(8)結莉に会いたい
次の日、俺は行きたくもないレコード会社のパーティに出席した。
自分がお世話になっているレーベルなので、仕方が無い…
七時から始まるパーティに、六時くらいに着いた。
乗り気も何もないまま会場に着いた俺は、関係者の人たちに挨拶をして回り、 テレビ局のカメラの前で、インタビューを受けていた。
少し離れた会場入り口では、人の往来がひっきりなしに続けられてい
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「結莉さ~ん、用意出来てますか~」
吉岡が結莉の部屋のドアを開けた。
「……あ~~、…服着てない…」結莉の姿に吉岡はうなだれた。
長い髪をアップしてメイクはしてあるが、服はジャージのままで、ソファに座り、タバコをふかしながらテレビをみている結莉の姿を見て、吉岡は呆れた。
「もぉーーー。早く早く早くーーーー。はい、シャツ!ズボン!靴下!」
吉岡は、次々と無理矢理結莉の手に乗せていった。
「よっちゃ~ん、まだ五時三十分だってばぁ」結莉はダラダラと言った。
「そうですよ、まだ!じゃなくて、もう!! 五時三十分ですから!! お仕事がある方は別として、みなさん六時には会場に入っているんですから普通は!」
「じゃ…わたすも! お仕事で少し遅れてしまいまーーす」結莉は片手を上げた。
「ありません! 結莉さんは今日はお仕事ありませんから!! 早くズボン!」
吉岡は容赦なく結莉のお尻を叩いて急かした。
「エッチぃ~~ん」
「アホ! そんなこと言ってないで早くするっ!!」
吉岡の怒りは鬼と化し、結莉は、渋々と服を着始めた。
結局、六時三十分くらいに会場であるホテルに着いた。
ホテルの会場入り口には、マスコミ関係の取材やテレビ局のカメラで賑い、芸能人達がインタビューやカメラのフラッシュを浴びているその横を通り抜け、結莉と吉岡は会場に入った。
「なんか飲む? 結莉」吉岡が訊いた。
「テキテキ…」
「ありません! どうせ帰りに小沢さんたちと飲み直しするんでしょ?ウーロン茶?ジュース?水?」
吉岡が片眉を上げ、訊く。
「じゃ、お水で…高尾山のおいしいお水で…」
「そんなのありません!グラスにドブ水入れてきますから!ちょっと待ってなさい!もぉ、本当に!」
そう言い、吉岡は設置されているカウンターバーに向かった。
「マジ、恐いよ、よっちゃん!! 本当にドブ水持ってきそうだし、マネージャー替えようかなぁ」
その気はさらさらないが、結莉は呟いた。
「あっ、どうもどうもお久しぶりです」
「あっ、どうもどうもお久しぶりです」
「あっ、どうもどうもお久しぶりです」
「あっ、どうもど、」
「おまえなぁ~、人の顔も見ずにテキトーに、マジ、テキトーに挨拶すんなっつーの…」ナベが、結莉の後ろから声をかけてきた。
「あら、田辺さん。お元気だったかしら? お久しぶりですこと、ほほほ」
結莉は取ってつけたような挨拶をして頭を下げた。
「遅いお出ましで…」ナベは呆れて言った。
「みんな早いんだね。なんで? 七時からでしょ?」
結莉が、吉岡から受け取ったミネラルウォーターを飲みながら、言った。
「よっちゃんも大変だよね。こいつのお世話…」
ナベは吉岡の方を見てため息をついた。。
「はい。本当に…私の人生はこのお人に狂わされております…」
吉岡は哀れんでください…みたいな目でナベを見て二人で話し始めると、結莉は、コソコソと後ずさりをし、二人から逃げて行った。
会場の隅に置かれたグランドピアノからやさしいきれいなメロディーがいきなり流れ出した。
その曲は、二年前にアメリカ映画に使われ、アメリカで毎年行われる『アオアオデミデミ賞』の音楽部門で賞を取ったものだ。
誰もが知っているこの曲は世界各国で絶賛を浴びた。
作曲をし、賞を取ったのは、日本人のKei。
突然聞こえてきたピアノの音に、会場は一瞬、静かになり、みんなの注目が隅に置かれているグランドピアノに向き、人々が集まりだした。
「もしかしてKeiさん?来てるの?」
「うそ~」
「どんな人なの?」会場にいる人たちは口々に言った。
パーティ開始の十分前。
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俺は、メンバーと勘ちゃんとお世話になっているレコード会社の人と話しをしていた。
突然、なんの前触れもなくBGMが止まり、代わりに聞こえてきたのはピアノの音色だった。
会場にいる人達は一瞬話すのをやめてしまうくらい、スーッと本当に自然に耳に入ってきてやさしい音だった。
みんなが良く知っている映画音楽。
Kei?
