシンプルなデザインだ。しかし、ブレイドの艶は輝く程に綺麗だ。
――つまり、ニワカが持つ様な装飾品の剣では無い。切れ味の良い正真正銘の人を斬る剣だ。
モルデは俺達が張り詰めているのを知ってか知らずか、余裕 綽綽で笑いながら部屋の扉を閉めた。扉を閉めると、律儀に鍵をかける。
「さて、ここで唯一の出口は私が塞いでいる。どうする?命乞いをするか、初手殺しを受けるか。選びなよ」
モルデはそんな事を言うが、此方に向けている殺気は変わらない。恐らく――
「嘘つけ!生きて帰す気ないだろ!こんなんでも、フェレス組の最年長なんでね、お前の殺気丸分かりなんだよッ!!」
「あはは、バレたか。そうだね、そこのフォンとかいう青年以外は殺すつもりだよ。こそ泥、テロリスト……など悪を殺すのは楽しいからね」
モルデは乾いた微笑みを浮かべながら腰に付けていたもう1つの鞘からロングソードを取り出す。その剣は先ほどと比べて少し大きく汚い。モルデは俺達の前に剣を投げた。床に剣が刺さると、アウルスさんは恐る恐る剣を触りながらモルデを睨み付ける。
「何の真似だ……?」
「チャンスだよ。私に勝てば生かしてあげるよ。まあ、私が手加減しようとも、鼠達は勝てないけどね――?」
モルデの見下した態度を見て、アウルスさんは息を荒くしながら固まった様に凝視していた。このままだとアウルスさんは無謀にも剣を振り翳してしまう。俺はアウルスの肩に触れようとすると――。
「大丈夫だ。こんな事で激怒する訳無いだろ~?何とかして隙を作ってやるよ……!」
「……はい。お願いします」
「よし!オッサン、やってやれ!」
アウルスさんは此方に振り向きながら、いつもより口角だけを上げて微笑む。そんな表情を見て俺もつい口元が緩んでしまった。
フォンの掛け声を聞くと、アウルスさんは剣を両手で持って腰に引き寄せて構えた。刃先をモルデに向けているその姿は正しく騎士の様だ。
――一方でモルデは構えなかった。両手で手を差し伸べる様にしている。まるで、それは『お前の剣では私を斬る事は出来ない 』と挑発するかの様にしか見えない。
そして、モルデは剣ではなくの言葉の刃でアウルスさんを斬り付けた。
「……下らないな。話にならない位に弱いんだから、諦めれば良いのにさ?君の魔力見た感じ残ってないでしょ?実に笑えるよ」
「なんだよッ!魔力は関係ないだろッ!良いから剣を抜けよ!」
「アウルスさんっ――!」
マズイ……、モルデはわざとアウルスさんを怒らそうとしている……!俺は必死に声を掛けるけど、怒りに囚われているアウルスさんには届かない……。
モルデは俺を見ると、哀れむ様な表情を浮かべた。しかし、俺が瞬きをすると、モルデはアウルスさんの方へ向いていた。わざとらしい、笑みを浮かべながら――。
「君の覆面からして、フェレス組でしょ?一昔前は政府の脅威だったのに、今じゃこんな有り様だ。見た所、君は部下として最年長でしょ?それなのに、こんなに弱いなんてね。嗚呼、哀れだよ……」
「黙れッ!!俺は弱くねぇよッ!!」
「アウルスさんっ!この人はわざと怒らしているんです!」
俺が必死に声を掛けてもアウルスさんには届かない。唯一変わったのは、アウルスさんの握っている剣が怒り以外の感情も含めて震えていた位だ。
モルデは哀れむフリをしながら、決定的な言葉を振り翳した。
「でも、一番悪いのはフェレスかもね?フェレスがしっかりしないから団員も減るんだよ?そして、元団員はどんどん私達、近衛隊と警備隊に捕まり――処刑される。悲しいね?フェレスは雑魚で無能な癖に義賊だと自称するから、皆不幸になる。馬鹿な女だよ!あはは――」
「ア"ア"アアアアアッ!!!」
「やめて下さいっ――!」
アウルスさんは到頭激昂してモルデに斬ろうと走り掛かった。俺はアウルスさんを止めようとしたけど、間に合わない……!
