第十五話「一週間過ごした君に花束を」
2022年の12月29日に八話まで有った物語を消して此処まで来ました。
当時の八話は今で言う第十四話の半分――つまり、ニゲラが大道芸する直前でした。
漸くニゲラに大道芸をさせる事が出来ました。
此処まで読んで頂き有り難う御座います。
さあ、次回から第一章の折り返しです。
引き続きお楽しみ下さいませ。
そして、ニゲラはしっかり覚悟してこの先を進め。
「あーあ、絶好調だったのにな。最悪だぜ……」
寝室でフォンはぶーたれながら転がっていた。ヨークはやれやれと言いながら本を読んでいた。俺はフォンの愚痴に付き合わされていた。
「なんで、倒れちゃったんだかなー……」
「ま、まあ、体力を消費しますし、仕方ないですよ!」
あの大道芸の後、フォンは次の芸を見せようとした。しかし、1日に魔術の使用する回数が急に増えたせいで疲労により倒れてしまった。
大道芸は中止になったが、村人達からお礼の言葉や投げ銭を大量に貰った。実質的には大成功だ。
しかし、フォンは最後まで出来なかった事が相当に悔しいらしい……。
「ああ!マジで悔しいぜっ!なあ、ニゲラ先生!一日で体力上がる方法無いか!?なあ!」
「いや……ちょっと……」
「有るわけないでしょ!ニゲラを困らせないで下さいよ!」
ヨークは頭を冷やせと言わんばかりに枕をフォンの顔面に投げつける。フォンは枕は固くないのに目を潤ませて弱々しく枕を投げ返す。
俺は枕投げに巻き込まれないように、ベッドの上で出来るだけ二人に離れる様に丸まって寝た。
*
夜明け前に目が覚めた。まあ、いつもの事だけど。
今日には村を出るらしいから疲労を回復する為にもう一度寝ようとした。しかし、眠る事が出来ない。瞼は重いけど、目を瞑っても朝にならない。
仕方ないので、宿付近を散歩しようと一階に降りると、食堂から甘ったるい果物の匂いが漂ってきた。嗅いでるだけでお腹の虫が鳴る位には美味しそうだ。
食堂をこっそり覗くと、ヨークは林檎を魔術で生成していた。ヨークは美味しそうに齧るが、少しすると林檎が跡形も無くなった。
「あの、何してるんですか……?」
ヨークはビクッと反応し、此方に振り向く。ヨークは一気に恥ずかしそうにそっぽを向くと呟いた。
「あ、甘い物を食べたくて……。魔術で作った物ならこんな時間に食べても体に影響無いかと……」
「――ヨークは常識人だと思ってたけど、意外と変わってますね」
「い、い、いや、常識人ですからね!?」
ヨークの初めて見る慌てた表情に俺は苦笑いすると、ヨークはぎこちない咳払いをして話題を変えた。
「そ、それよりも……。これから大体二ヶ月は一緒に過ごす事になりますけど、本当に大丈夫ですか?」
ヨークの質問に俺は躊躇した。
この一週間は色んな人との出会った事によって、他人と関わる恐怖が少し和らいだ――と思う。それにフォン達と触れ合っていると、不思議と安心する気がする。だから、二ヶ月間過ごしても大丈夫なのではないかと思う。
だけど、その一方で二ヶ月間が不安に感じている俺が居る。その間に何もかも後悔するような事が有ったらどうしよう……。その結果、出会わなければ良かった――と思いたくない。
こんな事を思ってしまうのは、
『無意味だった』
カルミアの言葉が未だに骨や心臓に染み込んでいるからかもしれない。
この言葉を言われた晩や島流しされてから数ヶ月間にどうしようもない同じ結論を毎日出していた。
また、そんなのを味わう位なら、此処で「やっぱり、俺には向いて無いから……さようなら」と言えば良いのかもしれない。逃げれば、逃げていればそれで良いのかもしれない。
――そう思う癖に、フォン達のような明るい人達の中に居たいと思っている俺は、答えてしまった。
「……大丈夫ですよ。自信無いけど、フォン達となら楽しく過ごす事が出来る……と思う」
「それなら良かったです。フォンがニゲラの表情が寝る時すら硬いと心配してたので……」
自覚は無かった……。寝る時は、多分悪夢を良く見るからだろう。フォンは観察力が本当に高いようだ。今度から悟られない様にもう少し明るく……出来れば良いな……。
ヨークは安堵した表情で二階に戻った。残された俺は朝が来るまで今後の事を考える事にした。
*
宿の女将に俺は礼を言って、宿の前に一番早く集合していた。次にヨーク、レナ、最後にフォンが集合場所に着いた。フォンは俺を見ると、呆れた様に溜め息をした。
「だからさー、ニゲラ早起き過ぎだって!お前は鶏かよ!いつか身体壊すぞ……?」
「習慣なので……あはは……」
フォンの苦言に俺は苦笑いするしか無かった。ヨークは此方を見ると、「深夜の事を言うな」と言いたげな視線を送っていた。俺は頷くと、ヨークは軽く親指を立てた。
「レナ、ヨーク、ニゲラ――。全員居るな?そんな訳で、次の町へ行くぜ!方向は~……あっち!」
「ちゃんと決めましょうよっ!」
フォンの適当な目的地の決め方をすると、ヨークはイガ栗を生成してフォンに投げつけた。フォンは痛がりながらのたうち回る。俺は思わず心配するが、レナはいつもの事の様に笑っていた。
「ヨークさぁ……、痛いんだけど!?地味に穴が開くと思ったぞ、今!!」
「ほら、通気性良くすればマシな考えになるかと思いまして――おや?」
フォンとヨークのやり取りが続くかと思っていたが、ヨークは何かに気付き後ろを振り向いた。皆一斉にヨークと同じ方向を向くと、そこには小さい女の子と母親が居た。
「ほら、お兄ちゃん達にプレゼント有るんでしょ?」
「うん……」
女の子は緊張しているのか、落ち着かなそうに身体を揺らしていた。ゆっくりと女の子は俺に近づくと、勢い良く花束を渡してきた。花束にはタンポポやスイートピーなどが入っていた。
「お兄ちゃん、綺麗な芸を見せてくれてありがとっ!」
女の子は早口で言うと、急いで母親の背中に隠れた。母親はあらあらと苦笑いしていた。俺達の方を向き女の子と母親は共に一礼すると、ゆっくりと去って行った。
俺は初めて赤の他人にお礼の言葉を言われて、こそばゆい。すると、フォンが急に俺の肩を叩いた。
「なんだよ、そんなに嬉しそうに照れちゃって!これから、もっと誉められるんだからしっかりしろよな!何なら、今からいっぱい褒めて馴れさせてやろうか?いつもおめでとう」
「いやいや、そんな褒め方でニゲラが馴れる訳ないでしょ……」
「ニゲラさん……いや、ニゲラ君、誕生日おめでとう!」
「いや、俺の誕生日は5月29日です!」
「じゃあ、全人類、毎日おめでとうだな!」
「もはや、俺関係ないですよねっ!」
「「……あははっ!」」
俺のツッコミが終えると、皆で一斉に笑った。互いに腹を抱えていたが、フォン以外は直ぐに笑い終えた。
漸くフォンは笑い終えると、咳払いをして「そんな訳で出発!」と仕切り直して掛け声をした。
フォンに連れられて一列に並びながら村の出口まで歩く。ふと、皆で振り向くと、後ろでは村の人達が明るく手を振っていた。俺達は軽く会釈をして再びまだ見ぬ町の方角へ歩き出した。
そして、時は流れて1ヶ月過ぎた――。