第一章プロローグ「開幕」
プロットを書き直した結果、各話を付け加えたりするより、プロローグから8話を消して一から書き直す方が早いと思ったので消しました。
以前の内容を知ってる方には申し訳ありませんでした。今年は多忙だったり筆が進まなかったりと投稿頻度が少なかったですが、来年は週一以上のペースで投稿しますので今後とも宜しくお願い致します。
『いい加減に、目を覚ませ』
嫌だよ、まだ寝ていたいんだ。
『そんなに怖いのか?世界が』
……煩い。君と俺は違うんだ。
『そうやって言い訳すれば生きて行けると思ってるのか?』
生きて行けるよ。
『逃げていれば、どうにかなるとでも?』
煩い……。
「いい加減に目を――」
********
「煩い!!嫌なのは嫌なん――」
俺はその場に居た筈の『誰か』に向かって叫んだつもりだった。
だが、そこに居たのは白髪混じりの乱れた髪型をしている中年らしい渋そうな顔の造形をしている高身長の男――フレンチさんだ。
彼はいつも通りの無表情ではあるものの、いつもより目を大きく見開いていた。
どうしてこうなっているんだっけ?
俺は寝起きが悪かったのか思考が働かない。
いつも住んでいる部屋の筈なのに来たことのないような感覚に陥っていた。
働かない脳を働かせるようにベットの上で座りながら、かすかな木の香りとカビ臭さが漂う薄暗い部屋をゆっくりと見回す。
火がついたばかりの釜戸は、フレンチさんが寝ていたソファーや12時になるかならないかで止まってしまった振り子時計を照らしている。床にはフレンチさんの癖により、本が乱雑に置いかれていた。
そしてベッドの後ろには薄い緑色のカーテンが窓から漂う潮風で靡いていた。
右側には枯れ木の入った花瓶、その下には壊れた扉付きの飾り棚が置いて有り、逆側はカレンダーが有った。
カレンダーの日付を部屋の暗さに慣れるように目を凝らす。
『ウィンガス暦330年3月13日火曜日』
ああ、そうか。ここはいつもの家か。
いやいや、何を考えているのだか。
昔の悪夢を見たせいか、時間や空間の感覚がおかしくなったのだろうか?
だから、嫌なんだ昔の記憶を思い出すなんて……。今が幸せなんだから、そっとしてくれ……。
俺が黙っていると、フレンチさんは呆れたような口調で喋る。
「なんだ?今日は仕事を休むか」
「い、いえ、今すぐ支度します……!」
珍しく寝ぼけている俺を他人に見られるのは恥ずかしい……。特に昔の夢を見て落ち込んでいる時は。
*
俺とフレンチさん、そしてもう一人の従業員で新聞を作り配っている。給料はフレンチさん曰くかなり安いらしい。俺は1日食べられる食料を買えるだけ良いと思うけど。
床下に乱雑に置かれた本に躓きそうになりながらも、インクや羽ペンを暗い部屋の中で探した。
「あれ、確かここら辺に道具を置いてましたよね?おかしいな……」
「そう、焦るなよ。13人しかいない孤島なんだ、時間はいくらでもあるさ。それに――」
フレンチさんは気だるそうに徐にズボンから手紙を取り出して読んだ。
「辞める、とさ」
「はい……?」
「トムが、辞表を、提出したんだよ、たったの三文字、でな。しかも、夜中に、ポストへ、入れてな」
フレンチさんは怒りを露にしてはいないが、普段より語気が強い。内心怒っているのだろう。
俺は苦笑いしながらトムさんをフォローする。殺伐とした雰囲気は出来るだけ味わいたくないから。
「と、トムさんはきっと言葉足りなかっただけだと思いますよ」
「ここの住人は無機質な感情しか持ち合わせちゃ居ないからな」
フレンチさんは以前からこの島の住人にはあまり良い印象を持ってないからか、この場に居ない人間に向かって言葉を吐き捨てた。
そして、インクと羽ペンを見つけると新聞を書き始めた。
*
この島の名前はリュテリウス島。「リュテリウス」は古来の言葉の意味で「0」を示す物だとフレンチさんに教えてもらった。
この島はこの周辺の国々の単位で周囲が1.7キロメートルだそうだ。俺は今一、島がどれ位小さいのか理解出来て居ない。
この島の港は直結して街に繋がっている。島を出る人や他の島国からの貨物を受け取る人にとっては港が近いから便利だろう。俺は絶対に利用する機会は無いけど。
この島は元々、遺物が掘り出す事が出来ると一部の世界統一政府直属の考古学者に人気だった。だが、数年前から遺物を発掘する事が出来無くなってからは他の島から訪れる人もほぼ居ない。
フレンチさんの言う通り、この島は住人の感情がほぼ無い。
だが、俺は特に彼らには悪い印象は無い。
感情無い人間の方が俺を傷つけたり、騙したりしない。逆に俺が傷つけてしまう事が無い――そう、思うからだ。
そんな島に俺は漂流した。
彼此三年位前の事だ。
当時の記憶は曖昧だが、浜辺でただただ無気力に転がっている俺をフレンチさんが見つけてくれた。そして、担がれながらこのフレンチさんの家に運んでもらった。
フレンチさんに出身や名前を聞かれたが、俺は何も口が利く事が出来なかった。
カルミアに処刑そうになった事や、あの地震でカルミアの頭上にシャンデリアが落ちた事――そして、カルミアの生死が不明な事が心配だった。
だけど、確認したくてもどうしようも無い。例え出来たとしても、殺されるだけだ。
そのような無力で解決出来ない悩みが頭を埋め尽くしていた。今は考えないようにしているから大丈夫だけど――
*
「――おい、どうした?」
俺はフレンチさんに声をかけられて我に帰った。気がつけばフレンチさんはお手製の新聞の束を俺に渡そうとしていた。外もいつの間にか明るくなっていた。
「い、いえ、何でも……。それでは行ってきますね」
「全く、焦るなよ――」
俺は新聞を受けとるや否や、フレンチさんのぼやきを無視して
玄関の扉を開け配達に向かった。
また、いつもと変わらない1日が始まる。そして、その繰り返しで墓まで行く。
この時はまだそう思っていた。
ポインセチア・ノート
第一章「歪みの始まり」