(7)結莉に会いたい
結莉がタイムキーパーということがわかると、俺はLTV局で仕事の時は、局内を用もないのにウロウロと歩き回り、結莉に会える偶然を探していた。
が、まったく会えず…
JICのパーティの前日、LTV局にいた俺は、思い切って受付で訊いてみた。
「す、すみせんが…」
俺が受付嬢の女性に声をかけると、女性は驚いているようだった。
隣の同僚とキャーキャーと言っている。
俺がカッイイのはわかっているが、そんなことはどうでもいいので俺の話を聞いてくれ…
「あの~、ここで働いているタイムキーパーの森原、森原結莉さんなんですが、今どこにいますか?」
「少々お待ちください。ただいまお調べいたします」
受付のおねーちゃんは顔を赤らめ、すぐに調べてくれたが、首をひねってから俺に訊き返した。
「?? あの…森原…、ですよね?」
「はい、タイムキーパーの森原結莉さん…」
「弊社には在籍しておりませんが」
そんなはずは無い!
俺はもう一度言った。
「森原結莉さんは、LTVでタイムキーパーしてるって聞いたんですけど…」
「はい、森原という名の社員はお居りませんが…」
「えっ、マジ!?」
「ええ。マジ…いえ、はい…」
俺は、ありがとうも言わずに受付を離れ、駆け出し控え室の勘ちゃんのところまで、すっ飛んで行った。
「か、勘ちゃん!! 森原結莉なんてタイムキーパーいないよぉ~」
俺の言葉に勘ちゃんの顔が、引きつった。
「何、おまえどこで調べてもらったんだよ」タカが訊いてきた。
「受付嬢のとこ…そしたらLTVにはそんな人いませんって…勘ちゃん、ナベさんが言ったんだろ? 森原結莉ってLTVのタイムキーパーだって!!」
「えっ? い、いや…LTVとは聞いていないが…」
勘ちゃんは困った顔をしていたが、俺は詰め寄った。
「でも他局の人間がLTVにいるってーのも変じゃない?」
裕の言葉に、タカと利央も頷いていた。
「本当にタイムキーパーなのかよぉぉぉぉ」
俺はバタバタと、地団駄を踏んだ。
「他の部署は?」
「いないって。LTVに森原結莉という人間はいないって言われたぁーー」
俺はマジ泣きだ。
二十一歳の男が泣きながら地団駄を踏みぐずっていた。
「よ、よし! 今度もっと詳しくナベさんに聞いてやるから!! 今日はおとなしくしてろ」
勘ちゃんはそう言ったが「今聞いて! 今!!」俺は、ただの駄々っ子になっていた。
「おいおい、勘ちゃんを困らすなよ、修平。落ち着けって!」
利央が俺の腕を引っ張って椅子に座らせた。
俺は拗ねていた…本当にガキだぜ。
「とりあえず、今日の仕事はちゃんとやってくれよ、修平。ナベさんと連絡とれたら聞いとくから、なっ!」
勘ちゃんは、なだめる様に言ったが、俺はガックリ状態でその日一日を過ごした。
しかし仕事は、ちゃんとやった。
大人なので…。
*************
その頃、結莉のマンションでは、マネージャーの吉岡が結莉に小言を言っていた。
「結莉さん! 明日ちゃんと出てくださいよ。JICのパーティ!!」
吉岡がキビキビと言う。
「あいあい…乗り気ないけどね…」
結莉は、ダラダラソファに寝転んでいた。
「もぅー、JICレコードには結莉がプロデュースしている人が何人もいるんですからね!! たまには顔出ししてください! 半年前のパーティなんて会長さんにいろいろ聞かれて困ったんですよ。結莉はどうしたんだ? とか、うちの歌手には興味ないのかな? なんて会長さんに寂しそうに言われる私の身にもなってください!」吉岡の剣幕はすごい。
「へいへい…ホイホイ…。会長とはたまに会ってんだからいいじゃん~」
結莉はテキトーに言う。
「まったく!! 会長さんだけじゃなくて社長や音楽関係者からの質問もすごかったんですから!!
テキーラがないから来ません、なんて言えないじゃない!」
「でも、テキーラ用意してっていったら、会長用意してくれるよ、きっと!」
「そんなわがまま許しません! 特別扱いはダメです!!」
吉岡は、結莉の抱いていたクッションを取り上げ、プンプン怒った。
「わかったってばぁ~。ちゃんと行きます、明日は」
「本当ですね」
「はい、本当です」
吉岡は、結莉の言葉を確認するかのように、右手人差し指と中指だけを伸ばし、顔の横に付けて言った。
「魔王に誓ってですか?」
「……あのさぁ、よっちゃん…魔王って誰よ…」
吉岡の言葉に結莉は「またかよ…」と言う顔で訊いたが、結莉の問いには答えず、「魔王に誓ってですか!?」腹の底から出ているような低い声で再び訊かれた。
吉岡の目が恐い…
しかたなしに結莉は、ブツブツ言いながらも、右手人差し指と中指を立て、魔王に誓った。
「はい。魔王に誓って!」
(誰だよ、魔王って…)
********
「おい、修平、元気出せよ~」
移動車の中でメンバーに励まされた。
「ぁぃ…」俺の声には力がない。
また今夜も眠れないと思う…
「よし!じゃ、どっかの女でも呼んで飲みにでも行くか~?」
裕のお気軽な声にみんなは、盛り上がっていた。
「…俺、帰る…」
「………」みんながありえんという顔で俺を見た。
そうだよなぁ…女・酒という言葉を聞いてノリノリにならない俺を見るのはみんなは初めてだろうなぁ。
でも、お酒とか女とか、そんな気には全然ならなかった。
「地球が滅ぶのも近いかもしれない…」
「どうにかしてやりてぇなぁ~」
「こんな修平、初めてみたというか、このままじゃ修平が死ぬ!」
メンバーが口々に言っていた。
そしてやはりこの日、夜が明けても俺は眠れなかった。