第十四話「旅芸人と長い一週間~結:後編~」
お待たせしました。
二週間後って8月11日でしたね……。今日と完全に勘違いしました。すみませんでした!
そして、ブックマーク一人増えました。有り難う御座います!
しかも、外伝も同じ方らしく一人増えました。
外伝(?)は本編やら何やらが関わるので、更新が遅いです。外伝の方は気長にお待ち下さい。不思議な思考実験みたいなもんなので……。
因みに、本編は次回の投稿が一週間以内に投稿出来そうなので宜しくお願い致します!
「――魔術は魔石を使わない限り、複数の物を生成しにくいので一つ一つ生成するしか無いです」
「え?そうなんだ?金属の生成が得意なんだけどなー……」
「同時に複数の物を生成するには、膨大の魔力と尋常じゃない集中力が必要なので……」
あの大道芸の後、フォンは俺にアドバイスを聞いてきた。「古代語を扱う人に教われば魔術が上達するぜ!だから、頼むよ!」との事。俺は教師や魔術に長けた人では無いから、と断っていた。しかし、フォンの強い押しに負けてしまい、今に至る。
川原でフォンと俺は練習を始めた。ヨークは後ろの岩に座りながら何か本を読んでいる。ヨークに関しては三人の中で一番魔術が上手いから練習しなくて良いのだろう。因みにレナは宿で何かを一生懸命に編んでいるらしい。
「細かく繊細な物も集中力と練習量が必要なので、額縁以外の物を生成してみては……?」
「額縁以外ねぇ……。なんも思いつかねぇな。大きく単純な物なら失敗しないんだけどな」
ふと、俺の頭にベールのような布が宙に舞う風景が浮かんだ。その瞬間に多分……的確なアドバイスを思い付いた。
「――ベールというか、粉状の金属片を飾るのはどうです……?俺が風で上手い具合に――って!?」
アドバイスをした瞬間、フォンは大喜びで抱きついて来た。俺は強く抱きしめられる度に背中の痛みが再発してしまい、痛みに顔を歪ませた。
「流石、だな!ニゲラ、お前は天才!最高!!」
「痛っ!痛いっ!もう、ちょっと!優しくっ……!」
フォンは腕を緩めると、悪い悪いと苦笑いして俺から少し離れる。怪我してる時は、この人の近くに居ないようにしようと密かに、心に誓った。
ふと、後ろを向くと、ヨークが此方を見ながら何かをメモしていた。目が合うと、ヨークは少し恥ずかしそうに目を反らした。
「ああ、あいつ。教師になるのが夢だからさ。ニゲラの解説を参考にしてんだよ」
「参考って……。そんな大した物じゃ……。魔術書とかそういうのを参考にした方が……」
「魔術書なんてこの国では高価だからなぁ……。そもそも、政府の関係者しか魔術の教師になれないんだよ。一般人に特殊な魔術の教育は要らない、と政府は本屋に魔術書を置かないようにしてるんだ」
すると、ヨークは此方に聞こえるように独り言を言った。
「だから、僕は他の国で教師になります」
フォンはそれを聞くと、まるで自分自身の将来の夢を聞いているかのように得意気に笑っていた。
俺は他国で職に就く事が無謀なのでは?、と思う。しかし、それを言う程の勇気は無く、只黙っていた。
*
それから、夕方までフォンと付きっ切りで魔術の練習した。まだ少し寒いのに、汗だくで地面に座り込んでいた。ヨークは随分前に宿に戻った。
「いや~………疲れたなー。でも……、へへ」
フォンは最初と比べて、かなり魔術が上達した。これまではとにかくデカイ金属しか生成出来なかったのが、今は細かい金粉――だけでなく、糸状の金属を生成出来るようになった。
フォンは自分自身の成長ぶりを思い出すように笑っていた。
「お疲れ様です。明日が……」
明日が楽しみですね。
そう言うつもりだったけど、俺自身が失敗するのではないかと。
『ださい』『お前なんて役立つだ』『消えてしまえ』『なんで生まれて来たの?』『疫病神め』『死ね』『人を傷つける事しか出来ない癖に』『カルミアはだから君が嫌いなんだ』
「うぅっ……」
カルミアではない幻聴が頭に一気に流れ込む。今まで言われた事がある嫌な記憶が俺の身体をナイフで引き裂くように傷つける。
「おいおい、大丈夫か?」
フォンの一言で我に帰ると、フォンだけいつの間にか立っていた。フォンは心配そうに俺を見ていたが、俺と視線が合うといつもの笑顔で手を差し伸べる。
「疲れたんだな。手を貸すぜ!」
「……ありがとうございます」
痺れている手を捕まれ、立ち上がると、フォンは俺の肩に腕を回す。二人でふらふらと宿を目指す。
「どんくらい疲れた?俺は足が重いぜ」
「あー……、同じ位です」
「お揃いじゃん。良いね!ゆっくり行こうぜ。そうそう、ヨークが――」
本当は疲れていない……。