音のする方をみると、ピアノの回りに人が集まりだしていて、誰が弾いているのかは見えなかった。
俺はちょちょいと走り覗きに行った。
大勢集まっていたので遠巻きにしか見えず、顔は下を向いて弾いていたので、見えなかったが女の人だというのはわかった。
その前に俺は今日コンタクトをしていない。
Keiは男性だ、女性が弾いていたので弾き語りのバイトの人だろうと思い、みんなのところに戻った。
「あれ? Kei来てるのかな? 珍しいなぁ」レコード会社の人が言った。
「え~オレ、Keiさんって会った事がない!」裕が言う。
「あぁ、いつもパーティとか出席しないから。Keiは嫌がるんだよね、こういう雰囲気」
「そうなんですか。でも、やっぱいい曲ですよね」利央が言った。
俺がみんなに「女の人が弾いてた」と言うと、勘ちゃんの顔色が、変わった。
が、俺は勘ちゃんの表情など、気にも留めていない。
「ええーー、女?」 タカが驚いたように言った。
「Keiさんって男じゃないの?」
裕の言葉にレコード会社の人は「知らなかったの? Keiって女性だよ?」俺らはびっくりした。
Keiって男だとばかり思っていた。
アメリカの受賞式でも、日本でやる賞争いで賞を取っても姿を現したことが無い。
全部代理の人が受賞式に参加して、受け取っていた。
一部の音楽関係者以外はその姿を知らない…だから名前だけで男と思っていた。
今もそう思っている人が、ほとんどだろう。
「人が集まっていたから顔があまり見えなかったけど…」
俺らが話しているとピアノの音が止み、みんなが拍手をしていた。
そして、それと同時に会場のライトが消え、少しだけ高い壇場にスポットライがあたり、司会者が話始めパーティが始まった。
大谷会長と大谷社長の親子が壇場に上がり、紹介された。
俺らは、社長は良く知っているが、生の会長はパーティでしか見たいことがない。
話したこともない。
まだまだ新人だから…。
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二人の挨拶は終わったが、会長がもう一度マイクを手にして言った。
「今日は珍しくKeiが来ているので、一言いただこうかな? Keiはどこだ?」
会長の言葉にライトが、Keiを探している。
「あのくそジジィ…」
会場の隅の方に立っていた結莉が、ボソッと言った。
吉岡とナベは苦笑いだ。
「早くいきなさい」という吉岡の声に押され、ブツブツ言いながら結莉はとりあえず歩いて行った。
会長の面子を潰すわけにはいかない。ちゃんとそういうところは考えている。
壇場近くに行くと、ライトがKeiを追った。
会長からマイクを受け取ると、会場にいたほとんどの人からざわめきが起こる。
Kieの正体をしらない人たちからだ。
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「あれ?」
「ええっっ?!」
「マジーーー?!」
勘ちゃんは、裕・利央・タカの腕を引っ張りシーっという格好で、俺に気づかれないように耳打ちをしていた。
コンタクトをしていない俺は、ぼやけたKeiを遠くから見ていた。
「俺、よく見えねぇ~眼鏡もってくればよかったなぁ~」
俺の呟きに、勘ちゃんはホッとしていた。
「どもっ!!」Keiの挨拶が始まった。
「えー、Keiです。初めての方、初めまして。お久しぶりの方、お久しぶり~」
軽いノリだった。
…でも聞いたことのある声だ。
「こういう場、苦手なのですが、今回は会長さんもいらっしゃると言うことでゴマすりに来ました。で、さっき会長に挨拶したらヘソのゴマをくれました。年相応に年季の入った腹黒さ満開の黒いヘソのゴマでした。いらねーっつーねん!」
「じゃ、返せ!」会長が笑いながらすかさず合いの手を入れた。
「あっ、いえ、すでに首から下は棺桶にぶっこんでいる会長の形見として、大切に保管させていただきます」
会場は爆笑だったと同時に、恐れ多くも、会長にこんなことが言えるKeiに、Keiを知らない人間は、みな驚いていた。
「まっ、とりあえず今日は最後まで楽しませていただきます。次にみなさまにお会いするのは会長のお通夜ということで……どもっ!」
笑えないジョークで締めくくったが、会長以下幹部は大うけであった。