第二十一話「毒入りのウィスキートディみたいな女」
「――うわぁ!?」
視界が暗転すると、周囲は元の骨董品店に戻っていた。目の前には三面鏡のドレッサーが有ったけど、先ほどみたいに輝いては居なかった。
その代わりに鏡からナイフのように尖った物体が浮き出るように生えていた。
「ひっ……!?」
もし、さっきカルミアの幻に飛び込んでいたらっ……。
俺は思わず慄いて腰が抜けると、崩れる様に尻餅をしてしまった。すると、後ろから先ほどの女性の声が聞こえてきた。
「ふふ♪びっくりしたでしょ?これはね、33年前に滅んだある国が良く使っていた死刑の魔導具よ。鏡を見た人は望みたかった未来の幻を見るのよ。最後は決まって最愛の人に『私の胸に飛び込んで良いよ』なんて言われて、飛び込んだら――みたいな感じ。素敵な趣味よね~♪」
俺は弱々しく振り向くと、そこには背が高い女性が居た。暗緑色の髪でウルフカット、目は少し垂れ目で瞳は真っ黒。鼻が高く、唇は少しふっくらしている。服は露出が少し多く、暗い色彩をしたドレスを着ている。
そして、彼女の付けている香水は不思議と心臓が高鳴る位に心地好い。
「す、素敵には思えないですね……。人の心を弄ぶ悪趣味な道具です」
「あらまあ、坊っちゃんは良い子ちゃんなのね。可愛らしい♪」
彼女の声はねっとりと甘ったるく、聞く度に背中が震えてしまう。なんだか、苦手だ。
しかも、彼女の瞳は暗い井戸に突き落とされる様――つまり、吸い込まれる様な感覚に陥りそうで怖い……。
すると、彼女は俺の心情を分かっているのか、態々(わざわざ)妖しげに微笑んだ。
「坊っちゃん怖がっていて可愛いわねぇ♪そんな悪いお姉さんではないわよ?ほら、手をどうぞ♪」
「……大丈夫です。腰痛めた訳じゃないので」
彼女の差し伸べた手を拒否すると、彼女は細目で苦笑いをした。一刻も早く彼女から離れたいから蹌踉ながらも、立ち上がろうとした。しかし、足に力が入らずに後ろへ倒れそうになった。
すると、後ろにふっくらした物が当たった。そして、生暖かい風が襟首を刺激する。
彼女が倒れそうになった俺を受け止めたのを想像するのは容易だ。
「あまり無理しない方が良いわよ?この魔導具は対象者の魔力をかなり吸収するから♪暫く安静しなさいな」
彼女は俺をその場で座らせると、俺の横に座った。
もしかして、この人良い人なのか……?
何故かこの人を見た途端に警戒してしまったけど、もしそうなら少し申し訳ないな……。
「あ、あの……ありがとう、ございます」
「――いえいえ、どういたしまして。そうそう、自己紹介まだだったわね。私はアスルよ♪」
彼女の名前に思わず驚いてしまった。一ヶ月前に会った青髪のアスルと同じ名前だったからだ。
だが、良く良く考えれば同じ名前の人が居ても不思議ではないか……。
アスルと名乗る女性は呆然していた俺の反応を見ると、吹き出す様に笑い出した。
「あっはは!その反応、偽名バレちゃった?じゃあ、赤を意味するロホで♪」
「いや、本名を言って下さいよ……」
「ごめんなさいね?うーん……、私は人……秘密の仕事をしてるから内緒なのよ。魔導具に詳しいロホお姉さんって事で♪」
すると、ロホは俺の後ろにある魔導具を漁り始めた。すると、何やら黒い玉を取り出して俺に見せた。
「気分転換に面白い物を見せてあげるわね?持ちなさい」
彼女から黒い玉を受け取った。触った感覚からしてまるで水晶玉の様だ。黒い水晶玉を持って居ると、赤い線が三本現れた。ロホはそれを見てニヤニヤしている。
「それはね、危機玉って言うのよ?昔、貴族や王族が良く愛用していて、世界で自分を殺したいと思っている人の人数を予言してくれるの。赤い線の数がその人数を表してる――なんだけど……。あらら♪可哀想に、三人も坊っちゃんを殺したいと思っている人が居るらしいわね♪」
三人……?