俺の心の中で感じてる事を知られたくないからだ。知られた所で何にもならないし、知られたら迷惑になるに違いない。フォンは俺の気持ちを気付かずに次々と話かける。
「――でさ、それ以来ナトリウムとか液体のガリウムを作んなってヨークに煩く言うんだよ。いやー、酷くないかー?」
「……えっ、あ、はい……」
聞いてなかったから思わず、適当な返事をしてしまった。すると、フォンは何か察したように一瞬黙り、少しして再び話し始める。
「そんなに疲れたのか?なら、今夜は早く寝ないとな!明日の為にもな!」
「そ、そうですね。明日に向けて……」
「そう!失敗する為に頑張るぜ!」
「え!?な、何言ってるんですか!?」
フォンの意味の分からない発言に思わず声を荒立ててしまった。俺がフォンを見ると、フォンは得意気に笑っていた。
「失敗するから成功するんだぜ?今の内にどんどん失敗しようぜ!」
「でも、失敗したら笑われるだろうし……」
「笑われようが、石投げられようが、関係ないね!生きてるだけで何度でもやり直せる――だろ?何時だって、どんな瞬間でも真剣に失敗して次に生かせば良いだろ」
生きてるだけで――。
そんな事有るのだろうか。生きていても、頑張っても、失敗してしまう。そんな経験をしてる俺には到底信じられない。
しかし、フォンの言葉を聞く度に何故か不安が和らぐ様な気がした。その証拠に先ほどまで震えていた俺の手が止んでいた。フォンは続けて言う。
「という事で、失敗なんて気にせずに飯食ったら早く寝ようぜ!もし、早く寝なかったら罰ゲームな!」
「ば、罰ゲームって……」
フォンは悪戯な笑みを浮かべながら罰ゲームの内容を告げなかった。
宿に着くと、女将はフォンの発言でも聞いてたかの様に早めに夕飯の支度をしていた。
その後は、夕飯の時にフォンがふざけてヨークのスープに金粉を大量に振り掛けたり、レナが最近ハマっている長いタイトルの小説を嬉しそうに紹介してくれた。
夕飯を食べ終わると、寝室に戻った。明日に備え誰が一番早く寝るのか勝負するというフォンの提案をヨークがツッコミを入れる――。
ここまでが、俺が寝るまで覚えていた範囲だ。
*
嫌な雰囲気。
嫌な空間。
もう、分かっていた。
今、昔の思い出をまた俺は夢で見ているって――。
僕には、あの劇場の事が忘れられなかったんだ。
カルミアと僕はお忍びで、演劇を見た思い出を。
『この演劇はなかなか悲しい物だな。主人公の恋が叶わずに最後はヒロインに……』
『カルミ――師匠!駄目だよ、街中でネタバレ言うのは!』
『むぅ……、硬いな我が弟子は。ふふ』
『僕も、いつの日か舞台で演劇したいなー、そしたら……』
『ん?そしたら、何なのだ?』
『な、何でも無い……!』
『――まあ、良い。いつか格好いい姿を舞台で見せておくれ。そしたら、私の名前である花束を渡してあげよう』
『うん、期待してて!』
この時には、カルミアに恋をしていた。僕は舞台でカルミアに格好いい所を見せて告白しようと思った。あのアイビーは学生時代大根役者だった。アイビーより良い所を見せたら、カルミアに認められて告白出来る――そう思っていた。
アンモビウム王国唯一の学園。僕はここで友人も出来ず、先生には嫌われて散々だった。
だけど、我慢していれば、努力していれば、幸せがやってくる。そう思っていた。
「台本読んだ?」
クラスメイトは渋そうな顔をしながら話しかける。僕は気にしないように答えた。
「うん、僕は女王様を道案内する狩人だもんね」
「ああ、そうだよ。君は主役やりたかったみたいだけど、君なんかが出来る訳ないからね。クスクス」
「……っ。そ、そうだよね」
耐えれば良い。我慢すれば良い。
そう言い聞かせていた。クラスメイトは友人の所に戻ると、楽しげに談話を始めた。クラスメイト達の目は大人と同じで冷淡な眼差しだった。
とにかく、明日は演劇本番。狩人でも、立派な演劇をすれば良い。頑張ろう――。
そして、演劇当日。
僕が出る演劇の前半は『囚われた姫を剣士が救いに行く。その道中、狩人が道案内をして剣士を城に導く』――王道的な話だ。実は僕が出るのは前半のみ。後半からはもっと濃い話になるらしい。
本番――。
狩人の役は舞台の最初に世界観の設定を話す事から始まる。僕は今までの努力が実ると信じ、舞台に立った。
まだ、幕は上がっていない。何処かで聞いた事のあるブザーが鳴ると、ゆっくりと幕が上がる。幕が上がると、観客がざわめき出した。
気にせずに、台詞を言おう。これまで、頑張ったんだ。カルミアにきっと――
「私は――」
「ふざけんな!!」
誰だか知らない怒号が鳴り響く。それに続き、別の怒号が沸き上がるように鳴る。
「なんて罰当たりなんだ!!」「侮辱してるのか!!」「疫病神め」「カルミア女王への侮辱だ!」
何故……?
