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ポインセチア・ノート  作者: 紫音
一章:都忘れの花束を君に
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第一話「冒険は始まらない」

1月9日の23:50に投稿予定でしたが、遅れてしまいました。申し訳ありませんでした……。

――夜明けの淡く寂しい光が小さい煉瓦(れんが)の町を照らしていた。町は昼間の時よりも人の気配が無く、そして波の音と風音がいつもより聞こえやすい。

そんな風景を俺はいつもより新鮮に感じながら町を駆けている。俺は普段はそこまで外出しないから尚更かもしれない。


フレンチさんが言う通り急がなくても良いが、俺みたいに他人が苦手な人間にとっては一刻も早く配り終えて、そして誰とも関わる事が無いように1日を無事に過ごさなければならない。


「はぁ、はぁ……。暗くて郵便受けの位置が分かりにくいな……」


息切れしてる癖にボヤキながら作業を淡々と繰り返す。

そして、新聞は残り一枚。

最後の家へと目指す。



(つくづく)と俺は体力が無いと実感した。


緩やかな坂道を登りきった時には疲れて動けなくなっていた。(ふく)(はぎ)が気持ち悪い位に痙攣していた。三年前と比べて、俺の体は成長してる筈なのに……。俺は本当に情けな――


『――』


俺が悲観して居ると、久しぶりに『あの幻聴』が聞こえて来た。

「……さて、最後だ。早く帰ろう……」

聞こえないふりをして最後の郵便受けに新聞を入れようとした――その時。


家の扉が開いた。そこに居たのは中年の女性だ。

この人もやはり、感情を出さない。だが、視線だけは何かを言いたそうに見える。

俺はこの人に限らず、ここの住人の何も言わずにただただ見ているあの感じが苦手だ……。もしかしたら、何か俺に対して不愉快に思っているのではないか――と、不安に苛まれてしまうから。


俺は震えている足をそっと後ろに動かしていくと、その人は俺を凝視しながら扉をゆっくり閉じた。

その人が見えなくなると、俺は腰が抜けて座り込んだ。


すると、『あの幻聴』が再び聞こえてきた。今度ははっきりと聞こえるように……。


『お前はいつまで逃げているのだ……?』

俺は後ろから近づいてくる幻覚にただ黙っていた。足音は聞こえず、俺の横を薄いピンクの女性が通った。


俺は彼女を見て、その名前を呟いた。


「カルミア――」

カルミアの幻覚を見て、俺はまだ楽しかった頃の過去を思い出した。



今から約七年前――。

俺はアンモビウム国に居た。

その国は狼のような耳と尻尾を生やした人――所謂、獣人と呼ばれる種族が住む国だ。


何時から俺はその国に居たのか分からない。

名前が「ニゲラ」だと言う事や、獣の耳や尻尾を生やして居ない人だと言う事しか分からなかった。

獣の耳では無いだけで差別を受け、行く当てが無かった。ただただ、路地裏で居酒屋の生ゴミを鼠のように食べて居た。

通行人達は俺を汚ならしいように睨みつけてた。


そんな、ある日。

誰も俺みたいな子どもを助けてくれなかったのに、唯一手を差しのべる人が現れた。

「彼の言う通りだな。可哀想に……」

俺は始めて他人に声をかけられて戸惑いながらその人の顔を見上げた。


その女性は長い薄いピンクの髪を靡かせていた。

他の獣人より長く立派な耳に白い肌、瞳は紫色の宝石みたいに

綺麗で、身長は俺より高かった。

その女性を一言であらわすなら、花の女神みたいな美しい女性だ。


その女性は同情するように悲しそうに俺を見つめていた。


「――なるほどな……いや、何でも無い。貴様の名前は何と言う?」

俺は始めて長く話された為、警戒――というより緊張しながら答えた。

「僕はニゲラ……」

すると、その女性は当時の俺に目線を合わせるように屈み、そして優しく微笑んだ。

「そうか、この国の者では無いのに良い名前だな?それで、親は何処に居る?」

「居ないよ……」

俺が答えると、その女性は深刻そうに考え始めた。そして、暫くしてその女性はとんでもない事を言い出した。


「ふむ、ならば……我の養子且つ弟子になれ」

「……え?」

俺はお金、もしくは食べ物を分けてくれるのだろうと思っていた。その為、その女性の発言は予想外で、ただただ呆然としていた。

その女性は得意げに笑いながら続けて言った。

「この国で子どもが飢えて死なせる訳にはいかぬからな。我はこう見えて女王だからな……!」

「あ、貴女の、名前は……?」

「我の名はカルミア・アイリス。この国の十三代目女王だ」


これが、カルミアと俺の初めての出会いだった。

大臣達は俺をカルミアの養子にするのに、差別や"いけ好かない男"の予言で反対していた。しかし、カルミアは反対を押し切って俺を養子にしてしまった。

俺を十八歳になるまで魔術や勉学、戦闘技術を叩きこませた。俺にとって厳しい日々だったけど、カルミアと四年後――つまり今から三年前に起きた出来事までは幸せだったと思う……。


だけど、思い出す度に絶対に聞きたくなかったあの言葉が頭に過るんだ――


『無意味だった。貴様にとって、我の教えは無意味だったのだ。すまないな』

「行かないで……」

『大人になって欲しかった……。ただ、それだけだ』

「行かないでよっ!!今度は……今度こそ君が望む男になるからっ!!」

『……何も分かってないな』


そう、無意味。

俺が生きていた四年間は何の意味も無かった。ただ、カルミアを傷つけるだけ。

ただ、君に愛されるような男になりたかっただけなのに――



「おい、ニゲラ。風邪引くぞ?」

俺は目を開けると、目の前にはフレンチさんが居た。俺は状況が掴めず、辺りを見渡した。いつの間にか俺は気を失っていたのか、周囲は明るくなっていた。

「あ……あれ?」

「お前が中中帰らないから探してたんだ」

俺は思考が追い付かず、ただフレンチさんを呆然としながら見ていた。

「やれやれ、予定より二時間も遅れるというのに」

「あ、ああ……すみません。今、戻りますね……!」

俺は漸くふらつきながら立ち上がった。

フレンチさんはやれやれと呆れていると、ふと港の方角を向いて素っ気なく呟く。

「ああ、そうだ。港に旅芸人が来てるそうだ」

「はい?」

フレンチさんはこの三年間仕事以外で話した事があまり無かった(気がする)為、俺は急に話題を振られて違和感を感じてしまった。

だが、フレンチさんにとっては俺の反応が予想外だったらしく声を少し荒げた。

「いやいや、だから、旅芸人だ。興味無いのか?」

「いや……無いですけど……」

俺の冷めた反応にフレンチさんは渋そうな表情でため息をした。

「お前……、他の島からの訪問者とか、他の国に興味を持たないのか?」

フレンチさんの急な問いに俺は困惑した。()く考えた事は無かったな。

だけど、深く悩む程の事では無い――

「――興味無いです。今ただ生きているだけで幸せですから」

そう、フレンチさんは深く関わろうとはしないけど他の人は違う。俺と深く関わって嫌われて俺自身が傷つくかもしれない。もしくは、俺が傷つけてしまうかもしれない。

そうなる位なら、誰とも関わらずに生きればそれで良い――そう思う。

「本当にそうか?オレの経験からして、若い内は冒険をした方が幸せだと思うけどな?」

フレンチさんは反論を言うと気だるそうに坂を降りて行った。

そういう物なのかな……。

俺はその場で立ち尽くしていた。


暫く考え、俺は


港に寄らずに帰った。


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