俺を殺したいと思っている人はアンモビウム王国に何人も居る筈……。もしかして、数百人だと表示がおかしくなるからだろうか?
疑問に感じながらも、俺は黒い水晶玉をロホに渡した。すると、ロホが持った黒い水晶玉が一瞬だけ真っ赤に見えた気がしたけど、何人かは分からなかった。
*
暫くロホの魔導具に関する説明を聞いていた。俺にはあまり興味が無い物ばかりなので、眠気を感じてしまう。ふと、寝ない様に足を動かしてみると、先ほどよりしっかり動かす事が出来ている事に気付く。
試しに俺は立ち上がろうとすると、蹌踉る事なく真っ直ぐに立つ事が出来た。
「どうやら体調が良くなったみたいです。色々とありがとうございました。買い物している友人の所に戻りますね、――っ!?」
別れの挨拶をしている途中、ロホは俺の手を力強く掴んだ。妖しげに笑いながら口元を歪ませて微笑んでいた。その様子は今にでも食べようとする獣の様だ。
「無理してない?もう少し話しましょう?ね?」
「も、もう大丈夫です……!」
「なら、今から食事行かない?私、結構お金持っているから大丈夫よ!きっと楽しい食事会になるわよ♪」
ロホが身を乗り出す様に誘う姿に俺は恐怖を感じた。振り払おうとするが、ロホは異様な力で離してくれない。抵抗する度にロホは益々笑顔になる。
「ロホさん。何が目的なんですか!?」
「何って、大人の恋人みたいな楽しい一時よ♪」
すると、ロホの袖から濡れた布を取り出した。ロホの香水のは違う刺激の強い香りが漂ってきた。ロホはゆっくりと布を俺の顔に近づけようとする。
に……臭いを、感じる度に頭が、ぼんやりと、して――。
「ニゲラに何しているんですか?」
声のする方向を向くと、ヨークが中位の木箱を少し重そうに持っていた。俺の危機的な状況に気づいている様で、訝しげにロホを見ている。
すると、ロホは軽快な足取りで俺から離れた。ロホは一瞬眉間に皺を寄せた様に見えた。
「……あらあら、無愛想な友達が居るのね?二人を口説くのは大変だからバイバイ♪また、会いましょう――」
次の瞬間、ロホはその場から瞬間移動したかの様に消えた。それと同時に先ほどの布と瓶だけが空中で佇んだ。そして、一瞬にしてそれらは落下した。
ヨークは恐る恐る瓶に近づき、ラベルを見ると声を震えさせた。
「こ、これ睡眠薬ですよっ……!もし、僕がニゲラを見つけなかったらっ……」
その真実を知った瞬間、俺は再び恐怖でその場に崩れる様に座り込んでしまった。
そして、骨董品店の中は何故か眩しい位に明るくなっていた。
*
ヨークと俺はどうにか宿に着くと、アウルスさんが呑気な笑顔で出迎えた。
「よう!遅かっ――!?」
ヨークはこれでもかって位にアウルスの顔面に綺麗で重いストレートパンチを食らわせた。アウルスは何が起きたか分からずに目を屡叩いていた。
「な、何なんだよ?!」
「二度と僕達に!あんな闇深い場所に行かせないで下さい!!ふんっ!!!」
ヨークは足音を響かせながら乱暴に宿の扉を閉める。アウルスは呆然としながら俺を見た。
俺は不憫に思いながらも、会釈をしてアウルスさんを放置したまま宿に入った。
「え……?何、何なん……?」