震えながら、劇の名前が書かれているめくり台に目を向けた。その瞬間、僕は固まった。
『王国物語』
ここの国民なら誰が知るお話。簡単に言えば、アイリス家の歴史だ。しかし、この演劇には絶対にやってはいけない事がある。
狩人を登場させる事はタブーだ。
狩人は謂わばアイリス家に対する侮辱だ。昔、アイリス家に反旗を翻す者が演劇でわざと存在しない狩人を登場させた。それ以来、演じて失敗しようが、狩人を登場させなければ良い――と言われていた。
何が起きているのか。分かっているのは一つ。
僕は騙されたんだ。その証拠に舞台袖でクスクスとクラスメイトは笑っていた。まるで、悪役が滑稽に死ぬのを喜ぶかの様に。
それからの記憶は無い。
気づいた時には夜の学園に居た。廊下で、カルミアと学園長の話が聞こえていた。
「今回だけは――!我の頼みだ……、頼む……!」
「女王様、あの問題児はとんでも無い侮辱をしたのですよ!?庇うつもりなんですか!」
「きっと――」
「アイビー様が予言した疫病神があの問題児なのは確定ですよね?それなのに庇う。大臣達はどう思いますかね?」
「別に、庇うつもりは……」
「なら、退学で良いですよね!大臣達も喜びますよ」
「た、退学させるなんてっ……」
暫くして、僕は退学を告げられた。帰り道、カルミアと歩いていた。
「カ、カルミア。僕は嵌められたんだよ……」
「……」
「台本は本当なら違う――」
「黙れっ……」
僕はカルミアの怒鳴り声に怯んだ。カルミアはこちらを向き、目を充血させて言った。
「良いか。大人になれ……」
「僕はっ……」
「誰が悪いと言い訳するとか、間が悪かったとか、嫉妬するとか――何も意味無いのだっ……。強く、強くなれっ……」
夢が覚める瞬間、声がした。
『だから、嫌いなんだよ』
*
~七日目の昼前~
大道芸本番前。宿の裏口に集められていた。
「はい、ニゲラは後で罰ゲームな!」
「勘弁してください……。ふぁあ……」
深夜、あの悪夢から飛び起きた。それからずっと寝ていない。レナ曰く俺の顔に隈が出来ているらしい。
「レナ……例の奴!」
「は~い!団長が頼んだ衣服です!きっと似合いますよ♪」
レナは服を俺に手渡す。フード――っていうんだっけ?フードが付いた変わった灰色と黒でデザインされた服とズボンだ。
「新しい服……。良いんですか?」
「ほら、大道芸するなら誰でも着てそうなチュニックより、着た奴の個性が活かせる綺麗な服が良いだろ!我ながら良いアイデアだな!うん。急いで着てくれよなお客さん待ってるし」
俺は眠気を感じながら物陰で急いで服を着替えた。
初めて着る服だけど、不思議な感じだ。着慣れた感覚をデジャヴの様に感じる――その位には着心地が良い。思わず、笑みがこぼれそうだ。
物陰から出ると、三人は軽い拍手をした。
「良いね!いや~似合ってるぜ!」
「フォンにしてはセンス良いですね!フォンにしては」「団長は繊細な事苦手ですからね~」
フォンはいつもの様に「うるせーわ!」と声を荒立てると、観客の声が宿玄関近くから聞こえてきた。フォンは思わず口を塞ぐ。それと同時にヨークとレナは表情を引き締める。フォンは手招きをして小声でも聞こえる様に俺達を近づけさせた。
「……良し、ヨークとレナはいつも通りに。ニゲラは昨日みたいに頼む。行くぜフォンサーカス団!」
「いや、サーカスじゃないですから!フォンは普通に!」
「ニゲラ君、行こう!」
――本番が目の前に来ている。震える手を自ら掴みレナに連れられながら宿の玄関前に移動する。宿の横を通っていると、観客の声と心臓の音が煩く聞こえ始める。二つの音が奏でる不協和音は、俺の脳内を靄が埋め尽くす要因となるには十分だった。
駄目かもしれない。
やっぱり失敗するかもしれない。
嫌われるかもしれない。
もう、この世界が嫌いなんだ。
こんなトラウマに縛られてるのが嫌なんだ。
こんな自分が――。
『我は信じてるからな』
負の思考に埋まっていた頭の中を一つの幻聴が打ち消した。思わず、振り替えるとカルミアの幻覚が一瞬見えた気がした。
「……うん」
小さく呟くと、レナが心配そうに戻ってきた。
「大丈夫ですか?」
「うん……、大丈夫。今行きます。ありがとうございます」
レナは笑顔で俺の手を引っ張り、俺は舞台に立った――。
*
宿の前には二、三十人の観客が居た。ここの村人達は人柄が良いのか、純粋そうな笑みで此方を見ていた。四人が揃うと大きな拍手が鳴り響く。一番前には宿の女将が本当に楽しみそうに見ている。
「さあ、お待たせしたぜ!大道芸をしてる四人組のフォン――」
「だ、大道芸四人組です!よろしくお願いします!」
フォンがとんでもない名称を言うと察したのか、ヨークが在り来たりな名前を言った。フォンは若干頬を膨らませていた。フォンは気を取り直して話始める。
「俺様、団長のフォン!金属生成が得意でイケメンだぜ!