アウルスさんはモルデの目の前まで来てしまった。怒りに身を任せて斬り掛かる。
「――馬鹿だな。だから、弱いんだよ」
一瞬の事だった。
モルデは呆れながら剣を右手で抜くと、アウルスさんによって振り翳された剣のヒルトとアウルスさんの両手を左手で掴み動きを封じた。聞こえた風切り音が止んでしまった。
「なっ――」
モルデはポンメルでアウルスさんの顔に振り下ろす様に殴った。ポンメルが丁度アウルスさんの鼻を打撲しさせると、アウルスさんは鼻を変形させられて後ろへ倒れてしまった。モルデは奪った剣を片手に持ちながらアウルスさんを見下ろしている。
「うがぁっ……」
「怒りに身を任せる奴は大概自滅する。簡単に挑発に乗って負けるとはね。ご苦労様……ん?」
アウルスさんは悔し涙を浮かべながら鼻血を尋常じゃない量を出していた。それでもアウルスさんは蹌踉けながら立ち上がる。
「ま"だ、終わっ、てねぇ……!」
「はぁ……、もう無理でしょ――」
「あ"ッ――」
立ち上がるのに精一杯のアウルスさんをモルデは再びポンメルで頭に目掛けて殴った。目では捉えにくい早さで叩き付けられたアウルスさんは無意識に覚束ない足取りで一歩下がると、再び倒れてしまった。
「アウルスさんっ!」
俺はアウルスさんの元に駆け寄ると、モルデはゆっくりと後ろに下がった。
モルデを警戒しながらアウルスさんが生きているか確認すると、呼吸はしているのは確認出来た。どうやら、気絶したみたいだ。
俺は安堵の溜め息を漏らすと、静かにモルデを見た。俺と目が合った途端にしかめっ面をした。俺がどう思っているか分かったらしい――。
「……なんだ?私に文句あるのか?」
「こんなやり方、最低だと思います――。相手をわざと怒らせて、斬撃を単調にさせる事で勝つなんて……、貴方は誇りが無いんですか?」
「……、君はレヴィンみたいな事を言うんだな。勝ちが全てなんだよ。こそ泥の癖に偉そうな正義感を持っていて不愉快だな」
モルデは心底嫌そうな表情を浮かべながら俺を睨む。先程のアウルスさんが使った剣を握ると、雑に俺の近くへ投げた。再び、モルデは俺達に問いかけた――。
「さあ、選びなよ。大人しく死ぬか、初手殺しを受けて死ぬか」
俺はゆっくりと剣を握り締めて持ち上げる。ブルディア村で握った剣より軽いけど、アスルの双剣に慣れてしまっている俺にとっては重く感じてしまう。
すると、先ほどまで黙っていたフォンが少し震わせながら俺に声を掛けた。
「おい、死ぬなよ……?」
そんな優しい言葉を言われたのはフェレスを含めて二度目だ。
三年前は大勢に逆の事言われていたのに、不思議な感じだ。嬉しいというより、こそばゆい。
勝てるかは分からないけど、根拠も無いけど、俺はフォンへ振り向いて微笑んだ。
「大丈夫です……。それよりも、気絶してるアウルスさんをよろしくお願いします」
「おう!」
フォンは此方に駆け付けると、アウルスさんをおんぶして離れた。俺はもうモルデに視線を向けていたから分からないけど、フォンが「べぇー!」と言っていたから恐らくモルデに向かってあっかんべーをしたのだろう。フォンらしい。
モルデはフォンが離れたのを確認すると、再び嫌味ったらしい笑みを浮かべた。
「さて、その剣を握ったって事は、死ぬ覚悟出来たんだ?止めた方が良いと思うけど?」
俺は一瞬剣を握る力を緩めそうになったけど、深呼吸をしてもう一度力強く握り締めた。
「貴方に勝って逃げます。誇りの無い剣に負けない――」
モルデは軽く舌打ちをすると、剣を右手で担ぐ様に構えた。何故か剣を両手で握っていない。俺とモルデが持っている剣は両手剣と言うもので、両手で構えるのが普通だ。モルデの構えはバックラーを持ちながら構えている様に見える。何が目的なんだ……?
不思議に感じていると、モルデは催促する様に言い放つ。
「さあ、さっさと始めようか。構えなよ」
三年ぶりにロングソードで剣術をする……。
俺は昔の稽古を思い出しながら構える事にした――。




