拓海の恋:結莉・修平、二人におまかせ!
爺さんの誕生日の前々日、水曜日。
拓海は、美里の勤める会社近くに、車を止めた。
その三台後ろには、作業服を着て、帽子を被って変装しているつもりの結莉と修平が乗った軽トラが、止まっている。
近所の八百屋のおじさんに借りてきた軽トラだ。
ママちゃんから「今日の夜、爺ちゃんの誕生日プレゼントを二人で買いに行くらしい」と連絡が入り、大谷家の自宅付近から尾行をしていた。
運転手は修平。
助手席には結莉が身を隠しつつ、カメラのレンズを向けている。
「おっ、ミミちゃん登場! 六時十五分!」
美里が、拓海のスポーツカーに乗り込む。
「修平くん、見失うんじゃないわよ! 行け!」
「……」
結莉が真っ直ぐ腕を伸ばし修平に指示した。
「お返事は!?」
「…はい…」
修平は、結莉をチラリと見てから、拓海の車の後に付いた。
車は銀座に向かった。
少しの渋滞が待っていたが、運転に自信のある修平は、ピタリと拓海の車をマークしていく。
銀座にある老舗の帽子専門店の近くで、拓海の車が止まり、修平も車を止めた。
「ほうほう、爺ちゃん御用達の帽子屋か! ここでプレゼントを買う予定ね!」
結莉はカメラを持ち、ガラス張りの店の端の方から店内を、カメラのレンズ越しに覗き込んだ。
「おうおう、物色してるよ、二人で! あ~、拓海ちゃんニコニコ顔だよん」
そしてシャッターを切る。
結莉の頭の上から顔を覗かせた修平も、店内を覗き込んだ。
数分後、怪しすぎる姿の二人に帽子店のスタッフが気が付き、店長に耳打ちをした。
店の自動ドアが開く。
「…あの、申し訳ございませんが…」店長が結莉の肩を叩く。
「うっさいわね! 忙しいのよ!」
結莉は振り向きもせず、肩に乗せられた手を振り払う。
「あの…、このような行為は、当店と致しましては、迷惑でございま…して…?」
店長が修平の顔を見てから、結莉の顔を覗きこんだ。
「……結莉さま…? どうなされたんですか!? そのようなお姿で!」
顔なじみの結莉の顔を見た店長が驚いた。
結莉が店長を見て、「あっ、店長! し~~! 修平くん説明!」
修平が店長に説明をし、結莉はそのまま隅の方からシャッターを押し続けた。
「いや~、しかしですね、店先でそのような出で立ちで、そのような行為をされますと…」
店長の言葉に結莉の顔が、歪んだ。
「店長、あなた、人を見かけだけで判断するわけ? 作業服着ている人間が、店先に並べられている帽子見ちゃいけないわけ? 何その人種差別! どんだけお高くとまってるの? この店!! いい服着ていようが、ボロボロの服着てようが、人間はね、みんな平等なのよ! ったく、もう買わないわよ? この店の帽子!!」
この店にはお得意様の爺さんに連れられ何度も来てはいるが、メンズ専門であり、結莉は一度も購入したことはない。が、偉そうに言う。
「あっ! 拓海ちゃんお買い上げだよ、ったく。こんな人種差別丸出しの店じゃなくて、もっと良心的な他の店で買えばいいのに…」
チラッと、結莉は店長に睨みをきかせると、店長は苦笑いで、小さくなった。
その横では、修平が店長に謝っている。
「あっ、修平くん! 拓海たち出てくるよ、車に戻ろう! んじゃ、店長、またね!」
結莉は走り出し、修平は店長に頭を下げ、結莉のあとを追った。
店から出てきた拓海たちに店長は、深々と礼をいい、見送ったあとすぐに大谷家に電話をし、「結莉さまに大変失礼なことをしてしまった」と、深々と空気に向かい、何度も頭を下げ陳謝した。
接客業というものも大変である。
「結莉…、俺、お腹空いたぁ」
「あの子たち、何食べに行くんだろう…」
「俺、たまにはフレンチとか食べたい!」
拓海たちが車を駐車し、入っていった店は、フレンチレストラン。
「あっ、フレンチじゃん! 俺たちも行こうぜ!」
修平が車を降りようとしたが、結莉が腕を掴んだ。
「…無理! 修平くん…残念だけど、これは無理! 私たちはアレにしよう!」
少し先にあるコンビニを指差した。
「どうして? フレンチでいいじゃんか!」
そう言う修平に、結莉は自分の服の裾を持って、ピラピラさせた。
「……あ、作業服…」
「ここは、この姿じゃ、ちょっと無理…。いくら強気の私でも…入れない」
二人はコンビニに行き、お弁当と飲み物を買い込み車の中で食べ始めた。
「なんかさぁ、こういうのも楽しいね? 修平くんと二人で車の中でお食事!」
「うん、そうだな! まっ、俺は結莉と一緒ならどこで何食っても楽しいし、しあわせなんだけどね!」
へへへ~と、修平が笑った。
「もぉ~やっだぁ~修平くんったら! むふふふふ~ん、ありがと! チュッ」
と、結莉は、投げキッスをした。
「えへへへ~、ヤ、ヤル?」
「…………(お・バ・カ)」と、結莉は声を出さず口だけ思い切り動かした。
「す、すみません…」
真顔に戻った結莉に睨まれた修平は、素直に謝った。