こののっぽの眼鏡がヨーク!植物を生成出来る奴で、勉強大好きな変わり者!好きなタイプの女は空から落ちてくるような神秘的な子だ!
ヨークの隣で微笑む女がレナ!水を生成出来る元気な奴で、最近の好きな小説が『輪廻転生したら神と殴りあった件!序でに異世界を世直ししてみた!!』だ!
そして、黒髪のコイツはニゲラ!風の申し子!以上!」
フォンの謎の自己紹介に、フォン以外のメンバーは顔を赤くしていた。風の申し子……、凄く恥ずかしいんだけど?!
観客達は嘲笑う事がなく真剣に聞いていた。真剣に聞かれるのも、まあまあダメージになるんだなー……。
「さあ、最初に見せるのは水と花のハートだ!二人頼むぜ」
フォンの掛け声に二人は正気が戻ると、離れて両端に立った。そして、二人は手を翳す。
「蓮よ、現れよ!」「流水よ、ハートを作って!」
レナの手から水が現れると、空中に文字を描く様にハートを形成させた。それと同時にヨークの蓮の花が流水を流れる。
蓮の流れ方は綺麗に移動して最後には蓮がハートを描いてる様だった。レナの流水が消えると、蓮も花びらを散らしながら消えた。
その瞬間、拍手が沸き起こった。
二人は嬉しそうに観客に一礼すると、後ろに下がった。そして、今度は俺とフォンが前に出た。
「次は俺とニゲラによる、金のドラゴンだ!頼むぜ、風の申し子!」
「止めてください……」
フォンは悪い悪いと言いながら手を空に翳した。俺は気を取り直しフォンと同じポーズをする。
風で物を形作るのは難しい。形作るのには風の力を糸の様に絡めなければならない。力が強すぎると、巨大に成り過ぎて辺りを破壊してしまう。逆に力が弱すぎると、形作る事が出来ない。成功する為にはフォンに昨日教えた通り、尋常じゃない集中力が必要だ。失敗を考えるな――。
「金粉よ、流れやがれ!」「ウィンニス・メケ・ドランロン(風でドラゴンを形作れ)」
空中に透明なドラゴンが現れる。フォンの金粉がドラゴンに流れてると、金粉が上手い具合にドラゴンを形成させた。
「何あれ!」「凄い大きいね!」「ドラゴンってあんな感じなんだ」「格好いい!」「黒髪の子、不思議な呪文してたね」
「あ、ありがとうございます……!」
さっきよりも拍手をする観客が増えていた。思わず、俺は観客に会釈する。顔を上げると、いつの間にか三人が集まっていた。
「まだ、終わりじゃないぞ!次は絵画の様な美しい風景を見せるぜ!」
フォンと俺は観客が見て右側に、レナとヨークは宿の扉の近くに移動した。
「赤い薔薇よ、現れよ」「水よ、小鳥を形作って!」「金粉よ、流れやがれ!」
「ウィンニス・メケ・ビガ・フレイル(風で大きな額縁を形作れ」
風が額縁を形作ると、ヨークの薔薇が空から降り続ける。レナの水で出来た小鳥が空中で静止していると、最後にフォンの金粉が俺の額縁に流れた。
――その瞬間、金の額縁が完成した。まるで、一つの絵画みたいな風景が出来上がった。
絵画が完成すると、座っていた観客達が立ち上がった。宿の前で拍手喝采が起こった。
こんなに、沢山の人に喜んで貰うのは初めてで、俺にとっては不思議だ。冷たい心の中に春の風が入る様に感じながらフォンの横に並ぶ。
四人で横に一列に並ぶと、観客に向かって一礼をした。
そして――